第4話 内容がないわけない

 自分の部屋に入ってから、今日あったことを思い返してみる。わけがわからない。よく、脊髄で判断して物をしゃべっているような気がするときがあるが、今日もそうだった。なんで僕はあの子が好きになっているのだろう。なんで心臓がばくばく言っているのだろう。やっぱりわけがわからない。そんなことを目まぐるしく考えていると、

「上がったよ。お兄ちゃんも入ってきな。長風呂しないように」

「ああ、わかったよ」誰に向かって口聞いているのだか。しかも、長風呂の話はさっきしたじゃないか。それに一応兄だぞと思いつつ、着替えを用意して、脱衣所に行く。

 服を脱いで、浴室に入り、シャワーを浴びて、湯船に入る。この瞬間のあの頭がさーっとなる感覚が何とも言えないよさだ。そこからフロオケ―お風呂でカラオケ―を始める。かなり近所迷惑だし、これが長風呂最大の原因である。ただ、カラオケに行くお金がもったいないと感じ、年に数回しかカラオケに行かない僕にとって一番気持ちのいい時間だ。何曲かフルコーラスで歌った後、我に返って七海の長風呂しないようにという言葉を思い出し、風呂から上がった。


「上がりましたよ。教えてくださいな」七海の部屋に入って声をかける。

「じゃあ、まず服装について教えるから、お兄ちゃんの部屋に行こう」

そして、俺の部屋に移る。七海は俺のたんすの前に立ち、引き出しを開ける。

「はい、じゃあ、まず服装からね。いつもダサいTシャツばかり着てるけど、ちゃんとブラウスとか着ないと。あと下もすっきりしたパンツでバシッと決めて」

「そういう堅い服装が嫌いなんだよ。動きにくいし、なんか苦しいし。自分が快適に思う服を着ればいいんじゃないのか?」

「あのね、何のためにブラウスをお母さんが買ったと思うのよ。女の人だって、穿きたくてスカートを穿いているわけじゃないし、履きたくてかかとの高いヒールの靴を履いているわけじゃないの。特に冬だったら寒いし、滑るし、大変なんだから。それに比べたら男の人なんてどうってことないでしょ」

「わかったよ。でも、それ暑くないのか?今は冬じゃなくて、初夏だぞ?」

「大丈夫、パンツもブラウスも薄いから通気性はいいはず」

「ありがとう。じゃあ、それ着ていくよ」

「それ、汚れ目立つから、何か食べるときにこぼさないように気を付けてね。万が一こぼしたらすぐティッシュで包むように拭き取ればいいから。ポケットティッシュとハンカチ忘れないでね。あと、食べ終わったら、きちんと口の周り拭くように。それと、食べ方が汚いってことは前もって言った方がいいと思う。あまり言い方がシリアスにならないように。それから、そうそうちゃんとご飯食べたり買い物したりしたときは、自分の食べた分だけ買った分だけ払うんだよ。一回目のデートでおごるなんてあり得ないからね。いつもお兄ちゃんいろいろな人におごっているけど、そんなこと絶対だめだからね。おごる人は気前のいい人なんて思わないからね。むしろ自分のお金の管理がしっかりしていない人だと思われるからね」

「えっ、おごったらだめなのか、マジか。待って、だってただで飯食えるなんてどんなにうれしいことか」

「これまで大学でいろんな人と飲み会に行っていて気付かなかったの?おごってるのは先輩から後輩にだけでしょ。そんなの飲み会なんて行ったことのない私でもわかるよ。お兄ちゃんはその人が好きなのはわかるけど、そもそも、まだ恋人として付き合っているわけじゃないんだし」

「なんで、そんなこと知っているんだよ。わかったよ。気を付けるよ」

「そんなの、考えればわかることだし、私だって先輩とかお母さん、お父さんの話を聞いてある程度知ってるよ。お兄ちゃんは、これまでそんなのは俺には関係ないとか決めつけて、例によって聞いてなかっただけでしょ。……それからお兄ちゃんが一番苦手なことだと思うけど、相手のこと気遣ってあげるんだよ。例えば、女の子ってトイレあんま自分から行こうとしないから、お兄ちゃんが、じゃあちょっとトイレ行ってくるわ、とか積極的にトイレに行く機会を与えてあげないと。ただ、あまりにもしつこくトイレトイレって言ったら、ただのトイレフェチの変態とか思われちゃうから、……」

「トイレフェチって何なんだよ。なんでトイレに行かせようとしすぎると、変態になるんだよ」

「そこ、引っかかるところじゃないから。何事もほどほどにってこと。ちゃんと最後まで話聞いて。あと、買い物に行くんなら、女の子ってじっくり見たいから、待っててあげるんだよ。お兄ちゃんよく全部見たいとか言って勝手にあっちこっち行っちゃうけど。そうだ、あと、本屋に行くんだったら、自分はこの本を読んでこうこうだったって長々と話さないほうがいいよ。お兄ちゃんが思い付きでしゃべるときって長くて内容がないから」

「内容がないわけないだろ。俺だって考えながらしゃべっている」

「お兄ちゃんの感覚ではそうなのかも知れないけど、話しているうちにあれも話してあげなければいけない、これも予備知識としては絶対必要だって、どんどん長くなるから」

「それは必要な情報だから話しているんだろ。それを話さなかったら中途半端になるだろ」

「中途半端でいいの!わかんなかったら、もっと教えてとか○○ってどういうこととか聞いてくるから。そうしたら、話すの。つまり、何って言ったらわかるのかな……小出しに話すって言ったらわかる?」

「なるほどな。意図的に中途半端に話すってことだな。でも、こんなにたくさん頭に入りきらないよ。俺そんな短期記憶よくないのわかってるよな?」

「そんなこと言っていられないんだよ。もう、大学生なんだから。ちゃんと自分で状況判断してやらないと」

「そうか、こんなにも大変なんだな。女の人とデートに行くってことは」

「そうだよ。相手だってコミュ障のお兄ちゃんじゃなくて、一人のちょっと仲のいい友達として付き合ってくれるんだから。普段みたいに私とかに甘えていられないんだし」

「できるかな。不安だな」

「まあ、その日になったら、とにかく堂々として楽しむしかないよ。一応、私が今話したこと、できるだけ思い出して、文章化して携帯に送ってあげるから。もう遅いし、お兄ちゃんも眠そうだし、だいたい大事なことは言ったし、終わり」

「そうだな。ありがと。おやすみ」と言って、七海の部屋を出て、自分の部屋に戻った。時計を見ると、もう22:30だった。ベッドに倒れこんだ。

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