第21話 トロッコは、二人+おまけを乗せて


 渓谷に面して添うように引かれた軽便軌道。

 その上に放置されたまま停まった一台のトロッコ。

 どう見ても、放ったらかされてからかなり経っている様子。


 だいたいあれ、動くのか?


 途中でくるりとカーブしてるせいで、軌道が何処まで続いてるのかすら判らない。



 けど、奴らから逃げ切るには……。


 迷ってる場合じゃねえ!



 ソモルは、オリンクの提案にのった。


「あいよ! じゃ、行くか!」


 張り切るオリンクの声と同時に、ソモルとラオンの足が地面からいきなり宙に浮き上がった。

 オリンクは、二人を軽々持ち上げて肩に担ぐと、そのまま凄い勢いで駆け出した。



 やっぱこいつの馬鹿力は半端ねえ。


 振り落とされないように、ソモルもラオンもオリンクの頭にガシッとしがみつく。


 右肩にラオン、左肩にソモルを乗せたオリンクはあっという間に軽便軌道の前に到着すると、そのまま二人をひょいっとトロッコに乗せた


 やはり、中もあちこち錆び付いている。トロッコに触れた手にも、赤茶けた錆がべったりこびりつく。


 本当にこのトロッコ、大丈夫か?


 一抹の不安は拭えない。



 続いてオリンクも、ひょいっとトロッコに飛び乗った。

 岩場を、奴ら三人が追ってくるのが見えた。

 オリンクの超速のおかげで、距離はだいぶ開いてる。



「んじゃ、出発進行!」


 まるで遠足気分のオリンクは、場違いに明るい掛け声を上げながら、錆び付き気味のレバーをその怪力で一気に押した。


 ドギュイィィィィィィ〰〰〰!!


 日常生活では絶対に耳にしない類いの音を立てて、トロッコが走り出す。


 走り出す……というか。

 役目を終えて永く休眠中だったトロッコが、いきなり得体の知れない馬鹿力に叩き起こされパニック気味に暴走した。

 そんな表現の方が、絶対に合っている。


 マーズ儀(地球儀のようなもの)をふざけて回転させたような速度で流れ去っていく景色。例えるならば、さながらジェットコースター!

 風を切り、暴走トロッコはとんでもない勢いで軌道を駆け抜けていく。



 この速度、あり得ねえだろっ!

 どんなスタートダッシュだよ!



 風の圧力に全身をあおられながら、ソモルとラオンはトロッコのへりにしがみつく。


「ひゃっほー! 走れ走れ!」


 余裕なのは、トロッコを暴走させた張本人だけ。


「やめろっ! これ以上スピード上げんじゃねえ!」


 もう一発レバーを押そうとするオリンクを、ソモルは慌てて制する。

 スピード摩擦で、車輪が火を吹きかねない。


 ソモルの隣で、ラオンも体を小さく縮込ませたまま、トロッコに必死にしがみついていた。束ねた長い髪が、風に殴られて馬の尻尾の如く逆立っている。


 渓谷に添ってなだらかにカーブする軌道を進みながら、ようやくトロッコのスピードが落ち着き始める。

 あり得ないスタートダッシュで一気に飛ばし、あの岩場からはかなり離れた。

 やり方は滅茶苦茶だが、オリンクのおかげで奴らからは完全に逃げ切った。

 もう少し空気を読んでくれれば、オリンク程頼りになる助っ人は居ない。



 深い渓谷すれすれに引かれた軌道を、ソモルたち三人を乗せたトロッコは絶妙な速度で駆け抜けていく。


 力加減を知らないオリンクをたしなめ、程よいスピード具合を教え込んだかいあって、トロッコは快適な走行を維持していた。



「そういえばオリンク、お前この休みに家に帰るとか云ってたよな」


 少し思考に余裕ができたソモルは、昨日オリンクと仕事場のシャワー室で交わした会話を思い出した。家に帰る用があるからと、オリンクは明日も休みを取ってる。


「うんそう。丁度帰る途中だったんだ」


 そうか。

 だからこの荷物か。


 オリンクの背中に揺れる大ぶりのナップザックに、ソモルはチラリ視線を移す。


「お前ん家って、こんな岩場の近くなのか?」


 見たところ民家どころか、オリンク以外人すら見かけなかった。

 ずいぶんと辺鄙へんぴな処に棲んでいるものだ。


「ううん、おいらん家はもっと別の方向。遠回りして帰ってたんだ」


 どんな遠回りだよっ!


