第3話 今日決めたこと≠本を買いに行くこと
一人取り残されている。何があったのか、一瞬理解できなかったが、しばらくして気づいてしまった。この僕が同い年の女の子と書店に行く。これって、俗に言うデートとか言うやつじゃないのか?もうわけがわからない。
その後の講義はさっぱり頭の中に入らなかった。一日の講義がすべて終わって、帰った。その足取りはいつもよりなぜか速かった。息切れしていた。
「ただいま」
「おかえり。お兄ちゃん。そんな息切らして、どうしたの?」
「えっ、いや、なんでもない。それより七海、お前高校でちゃんと勉強しているか?大学行けないぞ」
「いっつもその脅し使うよね。ちゃんとやってるよ。それで、勉強のことだけど、後でさ、ちょっと教えてくれない?英語の模試の過去問の長文読解やっててわからないとこあるから」
「ああ、わかった、わかった。飯食った後な」
それから、夕食を食べる、父と母、それから妹の七海の四人で食べる。そのときに、いつも僕は今日あったことを話しているのだが、今日昼にあったことは話さなかった。
食べ終わると、妹の七海が、
「じゃあ、英語教えてね。」と俺に向かって言ってきた。
「ああ、そうだった」
「もう、本当お兄ちゃんって短期記憶が弱いよね」
「ごめん、ごめん」
それから、七海の部屋で英語を教えた。
「ありがとう。これで模試の点数ばっちり取れそう」
「ちゃんと解答が配られたら、すぐに復習するんだぞ」
「わかってるって。昔のぐーたらしてたお兄ちゃんじゃあるまいし。それより、今日大学で何かあったの?また、教授が誰かを怒鳴っているのを自分のことじゃないのに気にしたり、怒ったりでもしてるの?今日のお兄ちゃんの様子何かおかしいよ」
「えっと、何というか。図書館で勉強してたら同じ学部の女の子に話しかけられて、それでなんかお昼一緒に食べることになって、おしゃべりして、そしたら今度の日曜日に、大黒屋書店に一緒に行くことになって。それって冷静に考えるとデートなんじゃないかって気付いて、どうすればいいか、わかんなくなって」
「えーーーーっ!お兄ちゃんがデート!?」
「お前声が大きいよ。親に聞こえるだろ」
「お兄ちゃんだって、自分では違うっていうけど、いつも声大きいんだから、たまには私だって大声出しても仕方ないでしょ。びっくりしたんだし。それでその人はどんな人なの?」
「うーん……勉強熱心で、えーと」
「名前とか、見た目とかあるでしょ」
「名前とか姿とか覚えられなくて……えーと……」
「本当に好きなの?」
「だから、よくわかんなくって。でも気づいたら愛しいというか、気になって気になってしょうがないというか。で、これって好きってことなんじゃないかなと思って」
「それで、予定とかあるの?」
「大黒屋書店に行くってことは、本を見たり、買ったりするだろうな」
「それじゃあ、お兄ちゃんがただ一人で本を買いに行くだけと一緒でしょ!なんで、デート、遊びに行くのさ」
「ああ、そうか。……ってわからないからこうしてお前に話してるんだろ!」強く言い返す。
その一言に七海は、大きなため息をついて、これだからお兄ちゃんはコミュ障枠になるのよ、と呟いた。目の前に兄がいることを忘れているのではないかというほどの毒の吐き様である。ふざけんじゃない、と思うと口からマシンガンのように言葉が出てきた。
「おい、お前、コミュ障コミュ障って言うけどな、俺だってやりたくてコミュ障やってるわけじゃないんだぞ。そもそもな、俺だって定型発達したかったわ。生まれ変わるというより生まれ直したいわ。いいよな、お前は。友達たくさんいるみたいだし、部活の先輩から可愛がられてたみたいだし、先生にも好かれて、こっちは八方美人みたいに一所懸命努力したのにうまくいかなかったし、何か俺の脳内の一部をパソコンみたいにワンクリックで削除したり書き換えたりできたらいいんだよな。でも、そうか!ロボトミー手術は禁止されていて、って言ってもお前知らないか。あのな、ロボトミー手術って言うのはなってロボトミー手術とは関係ないのか。とにかく……」
「ストップ、ストップ。もう何とか手術とかいいから」
「ロボトミー!」
「だから、そういうのがいいって言ってるの。ねえ、まさか大学でそんな風にしゃべってないよね。引かれちゃうよ」
「あっ」最初の飲み会でも、こんな風にべらべらと長々と自分のことを話し続けていたのか。だから苦笑いされていたのか。「しまった!」声がすぐに出る。
「その様子だと、大学でもあったみたいね。でも、まあ、いいんじゃない。今日は向こうから話しかけてくれたんでしょ」
「まあな。それで俺はどうすればいいんだよ。結論を早く言え」
「もう、うるさいな。こっちだって考えながら話しているんだから、結論をすぐに言えないことが多いって、お父さんもお母さんも言ってるでしょ。またお母さんにじっくり教えてもらう?」
「そんな暇ないんだよ。ってか、母さんに相談できるようなことじゃないからこうしてお前に相談してるんだろ」
「じゃあ、教えてあげますよ。でも、ちゃんと話聞いてよね」
「いつもちゃんと聞いてますよ」
「そういうただ耳に入れるという意味での聞くじゃなくて、一回話を受け入れてくださいねってこと。さっきもだけど、いっつも話遮って文句言うじゃない。だから一回口はさまないで聞いてってこと」
「わかりました。教えてください」
ふーっと、七海はまた大きなため息をつく。
「私、ちょっと疲れちゃった。お兄ちゃんもまだ、ちゃんと落ち着けてないみたいだし。お風呂に入ってからにしない?いや、しよう。じゃあ、先に入るから」
「どうぞ、どうぞ。長く入りすぎて、湯冷めするなよ」と言って七海の部屋を出た。
「お兄ちゃんの方が長風呂でしょ」こもった声が部屋から聞こえてきたが聞かなかったことにしよう。
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