第95話 おとうさん
夢を見た。
いや、厳密には深層意識というやつなのかもしれない。
俺はけもハーモニーを受けたあの晩から数日眠り続けていたそうだ、その時に見た夢だ。
…
天気が良くて小川があって綺麗な花畑もある、ここには来たことがある。
崖から落ちた時に見た夢だ。
「あ、母さん」
母は何も言わずにただ笑っていた、幸せそうにニコニコとこちらを見ていた
あぁきっとけもハーモニーのおかげでサンドスターロウが全部出ていったから、母さんの意識も再生されたんだ、よくわからないけどあのけもハーモニーとかいうのは万能なんだろう。
俺は深く考える訳でもなく適当にそう結論付けておいた。
だって助かったんだ、なんだっていいじゃないか?
「母さんありがとう、ずっと助けてくれてたんだね?」
母は何も言わずニコニコしたまま俺の頭を撫でてくれた
俺の背が伸びていたことに少し驚いたのか、少しだけハッとして手を自分よりも高くしてから俺の頭に乗せた。
「話さなきゃならないことがたくさんあるんだよ?えっと、まずは結婚したんだ!かばんちゃんだよ?帽子の子ね?それから、そうだ!子供ができたんだ!よく知らないんだけど、これから話聞いて… とにかく、母さんの孫だよ?おばあちゃんになるんだよ母さん?あとは、父さんが助けに来てくれたんだ、母さんの言った通りだったね?」
母さんは笑ったまま「うんうん」と頷いているだけだった、喋らないが喜んでくれてるのはわかる。
でもその時、母さんが言った。
お め で と う
声は聞こえないが、口は確かにゆっくりとそう動いていた。
「ありがとう母さん、だからこれからも… 母さん?」
母は少し困った笑顔で手を振っていた、するとどんどん距離が離れていって俺は走るんだけど全然近づけなくて。
その時母は“バイバイ”と言っていた、やり声は聞こえないが、確かにそう言っていた。
さよならを言いにきたんだろうか?
本当のさよならを…。
立ち止まった俺は目を閉じ、そして次に目を開くときには…。
…
「うわッ!?天井近い!なにこれ!?」
なにやらぼんやりと明るい箱の中?俺は寝かされているようだった、ほら?例えるなら酸素カプセルみたいな。
「なんだこの高性能棺桶!?出して!わかった!自力で出るぞこの野郎!電光パンチ!… あ!?右腕が無い!?やべぇ!忘れてた!?出して出して出して!?」ガタガタゴトゴト
「あー、ぼっちゃん起きましたやんか?」
「若干やぁ混乱してるみたいなのでぇ、開けたほうがいいですね」
プシー… ガチャン…
開いたな?俺を閉じ込める不届きもの!許さん!
「トウッ!」シュバッ
「うわっ!?」
「なんや!?」
「たったひとつの右腕捨てて… ようやく戻った普通の体… 二人の男を叩いて砕く!シロャーンがやらねば誰がやるッ!」キュピーン ←大真面目
「急にこう、変なノリで接してくるところが間違いなくナリユキさんの息子さんやんか?」
「若干やぁ身の危険を感じるので、そう言ったところでぇ僕えぇと逃げやすいようにぃ」
まさに三つ巴、いや三竦み?とにかくそんな状態だった。
それにしてもなんなんだここは、どこだ?なぜパンイチでメカメカしい棺桶にねじ込まれていたんだ?
そしてこの二人は誰だ、声に聞き覚えがあるがそんなことより重要なのは隻腕でうまく動けるかというところだ。
「なんだお前たちは!ギャラクターの新兵器か!」
「まじなんやねんこのテンション」
「あ、僕たちぃジャパリパーク特別調査隊でぇ?あのナリユキさんに言われてあなたのこと見てたんですよぉ」
ジャパリパーク特別調査隊?ナリユキ… 父さんが?
あ、そうだ… 父さん来てたんだっけ?俺はあれからどうした?どれくらい棺桶で寝てた?
いや待て!
「はぁ… なるほど」
窓から外を見ると港が見えた、ここは船の中だな?でかい船だ… フェリーかな?
