第16話 ワンコインの幸せ
それからソモルとラオンは、手を繋いで賑やかな街を歩いた。
お互いに、黙ったまま。
けれど、手のひらはぴたりと繋がってた。
ソモルはジュピターの追っ手の気配に神経を張りながら、それでもラオンに合わせてゆっくり歩調で足を進めていく。ラオンに負担をかけないように、ゆっくり小さな歩幅で。重ねた手のひらからラオンの存在を確かめ、噛み締める。
時折感じる、ラオンの指の僅かな動き。握った手のひらの力具合、そして体温。
ソモルの皮膚が、敏感に拾い上げる。
言葉は交わさずとも、二人は結び合わさっていた。
心の一番、柔らかな部分で。
ソモルには、そう感じられた。
だからこの時間が、じわりじわりと満たされてく。
ラオンの手、なんでこんなに柔らかいんだろ。
ソモルの手の中にすっぽりと収まる程に小さな、ラオンの手。
まるでマシュマロみたいにふわふわしている。
他の奴なんかには、絶対に触らせたくない。
そんなもどかしい独占欲が、ソモルの内側をじわじわと支配していく。ラオンを独り占めにしたくて堪らない。本当は、もう何処にも帰したくない。
こんな気持ち、身勝手なんだろうか。
不意に、ラオンが立ち止まった。
ラオンの手にくいっと引っ張られ、ソモルも一瞬遅れで立ち止まる。
「どうした、ラオン」
ラオンは、道の端に並んでる露店の方に眼を奪われてた。
だいぶユニークなタッチの似顔絵屋と、ちょっと買うのがためらわれる程に傷んだ服ばかりの古着屋との真ん中に挟まれて、アクセサリーやらマスコットやらの露店がある。
ラオンの目線は、真っ直ぐにそこに向いていた。
ラオンもやっぱ、こういうの好きなんだな。
そうだよな、女の子だもんな。
夢中で視線を釘付けにしてるラオンの様子が可愛く、ソモルの強張り気味だった口元が弛んだ。視線を虜にさせているラオンを、そっと覗き込む。
「見てみるか?」
「うん」
ラオンは嬉しそうに頷いて、ソモルの手を引くように露店に駆け寄る。心地好い力で手を引かれながら、ソモルははしゃぐラオンの後ろ姿をくっきりと刻みつけた。
午後の太陽の陽射しを受けて、キラキラと星のようにに光るガラス玉で造られたアクセサリー。
それを物色するラオンの眼は、それに負けないくらいにキラキラと輝いてた。
そんなラオンのひとつひとつの仕草を、ソモルは見詰めた。真っ直ぐに堂々と見詰めても、ガラス玉に夢中になっているラオンは気づかない。
こんな造り物のガラス玉よりも、ラオンの眼の方がずっと綺麗だとソモルは思う。
そんな恥ずかしい事、絶対口には出せないけれど……。
何か気に入った物を見つけたらしく、ラオンの瞳の焦点が一点に結ばれた。
ラオンが眼をつけたのは、端っこの方に目立たなく置かれた何かの動物のマスコットだった。
モコモコした生地でできた、手のひらサイズのぬいぐるみ。同じ形をしたぬいぐるみが五個、お行儀良く綺麗に並んでいる。
ぱっと見では、何の動物を
「これは、
牛乳瓶の底を連想させる分厚い銀縁眼鏡の、これまた性別すら判断つかない売人が云った。
「ふぅん」
ラオンがぬいぐるみのモコモコを指先でぷにぷに押した。まるで睨めっこするみたいに、真ん丸な眼でぬいぐるみを見詰めながら。
ソモルはラオンに気付かれないように、ズボンの尻ポケットの財布を探った。ラオンに、何か形のあるものをあげたい。
ラオンの記憶に、ずっと残るように。
今日二人で一緒に過ごした時間を、絶対に忘れないでいて欲しいから。
「それ、いくらですか?」
ラオンの後ろから、牛乳瓶底眼鏡にソモルが尋ねる。
「500ムーア丁度です」
商売人独特の笑顔で、牛乳瓶底眼鏡が答える。
ワンコイン。
ソモルは500ムーアコイン一枚を、差し出された瓶底眼鏡の手のひらに乗せた。
「ラオン、どの色のヤツがいい? 好きなの選べよ」
ラオンが、くるっとソモルの方へ振り向いた。
翡翠の大きな眼を真ん丸にして、ソモルを真っ直ぐに見詰める。
「いいの?」
ソモルが頷くと、ラオンは嬉しそうに笑った。
街路樹の淡い零れ陽を受けて、キラキラと。
今の瞬間のラオンも、ソモルの記憶のフィルムにくっきりと焼きつける。
一生忘れたくないものが、またひとつソモルの中に増えた。
「僕、この色にする」
赤、青、緑、黄、ピンク。
ラオンは、一番端の青いガラス玉のマスコットを手に取る。
「ありがとう、ソモル! 僕、絶対大切にするね」
ラオンはモコモコの
ふわふわの感触を楽しむように、真っ白な頬っぺたに寄せてみたりしながら、もう一度
「ありがとう」
と云ってにっこりする。
すげえ喜んでる! 買ってあげて良かったあ!
ラオンが喜んでる顔が見れて、俺もすげえ幸せだよ♡
こんなに可愛いラオンが見れて、むしろ俺の方がありがとう!
「ラオン、青が好きなんだな」
ぬいぐるみをずっと指先でモコモコしながら楽しそうにしてるラオンに、ソモルは何気なく呟いた。
ちょっと意外だったから。
ラオンはてっきり、赤とかピンクを選ぶと思っていた。
そんなソモルを、ラオンが少し上目使いに見上げる。
「だってこの青、ソモルの眼の色に似てたから」
えっ……!
ラオンは頬でぬいぐるみをモコモコしながら、ふふっと笑った。
天使の笑顔。いや、可愛い過ぎる無邪気な悪魔?
ソモルの心は、ロケット花火で打ち上げられたように急激に高揚していた。
……そんな嬉しい事云われて可愛く笑われたら、俺、期待しちゃうぜ。
いいのか、ラオン?
俺、すげえ単純なんだからさあ……。
to be continue
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