第9話

「大輝兄さん!」


居間で雑誌を見ていると、コップを持った幸が近寄ってきた。ちなみに他の兄弟は居ない。朝からそれぞれ外に出掛けている。


「なに? 幸」

「あのね、」


照れ臭そうに幸は、大輝の耳に口を近付けた。別にここには二人しか居ないのに、と思いながらも、大輝は言葉に耳を傾ける。


「プレゼント、買いたいんだ!」




そんな二人の兄である真人と一心には、物心ついた時から超能力が使える。物を浮かしたり止めたりする念力、力を見られた時に使う記憶操作、それらの力が使えるのだ。最近では、一心が新しい能力、千里眼を発症させている。

その超能力のお陰で、二人には沢山助けてもらった。それは幸だけではなく、他の兄弟も思っている。

つい最近、幸は真人に助けてもらった。真人だけではなく、一心にも日頃助けてもらっている。そんな二人に、何かプレゼントしたい。それが幸の相談事であった。そうしようと考え付いたのはいいが、何を買えばいいか分からないから、一緒に選んでほしい、と。


「でもさ、何で俺なの? 俺はお前の言うとおりクソダサ兄貴ですけど?」


弟にそう頼まれたら断る訳にはいかない。部屋着から着替えて、幸と街の中を歩いていた。

幸は嬉しそうに隣を歩いているが、大輝はずっと疑問だった。それがいま口にした言葉だ。自分で言うと悲しくなってくるが、実際幸の方が全然センスはいいと思うし、それに謙心だって、優磨もいる。何故自分に声をかけたのか、それだけが先程から考えていた事だった。


「大輝兄さん、三番目だから」

「うん?」

「真人兄さんが一番目で、一心兄さん二番目でしょ? 兄さん達に一番近いのが、大輝兄さんだから」


だから大輝兄さんに頼んだけど・・・ と、大輝の顔色を伺うように見てくる弟に、大輝は自分の耳が微かに熱くなったのを感じた。

自分も兄だが、こうも素直に兄と言われる事は慣れていない。勿論、兄さんと言う言葉は言われるが、どうしても真人と一心の存在が大きく、きっとあの二人からしたら、自分は弟の分類に入るのだろう。自分からしても二人は兄の為、それは当たり前なことなのだが、助けてくれる兄達の雰囲気は嫌いではない。むしろ好きだ。そんな二人に近いと言われ、嬉しくないはずがない。


「し、しょーがないなあ……。よし、買うなら二人が驚くもの買うぞ! 」

その言葉で幸の顔に花が咲く。

「うん!」




◇◇◇◇◇




「………」


大輝と幸は、デパートから出て、手元にある袋を見て顔を見合わせると、へらりと笑った。


「まあ、しょうがないよね」

「へへへ、しょーがないね!」


いつもより凄くハイテンションな幸。



デパートに入って、二時間少し。様々な場所を見て回った。

しかし中々ピンとくる物がない。これはいいかもしれない、と思ったものでも、値段が高かったり、こういう物は? と思って探してみたら、気に入った色が無かったり。プレゼントというものは難しいものだと、二人で何回も考え込んだ。

考えても全然決められなく、一度休憩しようとおやつとして、幸が「この前、女の子とデートで来た」というカフェに入って、(それを言ったことでボコボコにされるが)ほっと一息つき、体の休憩が終わった後で、とりあえず良さそうな店があったら全て入ってぐるぐると見た。

それでも中々見つからず、このデパートにはないかもしれない、と別の所に今度行く? と話ながら、一番最後の店に入った所に、"それ"はあった。

大輝と幸の目にそれが入り込んだのは、同時だった。「あ、」という声も、立ち止まったタイミングももしかしたら同時だったかもしれない。

二人が眺めるのは、仲良く並んでいる二つのマグカップ。……と、その周りを囲むようにおいてあるマグカップ。おまけに、その商品の紹介用なのか分からないが、自分達の家にあるテレビが置いてあった。


「……幸」

「わーっ、これはもう運命だねぇ…」


その4つのマグカップは、まるで自分達だ。こんな事があるだろうか、偶然に並んであるのは珍しい。迷い無く二人はそのマグカップ六つを手に取って、レジに行ってこう言ったのだ。


「「プレゼント用でお願いします!」」





兄へのプレゼントだったはずなのに、思わず兄弟全員分買ってしまった。しかも何を買ったのか分かっているのに、自分達の物もプレゼント用にしてしまった。とんだ出費だ。本当はあの二人だけに買おうとしたのに。

それでもあの六個が綺麗に並んでいるのを見たら、買わずにはいられなかった。開けたときに、兄達の分のみではなく、六個が揃っていた方が綺麗だ。それにみんなで開けた方が絶対楽しいし、嬉しいと思う。という変な理屈で自分自身を納得させた。予想外の買い物をしてしまったけれど、大輝と幸は十分満足だった。


「いま使ってるマグカップ、結構使ってるからね。ちょうどよかったよ」

「ね! みんな喜んでくれるかなー!」

「喜んでくれるよ、大丈夫大丈夫。さ、早く帰って驚かせよう」

「うん! 僕たちの兄弟愛は誰にも負けない負けない!」

「ちょっと幸……やめてよその歌…そして、お前にしてはテンション高いなぁ…」


変な歌を口にしながら、それでも嬉しそうに大事に綺麗に包装された袋を抱えて、スキップしだしそうな幸に、大輝は口許が緩むのを感じた。たまには、こんな企画をするのもいいかもしれない。


帰ってどうやって渡そうか、渡すところまでがプレゼントだもんね、と話しながら歩いていると、急に後ろから何も声がかからず、肩に飛び付かれるように腕を回された。うわっ、と声が出て、頭に浮かんだのは兄弟だった。この後ろ姿二人に肩を回すのなんて、兄弟の誰か、特に考えられるのは長男だ。いつもなら良いのだが、今はまずい。手にはプレゼントがあるのだから。それを見られたら折角のサプライズが台無しになってしまう。

とりあえず怪しまれないようにここから離れてもらわなければ、と横を向いたら、そんな考えは何処かへいってしまった。

横にあった顔は、兄弟とは全く違うものだった。全く知らない、見たこともない、整ったその男の顔は、それに似合わないような嫌な笑みを浮かべ、こちらを見ていた。


「……みーつけた」





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