第96話 うでがたりない

「ここだ、準備はいいか?」


「う、うん…」


「なんだ緊張してるのか?」


「いや、だっていっぱい怖い目に逢わせてさ?心配もかけて、よく考えたら俺に会う資格なんかあるのかな?」


 ドアの前まで来た俺だったが、急に怖じ気づいてしまった。


 みんなも勿論そうだが、一番傷付けたくない彼女を危険な目に逢わせてしまった俺は旦那として相応しいのだろうか?君を守ると、ずっと側にいると約束したのに、俺は彼女の元を去り悲しませた。


 しかも一歩間違えば俺は彼女を…。


「バカもん」ゴツン


「痛っ」


「いいか?お前達は面倒な手続きの話は抜きにして、なんで夫婦という形を取ってるんだ?なぜ結婚した?」


 なぜってそれは…。


「俺は彼女が好きで、彼女も俺を好きだと言ってくれて…」


「そうだな、愛し合ってるんだろ?」


「うん」


「一緒にいたいからいるんだろ?」


「うん」


「なら迷うことはない、あの子がどんな気持ちでお前を助けたか分かってるだろ?早く行ってやれ、子供は父親と母親が揃って育てるものだ、決して一人にするなよ?俺が言えたことではないと思うが…」


 そんなことを父に言われてはもう選択の余地などなかった。


 かばんちゃんに会いたい。


 この目に彼女の姿を焼き付けて、この耳で声を聞き、この肌で彼女の感触と体温を感じたいんだ。


 早く会って抱き締めたい…。


 例え片腕でも。


「行くよ」


「あぁ」


 俺は部屋に入る前にドアをノックしようと手を伸ばした。


 がその時だ…。


「うぎゃ~!?」


 なんだ!?サーバルちゃんの声か!?


「はっ!?まずい!また発作か!」


「発作?」 


「すぐに入るぞ!」ガチャ


 あぁ女性の部屋なのにそんな一思いにドアを開けるなんて…!? 


 ドアを開けたときの光景とは…。


「はぁはぁ… いいですねぇ?サーバルさんの耳は素晴らしい、この触り心地… はぁはぁ… 耳しゃぶ耳しゃぶ…」ジュルジュル


「えぇ~!?なんでなんで!?離してよぉ!?かばんちゃん助けてぇ!」


「なるほど、へぇ?あそこまでやっても大丈夫なんだ… よしっ」


「か、かばんちゃん!?なに言ってるの!?これはさすがに度が過ぎるよ!」


 ダメな感じになっていた…。


 しばらくフリーズしてしまったがそんな異様な空気を打ち破ったのは父であった、さすがは父さんは猛獣ミライさんの扱いに慣れているらしい。


「ミライさん!彼女を離しなさい!」


「な、ナリユキ君!?いつから!?」


「部屋の前で彼女の悲鳴が聞こえたので突入させてもらった、さぁ早く離すんだ?彼女嫌がってるじゃないか?」


「うぇ~ん!助けてシロちゃんパパぁ~!」


 無惨にも耳を吸われ助けを求めるサーバルちゃん、既に父には心を許している模様。


「これはスキンシップ… ミライ流の挨拶で…」


「いい加減にしなさい、立場のある人間が恥ずかしいと思わないのかい?」


「ジャパリパークでは人も獣も関係ありませんよ?上下関係など必要ありません、高らかに笑い笑えばフレンズ」


「ミライさん、怒るよ?」


「ご、ごめんなさい… フレンズへの愛に溢れてしまった私をどうか許してください」


 などと意味のわからないことを言っており、情状酌量の余地なし…。


 というのは置いといて、解放されたサーバルちゃんはすぐに父の後ろに隠れた。


「はぁ~ビックリしたよぉ… あ!シロちゃん!」


「おはよう、サーバルちゃん」


「わぁい!やっと起きたんだね?もぉ~全然起きないからみんな心配してたんだよ!」


「ごめんね?かばんちゃんはいるかな?」


「あ、待ってて! かばんちゃん!シロちゃんだよ!シロちゃんが起きたよ!」


 部屋の中から小さく「え…?」と声が聞こえると、バタバタと慌てて立ち上がり部屋から駆け出ててくる音が聞こえた。


 その時部屋から出てきたのは俺が一番会いたかった人。


「あぁ、シロさん…!」


「かばんちゃん、おはよう?」


「もぉ…!寝坊ですよぉ…!」


 俺は飛び付いてきた彼女を残った左腕でぎゅうと強く抱きしめると、それに応じるように彼女もグッと力を強め、痛いくらい抱き返してきてくれた。


 あぁ… 温かい…。


 ずいぶん久し振りに感じる。


 ちゃんと分かる。


 俺は生きてる。


 彼女がここにいる。


 フワリと揺れる黒い髪からはいい香りがするし、すすり泣く声と「グスン」という鼻の音が聞こえる。


 なんかもう、生きてるだけで幸せだと思った。

 

