第4話



ぼんやりと薄暗い車内。全ての窓には光を遮断するための物が貼ってあり、外からは見えないようにしてあるのだろう。

もが、と謙心が足を動かせば、首にナイフを押し付けられた。


「黙ってろ。大人しくしていれば殺しはしないさ」


そう警告され、ふう、と息を吐いて、足元にいる優磨に足をくっつけて、動いているのを確認して、また息を吐いた。


あれから、幸があの場から居なくなって。

一人を逃がしたのを、ある一人が頭にきたのか、一番近くにいた謙心を殴り付けた。

それを追い付いた仲間達が止めて、二人もいれば十分だとか、早く車に戻るぞ、だとか、ごちゃごちゃ言って、二人を拘束した。

口に喋れないようにガムテープを貼られ、手足を縛られ、運ばれた先にあったのは白いワゴン車だった。

それに乗せられ、移動し始めてどれくらい時間経ったのかは分からない。

どこに移動しているのか、どこに向かっているのかも分からなく、何故自分達が殺されずに運ばれているのかも分からないままだ。

車内にいるのは五人ほどだ。絶対追い掛ける奴等と待ち伏せしていた奴等を合わせれば、数は圧倒的に少ない。他の奴等は別の車で移動しているのだろうか。


「おい、こいつ死んでねえだろうな。さっきから暴れねえけどよ」

「暴れねえからいいじゃねえか。まあそいつは逃げた奴庇って頭をぶん殴ったからよ、意識朦朧としてるんだろ」


もんもんと考えていれば、優磨の傍にいる男等がそんな会話をする。

足をくっつけて微かに動いていたのは確認したが、優磨にしては静かすぎる。

大人しくしていれば何もしないだろ、と思っていれば、おーい、生きてるかー、なんてばしばしと優磨を叩く音が聞こえた。

それを聞いた謙心は、げしっ、と男を蹴り上げて、触んな、と睨み付けた。


「おい……テメェ、いま自分の状況分かってねえの?」


蹴られた男は、ぎろりと謙心を睨み付けて、がつりと謙心を殴る。

むぐっ、なんて声が出てしまい、みっともねえ、と思うが、それを聞いた優磨が、その場で体を動かし始めた。


「あー! 動くな! 邪魔だ!」

「いいじゃねえか、体を動かすことも、実験が始まったら出来るはずもないから、今の内にやらせとけよ」


実験?


その言葉を聞いて、二人はぴたりと止まった。

それを感じ取った男は、謙心がよくやるようにマスクを下にずらして、にやりと笑う。


「お前らは今から実験台だ。もうあの家には帰れねえし、上の兄貴等も助けにこねえよ」


実験台? 何故。自分達に実験台にされる価値があるとは思えない。それに何故、兄達がいるという事も知っているのだろうか。

男は、汗を流している二人の目の前に一枚の写真を出した。

ふいに出された写真を、薄暗い中じっと目を凝らして、目を見開いた。


「これ、お前らの兄貴だろ? なんで空飛んでんのかねー。なに? 何かの能力? 力?」


写真の中には、赤い服と青い服を着た自分達に瓜二つの顔の人物が空を飛んでいる姿が写っていた。真人と一心だ。

遠くて表情は分かりにくいが、自分達と似ている顔だというのは分かる。


その写真を見て、優磨は昔の事を思い出した。



昔、真人と一心が力を使えるようになって少し経った頃。

真人と一心は、弟達四人にこう言ったのだ。


「この力の事は他言無用。絶対にだ!」


それを聞いて他の兄弟達は素直に頷いていたが、幸はよく分かっていなかった。


何で駄目なんだろう。だって兄さん達の力は格好いいんだ。飛んでいけるし、頭を掴めば相手はぽかんとしているし、何より自分等を助けてくれる。そんな自慢の兄達。こんなにも優しくて格好いい人は、自分の兄なのだと他の人達に教えてあげたいのに!


