11 非花
いくら腕力に差があろうと、自分が死ぬと予感すると、女でも信じられない力を出す。そのことを知っていたので面倒な方法は避けたいと願う。が、最初のケースは衝動殺人。世の中、自分の思うようには行かないらしい。
「オジサンといると、ユカ、たのしい。まだ体が熱いみたい」
わたしが連れて行ったショットバーでモスコミュールを口にしながら女が言う。客観的に見て顔の綺麗な女だが、わたしには知性の欠片も感じられない。だからこの世から排除しても困る人間はいないだろう、と判断を下す。女の両親が生きているとしても、きっと清々することだろう。
ショットバーを出、街を歩きながら機会を伺う。近くの公園に入るが人が多い。それで厄介だ、とゲンナリする。最後に思案し、自宅に連れ込む決心をする。結局、それが一番安全と思えたから。わたしが住む集合住宅にも監視カメラが設置されているが、女とわたしが二人で写ったところで懸念はない。カメラの前で直接暴力でも振るえば別だが、若い男が若い女を自宅に連れ帰ったところで誰も気にしないだろう。
「ふうん、あんがい質素なんだね」
高層十五階の部屋に上げ、ミネラルウォーターを渡すと女が言う。ついで美味しそうにゴクゴクと喉を鳴らす音が聞こえてくる。
「オジサン、あたしのこと、気に入っちゃったのね。だって、そうじゃなきゃ、家に連れて来ないもんね」
そう言い、きゃらきゃらと笑う。気にしなければ気にならないが、気にすれば神経を逆撫でする黄色い声。その声がきっかけか。ソファで寛ぐ女にわたしが近づき、頬に軽く手を乗せ、こちらを向かせる。ついで間髪入れず、首をぎゅっと絞める。両手で一気に握り絞め、一つ二つと時を数える。女は最初戸惑い、急に事態を察し、持てる力で抵抗を始める。手、足、肘、膝、その他、己の身体のすべてを用い、力の限り反撃する。正直、物凄い力だ。わたしは自分の身体に痣が幾つか残るだろうな、と思いつつ、両手に力を込め続ける。皮膚の感覚が薄れ、自分が出しているはずの力の大きさが感覚的にわからなくなっても込め続ける。理性の判断に従いつつ……。
今思えば最初に頸動脈を潰し、意識を奪い、それから首を絞め続け、酸欠にすれば楽だったとわかるが、あのときは気が動転していたのだろう。自分では冷静なつもりだったが……。
女の意識が落ちるまでに二分ほどかかる。最後に女がわたしに向かい、何故、という表情を見せる。そのときにはもう女が諦め切っているので抵抗はない。わたしは、ひたすら女の首を絞め続ける。その間、女の口から反吐が漏れる、が、手を離すわけにはいかないので締め続ける。十分もすると女の顔が土気色に変わり、目がぎょろりと飛び出してくる。それでもう良いだろうと判断する。それで手を開こうとするが開かない。わたしの意思を無視して硬直したままだ。仕方がないので女の首を絞めたまま、わたしが部屋を移動する。ずるずると女を引き摺りながらバスルームに到達する。すると不意に手が開く。ついで勝手にブルブルと震え始める。同時に女が大きく開いた口から反吐を撒き散らす。それが大量でなかったのが不幸中の幸いか。ショットバーのトイレで一度吐いてきたのかもしれない。
自由に動かせるようになった自分の手で、わたしは女をバスルームに運び入れる。部屋や廊下に残った女の吐瀉物の始末をすると長い夜の始まりだ。固まる前にすべての血を下水に流し、肉を切り刻まなければならないから。骨は酸に溶かし痕跡をなくす気でいたが、残念ながらナイフや鋏あるいはフードプロセッサーと違い家にない。明日以降、会社から調達しなければならないだろう。
とにかくあの日、わたしは自身も裸体になり、女の肉を解体する。人間の身体ならば、血を浴びても洗い流せるが、衣服に付けば燃やすしか処分法がない。捨てれば証拠が残るからNG。が、おいそれと衣服を燃やせる場所など都会にない。それで、わたしは服を脱いだのだ。
女の解体には手間がかかるが、始めれば愉しい作業だとわかる。ただし思ったより血が固まるのが早く辟易する。次回以降は血液抗凝固剤も必要と考える。ヘパリン系が良いか、EDTA系が良いか、それともクエン酸系か。最後に残った女の骨を一本ずつ洗い、それらを一旦ゴミ袋に入れ、さらにゴミ袋で二重にし、段ボール箱に詰め、ベランダに置く。ついで、ゆったりと風呂に入る。もちろん疲れを癒すため。が、その前に風呂場に残った女の血や肉の切れ端を始末しなければならない。
生理があるので女は血に強く、男は弱い、と話に聞くが、わたしに限ってはそうではないな、と風呂から出て思う。女が飲んだのと同じミネラルウォーターを飲み、一息吐く。服に着替えると湯冷めを気にせず、娘の許に向かう。あと何人、わたしは娘をイジメた相手を殺すことになるのだろうか、と考えながら……。
その順は、わたしなりに付けた優先順位に基づいている。一言で言えば娘が負った精神的ダメージ順だが、『可哀想』がわからないわたしに何処までそれができただろうか。
ついで会社に設置してある脱灰装置を用いれば骨の処理が随分楽になるだろうと考える。けれども処理量が多いから人の目を盗んで使用することはできないだろう、と考え直す。いずれにせよ、最初は物理的に骨を小さくするしかない。電動ノコギリを買う必要があるな、と思った辺りで娘の待つアパートに着く。
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