第15話

◇◇◇◇◇◇




「一心兄さん泣きすぎ」

「だってっ、優磨がっ……生きてる……話してる……っ!」

「勝手に殺さないでよ!」

「兄さんお腹大丈夫?! 」

「いや、だからこうしてピンピンしてるんでしょうね」

「「兄さんっ!?」」

「いやお前らここ病室だから! うるさすぎだろ!」


優磨が寝ているベッドに顔を押し付けて涙を流す一心の後ろに、謙心。その向かい側に幸と大輝が立っている。

「大輝兄さんが一番うるさーい」と笑っている声を聞いて、一心は本当に良かったと気付かれないように小さく吐いた。






あれから優磨を病院に連れていき、処置をしてもらい、そのまま一日だけ入院という形になった。優磨の傷は、血の量に対してそこまで深くなかったようで、手術までには至らなく、その連絡を聞いたときには思わず腰を抜かしてしまった。

仕事中の父以外全員を呼んで、優磨も目を覚まして今に至る。母と真人は今、先生に話を聞いたり、受付で支払い等がある為にこの場に居ない。

ベッドの上で笑う優磨は、あのぐったりとした顔はもう何処にも無い。安心感が一気に上昇し、涙が溢れてしまった訳だが、本当に無事で良かった。


「優磨、喉乾いてないか? 飲み物買ってくるぞ」

「良いの?ありがとう兄さん! 僕ね、ミルクティー!」


目を指で擦って立ち上がれば、優磨が甘えるように言ってきた。それに便乗して、他の弟達もそれぞれ注文しだした。財布の中大丈夫だっただろうか、と思いながら「任せろ」と返事をし、病室から出ようとした時だった。


「兄さん」

「ん?」


その声に振り返れば、ベッドの上で入院服の優磨が、にこりと笑ってこう言った。


「ありがとう」

「……っ!」


掴んだままの扉の取手を力強く握る。かたかたと震える音が伝わってしまう前に、一心はふっと笑った。


「それは俺の台詞さ。ありがとな、優磨」








「……今日ね、兄さんの力が跳ね返されたんだ」


一心が病室から出ていく背中を見送った後、優磨が口を開いた。その言葉に、三人は待ってましたと言わんばかりにベッドに近付いた。

四人だけで開催される会議。今回は家ではない為、都合良く四人になる事はないだろうと思っていたが、今がチャンスだ。

優磨は処置をしたばかりだ、話すのは辛いだろうと思い、三人は何も言わないつもりだったが、優磨が言い出したのなら、とそれを聞く準備は出来ていた。


「跳ね返された、ってどういうこと?」

「跳ね返されたっていうか……何て言えばいいんだろ。でも念力で止めてたのに動いたんだよね」


「それで勝手に体が動いちゃってこうなっちゃった訳だけど」と、舌を出した。それに大輝はため息をついた。


「無事でよかったよ、本当に。でもその後は真人兄さんも来て、何とかしてくれてんだろ」

「うん! 一心兄さんがキレかかったけど、それを真人兄さんが止めてくれたって」

「ね、優磨兄さん。あの女の子は良かったの?」


幸が言うあの女の子。例の彼女だ。

真人と一心に、彼女と男から優磨や兄弟俺らに関する記憶を消してしまった、と聞いている。もう会わせることは出来ない、と。普段なら「何でそんな勝手な事を!」と言っているかもしれないが、今回の事は自分もだが、一心も危なかったのだ。あの男のせいで、刺されそうになった。大事な兄を殺されそうになったのだ。そんな事許せるわけがない。しっかりと最後まであの二人を見届けることが出来なかったのは悔しいが、消してしまったようじゃ会うことも出来ないし、あの二人で乗り越えてもらう道しか考え付かない。


「うん、大丈夫。何も出来なかったから悔しいけど、今は本当に誰も怪我が無かったから良かったと思ってるよ」

「いやいや、お前が一番の怪我人だからな」

「優磨、あんまり喋ると傷口開くよ」

「うん、ありがとう、謙心兄さん。でもやっぱりね! いつもあの二人に守ってもらってるから、守ること出来て良かったなーって、思ったり、思ってなかったり……」


照れるように頬を掻きながら言ってから気付いた。この言葉をあの二人に言ったら怒られるかな、と。無理するな、と言われてしまうのではないかと思っていたら。


「うわ、ちょ、なに!」

「んー、いやー、気持ち分かるなって思って」

「……まぁ、いつも守られてたらなんか、ね」

「兄さんは可愛いなぁ」


三方向から手が伸びてきて頭をめちゃくちゃに掻き回される。おかげで髪の毛がぐちゃぐちゃだ。だが悪い気はしなかった。

やはりこの気持ちは、この四人しかきっと分からないのだ。

あの二人はきっと、無理するな、とか、何かあれば言え、とか、俺達に任せろ、とか。そう言った事ばかり言うのだろう。

だが、自分達にとってもあの二人は大事な兄なのだ。だからあの二人が危ないときは、今度は自分達が守ってあげたい。それは、この四人全員が思っていることだった。

そんな照れ臭いこと、絶対あの二人には言わないが、この気持ちに嘘は無い。


「ほら、優磨。今日は安静にしなよ」

「うん、分かってるよ!」

「兄さん! まだ部活まで時間たくさんあるから僕ここにいるよ!」

「ありがとう幸」

「しょうがないから果物剥いてあげる。何がいい?」

「え、謙心兄さん剥けるの……?」

「剥けるよ。……たぶん」

「ひぃっ、母さんに任せればいいから包丁握らないでー!」

「じゃあ僕が剥こうか?」

「俺の可愛い弟にそんなことっ!」


わいのわいの。騒ぐ三人を見て、大輝は震える手をぐわっとあげて、叫んだ。


「安静にって言ってるだろバカ!」


その叫び声に、たまたま通りすがりの看護師に「病室ではお静かに!」と怒られたのは、言うまでもない。

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