第20話 渡すわけねえだろっ!
「さあ、渡してもらおうかしら」
造ったようなわざとらしい笑みを口元に、中心の女が云った。
渡せって……まさかこいつらも、ラオンを……?
どう見ても連中は、ジュピターのSPではない。そして、善人であるようにも見えない。
女の左右に立つ男二人の顔に、表情はない。けれどその眼は、標的を定めたように一切動くことなくこちらを見ている。
なんだ、なんでこいつら、ラオンを……。
こいつらは、ラオンの素性を、知っている……?
ラオンがジュピターの姫だと知った上で云っているのであれば、これはあまり、いや、だいぶいい状況ではない。非常にまずいパターンしか浮かばない。
身代金目当ての、誘拐?
いや、多分そんなケチな事ではない。
宇宙一の大惑星を敵に回してまで、あまりにリスクが高過ぎる。
だとしたなら連中の目的は、もっととんでもない事……。
いや、目的はともかく、こんな見るからに危ない連中に、ラオンを渡せるわけがない。
「なんなんだよ、あんたら」
ラオンを背中に隠して、ソモルは声も低く凄んでみせる。
「聞き分けが悪いのね」
女が、ざらりとした声で云った。
云いながら、何かを握った手を二人に向ける。
女の手の中の黒く冷たいものが、真っ直ぐに伸びた。
それがなんなのかは、すぐに理解した。
ソモルの心臓がびくりと飛び上がり、そして全身総毛立つ。血の気が引くというのは、こういう事なのだろう。
これは、
向けられた銃口を見詰めながら、ソモルは固まる。
喉がカラカラに渇いて不快に張りつく。その一方で、手のひらと脇の下は冷や汗でびちょりになっていた。
強張ったソモルの顔を見て、女が銃を構えたままにやりと笑う。
背中に滲む汗の冷たさとラオンの気配を同時に感じながら、ソモルはこの事態をどう奪回すべきか必死に探っていた。
下手をすれば、ラオンを危険に晒す事になる。
けど……。
やつらの指示に従うという事は、ラオン自身を渡すという事……。
……ふっざけんなよっ!
こんなヤバい連中に、ラオン渡すわけねえだろっ!
そんな事してたまるかよっ!
どんな事したって、ラオンは俺が守るっ‼
「ラオン!」
ソモルは身を
そのまま飛び込むように、更に狭い路地へと曲がる。
無我夢中だった。
やつらの足音が後ろに続いてくるのが聞こえた。
銃声はしなかった。
幸い、やつらは本気で撃ってくる気はないようだ。街の中だから、撃つのを
やつらはきっと、目立つ事はしたくないのだ。
なら、人がたくさん居る処に逃げた方がいいのか。
大通りに、出るか?
けれどそうすれば、ラオンを探すSPにも見つかる。
そこで、ソモルはぐらり揺れた。
これは、緊急事態だ。
ラオンの身の安全を考えれば、SPに助けを求めた方がいいに決まっている。
ソモルのエゴだけでラオンを連れ回すのは、最善の策ではない。
銃を持った相手に、俺、何ができる?
強がってみたって、こうしてラオン連れて必死に逃げる回る事しかできねえじゃん。
俺にできる事は、多分ひとつしかない。
苦しい、答え。
ラオンを無事に守りきって、SPに保護してもらう事。
情けないが、それが一番いい方法だった。
一緒に居られる筈だった後数時間を放棄してでも。
走りながらソモルは、ラオンの足がどんどん重くなってくのに気づいた。
ずっと走りっぱなしで、ラオンの体力が限界に近いのは間違いない。
「ラオン、もう少しだから、頑張れ!」
腕の中で、ラオンが僅かに頷く。
壁と壁すれすれの間を、ソモルとラオンは重なるようになって走った。
入り組んだ路地は長く、何処までも複雑に絡まるように伸びている。すぐに何処からか大通りに抜けられると考えてたソモルは、次第に焦りを覚え始めた。
逃げながら時折通りに出られそうな隙間は見つけるものの、物が積んであったり何かしら邪魔があって進めそうにない。
道が狭いおかげで、連中は追って来るのに苦戦してるようだった。
ソモルたちですらギリギリの幅の通路は、長身の大人にはかなりきつい。
ざまあみろっ!
そうこう逃げ回るうちに、路地裏の細い道は唐突に終わりを迎えた。
吐き出されるように路地から飛び出したソモルとラオンを出迎えたのは、人のごった返す大通りではなく岩だらけの空が開けた場所だった。
えーっ! なんだよここはっ!
一体何処をどうして、こんな処に出てしまったのか。
マーズには、こういう切り立った岩場や砂漠などの場所がやたらと散らばっている。だから街中を抜けた先に、いきなりこんな場所が現れても不自然ではない。
まずった!
人の多い場所に逃げ込む筈が、人の影ひとつない。
こうなってしまったら、もうとにかく先に逃げるしかない。
「ラオンごめん! ちょっと予定が違っちまったみたいだ」
ラオンは、大丈夫、と言葉にする代わりに頷いた。
ソモルを見上げたその眼は、しっかりと力強かった。
二人は、岩場を走り出した。
ごつごつと足元は悪く、疲労が溜まったふくらはぎや太ももにキツい。
岩場の横は、渓谷に面している。
多分、深い。
背後に、足音が聞こえた。
二人にだいぶ遅れを取りながら、奴らも路地を脱出してきてしまったようだ。
ヤバい、やつらに追いつかれる!
くそっ!
ラオンを抱えるように庇いながら、ソモルはがむしゃらに走った。
走りながら岩場の先に眼を向けたソモルは、傾いた陽射しに伸びるひとつの影を見つけた。
人、人だっ!
荷物を背負った、ちょっとガタイの良い後ろ姿。
「助けてっ!」
ソモルは、反射的に叫んでいた。
冷静に考えたなら、助けを求めるべきではないのかもしれない。見ず知らずのこの人まで巻き込んで、危険に晒す事になる。
けれど今のソモルに、そんな事を考えている余裕などなかった。
ラオンを守る。
その事だけで、頭がいっぱいだった。
「ほえっ?」
場違いに間抜けな声を洩らして、その人が振り向く。
振り向いたその顔を見て、ソモルは仰天した。
「オ、オリンク⁉」
それはソモルの仕事場の相棒、怪力オリンクだった。
「ソモル~! なんだあお前、どうしてこんなとこに居んだあ?」
オリンクが、嬉しそうにニカッと笑う。
それは、こっちの台詞だよ!
「なんだソモル、友達と一緒か」
ソモルが庇って抱き抱えたラオンを見て、オリンクが云う。
彼女か? とか冷やかしたり詮索しないのがオリンクらしい。
オリンクと妙に呑気なやり取りに調子を狂わされていたソモルは、近づく足音にはっと現実に返る。
「オリンク、俺たち、ヤバい奴らに追われてんだ!」
オリンクは、人並み外れた怪力の持ち主だ。
素手であんな連中をのすくらい、朝飯前。
けれど今のところ撃ってくる気配はないにしても、相手が銃を持ってるとなればそんな事は頼めない。
とにもかくにも、今はこの場をどうにか逃げ切りたい。
「そっか」
鬼気迫るソモルの台詞に対して、絶対に事態を理解してない様子でオリンクが相づちを打つ。
「んじゃあさ、あれで逃げちゃう?」
オリンクがにんまり笑って親指で指す方向には、一台のトロッコが停まっていた。
to be continue
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