口を大きく開けて、首を傾げているのを見た一心は、ふっと笑って幸の頭を撫でる。


「幸、わかったか?」

「うーん、だって格好いいよ?」

「格好いいんだが……もし、他人に知られたら、俺たちは一緒にいられなくなる」

「え……どうして!?」

「幸、この力の事、どう思う?」


今度は真人が幸に聞いた。

勿論、言うことはただ1つ。


「格好いい! 僕もほしい!」

「だから、だ。他の奴等だって欲しがるに決まってる。それをさせないために、絶対に秘密だ! わかったか?」

「……うん、わかった。秘密!」




その時は自分も多少分からなかったが、今ならよく分かる。

この写真、男達、誘拐、実験。

それらを組み合わせたら、こいつ等の目的が分かる。

んー、んー! と、ガムテープの下から叫んでいると、写真を持った男が、少しガムテープを取った。半分まだくっついている状態だが、半分取れただけでも話せる。


「その力が欲しい……?」


優磨がそう聞けば、はははっ、と笑って男は当たり前さ!と叫ぶ。

でも俺たちは、その力を持っていない。

そんな事を思っていると、男は分かっているよと言っているかのようににやりと笑う。


「お前らが力を持っていないのは分かっているさ。そんな力を持っている奴を拐っても、逃げられるに当たり前だろ」


でも。


「お前らは持っていない。でもこいつ等と同じDNAを持っているだろ。だから可能性にかけるのさ」


お前等から力を手に入れる事を。


「はっ……」


ふいに、謙心から声が聞こえた。

どうやってガムテープを取ったのか、いつの間にか半分取れて、見えている口元はにやりと上がっており、目も馬鹿にしているような目付きだ。

鼻で笑った謙心は、腫れ上がって口を動かすのも辛いであろうが、それでも喋り出す。


「なに……それ結局、怖いから俺らに逃げただけじゃん」

「……なんだと?」

「それにあの力だって持っているのはあの二人だけで、こんな俺に力が出るはずもない。あんた等は意味もない事を勝手にやって、勝手に怖がってるだけだ。どうする? その怖がってる対象が、もうすぐ来るかもよ? あんた等は震え上がるの分かってるのに、」

「うるせえ!」


男は、謙心の首に手をかけた。ひゅっ、と息を吸うのが聞こえたが、力は緩めずにどんどん締め上げていく。

謙心兄さん! なんて、すぐ傍から声が聞こえたが、他の奴等が殴ったのか、静かになったから気にしない。

とにかく、こいつの口振りが頭にきた。


「なあ、別に実験台は一匹でいーんだよ。一匹いれば十分なんだ。お前をここで消してもいいんだぜ?」


ぐぐぐと、手に力を入れ続ける。かはっ、と息が出来ないのか、苦しそうにもがいている。

それを見てざまーみろ、と唇を舐めてそれに、と続けた。


「研究所は山奥にあって、絶対見つからない。兄貴等の力に探索能力はないんだろ? 空から探すしか手段ないんだろ? 上からは絶対に見つからねーよ、残念だったな! もうすぐ研究所に着く、そうすればお前らは、」


ただの道具と変わりはない。


ぎゃははは、と品の無い笑いが車内を包んだ。なぜ、こんな奴らは、こんな笑い声しか出せないのだろうか?ぼんやりと意識が朦朧としてきて、ああ、このままいっそのこと意識無くしてやろうかな、あ、でもそうすると優斗に手がいくな、なんて、本当に耳を傾けていない内容を考えていた、その時だった。


キキィ! と、いきなり車が急停止した。車が若干傾き、中にいる人も勿論バランスが崩れる。そのお陰で首から手が離れ、息が出来るようになった謙心は、噎せながらも息をする。それに優斗が、大丈夫?! と聞いてきた為、平気、と咳をしながら答えた。


