ラストスタンディング・ガール
佐藤謙羊
01 プロローグ
パパとママが世界を救うために出かけていった。
これで何度目だろう。連れて行ってとせがむ私に、パパはいつも「お前はまだ子供だから」って言う。
それで、留守番を頼んでくるママはいつも「あなたはもう大人だから」って言うんだよね。
子供心じゃなくても、私は一体どっちなの? ってこんがらがっちゃうよね。
いや、わかってるよ、パパとママは伝説の勇者で、世界の平和を守るために多くの人が必要としてるってことは。
朝には焼き立てのパンがないと機嫌が悪くなっちゃうように、平和ってのは私のパパとママがいないとすぐにスネちゃうみたい。
それで王様が、駄々っ子の躾ができない母親みたいに困り果てちゃって、パパとママを呼び出すんだ。
王様は困ってるくせに「そなたらの力で世界を危機から救うのじゃ」なんて命令してくるんだよ。
まったく、パパやママはベビーシッターじゃないんだから、王様にはもっとしっかりしてほしいよね。
あ、勘違いしないでね、別にこの国に不満があるわけじゃないし、ましてやひとりでの留守番が寂しいってわけじゃないよ。
お勉強やお手伝いをしなくてもよくなるし、それにお小言も無くなるから、むしろ嬉しいくらい。
じゃあ何が嫌かっていうと……子供だからって、冒険の旅に連れて行ってもらえないことかな。
私は将来、パパやママみたいな勇者になるんだ。
だから今のうちから連れ出して、英才教育をしておいて損はないと思うんだけどなぁ。
それに私は、今まで何度も家の留守番をしてきたんだよ?
ひとりで留守番できるってことは、ひとりでも生きていけるってことじゃない?
ひとりで生きていけるってことは、パパとママの足手まといにならずに、一緒に冒険もできるってことになるよね。
もちろん、ジャマにならないってだけじゃないよ。
パパに習った剣術と弓術、そしてママに習った魔法も使えるから、一緒にモンスターだって倒せるんだよ。
あ、実際に戦ったことはまだないから、倒せるかはわかんない。
でもきっと倒せると思う。だって私、強いもん。
それに、戦ったことがないのは私のせいじゃないんだよ。
留守番中に悪いヤツが来てもいいように戦う準備だけはしてるんだけど、いつもこっちには回ってこないの。
それもこれも、家の外の草原でずーっと立ってる番人ゴーレムのせい。
ゴーレムってのは動く鉄人のことなんだけど、パパが作った身体に、ママが魔法で生命を吹き込んだとっても強いヤツ。そいつが悪者を全部やっつけちゃうんだ。
家でくつろいでると、たまに外で大きな音が聞こえることがある。
そんな時はすぐに棒を持って外に飛び出していくんだけど……もう悪者はゴーレムに吹っ飛ばされた後で、悲鳴をあげながら小さくなっていく姿に手を振るくらいしかできないんだよね。
できれば私がそいつらをチャッチャとやっつけ縛り上げて、帰ってきたパパとママに、どうよと実力を見せつけたいんだけど……まだ今のところうまくはいってない。
だから勇者の子孫としての力も出せたことがなくて、いまだに私のなかでスヤスヤと眠ったままだったりするんだよね。
まぁ寝る子は育つって言うし、私がいずれ世界を救う勇者のひとりになるのは間違いないから、焦らずゆっくり待てばいっか。
待っていればいつかはゴーレムの手に負えない強敵がやって来るはずだから、ソイツをえいやっと討ち倒し、パパとママに認めてもらって、勇者として一緒に冒険の旅に出るんだ。
それまで連れて行ってもらえないのは不満ではあるんだけど、ガマンガマン。
あ、でも、さっきも言ったみたいに、ひとりの留守番はけっこう楽しいから全然ツラくはないよ。
なにせ好き嫌いをしても、おやつを食べまくっても、夜更かしをしても、私を怒る人は誰もいないんだ。それって最高じゃない?