OK把握、目覚め爽快!どうやら俺は早とちりしてたらしい。
「お騒がせしました、父はどこですか?」
「わかってくれましたやんか」
「今呼びますねぇ?」
二人はミライさんの部下でジャパリパーク特別調査隊というミライさん率いる精鋭の二人らしい、ますやんか?のほうがナカヤマさんで、ですかねぇ?のほうがシンザキさん。
どちらもいい人だけど微妙にズレた感性をお持ちなようで、たまに話に着いていけない、まったくこれだから変人ってやつは。←ダブルトマホークブーメラン
「パークはどうですか?素敵なところでしょう?」
「もうジャガーさんに会えただけで感無量やんか、シンザキはどう思う?」
「サーバルちゃんいいですねぇ… でもサーバルって細長い個体に囚われずに、シマウマちゃんもトムソンガゼルちゃんもカバさんもこう、目を向けていこうかなって思ってます」
「お前それ浮気やろ?」
「発想の転換、ですかねぇ?」
男同士の会話、というのがずいぶん懐かしく感じる、思わず二人との意味のない会話に花を咲かせていた。
「つまり俺の嫁が一番可愛いってことで手を打ちましょうか」
「ジャガーです」「サーバルぅ…」
「かばんちゃん!」
「ジャガーです」
「サーバルぅ…」
そんな三者一歩も譲らぬ状況で火花を散らしていたその時、ドアが開き父が中に入ってきた。
が俺は二人の話に夢中だったので気づかなかった。
「ユウキ!具合はどうだ!」
「本物のジャガーさんはずんぐりむっくりぃって言うより、でるとこでててむしろいい感じですやんか?」
「サーバルちゃんもなかなかやっぱりいい感じに発育がよくてぇ… 僕のことを誘いやすいようにぃ」
「こら!胸の話ばっかりして!俺の嫁さん胸のこと気にしてるんだからやめてください!でもそこもすでに可愛い!」
「あー!オッホン!ゴホンゴホン!」
あれに見えるは我が父、来てたのですね?
「あ、ナリユキさんおつかれさまです」
「息子さん元気ですねぇ?」
「父さんおはよう、俺の服どこかな?」
「お前ら本当いい加減にしろ」
父さんの一声で一旦退出することになった二人は置いといてだ。
俺は父さんとは実に二年半ぶりに会うこととなった、積もる話があるというものだ。
父さんは俺をここジャパリパークへ送るためにいろいろ用意してくれた。
俺が安全に海を渡れるようにボートを購入したのもそうだが、そもそも隔離されたジャパリパークに入ることは許されない。
警備の目を盗み俺をここに逃がしてくれたんだ、父には相応の罪と罰が課せられたのではないか?海を見るたび考えていたんだ。
父は無事でいるだろうかと…。
「父さん、無事だったんだね?」
「まぁな、お前も思ったより元気そうでよかった、傷はどうだ?」
「大丈夫だよ、腕がないというのがどうも慣れないけどまぁ痛くはない、あの棺桶のおかげ?」
そう、傷は塞がっているようだ。
この棺桶には治療効果があるのかもしれない。
「棺桶ておまえ… あれはサンドスターカプセルだ、おまえの体質の研究をするうちにできた偶然の産物でな?もっともサンドスターはパークにしかないからこれが実質初始動だ、その分だと成功のようだな?」
「息子の体で実験したわけ?」
「痛みにもがき苦しむよりいいだろ」
なんでも大気中のサンドスターを吸いカプセルの中で回復ができるという代物だそうだ、動力もサンドスターにできれば最高だと父は語る、先は長い…。
「だが、腕はさすがに生えてこないか… まぁそうだよな、いやすまない…」
「いいんだよ父さん、おかげで助かったよ?もうちょっとで嫁さんに手を掛けるところだった」
「彼女妊娠してるんだぞ?知ってたか?」
「知ってるよ、それを聞いて戻ってきたんだ」
「俺の声は届かないのにお前ってやつは本当に…」
「はは… なんかごめん…」
でも思えば不思議なことだ、なぜみんなの声は届かないのにかばんちゃんの声は届いたんだろう?父さんがいるのも心が戻ってから知ったんだ、やはり愛の力か?と言いたいが、どんな不思議なことにも根拠があるはずだ。
「もしかしたら野生解放が理由かもしれないな」
「野生解放?彼女が?」
「そうだ、お前に語り掛けるとき彼女はサンドスターの輝きを目に宿していた、人間の野生解放… もしかするとあの時彼女はテレパシーでも使えたのかもしれないな?」
「あ、もしかして人間は脳の30%しか能力を引き出せていないってやつ?」
「まぁな、ロマンだろ?人間が能力を解放したらサイキックになれるんだ、どうだこんなの?」
父はやっぱり父だった、こういうロマンのある話をすると子供みたいに話してくれる、そして俺はそんな父の影響を大きく受けて育った… 変わってない、俺も父も。
「しかもかばんちゃんなぁ?ミライさんの髪の毛から生まれたフレンズらしいぞ?」
「え… それ本当なの?」
「本当だ、ラッキービースト調べだと遺伝子適合率100%らしい… 不思議な話だが年齢もあるしミライさんの娘というのが一番しっくりくるな」
じゃああれはミライさんの帽子だったのか。
髪の色とか、そういうのって変わるんだな?でも言われてみれば似てなくはない?か?
