第8話 星を結ぶ二人

 夜の街を抜けて、丘の上にあるソモルの小屋に着いた後、ラオンは星を見上げながらはしゃいだ。

 ラオンは数知れぬ星の中から器用に星座を見つけては、嬉しそうにソモルに教えた。ラオンが指差す夜空を見上げてみたけれど、ソモルにはどの星と星が何座なのか全く見当すらつかなかった。そもそも星を結んで像を描くという行為自体が、ソモルにはピンとこない。そのイメージすら難しい。

 そういう繊細でロマンティックな作業は、どうやらソモルには向かないようだ。


「小さい頃、点と点を結んで形を造る遊びが大好きだったんだ。星座を探すのって、それに似てるね」


 ラオンが、綺麗な指で夜空をくるくるとなぞりながら云った。そんな遊びすらした事のないソモルには、やっぱり判らなかった。


 夜もだいぶ深まり、揃って小屋に入り扉を閉めると、ソモルはいよいよ落ち着かなくなっていた。

 狭く薄暗い小屋の中に、ソモルとラオン、二人きり。

 

 ソモルは一瞬呼吸を止めて、そして大きく息を吐き出す。変な汗が出た。

 心臓が、ソモルの心をそのままに、トックントックンと激しく速く波打っている。


 二年前と同じ、二人だけで過ごす二度目の夜。

 あの時と同じ状況。けれど、微妙に違う。

 ソモルもラオンも、あの頃は二人とも、純粋に子供だった。けれど思春期に足を踏み入れてしまった今、もう子供とはくくりきれない。コーヒーに一滴ミルクを垂らしたくらい、大人が混じり初めている。


 ソモルは閉めた扉の取っ手を握ったまま、ゆっくり振り向いた。

 木目の天井から吊るされた裸電球の夕陽のような明かりに照らされながら、ラオンはソモルのベッドにちょこんと座っていた。膝下を宙ぶらりんに揺らしながら、小首を傾げるようにしてソモルを見ている。その仕草が妙に可愛らしくて、取っ手を握り締めたソモルの手のひらに汗が滲んでくる。


 ソモルは、本気で不味いと感じた。このままでは、雰囲気に呑まれてしまう予感がした。手遅れにならないうちに、何か話さなくては……。


 別に、いけない事を考えているわけではない。けれど、夜の魔力にとりつかれ、余計な事を吐露したり、してしまうのだけは避けたい。


「あ……、寝間着貸してやるよ! その格好、眠りづらそうだからさ」


 咄嗟に口を突いて出た言葉が、それだった。下心を深読みされかねないような台詞を吐いてしまった事を、ソモルは僅かばかり後悔した。けれど、云ってしまった手前、後には引けない。


 ラオンに合うような服、あったかな?

 そんな事を考えながら、ソモルの視線は無意識にラオンの方へ向かう。ラオンが身に付けているのは、シンプルな半袖に、つなぎのズボン。その出で立ちは、二年前と同じ。ただ、あの時巻き付けていた不自然なマントはしていない。

 城ではもちろん、やんごとなき姫らしくそれ相応のものを身に纏っているのだろうから、外に抜け出すに相応しいような服はこの一枚しか持ち合わせていないのだろう。このままとこに就くには、確かに窮屈そうな格好。


 ラオンの服装に眼を向けていたつもりが、いつの間にか体の線をなぞっている自分に気づき、ソモルは慌てて視線を逸らした。

 意識した為か、体がますます火照ってくる。


 ソモルはわざと壁の方を向いたままラオンの前を通り、服のしまってあるチェストの引き出しを引いた。


 ……ろくな服、入ってねえ


 普段着、仕事着兼用のような、汚れて衿元が伸びきったTシャツやらタンクトップばかり。ソモルは必死に、他の引き出しの中もあっちこっち引っ掻き回す。ようやく奥の方から、新品のTシャツ一枚を発掘した。

 下は……辛うじて、綺麗目なスエットが一枚見つかった。


「ほら、これ」


 ソモルが、苦労して探しあてたその上下セットを、ラオンに差し出す。何故だか照れ臭い気がして、ラオンの顔がまともに見れない。


「ありがと」


 ラオンは素直にそれを受け取った。その様子にぎこちなさは見られない。取り乱しているのは、やっぱりソモルだけ。


「ソモル」


 ラオンが、僅かに躊躇ためらうようにソモルを呼んだ。ソモルの心臓が、思わず跳ね上がる。

 ラオンの眼は、小さく何かを訴えかけていた。


 期待しているような展開になるわけがない。そんな事判っていても、期待せずにはいられない。


「ん、何だ?」


 ときめく胸を抑えつつ、平静を装いソモルが訊ねる。隠しきれない高まりに、声が上擦る。


「着替えるから、外、出てて」


 ラオンは、云いにくそうに小さく、そう呟いた。

 緊張のあまり、そんな当たり前の配慮すら、ソモルには足りていなかった。その事に、ラオンに云われてから初めて気づく。


「……お、おうっ、そうだよな、そうだ!」


 自分の間抜けさが、頭を叩きたくなるくらい情けない。女の子に云わせる前に、そこは男の方が気にかけるべきだった。ラオンに背を向け、ソモルは小走りで扉の方に直進した。


「着替え、終わったら呼んでくれ」


 一言だけを云い残し、ソモルは振り向かぬままに外に出た。そして、そのまま扉を閉める。


 閉めた扉に寄りかかり、ソモルはふーっと息を吐きながら夜空を見上げた。湿ったような夜の風が、火照った頬や頭を撫で付ける。 

 一度深く眼を瞑り、そして開く。

 ソモルは、瞬く星に眼をやった。

 なるべく余計な事を考えないように、自分自身の高ぶった感情をごまかすように。ソモルは覚束おぼつかない指で、星座を辿った。


            

        to be continue

 

 

  



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