9 非硬
世の中に余計なお世話があるとすれば、その際たるものは何だろう。
正直、わたしには見当もつかない。
いずれにせよ、しなくても良いことをするという過干渉の類か。それがありがた迷惑ならまだマシだが、余計な手出しとなれば有害。それが変えられない過去に為されたとすれば、為された相手は(後になり)どう感じるだろう。
わたしは娘のため、あの行為をしたのか。それとも己の性癖のため、そうしたのか。今となっては分離できない。そもそも初めから、それらの感情が混ざっていれば分離できない。混ざる比率が(思い起こしたそのときの気分)で揺らぐだけ。さらに他の成分が混じれば揺らぎも大きく変わるだろう。
娘の年齢が十六歳なら過去に娘をイジメた相手もその前後。子供の時期なら、子供が所属するクラスあるいは学校を離れたイジメは考え難い。わたしはその方面から手をつける。娘をイジメた相手の名前は娘から直接聞く。
最初娘は自分の話に個人名を挙げるのを拒む。わたしが巧みに誘導するまでは……。無意識的な抵抗があるのか、娘は個人名をわたしに告げるのを相当躊躇う。自分をイジメた相手の個人名を他人に告げれば、それが理由で娘の心中で特定の個人名が膨らみ、娘が当時その個人から受けたイジメによる屈辱が鮮烈に蘇る、とでもいうようなメカニズムなのだろうか。けれどもイジメられた当事者が自分でなければ、そうならない。伝聞か、それより近くても、せいぜい目撃体験までは……。
娘を拉致監禁し、その後予想もしなかったイジメの話を娘から聞かされ、わたしは戸惑う。最初は口を挟まず、娘の話をそのまま聞く。それが数日続き、わたしは自分が娘に仕掛けたマインドコントロールがその解消に役立つと気づく。わたしは娘の自我を消すため、娘に鴻上瑠璃という名を与える。当初の目的は娘の自我消失だが、それが別の目的にも使えると気づいたわけだ。娘が池田京子ではなく鴻上瑠璃であれば池田京子が受けたイジメは鴻上瑠璃には無関係。より正確に言えば、鴻上瑠璃が池田京子に為されたイジメを知っているのだからまったく無関係ではないが、それに近い。とにかくそのような方法を用い、娘の病んだ心を一時的にでも修繕しつつ、わたしは嘗て娘をイジメた何人もの者たちの名前を知る。その者たちの名前を、まるで自分とは関わりがない他人のように娘は口にし、同時に自分の耳で聞くことで徐々に精神が解放されるというカラクリ。イジメが客観視できるようになるからだ。池田京子が鴻上瑠璃になりきってしまえば、それはないが、鴻上瑠璃の中に池田京子が僅かでも残っていれば、それが可能。もっとも実際に効果が現れるまでには長い時間がかかる。けれども、わたしは本当にその目的だけで娘から彼女たちの名を聞き出したのか。いずれ、わたしは彼女らに制裁を加えようとし、聞き出したのではないか。最初にわたしが娘から彼女たちの名前を聞き出したとき、たとえその考えがわたしの頭の中に微塵もなかったにしても……。
自分で理由がわからないが、女たちに言わせると、わたしはイケメンでモテ男らしい。実際わたしは性欲を満たすのに、これまで困ったことがない。セックスに詳しくなかった頃は自分に近づいてきた女たちに手解きを受け、その後セックスのやり方を憶えてからは種々培ったテクニックで女たちを喜ばせる。中学時代の友人が言うには、
「桐原は女の容姿に拘らないからモテるんだ」
ということらしい。身体が大き過ぎる、または小さ過ぎる女、つまり行為に支障がある女を除けば、わたしは女の種類を選ばない。友人にはそれが不思議なようだが、人など一皮剥けば皆同じではないか。さらに、わたしは片腕や片足(その他欠損または過剰)があろうが、なかろうが、行為に支障がなければ構わない。が、世間の男たちの多くはそう思わない。
面白いもので、わたしが世間的に美人と思われる女を連れて歩いていると男たちの目には嫉妬が、女たちの目には羨望の色が浮かぶ。反対にわたしが世間では不美人と思われる女を連れて歩いていると男たちの目には哀れみが、女たちの目には嫉妬の色が浮かぶ。わたしの目は機能的に他者より優れるので離れた男女の顔の動きが良くわかる。けれども、それがわかる(読める)ようになるまでには時間がかかる。多くの映画を見、小説を読む必要があったから。諄いようだが、わたしには嫉妬や羨望や哀れみ、あるいはそれ以外の多くの感情がわからない。耳の聞こえない人間が他人の唇の動きから声を聞くように、他人の身体の動きから、その感情を読むだけだ。
わたしが最初にターゲットとした相手は頭の悪い女で、嘗て娘がこんな女にイジメられていたのかと思うと腹が立つ……というか、情けない。もちろん、そんな感情はおくびにも出さず、わたしが映画や小説から学んだ甘い言葉をかけると女が疑いもせずについてくる。最初、わたしは女を殺そうとまで考えていない。だから方法も考えていない。とにかく女が願うセックスをしてから後のことを考えようと行為に及ぶ。するとわたし自身に信じられないことが起こる。性器が勃たないのだ。これまで何百回となく性行為を繰り返したが、そんな経験は初めてだ。が、勃たないのだから仕方がない、性器を使わず、女を逝かせることに専念する。実はこれまでにも行為の途中で興味をなくし、性器が萎えた経験がある。そんなときには女を置き去りにし、すぐに部屋を去ったが、今回は女から娘に関する情報を聞き出したいという事情がある。それで交合なしの性行為を続ける。結果的に女は逝き、それが女にとって、
「すごーっく、よかった」
結果となる。
「ああ、あんなのはじめてーっ。だって、もう一回、つづけてしたいって思えないんだもん。オジサン、すごい。H、うますぎ」
「ありがとう。きみが素敵だからだよ」
わたしは答えたが、頭の中では早くも殺意が芽生えている。けれどもラブホテルの中で裸の女を殺すわけにもいくまい。どう工作しても、すぐに警察に暴かれる。そこで思案し、ホテルを出、酒を飲みに誘う。女は未成年だが、まるで拒む気配がない。わたしはそんな女を見、本来であれば娘と過ごしているはずの貴重な時間なのだから無駄にしまいと考える。
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