第13話
◇◇◇◇◇◇
「ぐっ……?!」
どくりと心臓が鳴り、真人は足を止めた。むしろ痛いくらいに大きく鳴っている為、息を吸って、吐いて、それを止めた。
この感覚は、つい最近体験した同じ感覚。幸が(記憶を消した為本人は覚えていないが)力を使った時と同じだ。
(……?)
頭に浮かんだのは、何故か一心だった。
優磨が彼女との話し合いを終えるまで、家で一心と優磨を除く弟達と待機していた時に、一心から「優磨が危ない」と連絡があった。どうやら彼氏である男が、優磨を狙っているらしい。今までの出来事を聞いて、真人は弟達に待ってろと言い、一心に言われた場所に行くために外に飛び出した。
その途中で、先程の動悸が起こったわけだが、今考えられるのは優磨が力を発動させたのではないか、という事だ。幸と同じ感覚ならば、そう考えるのが妥当だ。たが、頭に浮かんだのは一心。もう力を発動させていて、全ての事情を知っている、一心だ。
(まさか……)
たらりと汗が頬に流れる。嫌な予感がする。
真人は止めていた足を動かし、人目がつかない裏路地に入れば、地面を蹴ってその場から飛んだ。元々隠れ家のような場所を目指していた為、あまり人目が無いのが幸いだった。家を飛び越え、前と同じようにこの胸騒ぎの”発現地”まで一気に目指す。
すると見えてきたのは工場だった。裏路地にあるその工場はもう使われておらず、周りにも何も無い。扉の前に下りてみたが、何も外見に変化は無い。
まるでデジャヴだ。幸の時と全く同じ。
おそ松は、前に手を翳して扉を開けようとした、が。
「っ……!?」
開かない。鍵が閉められているような感覚は無い。むしろ鍵なんかかけられていても関係ない。だが、何かに止められているように、びくともしない。
真人は両手を前に出して、力をあげた。すると、ゆっくりではあるが、扉が鈍い音を出しながら動き出した。開いたのは人一人が通れるか通れないくらいの広さだ。だが、それでも十分だ。入れれば関係ない。
真人は隙間から入り込んで、そして前を見て、目を見開いて息を飲んだ。
それはまるで、一つのオブジェ。
きっとこの場にあったであろう、鉄パイプやら木材やらが、交差するように重なりあって崩れないように造り上げている。飛び出したそれらが、扉やら壁に突き刺さっており、先程扉が開かなかった理由がすぐに分かった。ただ重なりつつ、崩れない様に建っているそれは、オブジェのようであり遠くから見たら塔や建物のようにも見えるであろう。
そしてその中央、まるでそこを守るかのように空間ができており、その場ににいたのは。
「一心!!」
真人はそのオブジェに手をかけるが、まるでびくともしない。パイプと木材の隙間から見えるのはやはり一心で間違いなかった。
だが、そこいたのは一心のみではない。一心の手には、胸ぐらを捕まれ、上に掲げられている一人の男。その男の口許からは血が垂れており、顔だって痛々しいくらいに腫れている。微かに息をしている状態だ。
そしてその一心の足元に転がるように横になっているのは、よく見る白色のシャツ。その白色の一部が、赤く濁っているのに、目がついた。あれは、血、ではないだろうか。
「優磨……おい、何だよこれ……一心!」
一心に声をかけるが、まるで反応しない。何も写していないかのように見える目の奥は、確かにギラついている。まるで心がないような目。その目には見覚えがあった。
片手でしか数えるほどしか見たことはないが、あれはキレている一心だ。ぶっ飛んで、もうほぼ意識がない状態。あの状態はやばい。足元にいる優磨にも目をくれていない状態だ、早く連れ戻さないと戻れなくなる。
「ったく、手のかかる弟達でお兄ちゃん大変だわぁ」
真人はオブジェを蹴りあげるが、やはりびくともしない。くそっ、と舌打ちをした時に、聞こえた。
ぐすりぐすりと啜り泣くような声。振り返れば、先程入ってきた扉のすぐ横に、膝を抱え、頭を埋めている女がいた。
「おい!」
声をかけて近付くと、女はびくりと体を揺らして、さらに泣く声を大きくした。
「もぉ……ゆるして……こんな、こんなこと……ぅ、わかんなっ……!」
真人は、深く息を吸って吐くと、彼女の肩に手を置いた。それにびくりと跳ねるが、遅いテンポで肩を叩けば、彼女はゆっくりとその顔を上げた。
どれくらい泣いたのだろう、目が真っ赤で、いまだにその目からはボロボロと涙が落ちている。
「どな、た………….?」
「あー、俺は優磨の兄弟だ。なあ、俺この状況が意味分かんなくてさ、お姉さん、教えてくんない?」
優磨の兄弟。
それを理解した瞬間、女はまた泣きながら話す。自分のせいだ。自分のせいでこうなった、と。優磨君に助けを求めたから、こうなった、と。
そして今までの流れを話してくれた。泣き叫ぶように言われた為、所々が曖昧だが、分かったのは、優磨が一心を庇った、という事だ。それが起きた瞬間、彼女は何も触れていないのに体をこの場まで投げ飛ばされて、あっという間にこのオブジェが出来たという。そんなあり得ないことを目の辺りにし、それだけでも頭が混乱しそうなのに、中で自分の彼が殴られているのを見た。
怖い、怖い、怖い。自分のせいなのに、何も出来ない。怖い!
