第13話 構わねえよ
マーズ王の生誕祭に湧く、首都ファインの街。
ひしめき合う人の波を、ソモルとラオンはくねるようにすり抜けていく。
絶え間なく行き交う人々。ラオンが人にぶつからないように背中で守りながら、ソモルはゆっくりと進んだ。
しっかりと繋いだ手と手。背中から、ラオンの存在を受け止める。
今、ここに居るラオンを。ソモルの傍で、呼吸するラオンを。
ラオンを意識して感じる度に、体の中心が熱くなる。騒ぎ立てる血流が、気持ちを高揚させていく。頭がふわふわしてた。
ラオンと過ごす一秒一秒が、ソモルの全てになっていく。
街はこんなに人で溢れかえってるのに、まるで二人っきりで歩いているような気分だった。
変だよな……。
繋いだラオンの手の感触だけが、ソモルの全ての感覚を占領している。興奮気味に汗ばんだ手のひらから、ラオンの感覚がソモルの全身を埋め尽くしていく。
触れた手と手から、互いの体温を交わし合う。傍に居る事を噛み締めながら。
俺のこの背中で、お前をずっと守っていけたらいいのにな。ソモルはそんな事を思いながら、ラオンの小さな手をぎゅっと包み込む。
……ダメだ、顔、にやけちまう。
ラオンと二人で屋台のチキンサンドを買って、少し早い昼飯を街路樹の木陰に座って食べた。互いの毎日の事、そんな何でもない話をしながら。
ラオンはソモルの仕事の話を興味津々で聞いていた。チキンサンドを食べるのも忘れて真剣に聞き入るラオンがやたらと可愛くて、ソモルはにやけそうになるのを堪えるのに苦労した。
飲み物は自販機で買った。ソモルが炭酸ジュースで、ラオンは紅茶。取り出し口に落ちた缶の片方を、ラオンに手渡す。
「ありがとう」
零れ陽に照らされたラオンの笑顔を、ソモルはくっきりとその眼に焼き付ける。
やばいくらいに俺、今幸せだ……。
終わりなんて来なければ、本当はもっと幸せなのにな。
終わりが来る事を知っているから、一瞬一瞬のラオンを絶対に見逃したくないと思う。砂漠の中心で、手のひらに掬い上げた水が指の隙間から一滴零れ落ちる事すら惜しむように。
ソモルは視線で、ラオンの事を追いかける。その形を見詰める。指の隙間から、一滴も零れ落ちてしまわないように。
今だけは、絶対に離さねえんだ。
不意に眼が合ったって、もう動じない。
俺の気持ちがお前にバレたって、もう構わない。構うもんか。
軽い腹ごしらえを終えたソモルとラオンは、また賑わうファインの街を散策した。
物珍しそうにあっちこっちに眼を奪われているラオンを視線で追いかけながら、ソモルはもう一度さりげなく手を握る機会を伺っていた。
また少し人でごった返した場所に出て、ソモルはチャンス到来、ここぞとばかりにラオンの小さな手に自分の手を差し伸ばす。
「ソモル」
瞬間、ラオンがいつになく険しい調子でソモルを呼んだ。ソモルは思わずぎくりとして、伸ばしかけた手を引っ込めた。
俺の
「ソモル、あれ」
ラオンは少しひそめた声でもう一度ソモルを呼んで、人ごみの向こうを指差した。ソモルはラオンの指の方向を、眼で辿っていく。
往来する人の波。その中に混じった、見るからに場違いな雰囲気の集団。
やたらにガタイの良い、黒服の男たちが数人。その男たちの中心に、痩せて小柄な白髪頭の老夫が一人。うっかりカラスの群の中に、ニワトリが一羽混じってしまったくらいに浮いていた。
……ん? なんかこのじいさん、見覚えがあるような……。
何か、非常に思い出したくない顔。ソモルの頭が、その記憶をほじくり出す事を拒絶している。
「ジイやたちだ」
あれこれ考えているソモルの横で、ラオンがぼそりと洩らした。
云われて、ソモルは完全に思い出した。
そうだ、あのじいさんはっ……!
ジュピターの姫ラオン直属の、ジイや。
前にラオンと過ごした3日間、ソモルはあのじいさんにトラウマになりかねない程、散々な目に合わされた。そりゃあ、思い出したくもなくなる……。
できれば、忘れていたかった。
やべえな……、あのじいさんとこんなとこで出くわすなんて。
あの黒服の男たちは、多分ジュピターお抱えのSP。間違いなく、ラオンを探している。
まあ、それはそうだろう。置き手紙ひとつ残して一人で城を脱け出した姫様を放って置いてくれる程、ジュピターのおエライさんがお人好しなわけもない。それで万事OKだと思っているのは、ラオン本人くらいだ。
ジイや一行は、人ごみの中をあっちこっちと視線を
どうする……。
ソモルは、ぐっと唇を噛み締めた。
ここで見つかってしまったら、ラオンは間違いなくこのまま連れ戻される。見逃してくれるわけがない。
そんなの……、そんなの、ぜってぇ嫌だっ!
渡さねえって、今日だけは、絶対誰にも渡さねえって決めたんだ!
「ラオン、来いっ」
ソモルはラオンの腕を少し強引に引いた。
人の流れに逆らって、そのまま逆方向へ進み出す。
ラオンのワインレッドの髪は目立つ。なるべく辺りに紛れるように、ラオンを庇いながらソモルは人を掻き分けていく。
できるだけ、連中から離れるんだ。ラオンを奪われてしまわないように。
強い独占欲のようなものに支配され、ソモルはいつの間にか、自分でも無意識のうちにラオンの体を引き寄せていた。肩を抱くようにして、賑わう街を人にぶつからないように進んでいく。
ラオンの華奢な肩を、必死に包み込む。
信じられないくらい、くっついていた。体温が重なり合う。
俺の
ドキドキしてる心臓の音も、もしかしてバレてんのかな……。
でも、いいや。そんなのもう、気にしねえ。
だって、今はもっとこうして、くっついていたいから。
……離れたくねえんだ。
全部バレたって、構うもんか。
ドキドキしてんのも、ちょっと下心があるのも、今すげえ嬉しい事も。
お前の事、すげえ好きだって事も。
全部、全部気づかれたって構わねえよ。だって、
言葉にする勇気もねえくせに。全部気づいて欲しいなんて、むしが良過ぎだよな、俺ってば……。
ラオンの体温を感じながら、ソモルは止めどない想いを巡らせていた。
to be continue
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