ヒメゴト―秘め事もしくは、姫事?―
遠堂瑠璃
第1話ヒメゴトの始まり
これは、こことは全く別の宇宙の物語。
ほぼ全ての惑星、衛星は等しく大気に満たされ、重力も程よい。
各惑星同士の交流も盛んで、余程宇宙の外れでもない限り、言語も統一されてスムーズに通じる。
もし難点をあげるとすれば、各惑星における習慣や文化の違いなどだろうか。
時は、宇宙歴7001年。
これは、そんな宇宙で出会った、少年と少女の物語……。
♡
生まれて初めて、女の子と添い寝した。
いやらしい意味じゃなくて……だ。
俺は床で寝るって云ったのに、アイツが一緒に寝るって訊かなかった。
全く……。
何も考えてないんだ、アイツは……。
挙げ句の果てには、俺が一緒に寝なければ自分が床で寝ると云い出す始末。
お前を床に寝かせられるわけねぇだろっ!
……俺が折れるしかなかった。
よっぽど疲れてたのか、アイツは寝床について数分もしないうちに、すやすやと気持ち良さそうに寝息を立てていた。
俺は、というと……眠れるわけがない。
ベッドの端と端、なるべく離れて横になってはいるものの、全く落ち着けない。
俺は、ちらりと視線を動かす。
アイツは壁側に体を丸め、俺に背を向けたまま眠っていた。ほどいた長いワインレッドの髪が、枕の上に広がっている。
俺は、手足を広げる事すらままならず、お行儀良く仰向けになったまま、視線を天井に向けた。
ともかく、眼を瞑る。
何も、考えなきゃいいんだ。
……。
ゴロン
アイツが動いた気配に、俺は眼を開いた。
寝返りを打ったらしく、さっきまで背中を向けていたアイツの寝顔が見えた。
しかも、近い。
寝返りを打った拍子に、距離が縮まっていた。
寝息が、微かに俺の頬にかかる。
俺は、すっかり眼が冴えてしまった。
横目でちらりと、アイツの寝顔を覗き見る。
その肌の白さは、薄闇の中でもはっきりと判る。
……睫毛、長いんだな。
こうやって無防備に眠る顔は、起きている時のアイツの印象とはだいぶ違う。
……可愛いなあと、素直に思った。
なっ、何真剣に見とれてるんだ、俺はっ!
ともかく、寝よう。明日は、朝早いんだ。
こいつを宇宙ステーションまで送ってやるって、約束したじゃんか。
……。
俺は、もう一度眼を瞑る。目蓋の裏は、当たり前に真っ暗になった。
そっか……。
明日になれば、こいつ、行っちまうんだな。
俺の思考が、またぐらついた。
俺に声をかけられ、きょとんとして振り向いた、アイツの顔を思い出す。
数時間前の出来事。
数時間前に出会ったばかりの女の子が、俺の隣で寝息を立てている。
いや、いやらしい意味じゃねぇぞ。
だいたい、俺もこいつも、まだ子供だし……。
けど。
アイツの寝息がかかる度に、やっぱそわそわと落ち着かない。
……どうすんだよ、眠れねぇよ……。
思えばこれがきっと、俺のヒメゴトの始まりだった。
俺、13歳。アイツ11歳。
初めて出会った、夜の出来事。
♡
今でも、アイツの夢を見る。
あれから、二年近く経つのにな。
アイツと一緒に居たのは、たったの3日間。
嘘みたいに非現実的な、夢物語のような3日間。
あれは、ほんの偶然。
オッサンたちに使い古された言葉で云うならば、運命のイタズラみたいな感じで、アイツと俺は出会った。
「ミシャ」という幻の星を探す為に一人で宇宙に飛び出してきたというアイツの旅に、ひょんな事から俺は付き合わざるを得なくなった。
ミシャ。
それは、宇宙の七不思議に語られるという、伝説の星。
どんな天才的な天文学者でも、その所在をつかめないという、ヘンテコな星。
宇宙の理屈を全く無視して、自由自在に位置を変える、神出鬼没の星。
アイツの目的は、そのミシャにあるという、愛の宝石クピト。これを手に入れて、両親の結婚記念日にプレゼントするのだと、アイツは天使のような笑顔で云った。
