朝顔花火

@suzakuohji

朝顔花火

「あの場所で⋯⋯。思い出の場所で。待ってるから⋯⋯」

 そんな声が聞こえる。僕が声のする方へ向くと、そこには朝顔柄の浴衣を着た少女が立っている。

 その少女は、僕と目が合うと急に背を向けて走り出した。僕が待ってと叫んでみても、振り返る素振りすらみせない。

 僕は必死に彼女を追った。角を曲がったとき、彼女の姿を見失った。

 ふと、浜を見ると、あの少女が立っている。

 僕は走った。必死に走った。そして、そこに辿り着いたとき、辺りが急に真白くなった。


***


 妙な夢を見た。少女の顔もはっきりと見えなければ、昔の記憶にも思い当たる節はないはずだ。

 人間の見る夢は、過去の記憶を繋ぎ合わせたものだと言われている。ただひとつ、その夢ではっきりとわかったことは、母の故郷の景色と夢の中の風景がよく似ていることだけだ。

 僕は今、列車に揺られている。今朝、母の母。つまり、僕の祖母が亡くなったという知らせを母から受け、母の故郷に向かっているのだ。

 流れていく景色を見ているとゆっくり、ゆっくりとその流れが緩くなってきたことに気付いた。

━━━間もなく、目的の駅に着くだろう。

 やがて、列車は軋むような音をたてながら、止まった。

 一歩、外へ踏み出すと僕の周りは懐かしい匂いに包まれた。

 軽く目を瞑ると、小五の夏を思い出した。

 あの夏、僕は夏休みの全てを祖母の家で過ごした。確か、地元の子と仲良くなって、神社やら海やらでよく遊んだ。そして、別れの日、泣きじゃくった思い出がある。

 しみじみしながら、駅の改札を抜けると、そこには憔悴し切った顔の母が立っていた。母は僕を見つけたようでこっちに向かって走ってくる。

 母に連れられて乗り込んだ車の運転席には、父が座っていた。

 久しぶりで、一体何を話せばいいのか迷っている内に、祖母の家へと着いた。

 父と母に連れられて祖母が横になっている部屋へと向かった。そこには、布団を掛けられ、顔は白い布で覆われた祖母がいる。

 母に促され、その布をどかすと、祖母の顔は今にも動き出しそうなほど、美しい。しかし、声を掛けても反応がない。それを確認できたとき、僕はしばらく記憶を失った。

 ややあって、母に肩を叩かれた。祖母の物を整理するから、手伝いなさいと言われ、大広間に広げられた荷物の所へと向かった。

 しばらく、整理を続けて最後の一つの箱となった。その箱を開けると、その中から、封筒が一つ出てきた。

 中には、朝顔の種と待っていると書かれた一枚の便箋。

 僕はそれを見たとき、全てを悟った気がした。

━━━そうか、あの場所ってのは神社のことだ。小さな山の頂にある、神社のことなんだ。

 それに気付いた僕は、いてもたっても居られなくなった。無我夢中で走り出した。

 靴をきちんと履かぬ間に玄関を飛び出した。あの便箋と朝顔の種を持って。

 走った。走った。

 そして、神社へと続く階段の息絶え絶え登りきった。

 そこには、夢で見た通りの浴衣を着た少女が立っている。

 僕が近づく彼女は待ってたよと声を掛けてきた。

 「君は⋯⋯一体。誰⋯⋯なんだ?」

 「そんなのはどうだっていいでしょ。私はあなたに会えた、ただそれだけが嬉しいんだよ」

 彼女は少しはにかんでみせた。そして、こう続けた。

 「あの手紙、覚えていたんだ」

 「君が書いてくれたんだ」

 そう会話をしていると、後ろから懐中電灯を照らしつつ一団がやって来た。その中の一人が大声を上げた。

 「おい! ここで何やってんだ? どうして急に走り出したりしたんだ?」

 僕は振り返った。しかし、なぜ走り出したのか。はっきりとは言い表せない。

 もう一度、彼女の方を向き直したとき、そこに彼女の姿は無かった。

 その代わりに朝顔か一株植わっていた。

━━━ほんとの君は⋯⋯。

 僕はそう悟って、小さな声でありがとうと呟いた。

 すると、朝顔はそれに応えるがごとく、花を開いて見せた。

 まるで、夜空高くに上がった花火が開くときのように⋯⋯。


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