「しかしまぁなんだ?ユウキ…」
「なに改まって?」
「いや… 血は争えんなと思ってな…」
え…!?パパ!急になに言い出すの!?なんの話をしてるの!?
少し苦笑いをしつつ父に、どういう意味だ?と尋ねると、あんまり聞かないほうがよかった衝撃的事実が明らかとなった。
「実はな?父さん最初はミライさんが好きだったんだ」
「息子にそんな話をする心境やいかに…」
「まぁ聞け?腹を割って話すのもいいだろ?俺がパークに来て新米だったころな、美人なパークガイドが同期で入るって男連中の間で話題だったんだよ」
「それがミライさん?」
「あぁ、あの人若い頃本当に美人でなぁ… 元気で明るくて言葉使いが丁寧で眼鏡が似合っててもう一目惚れしてしまったよ俺は」
「そ、そっか…」
嫌だなぁ…。
親の恋ばなとか聞きたくないなぁ?ゾワゾワするじゃん?なんか恥ずかしいんだもん、しかも相手が母さんじゃないときの俺のこの複雑な気持ちどうしてくれるの?
そして父は構わず続けた。
「でもほら、ミライさんってちょっと“あれ”だろう?」
「動物好きすぎ?」
「そうだ、当時あの人に告白するヤツも多かったがミライさんの断るときの言葉は決まってこうだ
“お気持ちは嬉しいです!でも私、今は動物しか愛せないんです!”
これだ…」
父よ、それを聞かせて俺にどんなリアクションを求めていたんだい?そんな話をされてもいい表情はできないな。
「で、最後に自分よりも動物に目を向けてくれと言うんだ」
へぇ、筋金入りなんだなぁ。
でもかばんちゃんのけもの要素好きにも合点のいく話だ。
「それを聞いた若い衆は薄っぺらな動物愛を掲げて彼女に群がったよ、でも本物の愛を語るミライさんの前ではそれもすぐにボロがでてみんな撃沈だ」
「父さんは?」
「そこでな、俺は彼女に認めてもらおうともっと動物のことを知るために研究員にも関わらず外での調査に勤しんだんだ、でそうしてフレンズたちと仲良く優しくしていたところでユキにやたら気に入られた」
やっと母さん出てきた…。
「そしてある時、なんとミライさんから俺のもとへ挨拶に来た “フレンズさんの為にいつも頑張ってくれてる研究員さんはあなたですね?”ってな」
「ねぇごめん… それさ?もしかしてそれからミライさんと…」
「いや、違う… そうだなすまん、そう言うんじゃなくてな?まぁ聞け」
まぁ話を聞くに、父さんはミライさんと同期で、あっちに別嬪さんがいるぞ~って便乗して見に行ったら一目惚れして、気に入られる為に研究と称してフレンズ達の世話に勤しんで、そしたらまんまと気に入られたと。
それから一緒に行動することが増えた。
大抵母さんがくっついてきて、邪魔とも思わないがなんだか少し困っちゃうな感じになっていたらしいがミライさんは動物、つまりフレンズにしか興味がなく暇さえあればケモ要素を求めてフレンズに近づいていた
そして、なんだかんだ父はだんだん押しの強い焼きもち妬きの母に心動かされていった… という母の大逆転劇が繰り広げられていた訳だ。
「なんか… ごちそうさまでした」
「あぁ… まぁあれだ!つまりな、お前は遺伝子レベルで彼女に惚れていたんだ、カエルの子はカエルだな?」
「なんか複雑な気持ちにさせてくるのやめて?」
これってもしかしてあれだろうか?
