第15話 謝るのは、俺の方だから……
心臓が、ドッドッと叩きつけるように激しく波打っていた。
体中が、火をつけたように熱くなっていく。
わけの判らない連中が、ラオンにちょっかい出そうとしてる。その状況を目の前に、ソモルの頭に一気に血が駆け上った。
なんだ、あいつら!
ソモルは弾かれたような勢いで、ラオンの元へ駆け出した。
「ねーっ、いいじゃん! 俺たちがさあ、この街の楽しいとこに案内してあげるからさあ」
「何、一緒に来てんのって女の子? やっぱ君みたいに超可愛い
「おいっ、ラオン!」
そのふざけた連中の言葉をぶったぎるように、ソモルは荒っぽくラオンを呼んだ。
ラオンの肩に触れようと伸ばしかけた少年の手が、びくっとして宙で止まる。その声の剣幕に、連中は驚いたような視線をソモルに向けた。
ラオンに触れようと伸ばされたままの格好で静止した手。装飾品をジャラつかせたその手を叩き落としたい衝動を、ソモルはぐっと堪える。
チャラい感じのその連中は、鳩が豆鉄砲食らったような間抜けヅラでソモルを見ていた。
そこら中に増殖してるような、頭の悪そうな二人組。
可愛い女の子を見つければ、舌舐めずりして近づいてくるような、程度の低いゲス連中。
ソモルは、腹の底からせりあがる程の憤りを感じた。
このナンパ野郎どもがっ!
馴れ馴れしくラオンに話かけてんじゃねえよっ!
そのにやけたやらしい眼で、ラオンの事見んじゃねえっ!
クソッ! すげえムカツク‼
脳内をアドレナリンで満たしたしたまま、ソモルはその連中を睨み付けた。
「いくぞっ」
ソモルは連中の低俗な視線から引き剥がすように、ラオンの手を強引に引いた。
一秒でも、奴らの眼にラオンを晒すのが耐えられなかった。
ラオンはそんなソモルの剣幕に僅かに驚きながら、それでもその手に引かれて歩き出す。
「なんだよ、彼氏連れかよ」
舌打ちの後に、連中が捨て台詞のように吐き捨てるのが聞こえた。
腹の底から憤りながらも、ソモルはその一言に頭の片隅で軽く優越感を覚えていた。
「ごめんね」
ソモルに手を引かれたまま後ろを歩くラオンが、小さく呟いた。
「……なんで、ラオンが謝ってんだよ」
速歩きで足を進めながら、ソモルは肩越しにちらりと後ろのラオンを覗き見る。
「だって、僕がすぐに約束した樹の下に行かなかったから……」
消え入りそうにか細い、ラオンの声。
チクリ。
小さな氷の欠片が刺さったように、ソモルの心に冷たい痛みが走った。
ラオンは多分、勘違いしてる。
約束した樹の下にラオンがすぐに来なかったせいで、ソモルが怒っているのだと。
まずい。
「違うよ、俺、そんな事で怒ってんじゃねえし! ラオンが謝る必要なんて、全然ねえし!」
ソモルが慌てて弁解する。
やばい……。やってしまった……。
一瞬でも、ラオンを悲しい気持ちにさせてしまった。
ラオンに楽しい思い出だけ残してあげようと、さっき決めたばかりなのに。
あんなつまらない連中に嫉妬し腹を立てて、ラオンを悲しい気持ちにさせてしまった。
俺、何やってんだ……。
酷く自分が情けなく、そんな駄目な自分を晒してしまった事が、どうしようもなく恥ずかしいかった。ソモルは強く唇を噛み締め、自分を痛めつけるようにして悔やんだ。
怒り任せに速足で、ラオンの事を無理矢理引っ張って歩いて……。
ラオンは小走りになって、そんなソモルに必死で付いてきてくれていたのに。
そんな事すら、頭がのぼせ過ぎて気づけなかった。
あんな連中がラオンに話かける隙を与えてしまった事が無性に腹立たしくて、
自分自身にさえ頭にきて、無意識に当たり散らしてしまっていた。
俺、ラオンの事が一番大切なのに、その大切なラオンを知らない間に傷つけてた……。
ソモルは速かった歩調を緩めて、そして立ち止まった。
強く握り過ぎていた、ラオンの手。
指先に入った力を、ゆっくりとほどく。
緩く繋がった二人の手の隙間に、風が入り込む。ひんやりと冷たい、汗の温度を知った。
「……謝るのは、俺の方だから」
口ごもるように呟いて、ソモルはうつむいた。
ラオンの事が、見れなかった。
緩く繋がったままの、ソモルとラオンの手。
ほどけかけた、指と指。
いたたまれなくなって離そうとしたソモルの手を、ラオンの指がつなぎ止めた。
ドキリとして、ソモルは動きを止める。
中途半端に固まったソモルの手を、しっとりと柔らかいラオンの手が包み込むように握り締めた。
to be continue
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