第94話 けもハーモニー

「助けられます!シロさんはまだ助けられるんです!」


「かばん!それは本当なのですか!?」

「後ろの男は誰です?」


 ギリギリ間に合った、今まさにとどめの瞬間でした。


 よかった、シロさん…。


「私はナリユキ、彼の父親だ」


「シロの父親?たしか昔パークにいた研究者の一人」

「シロを救えるというのは本当なのですか?」


「まだ心が残っているなら… と思ったが、あれは」


 お義父さんがシロさんに目を向けると、押さえ込まれても無表情の彼を見て苦い表情をしていました。


 そしてそのまま彼に近づき声をかけました。


「ユウキ?父さんだぞ?わかるか?」


「…」


「父さんな、お前がちゃんと暮らせてるか見に来たんだ」


「…」


「そしたらお前結婚したって?親に挨拶もなしにお前ってやつはまったく、でもかばんちゃんいい子だな?いい嫁さんもらったじゃないか?しかも彼女はミライさんの娘みたいなもんなんだぞ?知ってたか?」


「…」


「幸せそうにしてやがったな?でもどうせなら父さんをもっと安心させてくれよ?嫁さん悲しませてなにやってんだ!男なら好きな女を悲しませるな!セルリアンに負けるんじゃない!戻ってこい!母さんのくれた命を無駄にするな!」


「…」


「ユウキ、ダメなのか…?もっと頑張ってくれよ?頼む…」


 お義父さんはその場にへたりこみシロさんの頭を撫でました、シロさんの目は虚空を見つめ、ただ押さえ込まれた体を自由にしようと暴れているだけ。



 手遅れだった…。


 彼の心はもう…。


 いや…。


 まだ…!


 意を決し、皆に言いました。


「彼を解放してください、僕が話をします」


「かばんちゃん!危ないよ!」


「やめるのですかばん!」

「輝きを奪われきられたらいくらお前でも…!」


「かばんちゃん、すまない… 息子はもう」


「大丈夫です、大丈夫…」


 彼を押さえていた三人も限界が近づいていて、とうとう彼は三人を振りほどきました


「だめだぁ!もう押さえていられない!」


「すまない、トドメを人任せにして偉そうな顔はできないが、限界のようだ…!」


「シロ!クソ!もう一度だ!師としてこの命に代えてもお前を止めるぞ!」


 三人は地面に転がり、這いつくばり、立ち上がる彼を前になにもできなかった。


 そして彼は僕を見た、心が空っぽになったような目で僕をじっと見ていました。

 

 僕もそんな彼をまっすぐと見つめて、彼の元へ歩を進めます。


「かばん!ダメだやめろ!もうシロじゃないんだよ!」


「そんなことありませんツチノコさん、いつものシロさんです、僕の大好きな旦那さんですよ?」


「何を言って!お前、その目は!?」


 みんな僕を止めました、でも止まる必要なんてないんです、僕のやることは夫の前に立っていつもみたいに抱き締めるだけ。


「かばんちゃん… 目が光ってる?あれって?」


「野生解放?しかしかばんはヒトです」

「ヒトの野生解放?いったい何が起きるというのですか?」


「研究でわかったことだが、野生解放は動物本来の能力が解放される… なら人間の本来の能力とは?」




 怖くなんかない。


 会いたくて会いたくて堪らなかった大好きな旦那さんを、僕が怖がるはずありません。


 ゆっくりとこちらに向かう彼に僕は近寄り、言いました。


「どうしたんですかシロさん?」


「…」


「髪、真っ黒ですよ?僕とお揃いですね?えへへ…」


 僕はそんな無反応の彼でも構わずぎゅうと抱き締めました。


 しばらく感じることがなかった彼の温もりを、その時にまた感じることができた。

 

 彼は何も言わない、その代わりなにもしてこない。


 でも、また会えたことが本当に嬉しかった。


 抱きしめたまま彼の鼓動を聞いて、彼の命はここにある、ちゃんと生きてるってことを噛み締めながら。


 僕は続けて話しました。


「どうして急にいなくなったりしたんですか?約束したのにひどいです…」


「…」


「もしかして、また嫌われるって思ってたんですか?」


「…」


「もう、前から言ってるじゃないですか?嫌いになったりしませんよ?それに結婚式の時に僕がシロさんを幸せにするって決めたんです、それに約束もしました、僕は何があってもシロさんの味方です!

