第8話
「え! ちょっと待ってよ、ずるい! 僕も空飛びたかったのに・・・ 何で兄さんだけー!」
「ちょ、揺らすな、おい……!」
話し終えたところで、隣で寝ている幸に肩を捕まれて揺らされる。ぐわんぐわんと目が回り、視界がぐらぐらと揺れる。
おい落ち着けって、と大輝に止められて、幸はだって・・・と呟く。
「真人兄さんも、一心兄さんも、空連れてって、って言っても連れていってくれないし!そんな空なんて行くモンじゃないって!」
まあ確かに、と大輝は思う。
彼等なら、少し移動する時や家の中でさえも、超能力を使って移動や空を飛びそうなのに、それらには全く使わないのだ。ただ使うとしたら、探す時や怪我して倒れている時に起こすくらいだ。家にいる時などでも使ったりしない。
「でも一心兄さんかっこいーね! 俺も空飛びたいなぁ・・・」
「 ね! 明日兄さん達に頼んでみようよー!」
「はっ、また断られるだけだって」
大輝は考える。
あの二人が力を使うのは、大体決まっている。そう、自分達四人が関わっているときだけなのだ。
もっと日頃から力を使えば、あのクズ二人なら、何かしらの事をやりそうなのに、それをやらずに必要な時しか使わない。
それはまるで、力を使うことを控えているみたいだ。
「謙心兄さん一人だけ連れてってもらったからって独り占めは駄目だよね))圧」
「うん、ずるいよね?))圧」
「別に独り占めなんてしてない」
前から、少し思っていたのだ。
今だって、二人の兄は風呂入ってくる、と言って二人だけで一階へ行っている。そのお陰でこの四人での自慢大会が出来るのだけれど、力を使った後に大体二人で出ていくのだ。出ていかないときもあるのだが、出ていく方が数として多いのではないか。
それは何故なのだろうか。この自慢大会の様に、あの二人も秘密にしている事があるのではないか。
「真人兄さんも凄かったもんね!」
「ね! 明日真人兄さんに頼んでみよー! ねっ、大輝兄さん!」
力を控えている、という事は、力を控える理由があるはずだ。
例えば、力に頼りきっているとそれに頼るばかりで自分で何も出来なくなるから。いや、そんなところまで考える兄達ではない。むしろ逆に働きたくないからそれに頼って一生遊んでいようって考えの方が当てはまる。
じゃあ例えば、力を使うのを誰かに止められているか。いやでも誰に? あの力の事を知っているのはこの兄弟だけ。まさか他に知っている人がいないはずだ。
じゃあ例えば、人に見られると狙う者が現れるから。それはもう随分前に言われている事だ。現にあの力の事は言わないと、兄弟の中で約束されている。それは理由にはならないし、家の中で使えば問題ない。
じゃあ例えば、力を使ったらあの二人にとって良いことではない何かが起こるとかーーー……。
「ちょっと大輝兄さん!」
「?!」
かなりボーッとしながら考え事をしていたらしい、肩を幸に叩かれて、驚いてそちらに顔を向けた。
何回も話し掛けてんだろう、幸の向こう側にいる謙心も、反対側にいる優磨からも視線を感じた。
「なにボーッとしてるのー? もう眠くなった?」
「あー……ああ、ごめん。うん、ちょっと眠くなってきたかも」
「じゃあ今日の大会はおしまいだね」
「もういいよ、寝る……」
今日の自慢大会はお仕舞い。そうなれば、布団の中央に集まっていた四人だが、それぞれの場所へと移動する。二人の兄の場所を空けなければならない。
「ちょっと寝る前にトイレ行ってくる」
大輝はそう言って立ち上がれば、んー、とかはーい、とかいってらっしゃいとか、それぞれ返事が返ってきた。そっと静かに襖を開けて、そろりそろりと階段を降りる。
別にこれはあの二人を疑っている訳ではない。純粋にいつも助けてくれる二人に感謝しているし、これはただの好奇心だ。そう、好奇心。
そう言い聞かせて、一階に下りると、居間から何か声が聞こえる。もう風呂に入り終わったのだろうか。
音を立てずにそろりそろりと近付いて、話し声と電気が漏れている居間の襖を少しだけ開けて、中をそっと、見て、大輝は大きく目を見開いた。
「真人兄さん! 一心兄さん……!」
そして襖を思いきり開けて中に入り込む。
中にいた二人、真人と一心は驚いた表情をして、大輝を見た。何でここに、とでも言いたげな表情。
だが、大輝にとってはそれに答えるどころではないのだ。
真人は今にも死んでしまいそうな程真っ青な顔をして横に転がっているし、一心は左目にタオルを当てて座り込んでいる。大輝が入ってきた為に、驚いてタオルから離され、露になった左目からは、たらりと血が流れていた。
それを見た瞬間、ひゅっと息を吸って、そして確信した。
やはりこの兄達は、何かを隠している。この状況だけじゃ何が起こるのかとか全く分からないが、言えるのはただ1つ。絶対良いことではない事だ。
大輝は震える足を動かして、二人の兄の傍へと駆け寄った。
「なあ……! 何だよこれ、どうしたんだよ! 何を隠してるんだよ!」
真人がゆっくりと、本当にゆっくりと起き上がる。一心が離していたタオルを再び目に当てた。
「ねえ……兄さん、何でそんな真っ青なんだよ……。一心も、目から血なんて……病院に……ッ」
大輝が二人の腕を掴んで、必死に話し掛けるが、二人は微動だにしない。目線を下へと向けて、口も開かない。
「前から思ってんだよ……力の使い方も、使ったあとの二人も……! おかしいって思ってた! なあ、その力が関係してるんだろ? 隠すなよ、おい……!」