父さんは、動物はもちろん好きだが父さんは人間… ヒトである。
しかしミライさんはなにかしらケモ要素がないとこう… ダメだ、そういう人なんだきっと。
そして父は母との間に俺を作ることによりけも要素を持った男の子を誕生させることに成功。
するとどうか?ミライさんの系譜を継ぐかばんちゃんと出会った俺はまんまと恋に落ち、相思相愛となった…。
なんかそういう世代を越えて君を物にしたみたいな狂喜じみたものを感じる。
「全部父さんの手の平の上の出来事みたいでムカつくね」
「おい、何の話だ…」
「はぁ~あ… ってか父さん?今の多分母さん聞いてるからね」
「マジか…?」
「うん、たまに夢に出るんだ… 母さんずっと俺のこと守ってくれてたみたいだから」
父はすでにそこにはいないはずの母の姿に怯え冷や汗をかきはじめた、ざまぁねぇぜまったく。
「待て待て待て、別にな!世代を越えてミライさんを落としたかったわけじゃないぞ!父さんはちゃんと母さんと愛し合ってお前を産んだんだ!」
「いや産んだのは母さんでしょ」
「とにかく俺はちゃんとユキのこと愛してるんだ!一瞬だって忘れたことはない!お前もだユウキ!我が息子!愛してるぞ!」
うわ、おっさんテンパって暴走し始めた!?
…
親子水入らずというか。
父さんと話すのも久しぶりなのだけど、そんな期間がなかったように自然に話すことができた。
腹を割って話す…。
父さんだってこうして知りたくもないこと教えてくれたのだから俺も話すことにした。
母の死の秘密を知ったと…。
「どうやって知った?」
「いや、古い記憶を思い出す機会があったんだよ… ごめん父さん、母さんが死んだのは俺のせいだったんだね?」
「そうじゃない、誰が悪いとかじゃないんだユウキ… 言わば親の責任というやつだ、子供ができるということはそういうことだ
親のエゴでと言うと少し表現が悪いが、生まれてきた命を守り自立させる責任というのがある… 親と呼ばれる者の最大の目的と言っていい」
親の責任、目的… でもそのために母さんが死ぬ必要はあったのだろうか?
「いいかユウキ?お前も親になる、生まれてくる子供はお前たちを頼る、ならお前はどうする?」
「可能な限り答えるよ、そして絶対に守る」
「そうだ、母さんも俺もそう思ってたからそういう選択をしたんだよ、まぁしつけの話は一旦置いといてな、どうだ?父親になる実感はあるか?」
「いや、実はまったくなんだ… あんなことの後だし彼女ともまだしっかり話してないし… ダメだねこんなんじゃ、もっとしっかりしないと」
「あぁ大丈夫だ、そういうもんなんだよ?あまり気負わずにいろ?そのうち嫌でもしっかりするようになる、子供は楽しみか?」
「それは、うん… もちろん!」
楽しみだ、実はスゴい楽しみだ。
どっちなのかな?とか、どっちに似てるのかな?とか、そんなことばかり考えてしまう。
でも俺には心配事がある…。
「もしかしたら子供の体にサンドスターロウがあるかも…」
「なぜそう思う?」
「俺がサンドスターロウを吸収したのが恐らく去年の夏頃なんだ、だからそのあとにできた子だとしたら…」
「大丈夫だ、心配するな」
そんな不安を一蹴するように父は俺には答えた。
「精密なスキャンの結果妊娠は約二ヶ月、サンドスターロウは検知されずにすくすく育っているそうだ」
「それじゃあ…」
「あぁ、ほらそろそろ嫁さんのもとに行ってやれ?あとお前、服はこっちにしろ」
父さんが渡してきたのは新しい服だった、そんなのいいよと言おうと思ったが、その前に父は言った。
「背、伸びたろ?古いのはジーンズが七分丈みたいになってるぞ?」
「そうだね?ありがとう!」
新しい服を着て妻に会いに。
片腕は袖を通せないけど。
子供だった俺はそこに置いて。
少しは大人らしく会いに行こう。
「外見だけはいっちょまえだな?」
「中身はこれから成長するよ、父親になるんだし」
「そうだな?彼女は今ミライさんといる、おまえを心配してずっと泊まってるんだ」
「わかった、案内してよ?」
「あぁ、こっちだ」
早く顔がみたい、俺を見て安心してくれるなら早く会ってあげたい。
でも少なくとも俺は安心できるから。
早く会いたい。
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