第5話
◇◇◇◇◇◇
「おーい、どうだ様子は、」
「シーッ!」
がらりと寝室に入れば、大輝が口に人差し指を当てて言った。おっと、と布団の中を見た真人は口を閉じて、そろそろと近付いていく。
「さっき寝たとこだよ」
「……そっか、寝れたなら良かった」
二人で安心したように見つめる先には、布団の中で、真ん中の幸にくっつきながら寝る謙心、優磨の姿。幸は逃がさない、と言っているかの様に二人の服を掴んでいる。
あれから無事に四人で帰宅し、待っていたのは泣きそうな顔をしている幸と、そんな弟の隣にずっといた大輝。
ぼろぼろの謙心と優磨に抱き付いて、ごめんなさい、ごめんなさい、と何回も泣き叫ぶ幸に、二人は傷が痛がりながらも笑って頭を撫でていた。
手当てして、その後大輝に三人を任せていたらこの状態だ。三人とも安心した表情で気持ち良く寝ている。三人とも、特に幸が目元が赤いから、明日腫れるかもしれないけれど、それも笑い話になるであろう。
「一心は?」
「今風呂にはいってる。その次は俺ー」
「はいはい。……それにしても、一心には驚いたよ。まさか新しい能力が出てくるなんて」
「……そうだな」
『見つけた』
そう言った一心の目は、いつもの黒目ではなく、深く透き通った青色へと変わっていた。
一心曰く、二人が見つかったのだという。どういう事か聞くと、二人は車に乗せられて山奥へと向かっている、と。右目だけその光景が見える、と言うのだ。
ーーー千里眼。
それが一心が新たに発症した能力だ。
今回、二人を助けられたのも一心のお陰といっても過言ではない。
一心に言われて向かった先は、本当に町外れの山奥で、人なんか全く来ないと言ってもいいくらい深いところだった。それでも、本当にあったのだ。洞窟の中に研究所が。
こんな場所、いつもの様に片っ端から上から探していたら、絶対に見つけられなかったであろう。
洞窟の中であった為に色んな物を壊しても、外には害が無かったから逆に好都合だったけれども。
「真人兄さんにも千里眼が出てくるかもね」
「んー……そうだな。そうしたら俺、目だけで旅行行ってくるわ」
「何それ、絶対楽しくない」
「お前景色とかなめんなよ! ……そろそろ一心出たな。んじゃあ大輝、三人の事頼むな。お前もそろそろ寝ろよー」
「うん、おやすみ」
おやすみー、と、長男は寝室から出ていった。
気配が無くなったのを確認して、大輝は息を吐いて、三人の寝顔を見る。
幸せそうに寝る顔を見て、大輝は心が暖かくなったのを感じ、真ん中の末弟の頭を撫でた。
「今日も二人スゴかったんだぞ。特に一心。……早く自慢したいから、明日覚悟しとけよ。お前らの話も聞きたいんだから」
能力を使った後に必ずしも行われる自慢大会。
今日はこんな事をした、こんなとこがスゴかった、かっこよかった。
そんな兄達には言えないような自慢話を、弟四人で開かれる。今日はそれを出来なかったから、また明日にでも。絶対に兄達には見つからないように開かなければ。
大輝は、優磨の隣に入り込み、無意識にくっつきながら安心した様に眠りに就くのであった。
寝室から出た真人は、足音を出さずに、それでも急いで一階に降りて居間の襖を開けた。
「一心……!」
そこには、右目に手で覆い、苦しそうに蹲る一心がいた。
「ま、ことにいさ……ぐっ、三人、は…………!」
「大丈夫、三人とも寝たから。それよりもお前だろ……しっかりしろ一心!」
傍に駆け寄って、背中を擦るが、そんな事しても今の一心の状態が治まる事は無い。それでも気休めに、と、擦り続けるが、一心は苦しそうに、たまに吐きそうになりながらも耐えている。
「ぁあ……! くそっ、見たくない……ぐ、ぅ、見たく、なっ……!」
ーーー能力の、暴走。
今の一心を襲っているのは、それだった。
