第14話 云いにくい事

 首都ファインの街は、呆れる程に広い。


 ラオンを探すジュピターの追っ手の眼を逃れる為、二人は通り沿いをひたすら真っ直ぐ真っ直ぐ進んでいく。


 ソモルは人目からラオンを隠すように肩を抱いたまま、周囲に入念な警戒心を配りながら歩いた。

 通りを進みながら、黒い格好の人を見つける度にヒヤリとする。ガタイの良いおじさんは、皆ジュピターの追っ手に見えてしまう。


 意外と観光市民に紛れ込んで、実は尾行されているのではないかとか、切りがなく疑ってしまう。

 警戒し始めたら、もう底がない。


 そうやって歩いていくうちに、二人はさっきまでの混雑からはだいぶ落ち着いた場所に来ていた。


 神経過敏に辺りをきょろきょろと伺いながら、ソモルはラオンの肩をずっと抱いたままだったのに気づいた。

 人ごみに紛れてだと、つい気が大きくなって大胆な事をしてしまっていたが、こうして人も空いたとこに出るとなんだか急に照れ臭くなってきた。



 肩を抱く……というか、ほとんど後ろから抱き締めてるくらいに密着している。


 その距離の近さを意識して、ソモルの体温と脈拍が急激に上がっていく。

 顎に当たる、ラオンの頭。

 長い髪が、さらさらと首筋をくすぐってくる。


 ……ぞわぞわした。


 俺、今頃になってやばいくらい過敏に反応してる。

 周りからは、俺たちどんな風に見えてんのかな……。やっぱ、仲のいいカップル……?


 そうだよな、きっと友達同士には見えねえよな。だって、こんなにくっついてるし……。

 彼氏と彼女の、距離だよな……これって……。


 ラオンとの近さを噛み締める程に、胸の奥がせつなくぎゅっと締め付けられる。


 やばっ、幸せ過ぎ……。


「ソモル」


 ソモルに肩を抱かれたままずっと黙って歩いていたラオンが、消え入りそうな声で呟いた。


「あ、あん? どうした?」


 不用意に話かけられ、ソモルは必要以上にドギマギしながら応える。



「……トイレ、行きたい」


 少しの間の後、ラオンは云いにくそうに、小さくそう呟いた。



 ……そうだよな、いくら当たり前の生理現象とはいえ、この状況で女の子からは云い出しにくいよな。

 俺、全然そういう事に気ぃ回してやれてなかった……。


 ……全く、俺ってば反省する事ばっかじゃん。

 デートなんだぜ。俺がそういうとこ、ちゃんとカバーしなきゃいけねえのに……。



 何処にジュピターの追っ手が潜んでるかも知れない状況。

 本当は常に連れ添ってやりたいところだが、こればかりはそうもいかない。


 少し歩いて見つけた、広い公園の手近な公衆トイレ。

 女子の方は少し混んでる。順番待ちの列が外まではみ出していた。


 取りあえずトイレから数メートル先の樹の下で落ち合う事にして、ソモルとラオンは男女の入り口にそれぞれ別れる。まさか女子トイレに追っ手が潜んでるとか、そんな事はないだろうな。ほんの僅かな心配も過るが、女SPが同行していない事を祈るしかない。


 ソモルはさっさと用を済ませると、一足先に樹の下でラオンを待った。


 女子の方はもう少しかかりそうだ。列の長さはさっきと然程さほど変わらない。

 あまり女子トイレの方ばかり見てると何か勘違いされそうなので、ソモルは視線を上に移した。


 ふさふさ風に煽られる手のひらみたいな葉っぱの間から、マーズ独特の赤っぽい空が覗いてる。


 太陽、高いな。今、正午くらいかな。

 後何時間くらい、ラオンと一緒に居られんのかな……。


 不意にそんな事考えてしまい、胸がチクリと痛んだ。

 せめて陽が沈むまで、できるなら一番星が見える頃まで、一緒に居たい。


 ラオンに、たくさんいい思い出作ってやるんだ。

 絶対忘れたくないと思ってもらえるような、いい思い出を。


 俺が、しっかりリードしなきゃ。



 ……ラオン、遅いな。女子トイレ、すげえ混んでたもんな。

 あちゃ~、女子の方、さっきより並んでる。列が入り口のだいぶ外まで達してるし。

 もうちょっと、かかるかな……。



 視線を動かしたソモルは、トイレのすぐ脇の水飲み場の前にラオンの姿を見つけた。

 なんだ、もう済んでたのか。


 ソモルは、変な違和感を覚えた。同時に、嫌な感覚も。


 ……ん? ラオンの前に、変な奴が居る。


 ソモルと同じ歳頃の少年が、二人。見るからに不誠実そうな外見。

 ラオンに、何かを話かけてる。



 なんだ、あいつらっ!


 ソモルの腹の底が、カーっと熱くなった。 



         to be continue






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