だったそれだけの為に、アイツは何処に現れるとも知れない星を探す旅に出たのだ。
全く、どんだけ無謀なんだかなぁ……。
何だかんだエライ目に合ったけど、俺とアイツは無事ミシャに辿り着き、クピトを手に入れる事ができた。
そして、俺もアイツも、互いの日常へと戻った。
……その筈だった。
けど俺の方は、違っていた。
元通りの日常。
もうそんなもんは、左右くまなく見渡したって、何処にもなかった。
全部、変わっちまった。
アイツが、全て変えちまった。
アイツと別れてから、俺はその事に気づいた。
何もかも、変わっちまったんだよ。
俺自身が……。
平凡な色をしていた俺の目の前の景色を、見た事もないくらい鮮やかな色に、アイツは塗り変えちまったんだ。
もう今まで見ていた色合いに、満足できない程に。
アイツの居ない日常に、満足なんてできない程に。
アイツと別れて一週間くらいは、ほとんど重症な程にアイツの事ばっか考えてた。
ほぼ毎晩、夢にまで出てくる始末で。
飯食ってても、アイツの笑った顔ばっか思い出す。
何でなのか、判んなかった。判んねぇけど、何かチクチクした。
デケェ声上げたくなるくらい、体の中心がぐるぐるしてた。
何か判んねぇ……、判んねぇけど、会いたくてたまんねぇし……。
本当、俺……わけ判んねぇ……。
「何だあ、思春期少年!ずいぶん情緒不安定だな。好きな娘の事でも考えてんのか!」
運び屋のオッサンが、分厚い手で俺の頭をぐちゃぐちゃに撫で繰り回しながら、云った。
……好きな、娘……。
云われて初めて、俺は気づいた。
四六時中、アイツの事が頭から磁石みたいに離れない理由を。
俺が、アイツの事を……。
そう気づいて意識した途端に、顔が熱くなった。
重い荷物持ち上げた時みたいに、体に火がついたように汗が吹き出す。
自分自身に、嘘はつけない。
俺は、確信した。
……俺、バカじゃねぇの!
よりにもよって、何て相手、好きになってんだよ!
別れ際、一番最後に見た、アイツの顔を思い出す。
「また、会いに来る」
そう云いながら、スゲェ可愛い笑顔を見せていた、アイツ。
アイツの名は、ラオン。
この宇宙の全てを司る、巨大惑星ジュピターの姫。
偶然というものがなければ、俺みたいな戦災孤児の労働少年が一生口をきく事もないような存在。
宇宙の巨大な三角形の、頂点に居るような存在。
よりにもよって、惨めな片思い決定事項みたいな相手に……。
痛えなぁ、全くさ……。
自分の気持ちに気づいてほぼ同時に、それが0%に近い程に叶わぬものだと確信させられる。
切ねぇなあ、俺……。
だって……、だってさ。
「また、会いに来る」
アイツはそう云って笑ったけど、もう会えない可能性の方が遥かに高い事くらい、俺にだって判る。
この気持ちが、くすぶったまま終わるかもしれない事も……。
俺は、高ぶった気持ちを振り払うように、大袈裟に空を見上げた。
砂だらけのマーズの空は、相変わらず赤みがかったくすんだ色をしていた。
ああ、この空から、ラオン降って来ねぇかなぁ……。
「こらぁソモル!何バカ百面相してんだ!仕事終わんねぇだろっ!」
センチメンタルに浸っていたら、親方から怒号を浴びせられる羽目になった。
はいはい。
まずは、目の前の敵を片付けねぇとな。
俺は、ふ~っと肺の中の息をほぼ吐き切ると、太陽系のあらゆる星からこの集積所に運び込まれた荷物の仕分けに取りかかった。
俺、ソモル。15歳と3ヶ月。
周りの奴らが、はしゃぎながら話してた事。
俺には絶対、関係ないと思ってた事。
それを今、まざまざと甘酸っぱく噛み締める。
恋をするって、こういう事か……。
to bee continue
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