 五感が肉体に備わってるとはなんと幸せなことか。


「あ… ごめんなさい、痛かったですか?」


 そう言って腕を緩めて一歩引いてしまった彼女を俺はもう一度抱き寄せた 


「腕のことなら大丈夫、痛くないよ」


「大丈夫じゃないですよ!だって僕のこと守る為に自分で腕を…!」


 本当に優しい子だと俺は切に思った、これは彼女のせいではない、言わば身から出た錆である。

 もしあのとき切り落としていなかったらまた逆戻りだ、今度は正直戻ってこれる自信がない。


 それに今自分の言ったことを思い出した。


 彼女やみんなを傷付けるような腕なら必要ない… これは本気でそう思う。


「かばんちゃん、これは何も君のためだけにやったことじゃないよ?飽くまで自衛のため、放っておいたらまた同じことが起きると思ったからやったんだ」


「ごめんなさい… 僕がもっと早く気付いてあげられたら」


「泣かないで?ちゃんとみんなと相談してれば気付くことができたかもしれないことだよ?俺が悪いんだ、だからごめん… もう勝手にいなくなったりしない、みんなの前で改めて約束するよ、ずっと一緒にいよう?ダメかな…?」


「今度は、いなくならないようにずっと見てますから… 覚悟してください?」


「うん、ちゃんと見ててね?」


 どれだけ不安にさせてしまったのかな?逆の立場ならどうか?きっと何もできなくなってしまうだろうな。


 だから見張り結構、むしろ俺が君から目を離さないようにさせてもらおう。

 妊娠中は気持ちが不安定になるらしいし、常に気を配っていないといけない。

 きっと彼女が不安そうにしてたら子供も不安そうにして、幸せそうにしてたら幸せそうにしてるに違いないんだ。


 まさに今は母子一体という状態。


 生むのかばんちゃんだから、せめて全力でサポートできるようにしよう。


 隻腕でもね?




 

「えーっと… じゃあユウキ君?一応簡単な検査をしましょうか?」


 そう言うとミライさんの眼鏡になにか文字が浮かび上がった、戦闘力が計れそうだ。


ピピピピ

「えー… バイタルは安定… サンドスターの値は… 正直ハーフフレンズさんの正常値はわかりませんが、異常なしとしましょうか?そして!サンドスターロウは検出されません!異常なしです!」


「ということは、やっぱり右腕を切っておいて正解だった!」


「そうですね、複雑ですがあのまま腕にセルリアンが残っていたらと考えると確かに… とまぁ難しい話は無しにして!安心したところでお二人とも?そろそろ二人きりになりたいんじゃないですか?」


 ミライさんの言葉に俺達はお互い顔を見合わせると少し照れくさくなり目を逸らしてしまった、それを見た父とサーバルちゃんは後押しするように言った。


「ずっと船に缶詰も良くない、外の空気でも吸ってくるといい?」


「今日はいい天気だよ!砂浜もキラキラして綺麗なんだよ!」


「うん、じゃあかばんちゃん?少し散歩しない?」


「はい…///」


 手を取ると、彼女は照れて頬を染めた。

 

 かばんちゃんは照れ屋さんだから、結婚1年経った今でもこうしてよく顔を赤くする、おれもだけど。

 いつかお互い歳をとった頃は落ち着いてくるんだろうか?でも…。


「…エヘヘ」 


 照れながらもこうして嬉しそうに俺の腕にくっつく彼女を見てたら、シワシワに歳とっても手を繋いで歩ける夫婦でいたいとそう思った。





 外に出た。


 サーバルちゃんの言った通り、快晴の空と太陽に照らされた砂浜はとてもキラキラとして綺麗だった。


「シロさん?」


「ん?」


「呼んだだけです」


 まったくこの子は… 抱かれたいのかな?


 いやそれは置いといて、そういえば俺の心に呼び掛けるときは“ユウキさん”だったのに?