発症した能力、千里眼が暴走しているのだ。千里眼が発症しているのは右目のみ。その右目が、閉じてて手で覆っても、見たくなくても遠い何処かをランダムで写しこんいるのだ。
山奥を写すときもあれば、街中を、路地裏を、建物の中を、海の底を、空を、宇宙を、まるでジェットコースターに乗りながらぐちゃぐちゃに景色を見せられている感覚。写し方も不安定で、ぐらぐらと揺れて、定まっていない。
そんな酔ってしまいそうな景色を、ずっと見せられている。
真人はそんな事をイメージ出来ないため、今一心がどのような物が写っているか分からない。だが、副作用も共に痛みも襲ってきているようで、どれだけ辛いかは分かる。副作用は本当に辛いのだ。
「しっかりしろ! 一心……! 一心!」
声をかけ続けながら、真人は唇を噛み締めた。この辛さを半分、いや、むしろ全部、こっちに寄越してくれればいいのに。
千里眼がどうも副作用が大きいようで、まだ発症していない真人は、能力を使ったのは久々な為、副作用は起きていない。助けるために千里眼を使った一心のみが苦しむなんて、そんなの不条理すぎる。
やがて、痛みはまだあるが、暴走が止まったのであろう、一心が息を乱しながら、仰向けになる。手は右目のところにそのままに、ぜえぜえと乱す息を整えた。
「……暴走、とまったか?」
「ああ……大丈夫だ。もう何も見えない」
心配から安心に変わった真人の表情を見て、一心はふっと笑って手を下ろし、閉じていた目を開けて、息を止めた。
「……真人兄さん」
「ん? どうした?」
「兄さん、まだこの能力、出てきてないんだよな」
「ああ……まだ、っていうか、俺にも発症するか分かんねえけど」
「もし、この能力が出てきたら、無闇に使わない方がいい」
「……は、なんで、」
「右目、見えない」
ひゅっ、と息を吸って、一心を見る。そして一心も、真人を見た。
真人から見たら、一心は何も変わっていない。いつもの目で、こちらをしっかりと見ている。
一心から見たら、半分は見えて、半分は暗闇。今までの副作用の視力低下とは全くの別問題。こんな暗闇、見たこと無いだろう。
「一心、おまえ……」
「……大丈夫だ。これも副作用だろ。……すぐ見えるようになる、治るさ」
何処か確信しているかのように笑う一心の姿がゆらりゆらりと歪み始めた。ぽたりぽたりと、自分の手に落ちるまで、涙を流していることに気付かなかった。
それを見た一心は、目を見開いて、困ったように眉を下げた。
「……らしくないぞ」
「……俺も、そう思う」
命など惜しくない、と。二人で誓ったはずなのに。彼等を守れるならば命など惜しくない、と、誓ったはずなのに。
やはりそれに近付いているのを間近で確認すると、どうしても自分の感情を操作出来なくなってしまう。
「無事、だったんだな、兄さん」
「……ああ、みんな、無事だ」
「この能力のせいで、二人が狙われたんだ。もっと気を付けないとな」
「また出てきても、その時は守るさ。今度は俺が千里眼、使えるようにしてやる」
「無闇に使わないでくれよ」
「分かってる。お前もだぞ、一心」
「知ってるさ、もう、知ってる。……守れても、その守れた物が見えなくなるって、どういう事か、いま、痛感したさ」
「……そうだな」
「それでもさ、兄さん」
「……ああ、大事な奴等が生きていれば、俺達は十分さ」
これは、命が大きく削られた、一歩。
それでも、この兄弟は、言うのだ。
大事なものが息をしているのなら。あいつ等が安心して幸せそうに暮らせるなら。それを肌で感じて実感できるのであれば。あわよくば、それを笑顔で少しでも長く笑顔で見守れるなら。
弟達を守れるなら。
「視力なんて惜しくもない」
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