でもあんまり夜遅くまで起きてると、ペットのリコリヌが「そろそろ寝ようよ」って私の服の裾を噛んで引っ張ってくるんだよね。
リコリヌは全身の毛が朝になるのを忘れたみたいに真っ黒けなんだけど、瞳だけは金貨みたいな色をしてて、姿は犬だったり猫だったりする。
大きい犬と、小さい猫の体型を好きなように変えることができる、ちょっと変わったヤツなんだ。
その正体は犬でも猫でもどっちでもなくて、アルバレッグっていう珍しい動物なんだって。
リコリヌはパパが冒険中に拾ってきて、赤ちゃんの私と一緒にママのミルクを飲んで育ったんだって。
ちなみにお揃いなのはミルクだけじゃなくて、リボンもそう。
私は金色のリボンを髪に付けてるんだけど、同じものをリコリヌは首に巻いて蝶ネクタイみたいにしてるんだ。
初めて会った人からはよく双子みたいだって言われる。
私はリコリヌのお姉さんのつもりなんだけど、リコリヌは私のことを妹だと思っているのかやたらと世話を焼きたがるんだよね。
私が転んでケガしたら真っ先に飛んできて、犬になって傷口をペロペロ舐めてくる。
泣いてても真っ先に飛んできて、猫になって涙をペロペロ舐めてくれるんだ。
それが痛い時とか悲しい時だけなら別にいいんだけど、普段でもおせっかいだからちょっと鬱陶しかったりするんだよね。
夜は猫になって寝かしつけようとするし、朝は朝で犬になってペロペロ舐めて起こしてくるの。
猫のときは小さくて温かいから、懐にでも入れれば一緒に気持ちよく眠れるんだけど、犬のときはかなり大きいから、そんなのでベッドに乗られると踏まれたカエルみたいに「グエッ」ってなっちゃって、嫌でも目が覚めちゃうんだよね。
そんな感じで朝起こされてベッドから降りて、夜にまたベッドに戻るまでの間、私はリコリヌとずっと一緒なんだ。
あ、寝てる間もくっついてるから、けっきょくはずーっと一緒に居るってことになるのか。
まるでママがいつもしている指輪みたいだ……ってそんないいものじゃないか。
まぁ私が姉でも妹でも、別にどっちでもいいんだけどね。この子はうるさいところはあるけれど、普段はいい遊び相手になるし。
家は森に囲まれた草原の中にポツンとあるんだけど、留守番の間はお手伝いも無いから、湖みたいに広々した原っぱでリコリヌと一日中遊ぶんだ。
追いかけっこしたり、木切れを投げて取ってこい遊びをしたり、お昼寝したり、近くにある森「ゼングロウの森」を探検したりするんだ。
私は身軽な格好が好きで、いつもそうしてる。
赤毛のセミロングの髪を金色のリボンでまとめてて、服はいつもシャツとショートパンツ。
これだと動きやすいから、できないことなんかなにもない。走るのも跳ぶのも登るのもなんでもこいだ。
あんまりやらないけど、そのまま泳ぐことだってできる。
そうやって家のまわりを気ままに飛び回りまくってると、水色だったはずの空があっという間に真っ赤っ赤になるんだ。
このあたりの太陽ってすっごいあわてん坊なんだよ。
そのうえ後のほうで本気を出すタチなのか、夕方がいちばん日差しが強い気がするんだよね。
夕日はいつも丸くてクッキリしてて、まるでお城とかにある料理に被さってるフタみたいなんだけど、パカッと開けたらごちそうが出てきそうな感じがして好きなんだ。
たまに木に登って枝に腰掛けて、フタの中には何が入ってるのかアレコレ考えることがあるんだけど、途中でいつも他のことに考えがいっちゃうんだよね。
……そう、今みたいに。
私は森でいちばん高い木の枝に座って、足をぶらぶらさせていた。
空の向こうで小さくなっていく太陽は、ママが焼いてくれるりんごパイみたいな色になっていて、つい食べたくなってお腹の虫も騒ぎ出す。
「そろそろ帰ろっか、リコリヌ」
リコリヌは私の隣にいて、脇目もふらずに木の幹でバリバリと爪とぎしてた。
何がそんなに楽しいのか、それともこの木に恨みでもあるのか、巨大なキツツキが来てたのかと思うほどに木が削れてる。
「あなた木こりにでもなるつもり? 木こりになるなら大声で『倒れるぞー』って言えなきゃダメだってパパが言ってたよ。『倒れるぞー』言ってみなさいよ」
小さな木こり見習いに教えてあげると、手を止めずに「ニャオニャニャニャー!」と得意のニャーニャー語で叫んだ。
「うーん、もっとちゃんと言わないとダメ、みんなにハッキリ聞こえないと危ないんだよ」
「タォニャニャニャー!」
「おっ、すこし良くなった。あともうひと息かなぁ、でももう遅いから続きは明日ね」
黒い毛を逆立てて夢中になっているところを後ろから抱きあげると、リコリヌは名残り惜しそうに開いた手をパタパタさせていた。
そんなに面白いんだったら私も明日やってみようかなぁ、なんて思いながら木を滑り降りる。
木の下でリコリヌを降ろして、一緒にスキップしながら帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます