第16話

「おう、一心」

「……兄さん」


自動販売機までの道を歩いていたら、向かいから真人が歩いてきた。母がいなかった為聞いてみれば、先生の話が終わり今は支払い等の説明を受けているらしい。


「金に関しては俺関係ねえからなー。だから任せてきた。いま説明受けてきたけど、優磨の怪我、やっぱり深くないから安心しろ、だとさ!」

「……そうか、良かった。……真人兄さん」

「んー?」

「さっき、俺、優磨にありがとうって言われた」


ありがとう。

そう言って笑った優磨の表情を見たら、安心感と共に罪悪感が溢れでてきた。

自分は、また、守れなかった。お礼を言われる事なんて何もない。優磨には、自分が暴走したことは言っていない。あの後すぐに真人が来て、あの男と彼女の記憶を消した、としか説明していない。きっと優磨からしたら、真人と自分が助けてくれた、という認識なのだろう。それは大きな間違いだ、自分は助けてなんかいない。むしろ守れなかった。しっかりと集中していなかった為に、優磨が怪我をしてしまった。力を暴走させてしまった。ありがとう、と、言われる筋合いなんか無いのに、それなのにーーー………。



「一心」


罪悪感だけが押し寄せてくる中、真人の声は凛と聞こえた。下を向いていた顔を上げれば、また額にデコピンをされた。これ、意外と痛いのだが。


「まあ確かにさ、優磨も怪我したけど……結果的に無事だったわけだし。それよりもお前、そんな表情優磨に見せんなよ。ありがとうって言えたんだろ?」

「言えた、けど……」

「じゃあそれでいーんだって。次はしっかりと守ればいーの。俺的には二人とも無事だったからよかったの。分かった?」


にかりと、兄の表情で笑う兄を見て、また涙が溢れてきそうになったのを、瞬きをしてそれを止めた。

誰も責めない。そうなるのは少し予想していたのだが、実際言われると心がかなり軽くなる。だが、忘れてはいけないのだ。この出来事を忘れてはいけない。優磨に傷を残してしまったことを、忘れてはいけない。心に刻み付けて、これからも弟達を 守っていくのだ。


「……ああ」

「……納得いってない感すげえけど、それよりもさ」


急に真人は目を細め、一心の顔に手を伸ばした。咄嗟の事に反応出来ずに、左頬を捕まれた一心は目を見開いた。左目の下の部分に親指を押し付けられ、少し目を無理矢理開かせられる。


「お前、左目見えてねえだろ」

「……っ?!」


ひゅっ、と息を吸った。たらり、と汗が頬に流れた。細められ、真剣にこちらを見る目から反らせない。一瞬、時間が止まったかのようにも思えた。

……やがて一心は小さく息を吐いた。この目に嘘はつけれない。いや、つくことが出来ない。


「……いつから気づいてた?」

「ここの病院着いてからぐらい。何かお前の動きが不自然だったから」

「そうならないように気を付けていたんだがな……」

「お前誰かの隣立つとき、左側に立ってたろ。別に何処でもいいのに、絶対左側。それで分かった。あとは勘……ぐらいか」

「兄さんには敵わないな」

「……副作用だろ、それ。いつから見えないんだ?」

「あの工場から病院に向かう時に、だな」


最初は問題なかったのだ。少しぼやける程度で、支障は無かった。だが、ここに向かう途中に、段々と暗くなっていき、最終的には真っ暗な暗闇になった。こんな暗闇は、千里眼を発症した時以来、見たこと無い。発症させてから目に副作用が出た事はあったが、視力低下か痛みだけだった。この暗闇を、もう一度体験するとは思わなかった。


「暴走したせいだろうな。俺は覚えてないけど、かなり力使っただろ」

「……まあ、それなりには」

「大丈夫さ、前の時も何日かで視力が戻ったんだ。今回もそれくらいで戻るはずさ」

「それ以外は? 目以外に副作用は?」

「目だけさ、さっき頭痛はあったけど、今はおさまってる。それよりも真人兄さんは? 力使っただろ?」

「お前を止めてる時に少し出たけど……まあ、あいつ等には気付かれない程度」

「そうか……良かった」

「……なあ、一心」


真人は、一心の目を見つめた。自分から見れば、何も変わっていない目。だが、一心からしたら半分見えていないのだ。

今回一心に副作用が出るとしたら、目ではなく、頭痛やら目眩やら吐血かと思った。千里眼は軽く使ったと言っていたが、それよりも念力の方が使っている。千里眼を発症させて以来、目に関する副作用は、千里眼を使った時に多く出ていた。だから今回は、目に副作用は出ないと予想していたのだけれど、全く関係なく副作用が出た。

それは、体の損傷が、早くなっているのを意味する。


「お前、当分能力使うな」

「は、」

「あいつ等に何かあったときは、俺が行くから」

「いやでも! 兄さん一人でなんて!」

「その副作用が戻るまで、な。もっと使うなって言いたいけど、絶対聞かねえだろうからなー」

「それは……」

「あと、お前暴走しやすいから気を付けろよ。無闇に暴走して、倒れたりなんかしたらもっての外だから」


「これ、長男命令な」と、真人は一心の頭をこつりと拳で叩いた。一心はその叩かれた部分を手でおさえ、納得いっていないように顔を歪ませている。

それを見た真人は、ふっと笑って、一心の肩に手を置いた。


「……頼むよ、一心。ちょっと休憩してくれよ」

「……兄さん」


その悲しそうな、悔しそうな表情に、一心は心を痛めた。きっと、自分が真人の立場だったら、同じことを言っているからだ。無理してほしくない、副作用が無くなるまで休憩してくれ、と。本来使うことだけでも体に負荷がかかるのだ。それなのに副作用が出ている内に使ったら、それ以上の負荷がかかるに決まっている。そんな状態で、使ってほしくない。

分かるからこそ、一心は頷くことしか出来なかった。


「分かったよ……少し休憩する」

「……ん。……さて! あいつ等が寂しがってるだろうから戻るかぁ!」


ぐぐぐっ、と伸びをした真人は、一心の向かっていた反対方向へと足を進めた。それに着いていこうとした一心は、はっとして足を止める。


「あ、俺飲み物買いに来たんだった」

「じゃあ俺ビール!」

「お前、まだ未成年だぞ!?」

「えー? じゃあ適当でいーや! 頼んだぞ一心ー!」


にかりと笑って、手を振りながら歩き出す真人の背中に「お前のは奢りじゃないからな!」と叫ぶ。はいはーい、と軽く返事が返ってきたが、あれは絶対に金は返ってこない返事だ。

もう一度叫ぼうとしたが、離れていく背中を見たら、声が出なくなった。身長も、背丈も、自分と変わらないはずなのに、ふと見ると、それがとてつもなく大きく見えるときがある。

自分じゃ敵わない、長男の背中。それと対等に合わせて、弟達を守っていこうと決めたのを、もう随分と前の事のように感じる。実際、そんな前ではないのだけれど。

この左目だって、気付かれないと思っていたのに、そんなのはあの長男には通じなかった様だ。


「……敵わないな、ほんとに」


敵わない。だけど、一緒に守ると決めた。それは、二人で決めたことだ。共に守る、と。大事な家族を守ろうと。

だから、きっと。それを守れるのなら、守っていけるのなら、力を使い続ける。

例え副作用が来ようとも、暴走しようとも、守り続けるのだ。

こんな副作用、軽いものだ。傍に家族がいれば、守っていく対象が笑っていてくれるのなら、こんなの全然怖くない。



「弟達を守れるのなら、副作用なんて怖くもない」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る