第10話

◇◇◇◇◇◇◇





「ぅぐっ……!」

「幸……ッ」


頬を殴られ、どさりと地面に転がる。そんな幸に駆け寄ろうとしたが、大輝も腹を蹴られ、噎せながら地面へと倒れた。胸ぐらを捕まれて、ぐいっと顔を近付かれ、口許から血が滲む顔を見られ、楽しそうに笑うのは、先程の男。


「ははっ、恨むんなら俺達じゃなくて、あの二人の兄さん等を恨むんだなっ!」


胸ぐらを離されれば、また地面へと後戻りだ。


この男に抵抗出来ずに連れてこられたのは、何処か使われていない大きい倉庫だった。奥に隠されるように建てられたこの倉庫の周りに人目なんか勿論無く、こんなに人が殴られる嫌な音が響いても誰も気にすることはない。

そして倉庫には、待ってましたと言うばかりに、人がいた。予測していたのは大人数だったが、そんなに居なく10名程だ。それでも一人一人喧嘩慣れしていて、そんな奴等に対して二人で相手するなんて無理な話で、最初は抵抗していたが、先程の数発で倒れてしまった。


それにしても、先程男はあの二人の兄さんを恨めと言っていた。そう言われて思い付くのは真人と一心しかいない。ならば彼等がこいつ等に何かしらした、と思うのが妥当だが、最近あの二人は無駄に喧嘩をしなくなったのだ。したとしても、記憶操作で消してしまうから、恨みを持つ者なんて居ない。何をしたか分からないが、最近ではなくて昔の話なのだろうか。


「おいおーい、何考え事してんのー? それする暇あるのー?」

「ぁがっ……!」


うつ伏せになりながらそんな事を考えてしまい、それに気付いた男が、大輝の背中を踏みつけた。一瞬息が止まるが、ぐっと奥歯を噛み締めて、痛む体を横に回転させて、退かされた足を目掛けて蹴りを入れた。もう動かない、反撃されないと思っていたのか、蹴りは思いの外簡単に入り、男は体勢を崩して肘を地面に強打した。てめぇ! なんて、他の男達数名が殴りかかってきたが、それをギリギリなところで避けて、主に足に蹴りを入れた。

地面に強打する奴等を無視し、その間に大輝は、幸の所へと駆け出した。……が、横から現れた別の男からの回し蹴りが腹へと入り、幸の側へと倒れこんでしまった。


「だいきにいさんっ……」

「はっ……大丈夫か、幸……」


ごほりと噎せる兄に向かって幸は手を伸ばすが、後ろから急に脇に腕を入れられながら起こされ、膝を地面に着けたまま固定されてしまった。暴れようとするが、横からここまで連れてきた男が鉄パイプを幸の首へと押し付けた。喉にパイプを押し付けられ、一瞬吐き気が駆け巡った。


「兄さん、ね……」

「おい! 幸を離せ!」

「はいストーップ。この弟がどうなってもいーの?」


ニヤニヤと嫌な笑みを幸に向けているその男に殴ろうと拳を振り上げるが、ぐりんとこちらに顔を向けてそう言われ、拳は頬にぶつかる寸前で止めてしまった。


「ははっ、いーねえ……兄弟の絆? はいはいごちそうさーん!」

「ぐはっ……!」


震える拳をそのままに止まっていると、腹を思いきり蹴られ、軽く飛ばされながら地面へと蹲る。「兄さん!」と幸の声が聞こえたが、それに反応する前に、近付いてきた男に前髪を捕まれて、顔を近付かれた。


「お前、これから何かしてみろ。弟くんの命なんかねえからな」

「はっ……おまえ、」

「汚ねぇって? あっは、そんなの構わないね、俺等は自分がやりたい事やってんだから。その為なら汚くても反則でもやってやるさ!」


ぽいっ、とゴミの様に放かれ、「おい、そいつ好きにしていーぞ」と命令が下された瞬間、あちこちから足やら拳やらが向かってきて、体に衝撃を与えた。


「にーさんっ……! 離せっ、にーさんになにを……!」

「おいおい、分かってんのかい弟くん。君はただの傍観者じゃないよー。暴れたりしたら殺しちゃうかもね、君も、君の兄さんも」


幸の目線に合わせて屈んで、ポケットから出したナイフでぺちぺちと幸の頬に楽しそうに当てる。それで幸は暴れるのを止めた。兄が、殺される。その言葉が頭に流れた。


「ぐっ……、ぉ、おい……みゆ、きぃに手出すなっ……あぐっ……!」

「兄さんっ……ぃやだよ、にいさん……!」


勝手に涙が流れて兄にその目を向けるが、その兄は殴られて蹴られているのにも関わらず、歪められていた口元を上げて、ふっ、と笑った。


「だい、じょーぶだから、俺は、大丈夫だから、幸……っあ、かはっ……」

「にいさん! にーさん! 大輝にーさん!」


大輝の口から血が吐き出されたのが見えた瞬間、幸は、大輝の名前を呼び続け、頭を振る。

それを横で見ていた男が舌打ちをして「うるせえなあ……」とぼやくのを大輝は聞いた。まずい、幸をとりあえず大人しくしなければ、とぼんやりとしてきた頭を働かせるが、少し離れた所から聞こえた男の声で思考回路が途切れた。


