第9話 からかって……いるのか?
レストラン街は、週末のお昼時なこともあり、かなり混み合っている。女性のヒールのコツコツという音、子どもの声、売り込みの声、その他諸々のざわざわ……。それが気になるのは、僕ぐらいなのだろう。それより、大学生の男が同じぐらいの年齢の女性に引っ張られているこの光景の方が、周りからしたら気になるのだろう。
僕が書店に向かった時間の半分だろうか。速すぎる。彼女の顔を見ると全然疲れていない様子。中にバッテリーでも搭載しているんですか?と聞きたくなるが、それが普通なのだろう。たぶん。
「今更確認だけど、辛い物って大丈夫?」
「辛い物?火を噴きそうになることはあるけど、まあ、嫌いじゃないよ」
「それならよかった。あのね、すごいおいしいスープカレーの店があるんだけど、どう?」
「おお、スープカレーは好きだから、うれしい」
そして彼女はスープカレー店の前で止まった。
「うん、それがここなんだけど…。やっぱり、人気の店だから混んでるみたい」
店の看板には、奥芝商店と書かれている。どう読むのかもわからない。自分の知らない店だった。知らない店は、楽しみで、期待するんだけど、どんな店か気になって心配にもなる。店の中を見ると、昭和のレトロの僕が好きな雰囲気だった。そんなふうに観察していたら、中川さんはささっと名簿に名前を書いてくれていた。それから、僕らは店の外に置いてある椅子の後ろに立った。
「こちらメニューになります」店員さんが一枚メニューを渡してくれた。ありがとうございます、と定型文的な挨拶をした。
「ここのスープカレーね。スープがおいしいの。海老の出汁が効いていて。ラーメンのいいところとスープカレーのいいところを合わせて1つにしてみましたって感じ。本当にラーメンみたいな感覚で、しかもスープカレーが食べれるって感じ」
ラーメンみたいな感覚、という言葉がなんかおかしくて、思わず吹き出してしまう。
「ラーメンみたいって面白いこと言うね。スープカレーなのに」
その言葉に彼女の顔は赤くなる。本当に人って恥ずかしくなると顔が赤くなるんだなと思う。少し沈黙が流れた後に、
「本当なんだって。食べてみればわかるよー。……と、とにかく、何食べる?」早口で彼女は返してくる。
「いろいろあって迷うな。何がおすすめなの?」
「やっぱり一番上の道産子チキヤサカリーかな。スープカレーと言えばチキンと野菜でしょ。数量限定だから夜になるとなくなっちゃったりするんだよ」
「ふーん。じゃあそれにしようかな。それで辛さが……」
メニューの辛さを見て僕は驚いた。いつも、スープカレーを食べるときには、辛さを1番にしていたのだが、睦月という洒落た名前の付いた1番の説明に甘口と書いてあるではないか。僕はあまちゃんじゃない。
「如月にしようかな」
「それと、レモンはつけてもらったほうがいいよ。さっぱりするから。そして、裏を見て」
そう言われてメニューを裏返す。
「右側におひとつどうぞってあるでしょ。そっから無料トッピングを1つ選べるんだよ」
「へえー。自分で選ぶのか。それはおもしろい。ふーん。いろいろあるんだなー。……アボカドなんて珍しいなー。じゃあ、アボカドにしよう」
「OK。あとは注文するだけ」
「ここら辺も店が結構変わるもんだな」
「意外と上層階のレストラン街より地下のレストラン街の方がおいしいもの多かったりするんだよねー。どんどん人気の店が入れ替わり入ってきたりしてあまり学生は知らなくて上とか近くの駅ビルの安い飲食店行きがちだけど。地下は特に平日だと社会人の人が結構入ってたりするから、落ち着いて食べれるし。土日は家族連れが多いけど」
「それは知らなかったなー。いいこと聞いたな……」
あれ?何かが触れる感じが、と思ったら気づかない間に、隣にいる彼女が自分の方に少し触れてくる。もしかして自分の方によしかかってきている?うーん、慣れない。というか……
「……うう、重い」
「えっ?なんか言った?」
怒ってる?中川さん、もしかして怒ってる?何か声が低くなって怖いんですが。どうすればいいんでしょうか?
「ちょっと重いなと言うか。僕、筋肉あまり付いていないから」
「もう知らない!」
そうやって言ってまたよしかかってくる。そろそろ慣れてきた。かと言って、何か話しかけるようなこともないし。彼女の顔をそっと見る。目を閉じている。寝ているのかな。まあ、まだ時間はかかりそうだし、いいか。でもな、話す相手がいなくなったし、かといって寝ている人の前でぶつぶつ独り言を言うのもな。起こすのもあれだし。早く呼ばれればいいのに。
というより、何が知らないなのか。怒っているのか。怒っているなら何を怒っているのか。自分より重いのはうらやましいのに。なんでそれを嫌がるのか。別にデブだって言っているわけじゃないのに。
よしかかってくるのは、慣れたが、この沈黙をどうすればよいのかはわからない。早く呼ばれないかな。
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