第2話

「みんな急いで、急いで!」

 マリアが子供達をせかす。まだ寝ぼけている子もいたが、マリアら年長者が手伝って出発する準備をしていた。ここの孤児の子供は8~15歳と年齢も差があった。その中では14歳のマリアは年上の方だった。

「マリア、とりあえず準備できたのから表に連れて行ってくれ。後の子は俺が戸締りの確認をした後に一緒に連れて行く」

 部屋の中でマリアと一緒に手伝っている少年が部屋の外へ繋がるドアの方を指差し言った。

「わかった。先に行ってみんなと待ってるね。トゥルスも遅れないでね」

「わかってる」

 トゥルスと呼ばれた少年はマリアより1歳年上で、既に街の鍛冶屋で見習いとして働いていた。ただ、彼は兵士になって名声と地位を得たいと思っていた。


 この時代、まだまだ王国の辺境では現地の民族と平定を目論む王国軍との小競り合いが続いていた。兵士は一人でも多いに越したことは無かったのである。

 そして、兵士として戦い、戦功を上げることで政界への道も見えてくるのだった。実際に地方の戦線で戦果を挙げて王都へ凱旋する将校も多かった。

 マリアは支度のできた子数人を連れて部屋の外へと出た。既にテレサは準備を終えて外で待っていた。

「準備はもう終わりましたか?」

 子供を連れて出ていたマリアを見てテレサが話しかけた。

「ええ、残りの子はトゥルスが連れてきます」

 マリアが答えると部屋から少年が子供達を連れて出てきた。

「テレサ様、全員連れてきました。戸締りもしております」

「ありがとう、トゥルス。それでは出発します。街の南門で避難する人達が集まってますので私達も一緒に行きますよ」

 皆は、テレサに連れられて丘を降り始めた。ふと平原の方を見ると、デロー族の一団は町の外で横に馬を並べて布陣をし、町に駐留している王国軍の騎馬兵らが北門から出撃していく様子が見えた。これから戦いが始まるんだ、とマリアは思うと軽く身震いした。

「大丈夫か? 何があっても俺はお前を守ってやるから安心しなって」

 顔色が一瞬翳ったマリアをトゥルスが励ました。トゥルスはマリアに好意を持っていた。

 町に近づくにつれ荷物を背負ったり持ったりしている人々の姿が見受けられた。若い男達は兵士として戦場に出ているので大半が老人と女性と子供だった。南門の前はそんな人々でごったがえしていた。


「これよりサントローヌスへ行く者を3隊に別ける。各グループに衛兵をつけるので移動の際ははぐれず、列を乱さないようにするように」

 町に駐留している軍を率いている副隊長のウェルネスが南口に集まった者たちに声をかけた。年齢は30を超えたぐらいで働き盛りの人だ。マリアらはトゥルスにテレサ、そして一緒に連れてきた子供達の他に町で暮らしている親子連れの人達などと同じグループになった。

 他のグループには老人だけとか病人や怪我人のみなどに分けられていた。

「みなさんはこのサトルヌスがサントローヌスまで護衛します。では参りましょう」

 護衛を率いているのはサトルヌスと名乗った青年だった。まだ30に満たないこの青年は護衛の兵士をまとめる立場にいた。ヘイデルからサントローヌスへは歩いて2日の距離にあった。しばらくは平原を歩くが途中で深い森を抜ける道を行くのだった。



「マリア、大丈夫か?」

 途中でトゥルスがマリアに声をかけた。トゥルスは既に一人の子供を背負って歩いていた。この子供は足を怪我していた。

「私は大丈夫よ。それよりトゥルスの方こそ」

「いいや、これくらいは大丈夫さ。ただ、やはり歩き慣れてないせいか、みんな辛そうだな」

トゥルスとマリアは一団の前の方を歩いていた。後ろを振り返ると明らかに疲れた顔をしている子供達がいた。サトルヌスもそれに気づいたのか小まめに小休止を入れながら歩いていた。結局、日が暮れかかかる頃には森に入る手前だった。


「この分だと、2日じゃなくて3日くらいかかるな…」

 トゥルスはサントローヌスへ何度も行ったことがあるので道を熟知していた。

「でも、これじゃ森の中で1日は泊まらなくてはいけないってこと?」

 マリアがテントの設営を手伝いながら一緒に手伝っているトゥルスに聞いた。

「そうなっちまうな。森は深くて昼でも陽の光が入らず、薄暗いからあまり居心地良くないけどな…」

 トゥルスがそう呟いた。マリアも過去に一度だけサントローヌスへ行ったことがあるのだが深い森は本当に暗く怖かった思い出がある。

「とりあえず今日はここで野営だからいいけど、明日はどうなるんだろうな。町から戦果報告も来てないみたいだし」

 護衛の兵士らに町からの伝令などが来てはいない様子だった。激戦と化しているのだろうか。マリアは子供達と一緒に野営のテントの中で一夜を過ごした。トゥルスは他の同じくらいの少年らと同じく兵士に志願して徹夜の見張りを交代で行っていた。

 翌朝、野営を畳むといよいよ深い森の中へと入っていった。

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