「た、たすけて……あのままじゃ、優磨君も……あの人も死んじゃう……!」
がしり、と。頭を捕まれた。
え、と目の前の男を見れば、へらりと、だが真剣な目を細めて、笑う顔が見えた。
「助けるさ。……でも悪いね、お姉さん。あんたに会わせることはもう、出来ねえわ」
その言葉が、最後だった。
ぐわりと目の前が回って、頭も靄がかかったようにボーッとし、眠さが一気に襲い掛かってきて、すぐに目の前が真っ暗になった。
眠った彼女を静かに横にした真人は、振り返ってオブジェを殴り付けた。
「一心……おい!!」
真人は手を翳して、オブジェを壊そうとするがやはりびくともしない。試しに力を一心に向けてみるが跳ね返されてしまった。
まるでここ一帯が一心の空間になったようだ。だがそれは、常に力を解放しているという意味になる。
彼女の話を聞いて分かった。先程の心臓が鳴ったあの感覚は、やはり一心の力が暴走したからに違いない。庇った優磨が、発症した理由であろう。
切れている一心を見たことあるのは数回程だが、力が暴走する事は無かった。何より弟を放ることは絶対にしなかった。
それが今はどうだ。足元に転がる優磨に目をくれずに、ただ男を殴る事だけを専念している。
「違ぇだろ……お前……」
真人は、目の前に立ち塞がる鉄パイプを握り締めて思い切り力を込めた。
ぎしりぎしりと音が鳴り響く中、一心はまたもう一度男に拳を入れた。
「んな事してる場合じゃねえだろ……!」
ぼたぼたと男から地面へと血が垂れる。それでも一心は辞めずにさらに男を上にあげた。
「弟が……怪我してる弟が目の前にいんだよ……」
かつん、と男から抜けた歯が地面へ転がった。
さらに力を込めれば、ずきりと頭に痛みが走った。同時に微かに眩暈もした。副作用だ。
だが、これだけの力を使うだけでこんな副作用が起きたのだ。それ以上に一心は力を使っている。こんなの、これっぽっちも痛くない。
「聞こえねえのか、クソバカお兄ちゃんに言ってんだよ……!」
ぱらぱらと上から砂埃が落ちてくる。微かに、握っている鉄パイプが動いた。真人は思い切り額を目の前のパイプにぶつけ、さらに力を込める。たらりと、血が頬に流れた。
一心は、もう一発、と言わんばかりに拳を上にあげた。
ぎりりと、奥歯を噛み締めて、真人は大きく息を吸って叫んだ。
「守ろうと決めたモンを……手放してんじゃねえよ一心っっ!!」
一瞬だった。一瞬だけ、ぴたりと、一心の動きが止まり、力が弱まった。
その一瞬を、真人は見逃さない。その瞬間だけ力を最大限まで上げれば、掴んでいたパイプが動いた。崩れない程度に動いた鉄パイプと木材の間に、ほんの少しだけ隙間が出来た。その本当にギリギリ入れるくらいかの隙間に体を滑り込ませ、中に入った真人は、一気に一心の元へと駆け、そのまま腰に腕を回しながら体当たりをし、地面に転がった。
男はその場に落とされ、動かない。気を失っているようだ。
仰向けで、まるで痛がる様子もなく転がる一心の肩を掴んで揺らす。何処を見ているか分からず心のない目と、男を殴った時についたのだろう、頬についた返り血を見て、真人はずきりと頭が痛んだ。
「一心……戻ってこい……一心!」
目の前の肩に額を押し付けて、震える手に力を込める。一心の服をしわが出来るくらい握り締めた。
「……ま、こと……」
「っ?!」
耳元で小さく聞こえた声に、真人は顔を上げた。ぼんやりと焦点が合わさっていく目と合った。それと同時に、周りにある鉄パイプや木材が、力を失ったように壊れる音がした。
真人は瞬時に手を上にあげ、崩れ落ちてくるそれらを止めた。一心の力の暴走が止まった証拠だ。息を吐いて目の前の弟を見れば、焦点は合っているものの、ぼんやりとした目はそのままだ。ゆっくりと瞬きをして、やがて何かに気付いたように大きく目を見開いた。
「優磨、優磨……!」
そして上体を起こし、周りを見てさらに驚愕したように顔を青ざめた。
上には宙に浮いたいくつかの鉄パイプや木材。それに囲まれるように中心にいる自分と、隣には真人、そして血だらけで倒れている男。自分の手や服には自分のではない血がついている。
何だ、この状況は。全くといっていいほど覚えていない。この男が何故血だらけで倒れているのか、周りに何故こんなにも物が浮いているのか、いつの間に真人が来たのか、覚えていない。そんなことを考えていたら突然立っていられないような痛みが一心を襲った。
「う……あ…ああああああああああああああああああああああああああ!!!!????」
「一心!?」
「ああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!!!…………はぁはぁ、はぁ」
「大丈夫か!?一心!」
「あぁ」
肩で息をしている一心に手を貸し、立ちあがらせる。
一心の体に先程使った力の代償が来たのだ。
あの我慢強い一心があれだけ叫ぶのなら相当な痛みなのだろう。
その事実を見たくなかった。感じたくなかった。どんどん、力の副作用で寿命が縮まっているのを。
「……とりあえず、病院行くか」
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