第11話
そんな事があったのが、つい数分程前の話だ。
裏道へと入り込んだ二人は、そのまますぐに地面を蹴って空へと浮かび、建物を通り越す。表通りでは飛ぶことはできないが、裏道に入ればあまり人目につかない為、飛ぶ事が多い。勿論、それは弟に何かしらあった時のみだけなのだが。
「兄さん……何が起きてるんだ……」
「……それを確かめにいくんだろ」
先程、二人を襲ったのは嫌な予感と、ある感覚。
あの心臓が大きく動く感じは、昔に体験した事だった。昔だけれど、忘れられない感覚。それととても嫌な予感。ずっとざわざわと胸騒ぎがするのだ。そして今向かっているのは、その嫌な予感の発現地。何故か分からないが、発現地が分かるのだ。本能的に頭と体がこちらだと道しるべを指してくれる。
今回の事は今までに体験した事がない。何が起きているかまるで予想も出来ない。ただ良いことではない事は分かる。早く、確かめなければ。
「一心、あそこの倉庫だ!」
やがて着いたのは、街の裏側のもう使われていなさそうな古く大きい倉庫。上から見たら、ただのオンボロ建物という認識しか出来ず、何も変わったことは無さそうだ。だが、入り口となる扉の前に降りてみれば、またどくりと心臓が動いた。それを胸を拳で強く叩いて治め、二人は同時に手を前に翳して、固く閉ざされた扉を一気に開けた。
そして、中に入り込んで、目の前に広がる光景に、動きが止まってしまった。
倉庫の中にあったであろう、段ボールや、木材や、パイプや、金具やら、全ての物が浮かんで空中で止まっている。地面は所々がヒビが生えており、そんな地面や壁には男達が倒れていたりもたれ掛かっている。中には浮いている木材にぶらさがっている男もいる。
そして浮いている物に守られるように、倉庫の中央にいるのは、倒れている大輝と、その側に座り込んでいる、幸。
「大輝! ……幸!」
一心が叫んで中に足を踏み込む。そうすれば、浮いている一本の鉄パイプが向きを変えて、一気にこちらに飛んできた。
「一心!」
真人が後ろから、飛んでくる鉄パイプを蹴り上げれば、カランと高い音を出して地面へと転がった。
少しでも近付こうとすれば、浮いている物がこちらへと向き、戦闘体勢に入る。その様子は、どう見ても真ん中にいる幸と大輝を守っているようにしか見えない。
「……っ、おい! 大輝! 幸!」
名を呼ぶが、二人はぴくりとも反応しない。むしろ大輝はここから見ても酷い怪我で、それに頭辺りに広がっている赤いのは、血、ではないだろうか。幸も幸で変だ。座り込んで、顔だって上げているし、目も開いているのに、まるで心を失っているみたいだ。
理解が出来ない。この現状に、どうも頭が思い付かない。だってこれは、この状態はまるでーーー……自分達と同じ、超能力ではないか。
「っは……かはっ、……なんだよ、これ……化け物じゃねえか……」
真人、一心が二人してその場で立ち竦んでいると、入り口付近の壁にもたれ掛かっている男が動いた。その壁がひび割れている為、かなり強く飛ばされた事を物語っている。気絶していたのだろうか、頭を軽く振りながら顔を上げる男は、やがて二人に気が付いたのか、真人と一心を見て目を見開いた。
「……っ!」
ドゴォォオン!
「ひっ……!」
男は、たらりと汗を流して、目だけを動かして、左側を見た。
そこには、壁に埋め込まれた拳。顔にギリギリ当たらないかのところで、一心の拳が壁にヒビを生やしていた。
「おい……何だこの現状は。言わないと頭割るぞ」
目の前で目を光らせ睨んでくるやつは、とんでもなく恐ろしいものに見えた。その後ろで傍観者の様に見ているあいつも、ただ者ではない。
「はっ……俺が聞きてえよ……。あいつ、何なんだよ、化け物かよ……。意味わかんね……」
「………」
「ただちょっと兄?を殴っただけなのに……弟の奴、いきなり、……っ!?」
急にだった。
体が、動かない。口も、動かない。
続きを口にしようとしたが、自分の時間が止まってしまったかのように動く事が出来なかった。動くのは目だけ、瞬きだけ。それ以外のする事は、許されなかった。
「……やっぱり、この状況は幸が作ってるってことだな」
真人は、男に翳していた手を下ろす。一心も傷がついた手を痛む素振りを見せずに立ち上がり、中央を見た。最初の状態から全く変わらずに幸は、ぼーっと前を向いているだけだ。
「幸が……そんな……」
「一心、お前幸のとこに行って目覚まさせてこい」
「え?」
「あれ、我を失って暴走しかけてる。このまま力を使いすぎると危険だ。目が覚めりゃ、暴走も止まるだろ」
真人は自分の頬を両手で軽く叩き、そのまま両手を前に翳した。
「さっきお前に飛んできた鉄パイプを止めようとしたんだけどさ、なーんか弾き飛ばれたんだよ。だから、完全に止めることは出来ないけど、一つずつだったらずらすことなら出来る。お前に飛んでくるもの、俺が何とかするから幸起こしてこい」
「けど……兄さん、」
「だーいじょうぶだって。信じること、一番得意なことだろ、一心」
歯を見せて笑う姿に、一心は目を見開いた。