この二人は、弟関係の時に力を使う。それは弟の為にやっているとしか考え付かない。
弟、そう、自分達の何かしらの為に。
「頼むから……二人で抱え込むなよっ……。あいつ等に言いたくなかったら俺だけでいいから……! 俺だってあいつ等の兄さんなんだよっ、あいつ等の為に何かやってるんだったら、俺も……!」
俺も力になるから。だから、言って。二人で苦しむなよ、折角兄弟がこんなにいるんだ、その苦しみを三人で分けても同じだろ、だから。兄である俺も。この
二人だけ苦しむ姿を見たくない。
ぼろぼろと涙を流しながら、二人にすがり付いていると、漸く真人が大輝、と呼んだ。
はっ、と顔を上げて、長男を見れば、顔はまだ真っ青だけれども、兄の顔で口元をあげていた。
分かってくれたのだろうか、その期待を込めて、真人兄さん、と呼べば、頭を撫でられた。大きく、安心する手。
ほっと、息を吐いて、今の状況と、力について聞こう、と考えていたら、ぐっと手に力を入れられて、頭を捕まれた。
そして、ぐわりと、視界が回る。
「あ……」
この感覚は。知っている。
体験した事は無いはずなのに、何故か分かる。見たことあるだけで、知らないはずの、この感覚。
超能力を見られた時のーーー記憶操作。
「真人兄さん……っ、おい、やめろ、ふざけんな、いやだ……! 兄さん……!」
捕まれている手を離そうと、真人の腕を掴むが、その体調の悪そうな状態で、どこから力が出るのだろうか、全く離されない。
その間に、だんだんとやってくる眠気。ぼんやりと兄の顔が歪んで、ぼやけていく。
消されてしまう。この記憶を。今眠ったらこの事を忘れて今まで通りの生活に戻ってしまう。折角決定的瞬間を見たのに。
「おねが、やめ、……にいさ、なんで……」
だって、俺も、兄で、兄弟の中だと、兄で。あの弟達に何かしらあるのであれば、何か手伝えることがあるかもしれないのに。なんで、二人で、どうして。何で、僕には何も言ってくれないの?僕は頼りない?
ぼんやりと暗くなっていく視界に、大輝は無意識に、なんで、どうしてを繰り返す。
眠い。寝たらいけないのに、眠い。段々と意識が遠退いていく。
「……ごめんな」
もう大輝の腕を掴む事も出来なくなり、意識が暗闇の中に落ちてしまう瞬間に、見えた。
我が長男が、とてつもなく悲しそうに、それでも、安心したように、へらりの笑う姿が。
「それでもお前は、俺達の"弟"なんだよ、大輝」
完全に眠りに落ちたのだろう、ふらりと倒れる大輝を、真は受け止めた。すぅすぅと規則正しく寝息を立てながら寝る大輝の目元には、まだ残っている涙が流れている。それを服で拭って、真人は息を吐いた。
「……これで何回目くらい?」
「……分からん」
「大輝はほんとに鋭いから困るわー……」
「そうだな……」
一心は血は止まったかとタオルを外したが、外した途端痛みが広がった為、咄嗟に再びおさえた。
大輝に記憶操作の能力を使ったのは初めてではない。
これまでに何度も、このように見られたことがある。四人がもう寝ているだろうと思っていたら偶然に見られた時とか、今回のように感づいて見つけられてしまった時など。こんな長く共に過ごしているのだ、気付かれる事もあると思うのだが、この三男は無駄に鋭いところがあるのだ。偶然より、自分で気付いてそれを確かめに来る方が断然多い。
見られた時にはこのように記憶を操作するのだが、毎回毎回言われるのが、先ほども言われた、『三人で』という言葉だ。
二人で苦しまず、三人で分けよう。そういう事だ。
その言葉を言われるのは嫌ではない。むしろ、嬉しいことだ、そんな風に考えてくれていると。
それでも。
「弟、なんだよなあ……」
真人と一心にとったら、大輝も弟なのだ。あの三人と同じく弟で、守るべき者。
だから大輝が抱え込まなくてもいい。何も知らなくていい。能力を使ったら、副作用が出るという真実なんて知らなくていい。弟達には、普段の生活を送ってほしい。
「悪いね、兄さん。記憶操作してもらって」
「いや、お前にやらしたら今にもぶっ倒れそうだから」
「それは兄さんも同じだろ、そんな真っ青な顔して」
「俺はいいんだよ。……一心は大丈夫か、目、まだ見えるか?」
「ああ、痛みがあるだけで見える。前みたいな暴走はないよ」
「でも血とまるまで動くな」
「……そうさせてもらうよ」
「大輝、また気付きそうだな」
「……それでも、消すんだな?」
「……決まってるだろ」
何度でも何度でも、もし気付かれるような事があれば、それに対して何度でも何度でも、消してやる。
この姿を見られた時には、必ず涙を流して訴えてくる。抱え込むな、話せよ、と。
それでも、涙を流させてしまっていても、怒らせてしまっても、辛そうな顔をさせてしまっても、弟達にはそれを忘れて、笑って、ふざけて、幸せな日々を過ごしてもらいたい。
きっと次に目が覚めたら、何も覚えておらず、いつもの一日が始まるであろう。
朝はおはようから始まって、それぞれが別の事や同じ事をして半日が過ぎ、そして夜のおやすみで一日が終わる。
そんな当たり前な日々を、四人が送れるなら。そしてそれを共に送れる事が出来るのであれば。
そんな日々を、弟達を、守れるなら。
「"弟"に力を使うのも後悔しない」
だって、俺たちは大輝達よりも兄だから。
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