「ユウキさんじゃないの?」


「いいんです、特別な時だけそう呼びますから?」


「それはいいことしてる時かな?」


「んもぉ!シロさん!」


 こうしてデートするのもずいぶん久しぶりに感じる、ずっと一緒に暮らしてきたけど料理したりお使いしたりとなにかと共同作業が多かったからデートはお預けだったんだ。


 そんな楽しい会話の中彼女は俺にくっついたまま言った。


「シロさんは初めて会ったときよりも背が伸びましたね?」


「そう?父さんにも言われたよ」


「だってこうしてくっついたら…」


 ぴっと体を俺に密着させたまま彼女は手を上げて俺の頭に触れる。

 

 俺は夢の中の母と同じことをする彼女につい見とれていた。


「頭が一個分シロさんが高いです、前は顔の半分くらいまで届いてました」


「いつの頃と比べてるの?」


「だから、初めて会ったときですよ?」


 初めて… あぁそっか、パーティーで後ろからくっついて料理を教えてあげたっけ?あの頃はお互い若かったね。←今も十代


 そうだ、そう思えば彼女もずいぶん大人っぽくなった…。


「かばんちゃんも初めて会ったときよりも大人っぽいよ?」


「え、そんなに変わりました?」


 あの時よりも表情があか抜けたというのか、なんか綺麗になったと思う。

 髪も少しづつ伸ばして今は肩まで届いてる、そろそろセミロングと言ってもいいかもしれない。

 体もよく見るとすっかり女性らしくなってて見ているとついドキドキしてくる。


 なんてことを伝えると「シロさん、なんかえっちです…///」と照れながらトンと俺にぶつかってきた。



 だって本当のことだもの?





 砂浜を歩いていると楽しそうにはしゃぐ彼女が言った。

 

「わぁ… 綺麗ですねシロさん?」


 だから俺は答えた。


「君の方が綺麗だよ」


 するとまた照れ笑いを浮かべてこちらを振り向いた彼女は言った。


「シロさんはいっつも… あ!シロさんそれ、前もここを歩いてた時に言ってました!」


「そうだった?」


「そうですよ!僕覚えてます!」


 あぁ… ロッジの帰りだったかな?確かあの時はそれを言ったあとかばんちゃんが例のごとく顔を真っ赤にして、俺の頬っぺたに。


 チュ… と。


「あっ…」


「思い出しました…?」


「うん、バッチリです///」


 そう、こんな風にチュウされたんだ。


 あぁこの子好き切にぃ~…♪


 そうそう、あの時も彼女はこうしてはしゃいでいたんだった、そして俺はそんな彼女を見るだけでウキウキとしていた。

 

 はしゃいで… そうだ、あんなに動いたりしていいのかな?


「かばんちゃん、そんなにはしゃいで平気なの?」


「平気ですよ?なんでですか?」


「だって赤ちゃんが… いるんだよね?俺の子が?」


「えへへ/// はい…!」


 彼女は立ち止まり自分のお腹をさすっている、まさか俺にこのような瞬間がくるとは夢にも思ってなかった。


 こうして目の当たりにしてもまだ実感が沸かない… 不思議だな、彼女お腹にはもうひとつ命があるのか?


「ねぇ、触ってもいい?」


「どうぞ?パパですから!」


 後ろからそっと抱き締めるように優しくお腹を撫でてみた。


「どうですか?」


「んー… ごめんね?なんか実感が沸かなくて」


「ふふふ、実は僕もあんまり…」


 フム、わからん!

 でもかばんちゃんもそうなのか、孕んでる本人が実感無いのに俺に分かるわけないか?

 まぁまだお腹が出るような時期ではないし、父の言う通りこういうものなのだろう。


「具合悪くなったりするんだよね?」


悪阻つわり?って言うみたいです、今はなんでもないですよ?」 


「なんか、立ち眩みとか息切れとかそういうのは平気?」


「大丈夫ですよ?」


「お腹痛くない?」


「大丈夫です、心配ですか?」


「だって…」


 よく知らないけど、物凄く辛いらしいじゃないか?