真人の、こういうところがずるいのだ。ほぼ同い年で、生まれた年の差なんて、一年も無いのにたまに見せる圧倒的な兄の存在が、どうもずるくてたまらない。
「……わかった。任せたぞ、兄さん」
「おうよ、兄ちゃんに任せろ。幸、しっかり戻してこいよ」
「分かってる」
一心は真人と同じように頬を両手で軽く叩いて、「いくぞ」と言えば「おう」と返事が返ってきた。
それを合図に、一心はその場から真ん中に向かって思い切り走り出す。その瞬間、周りに浮いている物が一気に方向を変えて向かってきた。その動きはただ本当に、近付かせない為に動いており、単純だ。幸が大輝をどんな物からも守ろうとしているのだろう。そう思えば、この力を使っているのは幸だと思い知らされる。
ただ、だからこそ、その純粋さが見える動きは、軌道が読みやすい。
自分に向かってきている鉄パイプなどが、視界の端で方向が少しずれるのを見た。軌道が変わったパイプは、一心には当たらずに向かってきている他のパイプやら木材に当たって相殺された。それが何個も続く為に、周りではそれらが当たる音や落ちる音が響き渡った。真人が後ろで軌道をずらしてくれているお陰だ。
だから、一心はすぐに幸の傍に行くことが出来た。
「おい、幸! 幸!」
目の焦点が合わない目、心あらずの表情は、近くで見ても変わらない。隣で倒れている大輝もどうにかしたいが、それにはまず幸の目を覚まさせなければならない。
一心は幸の肩を掴んで揺さぶった。
「起きろ! 幸!」
何度も、何度も。揺さぶっても起きない。名前を呼んでも、起きない。肩を叩いて刺激を与えても起きない。
自分では、起こす事が出来ないのだろうか。自分の声は、幸には届かないのだろうか。早くしないと、力が暴走しているのなら、体に影響が出てしまう。大輝だって怪我している。真人だって、いまだに一心のみに向かってきている物から守ってくれている。早くしなければ。
くそ、と肩を掴む力が強まった時。一心は幸の顔を見て目を見開いた。
幸の目から、静かに、ぽろりと、涙が流れたのだ。小さい頃から、兄達が問題児だったせいで、親からも先生からも期待され真面目で良い子を演じて、泣くにも泣けなくなった末っ子が。初めて見る涙は無音で静寂。
それを見た一心は、咄嗟に幸を抱き締めていた。顔を肩に押し付けて、背中に回した手に力をいれる。
「……起きてくれ……幸……幸……っ!」
守ると、誓ったのに。弟達を守ると、誓ったのに。こんなの守れたに入らない、入るわけがない。
一心は更に抱き締める力を強くした。
「……いっし、んにーさんの、においだなぁ……」
「幸……?」
すると、耳元で幸の小さな声が聞こえた。それと同時に、周りで飛んでいた物も、鳴っていた音もぴたりと止んだ。体を離して顔を見ると、ここに心あらずの目が元に戻って、まだぼんやりとしていたがしっかりと一心の顔を見ていた。目が合った途端、涙は流しているが、いつものように幸は笑った。
「幸!」
「あは、一心兄さん……。ねえ、見て、一心兄さん……僕ね、ちから、使え、たんだよ……」
「みゆ、き……」
「やったぁ……これで僕も、みんなのこと、まもれる……」
たらり、と。幸の鼻と口許から血が流れた。
そしてそのまま、ぐらりと一心の方に体が倒れてきたのを、一心は呆然としながら受け止めた。同じタイミングで、周りに浮いていた全ての物が、大きな音をたてて地面に落ちた。
それは、力が切れたという事で、その持ち主が気を失った事を意味する。
暴走、血、気絶。それらで思い付く言葉はただ1つ。
ーーー副作用。
「…………っ!!」
一心は受け止めた幸の頭と背中に手を回して、強く、強く力を入れた。シャツを皺が出来るほどに強く握り締める。
「一心!」
遮る物が無くなった為に、真人は中央で座り込んでいる一心に近付いた。静かに強く抱き締めている一心の腕の中にいる幸は、完全に目を閉じて、気を失っている様だった。
名を呼んで、おそるおそる上げた一心の顔は、眉は完全に下がっており、泣きそうな悲しそうな表情。
「真人兄さん……」
「……一心、とりあえず二人を手当てするのが先だ。家に帰るぞ」
「……だね」
一心がそのまま幸を、真人が大輝を肩に手を回して抱え、その時に大輝の傍に落ちていた、この場に不釣り合いな包装紙に気付いた。
何だろう、と真人がそれを手に取ると、破れて中身が剥き出しになった物が目に入った。
「……一心、大輝を連れて先に家に帰ってろ」
「構わないが……真人兄さんは?」
「ここの倉庫荒れすぎたからさ、怪しまれないように軽く直しとくわ」
「……分かった」
「すぐに追っかける」
一心に大輝を託して、未だに絶望感漂う背中を見送った。
弟が、力を使った。使えることが出来た。
その現実にまだ、一心は受け止めることが出来ないのであろう。それは真人も同じである。
真人は両手に抱えた包装された物を、ぐっと抱き締めるように力を入れた。
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