 突っ込んだところで、オリンクからまともな答えが返ってくるわけがない。


「けどさ」


 云ってオリンクは、真ん丸な眼でちろっとラオンを見た。そしてそのまま、ソモルを見る。



「お前たち、なんで追われてたんだ?」


 オリンクが、一切の邪気のない眼で純粋に尋ねてきた。


 なんで、○○は○○なのー?


 そんな疑問珍問を投げ掛けてくる、素朴なちびっこを思わせる眼差し。



 なんで……?


 それは、ソモルとラオンだって知らない。

 いきなり銃を向けられて、絶対ヤバそうだったから逃げた。

 それが、全て。


 渡してもらおうかしら。


 女が云ったその言葉から、ラオンが狙われてる事はまず間違いない。

 銃を撃って来なかった事から、あれは単なるおどし。


 ラオンに危害を加える気はないのだろう。

 ラオンの素性を知った上で、なにかに利用しようとしている……?



「判んねえ、追われてる理由なんて、俺たちが訊きてえ」


 訊いたところで、ラオンを渡す気などさらさらないが。


 今のソモルがする事は、ただひとつ。

 何がなんでもラオンを守るという事。



 全力疾走の疲れもだいぶ癒えたのか、ラオンはトロッコの縁に掴まって流れる空を眺めていた。

 空の低い部分は、ほんのり青が混じり始めてる。

 昼間は赤みがかったマーズの空は、夕暮れには青く染まる。



「……なんか、散々だったな」


 空に向けられたラオンの翡翠の綺麗な眼が、ソモルの方に傾く。

 風に包まれたラオンは、柔らかく笑って首を振った。


 低い太陽が、渓谷の隙間から二人を照らす。

 光の仄青い粒子に飾られたラオンが、真っ直ぐにソモルを見詰める。


 ソモルは今置かれた情況もオリンクが同乗してる事も忘れて、うっとりとラオンに見とれていた。


 この錆びだらけのトロッコが、レジャーランドのアトラクションとかだったならば、きっとこの上なくドラマチックでいい雰囲気だっただろう。


 デートとしては、最高潮のムード。



 ラオンが、ソモルに何かを云った。


 けれどその声は、別の音に奪われた。



 ガッコンッ!!


 そして、叩きつけられたような衝撃。


 その衝撃に反射的に眼を閉じ、そして開いた時にはソモルの体は宙に浮いていた。



 へ? なんだ、これ……?



 にわかには、信じられない光景。

 トロッコが、視線の斜め下に見える。



 あれ? 俺、あれに乗ってた筈なんだけど……。



 ソモルが今居るのは、足場のない渓谷の真上。

 体が、完全に空中にある。


 ふと横に眼を向けると、ソモルと同じような状態でラオンの体も宙に浮いていた。



 ……ラオン!


 何が起きたのかわけも判らないまま、ソモルは反射的にラオンの方に手を伸ばす。



 ソモルの手が、宙を掻く。

 ラオンの体には、届かない。



 そこでようやく、自分たちはトロッコの外に投げ出されたのだと理解した。

 トロッコの車体は、軌道にあった何かの障害物に当たって脱線したらしい。

 一度大きく跳ね上がったトロッコは、そのままうまい具合に元の軌道に着地していた。

 一人だけ放り出されずに無事だった、オリンクと一緒に。



「はれー?」


 惚けた声を洩らして、オリンクがトロッコの中から高みの見物で二人を見送る。


 そのままオリンクとトロッコが、上空に遠ざかる。


 いや、逆だ。


 ソモルとラオンが落下していく。

 オリンクに突っ込む余裕もなにもない。



「ラオン‼」



 急降下する空気の圧に押されながら、ソモルは叫んだ。

 自身の身の事など、これっぽちも頭になかった。



 ラオンが、ソモルを見る。

 そして、ソモルに向けて真っ直ぐに手を伸ばす。


 ソモルは死にもの狂いで宙を掻きまくる。



 ラオン!


 もう少しで、届く!


 指先が、僅かに触れた。


 その指を、必死に手繰たぐる。



 無我夢中に、ラオンの手を掴む。


 そのまま、力いっぱい引き寄せる。



 ラオンの体をぐっと抱えるように、ソモルは両腕で包み込んだ。



 何がなんでも、ラオンは俺が守るんだっ‼



 二人は、ひとつの形になったまま、流星のように深い谷間に落ちていった。



          to be continue


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る