「おい! なんだよ急に!」

「運転席! 何がどうなってる!」

「わ、わかりません! 急にエンジンが止まってしまって……!」


車内はもうパニックだ。

運転席からは、とりあえず降りて、車の様子を見てくると声が聞こえて、それに早くしろ! と男が舌打ちをした。

怯えるように運転手は返事をして、シートベルトを外すために目線を下に向けた時、自分の体に影がかかったのが見えた。大きな鳥が目の前にきたときの様な、影。

何だろう、と前を向いて、後悔した。


「ひぃッ!」


フロントガラスに、人。

何も音が無かったのに、いつの間にか人が、片方の膝を立てて座り込んでいた。

ゆらりと、俯いている顔をあげて見えたのは、後ろの実験台と似た顔と、ぎらりと、青く深海のように深く光る、瞳。

無表情で、何を考えているか分からないその人物は、握り締めた拳を上にあげて口を動かした。窓で遮られていた為、声は聞こえない。だが、口パクで分かった。たった一言、四文字。

声は聞こえないのに、ぞくりと、背中に悪寒が走った。


『見つけた』


上にあげていた拳を一気に窓ガラスにぶつければ、ばりん!と大きな音を立てて、砕け散った。

なんだ?! と後部座席から騒ぐ声が聞こえたが、腰を抜かした運転手はそれに答えることも出来ない。そんな運転手に向かって、青い目を持つ人物ーーー一心は、ぐいっと車内に顔を入れて、低く落ち着いた声で言った。


「大事な弟達、返してもらうか」

「一心兄さん……?!」


騒ぐ中、聞こえたのは兄の声で、優磨がそう呼べば、一心は後部座席を見て、そこか、と呟く。

車内に入ろうとしたが、如何せんもう車内は満員でかなり狭そうだ。一心は何を思ったのか、息を吐いて車の天井に手をかけてぐっと力を入れた。

すると、どうだ。

これはヨーグルトやカップラーメンの蓋だったろうか、と勘違いさせられるほど、意図も簡単に車の天井はばきばきと剥がれていった。

ひぇッ、と誰かが声を漏らすが、あっという間に剥がされてしまって、車内がよく見えるようになった。

もはや残骸となってしまった、天井だった物をぽいと捨てて、こちらを見下げる男は、写真に写っている青い方であろう。ということは、能力者だ。

それを判断した途端、動こうとしたのは早かった。

男は優磨を引っ張り、持っていたナイフを首もとに押し付け、こいつが惜しけりゃ……なんて、どこかのドラマの様な台詞。頭の中でのシチュエーションは完璧だったのだ。

ただ、優磨に手を伸ばそうとした瞬間、体が石になってしまったかの様に動かなくなってしまった為、実行出来なかったのだけれど。


「はっ……」


動かない。足も、手も、首も、すべて。動かせるのは瞬きと、口のみ。それ以外は何も動かせなかった。

なんだ、なんだ、これは。

それは周りの奴等も同じな様で、うわああなんだよこれえええ、なんて叫んでいた。

叫び声が舞う中、翳していた手を下ろし、一心は車内に足を入れて、縛られて無惨な姿になっている弟二人の頭を撫でた。


「悪い、遅くなった」


暖かな、手。

助けてくれると、いつも撫でてくれる暖かく、大きな手。何度も体験している筈なのに、撫でられると涙が溢れてくるのは何故だろうか。


「一心兄さん……っ」

「遅いんだよ……ッ、……!」


泣く二人の涙を拭いて、縛られている手足の縄をほどき、二人を浮かしてゆっくりと立ち上がらせて肩を貸す。

そして軽く飛んで、また元の場所に戻った。


その一部始終を見て、男はひひっ、と笑う。

本当だ、本当に能力者だ。近くで見てもすごい。聞いたことあるのは噂で、見たことあるのは写真のみだったが、実際見てみるとスゴいものだった。物を浮かせたり、自分を浮かせたり、この様に物を止めたり。欲しい、その力が欲しい。