 小学生の頃、担任の先生が赤ちゃんができたと交代したことがあったが、その時は特に気に止めなかったんだよ、だってまさか自分が直面するとも思ってなかったし、もちろん図書館でも調べなかった。


 クソ!セルリアンになるようなことがなければ病気について調べてる間に妊娠出産について調べていたのに!新たな知識を得るにはジャパリパークでは本が頼りだからなぁ? 困った、結婚した時点でよく調べておくべきだったな。


「あの… あれは?ほら… 蹴ったりとかしてる?」


「もぉ~それはまだまだ先ですよ!」


「シロ 二ヶ月デハ 全長数センチホドニシカ 満タナイヨ」


「あ、そうなんだ… いや、そうだよね?ありがとうラッキー、俺どうしたらいいかな?できることある?」


「今ハトニカク 母子共二 大切二シテアゲテネ」 


「わかった!」


 そっか、とにかく一にも二にも大切にしないとならないんだな。


「そうだ、どっちかな?」


「まだわからないですよ?」


「名前… 名前をつけてあげないと!あと!あとさ!子供用のベッドとか!お茶碗とかイスとかさ!あ、服だ!服も用意しないと!」


「シロさん!気が早いですよ!」


 早いかな?でも悠長にしてられる余裕も無いような気がするんだけど?あれなんだろうか?もし男の子ならやっぱりパークの誰か仲良くなったフレンズと結婚とかになるんだろうか?逆に女の子ならどうすればいいんだ?シンザキさんとかナカヤマさんみたいな人達に捕まってほしくないんですけど… あ、でもあの人達はケモナーだから大丈夫か?いや待てよ?俺の子だぞ?ホワイトライオンを遺伝してたらチームミライさんの慰みものにされてしまう!それは!それだけは!


「どうすればいいんだ!?」


「え、えぇ!?どうしたんですか!?」


「娘がミライさんの餌食に!あ!?よく考えたら息子でも餌食になるー!?」


「シロさん!だから気が早いですよ!大丈夫ですからぁ!」





 先のことなんてわかんないけど、可愛い妻と可愛い子供、これだけ幸せがあれば片腕なんてわりとどうでもいいことだ、まぁなんとかなるさ。


 博士たちの料理は作ってやれないしバギーに乗ることもできないが、良くできた弟子もいるしフェネックちゃん辺りなら教えたらバギーにも乗れるだろう。


 それに片手でも鍛えたら子供くらい抱っこできるさ?キャッチボールはできないかもしれないが。


「ねぇかばんちゃん、俺さ?こんなになっちゃってしばらく迷惑かけると思うけど頑張るよ?」


「大丈夫です、僕がシロさんの腕になりますから!それにみんなだって助けてくれますよ?」


「うん、ありがとう… そうなんだけど!やっぱり子供も生まれるのに片腕だからって周りに甘えてられないよ!なんでもできるパパにならないと!」


「ふふっ、シロさん?赤ちゃんできたの嬉しいですか?」


「嬉しいよ!俺とかばんちゃんの子供だもの!」


「じゃあ、僕と一緒ですね?僕も嬉しいです!すっごく!」


 そうとも嬉しいに決まっている、だから俺は片腕を広げて言った。


「かばんちゃん、さぁおいで?」


「はい…!」


 考えることなく彼女はストンと俺の胸に入ってきた。


 見つめ合うと彼女が目を閉じたので、そのままそっと唇を重ねた。


 やはり感触があるのは素晴らしい。

 

 生きているのはとても幸せなことだ、でもこれ以上幸せにはなるのはなかなか難しいだろう、だってこんな俺を愛してくれる素敵な女性と家族を作ることができたんだから。


 これ以上幸せになるにはそう、孫を見るしかないかな?


 だが自分の幸せより、家族の幸せだ。


 頑張るぞ!


「かばんちゃん、今度からは家族三人協力して幸せになろうね?」


「え?もぉ~!違いますよぉ!」


 少し呆れたような顔で俺を見る彼女は言った… 違う?しかしどういう意味か?


 もしかして、家族なら父さんもミライさんもいるじゃないかってことかな?姉さんもそう、サーバルちゃんもそう、博士たちもそうだ、そう考えたらみんなそうだ。


 きっとそういうことだろう、とそんな自己完結をしていると彼女はニッコリとしながら言ったのだ。


「シロさんったら聞いてないんですか?」


「え、何?」


「家族“四人”ですよ?」


「え?」


「赤ちゃんは“双子”なんですよ?だから家族は四人です!」 


 ニッコリ笑ってVサインの妻。


 そうか双子だったのかー!

 知らなかったよー!←思考停止


「ふ、双子…?」


「はい!お腹の中に赤ちゃんが二人もいるんです!僕もう、幸せすぎてどうかしちゃいそうです!えへへ///」



 なんてこった…。




 う、腕が足りねぇぇぇぇえっ!?←ダブル抱っこ前提

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