「リーダー、これ先程こいつが隠してたんですけどどうされますー?」


あ。

その男が持ってきた袋を見て、二人の動きが止まった。今日外に出た目的の物。綺麗に包装された、我等兄弟へとあげる物だ。ここへと連れてこられたのは際に、割れないようにと隅へと隠していた。奴等からしたらどうでもいい物なのに、何故今になって持ってきたのか。


「あー? なんだこれ」

「それに触るな!」


先程まで馬鹿みたいに兄の名前を叫んでいた奴の声が変わった。それが分かった男は、にやりと笑って、丁寧に包まれている物を雑に破る。ひゅっ、と息を吸う音が何処かで聞こえた。新聞紙に包まれていて、それを破るとそこから見えたのは、マグカップだった。


「ははーん、なるほどねえ……」

「さ、触るなっ、返せ! それは……!」

「返して、返してよ……!」

「あーもう、うるせー」


たかがマグカップを触っただけで騒ぐ二人。その声がどうも耳障りだ。男は大輝の隣に乱暴に包み袋を投げ捨てた。

それを見た二人が目を見開いたのを眺めて鼻で笑い、大輝を蹴り上げて仰向けにさせた。

そして大輝の足首を踏みつける。


「ぐぁ……ッ……!」

「さてさーて、どれぐらい我慢できるかなー?」


みしり。自分の中で骨が鳴る音がした。

だがしかし、大輝は隣に投げ付けられた包み袋に手を伸ばした。

折角幸と二人で、兄弟にあげようと一生懸命選んだのに、こんな馬鹿みたいな喧嘩で、それが台無しになるなんて、そんなこと、許されるはずがない。自分の名前を呼ぶ弟の声が聞こえるが、それに反応する前に、中を確認して、それが無事か弟に知らせなければ。そうしないと、幸が悲しんでしまう。そんなの、自分も、他の兄弟達も許さない。

がさりと袋に触れて、中が無事かどうか、足を踏みつけられているのにも関わらずに、震える手で確認しようとした。


ちっ、と、男の舌打ちが響いた。


「あーもう、うざってえなあ!」


がつり、と。

男が横に振りかざした鉄パイプが、大輝の頭に直撃した。ひぅ、と、息を吸うような、止まるような、そんな音を出したのは誰だったか。

こてりと力無く、大輝は袋に伸ばしていた手も、持ち上げいた頭も、地面へと倒れた。痛みを我慢する様な声も聞こえない。表情だって、髪に隠されていて見えない。

そんな兄の頭から、たらりと血が流れているのを、幸は見た。


「だい、きにーさん……?」


がちがちと歯が鳴る。弱々しい幸の声にも、ぴくりとも反応しない。ただ見えるのは、血と、ボロボロになった体と、袋に触れようと伸ばされた手。

それだけ。


「……ぁ……あ……、」


熱い。熱い、血が、沸騰しているように熱い。まるで自分から火から出ているのではないかと思わせるほど、熱い。目の前が、赤く赤く染まっていく。頬に流れている水でさえ、熱く感じる。


「……はっ、しょぼ……」


鉄パイプを肩に担ぎ、溜め息を吐くような男の小さな呟きを聞いた瞬間。


「……………っ!」


どくりと、心臓が動いた。






◇◇◇◇◇◇◇◇






「真人兄さん! こっちだ!」

「分かってるっつーの!」


真人と一心は、街中を走り、裏の道へと続く道を入り込んだ。



今日は久しぶりに全員休みの日でそれぞれ休日を謳歌していた。真人が遊び帰りに昼頃に家に戻ると、同じく朝から出掛けていた一心と謙心が居間にいて、そこからだらだらと過ごしていたら、優磨も家に帰宅して、各自何かしらしていた。そんな時、"それ"は起きた。


「「………ッ!」」


どくりと、心臓が動いた。

真人と一心は、同時に立ち上がった。


「わっ、びっくりした……どうしたの?」


スマホを弄っていた優磨が首を傾げて、本を読んでいた謙心もこちらを見ている。

それに返事せずに、真人と一心は目を合わせると、また同時に動き出して、居間から出た。


「え、なに、急に……」

「謙心! 優磨! ちょっと家で待機していろ!」

「は?」


玄関を出る際に一心にそう言われたが、意味が分からない。しかし、頭に疑問が浮かんでいる二人に、真人も「いいからそこにいろ!」と言われてしまい、もう何も出来そうに無い。いつの間にかもう既に外に駆け出してしまった兄二人の意味の分からない言葉に首を傾げつつも、謙信と優磨は、そのまま居間にいる事しか出来なかった。



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