「はははっ……すげえな……兄さんよ……」


目は動くのだ。こちらをまた見下げている一心に目を向ければ、先程この弟達に向けていた表情は残っていなかった。冷たく、無の目を見て、男は笑う。


「残念だったな……ここで俺らを捕まえても、仲間がまだいるんだ……。それに研究所だってある! お前らが見つけられないとこにな! それがある限り止まらねえよ!」


そこでタイミング良いのか悪いのか、ビーッビーッと何かが鳴る胸元から音がした。

ほらみろ、仲間からの連絡だ。きっと先に研究所に行った仲間達から遅いからと連絡したのであろう。

だが動けない為、取ることも出来ない。そう思っていたら、胸元から無線機が飛び出し、一心の手へと収まった。

そして躊躇なくボタンを押すと、それをこちらへと向けた。

そこから聞こえたのは、聞きたくもない声と音だった。


『た、たすけ……ッ!』

『ああぁ……!』

『こっ、こちら研究部……! 赤い何かに潜入されっ、……ぎゃああ!』

『怪物だ……! 赤い怪物だぁああ!』


叫び声と、爆発音、少しのノイズ。それらが混じった音は、向こうで何が起こっているのか簡単に予想できた。

怪物。赤い怪物。写真に載っていたのは、赤と青。こちらが青で、向こうは赤ということか。


『おいおーい、逃げんなよー。まだ終わってねーってばー』

「……真人兄さん」


何とも残酷な音と声の中、楽しそうにする声が異様に大きく聞こえた。それに一心は反応した。

一心の声が聞こえたのであろう、向こうで、お? とという声と無線機に歩む音が聞こえる。


『あ、一心ー? 謙心と優磨は無事ー?』

「ああ、こっちはもう終わる。研究所はあったか?」

『おうよ! お前が言った通りのとこにあった! こっちももう終わるからさ、俺そっち行くわー。可愛い俺の弟が無事か早く確認したいからさー』

「急いでくれよ。早く手当てしたいから」

『ん! 了解!』


んじゃあラストパートいくぜー! なんて、大声でバカの様に叫んだ後、無線機からはもうノイズしか聞こえなくなった。


ガタガタと震える体が止まらない。

何故だ、何故研究所の場所が分かった。あの場所は本当に山奥にあり、空からも見えないし、歩いていても簡単には見付けられないような場所にある。入り方だって我等しか分からないはずなのに。何故だ、どうして。


何故、何故、と頭の中で繰り返していると、ガタンッと車が揺れた。うわっ、と体は止まって動かないが、その振動に驚き、前を見て、驚愕した。

山奥の人目のつかない場所にある研究所に向かっていた為、周りは森と崖ばかりだ。 いつの間に車は動いていたのだ、むしろゆっくり過ぎて気付かなかったのだろうか。

車が揺れた理由は、車の前半分が崖に差し掛かっているからだ。もはや若干斜めになっている車。ここから嫌でも見える、暗く深い谷底。

墜ちる。死ぬ。

その言葉が脳内に過った。


「お、おい……ッ」


もはやガラクタとなった無線機を助手席に投げて、よし、と行こうとしている一心に、情けない声で呼び止める。

一応話は聞いてくれるようだ、冷たい眼差しがこちらを向いた。


「お、俺たちが悪かった……っ! ゆ、許してくれよ……! ただ力がほしかったんだっ、お前らだって、その力を持っていなかったら欲しいに決まってるだろ……! そんな何でも出来るちからっ……」


そうだ、欲しがるのは何も自分達のみではない。


「もうお前らに関わらない……その力のことだって誰にも言わねえよお! だ、だから……お願いだ、ゆる、」

「悪いな」


ぞくり。

その一言だけで、黙らせるのには十分だった。かちかちと歯が鳴り、息をするのも苦しくなった。頬に流れる汗の感覚でさえ、気分が悪くなる。

一心がそこから飛べば、ぐらりと車は揺れ残った半分が段々と崖へと向かっていく。首が動かないため、後ろを見ることが出来ない。奴がどんな表情でいるかなんて分かるはずもない。ただ見えるのは、スローモーションで近付いてくる暗い谷底で。

そんな中、はっきりと聞こえたのは。



「命乞いは、飽きたんだ」



ああ、向こうに現れたのが、何でも壊す赤い怪物ならば。

こっちはタチの悪いーーー……。


「青い悪魔・・・」

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