第2話 初恋少年
思春期に、よくある妄想をしてみた。
好きな
手は、触れるか触れないかくらいの微妙な位置を保つ。
ちょっとした拍子に触れたら、やっぱラッキー!
俺より頭一個分くらいちっちゃい彼女の、上目遣いが可愛い。
思わずにやけそうになるのを、俺は必死で堪えてちょっとよそ行きの顔をする。
今の俺、彼女にどんな風に見えてんのかな。
そんでもって、ちょっと洒落た感じのカフェかなんかに入る。
女の子が好きそうな、スイーツとかなんとかあるような店。
窓際のテラス席かなんかに、向かい合わせに座っちゃってさ。
俺は、何か格好つきそうなメニュー頼んで、彼女は多分パフェとかケーキとか選んじゃって。
向かい合ってはにかんだ、彼女の笑顔がスゲェ可愛くて。
頼んだやつが運ばれてきて、彼女は嬉しそうにフォークを差し込む。
フォークの先にちっちゃく刺したケーキを口に運んで、満足そうにニッコリ笑う。
美味しいね!
幸せそうに、彼女が云う。
俺は、その笑顔を見てるだけで幸せな気分になる。
ケーキを夢中でパクつく彼女。
俺は彼女の頬っぺたに、白いクリームがくっついてるのに気付く。
そう、気付いちゃう……!
俺は人差し指で、彼女の頬っぺたのクリームをちょこんとさらう。
クリーム、ついてたぞ
うわ~っ! いいな、こういうの!
そして彼女は、ちょっと恥ずかしそうに俺を見る。
綺麗な長いワインレッドの髪を、小さく揺らして。
俺とラオンの、妄想初デート。
♡
「おーいソモル! 昼休み終わりだぞ~!」
聞き慣れた呑気な声が、ソモルの意識を宙ぶらりんになった夢の端っこから無理矢理ひっぺがした。気分良く真昼の夢を見ていたソモルは、半分開いた瞼の下から声の主を睨む。
何て事してくれたんだっ! あんないい夢、なかなか見れねぇんだぞっ!
「さ~あ、仕事だ仕事!」
空気を読めない声の主は、そんな抗議の視線など一切気にしていない様子。
無駄にゴツい体を、鼻唄混じりに揺らしている。
声の主は、オリンク。
ソモルと同じ、この集積所で働くひとつ歳上の少年。
歳の割に筋肉質のオリンクは、ほとんど化け物と云っていい程の怪力の持ち主だ。そして、お決まりのように良く食う。
脳に流れる筈だった栄養素が全て筋肉に使われてしまっているのではないかと思う程に、考えるのが得意ではない。
この一年の間で、お前は植物かと突っ込みを入れたくなる程身長もすくすく伸び、見た目からもいよいよ怪力キャラ全開だった。
ソモルの方はといえば、身長的には同年代と比べると小柄な方。けれど成長期真っ盛りなので、まだまだこれから伸び盛り。
日頃の労働で鍛えている分、オリンクには負けるが力には自信がある。昔からやんちゃだったので、喧嘩だって三人相手くらいまでなら絶対負けない。
寝台代わりのコンテナの上で、ソモルは大あくびをしながら伸びをした。
砂混じりの乾いた風が、ソモルの髪を楽しげに
ここは、マーズ。
砂だらけの小さな惑星。
そして、太陽系を行き交う物資の流通地点。太陽系屈指の、商いの盛んな星。
流れ者も多く、治安もそれ程良いとは云えないが、活気に溢れた賑やかな惑星。
様々な星の人間が往来する分、混血人種も多い。
詳しく尋ねた事はないが、オリンクもマーズと何処かの星のハーフであるらしい。
ソモル自身も、ルニアという小さな星で生まれた。
この太陽系から、遥か遠く離れた辺境の星。
まだソモルが幼い頃に、ルニア内部で争いが勃発した。その時に避難船に乗せられ、数人の子供たちと一緒にこのマーズへ逃がされてきたのだ。
15歳になったばかりのソモルの誕生日も、本当の生まれた日ではない。
一緒にこの星へ辿り着いた、仲間たちと決めた誕生日。だからその日が来れば、皆一緒にひとつずつ歳を重ねる。
絆を結んだ、大切な日。
ソモルも仲間たちも、自分の両親の顔すら覚えていない。
けれどいつか、生まれた故郷のルニア星へ帰ってみたい。
宇宙渡航にかかる費用は、その星までの距離に比例する。マーズからルニアまでの距離は、恐ろしく遠い。
目的までの道程は、まだまだ長い。
「しゃーねぇなあ、仕事すっか!」
前はだいぶ悪さばかりしていたソモルだが、今はこうして真面目に働いている。
愛しいあの娘の夢の余韻。
名残惜しいが、妄想の続きは仕事が終わってからゆっくりと……。願わくば、今夜続きが見れるといいな。
ここは、太陽系の各星々から到着した荷物が運び込まれる集積所。他の集積所と比べると割とこじんまりしている方で、従業員も少なめだ。
砂漠に近いサンタルファンという街にある、只ひとつの集積所。
午前中は、各星々から到着した荷物の仕分けが中心。午後のメインは、その荷物の配達だ。
大物は、運び屋の男たちがトラックでまとめて運ぶ。
ソモルとオリンクが賄うのは、主に個人商店や個人宅への荷物だ。
互いの受け持ち分を、手際良く台車に積んでいく。乗せきれなかった荷物が残る。
今日は三往復くらいかな。
アクシデントやイレギュラーがなければ、時間内で充分に終わる分量だ。
さっさと終わらせて、今宵夢の続きを……。
夢や妄想でしか会えないのだから、せめてそれくらい許されたっていいじゃないか。
けどやっぱ、本物のラオンに会いてぇなあ……
ラオンと最後に会ったのは、ソモルが13歳の終わり頃。もう、二年も前。
さすがに、心が飢えてくる。
そういう年頃であるだけに、尚更。
ソモルは、荷物を乗せた台車を勢い良く走らせた。これだけ文明が進んだ時代であるのに、このマーズは本当にレトロな惑星だ。
重い台車を押しながら、ソモルは意識の中心に張り付いて離れない、ラオンの事を想う。
これが、俗に云う初恋というやつだ。
初恋が13歳の頃というのは、多分世間一般では遅い方なのだと思う。
けど、今までずっと生きる事に精一杯で、人を好きになる余裕などなかった。女の子の話に盛り上がる連中を、横目で見ながら小馬鹿にしていた。
余計な事に頭を巡らせていたソモルは、危うく配達先を一軒通過するところだった。
慌てて、台車を急停止。
一軒目は個人宅。通販好きなオバチャンの家。
だいたい平均して週に3日は、必ずこのオバチャンの家に荷物を届けている気がする。全く、どれだけ買えば気が済むのだろう。
届け先を、間違いないか伝票で再確認。
恋にうつつを抜かし、配達ミスなど洒落にならない。
確かに宛先は、通販好きのオバチャンの家で間違いないなかった。そして、ちらりと見えた荷物の発送先に、思わず眼が止まってしまった。
ジュピター。
ラオンの、惑星……。
ソモルは、惚けたようにその印刷されたジュピターという文字から、視線を動かせなくなった。ドックンドックンと、血流が速くなる。
ジュピター。
太陽系で一番巨大な惑星。
宇宙全土を司る程の、勢力の惑星。
そして、ソモルが好きになってしまった
身分違い
ラオン、お前……、遠過ぎんだよ……
ソモルは、馬鹿みたいに荷物とにらめっこしたまま、このぐるぐると渦巻く気持ちを抑える術を延々と模索していた。
to be continue
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