 みんながシロさんの敵に回っても、僕が絶対にシロさんを守ります!大丈夫です、僕がついてますからね?だって僕、奥さんですから!」


「…」


 彼を更に強く抱き締めると、僕は彼の胸に顔を埋めました。


 心臓の音は トクン… トクン… とゆっくりですが、確実に彼の命を刻んでいます。


 彼は生きている、だから心を起こしてあげるんです。


 いつもみたいに眠る彼の耳元で「朝ですよ?」って教えてあげるように。


 今も起こしてあげなくちゃならない。


 その時彼に動きがあった。


 スッ… と右手をゆっくり振り上げたようでした。


「かばん!離れるのです!」

「輝きを奪われてしまうのです!」


 博士さんたちに続き他のみんなも僕に注意を促していますが、僕は聞きません。


 聞くつもりもありません。


 だってシロさんがそんなことするはずがないから、シロさんはいつだって僕を大事にしてくれました、だから… だから…。


「かばんちゃん!離れて!」


 サーバルちゃんの声と足音がした。


「大丈夫だよサーバルちゃん?」


 振り向かず、そのまま彼女に言いました。


「でも!」


「手を出さないで?お願い…」


 右手を振り上げたまま虚空を見つめる彼はさらに腕を高く上げ、そこで止まっている。


 その手をすぐに降ろさないのが彼がここにいる証拠だと信じています。


「聞いて… ユウキさん?」


「…」


「僕…


 …

 

 赤ちゃんができたんですよ…?」







 暗闇の世界に声がした気がする。


「セーバルちゃん、今の聞いた?」


「なに?」


「声がしたんだ、妻の… かばんちゃんの声だよ?」


「記憶は再生されてないよ?」


「違う… そんなんじゃなくてさ?なんか音って言うより、心に直接響くみたいな…」



 かばんちゃん?


 いるの?








「ユウキさんの赤ちゃんですよ?」


「…」


「ユウキさん、パパになるんですよ?」


「…」


「だから一人にしないでください、一緒に赤ちゃん育ててください?僕一人じゃ不安なんです」


「…」


「これからお腹も大きくなります、栄養のあるもの沢山食べて、元気な赤ちゃんを生みたいんです」


「…」


「なにか美味しいものを作ってください?ユウキさん言ったでしょ?僕と一緒なら何でも作れるって?」


「…」


「これから家族みんなで美味しいものたくさん食べたいです、僕もお手伝いしますから?赤ちゃんの食べれるごはんもいっぱい考えましょう?」


「ッ… 」


「だからお願い… ユウキさん…



 帰ってきて…?」



 

… 




 何もない世界、俺はこれから消えるのに…

 もう終わったはずなのに。


 聞こえる。


「やっぱり聞こえる!彼女妊娠したって!」


「ウソ?もしかして…」


「なに?」


「周りをよく見て?なにかない?あなたにしか見えないもの」


 ぐるりと見回すとあった… あれは光?

 スッと光柱のようなものが出現している。


 さっきまで無かった。


「そこに走って!消えてしまう前に!」


「あれはなに?」


「シロの心はまだ戻れるってこと!さぁ走って!」

 


 間に合う?俺は助かるのか?


 本当に!?


「早く!向こうに戻って!」


「わかった!セーバルちゃん!いろいろありがとう!いつかまた会おう!お礼を…!」


「もう会えないよ、でももし向こうでもセーバルのこと覚えてたら、火山にジャパマンをお供えしてほしいな?」 


「約束する!じゃあね!」


「さよなら… 負けないでね?もう戻って来ちゃダメだよ?」


 俺は走った、まさに一筋の光を求めて。


 彼女に会いたいって。


 その一心で。






 

「かばんちゃん離れて!シロちゃんが!」


 サーバルちゃんが涙混じりの声で叫んでいる、彼が今まさにその右手で僕のサンドスターを捕食しようとしているのだと思う。

 

 そんな危険な右手を、今にも振り下ろさんとしている。


 どうするんですか?その手で僕の首を締め上げるんですか?それとも地面に叩きつけるんですか?


 その手で… 僕の命を奪うんですか…?





 そんなことしませんよねシロさんは?





 だってシロさはん僕に約束してくれましたから。

 

 言ってくれたんです。

 

 僕のこと守ってくれるって。



「まずい!泣いている場合か!あのバカ弟子を止めるぞ!ライオン!」


「あぁッ!やめなシロ!それはお前の嫁さんだぞぉ!!!」

 

 

  

 その時 ブンッ! と振り下ろされた右手に皆目をギュッと閉じるしかなかった。



 しかし。


 


 ガシッ!





「おい、あの馬鹿野郎… まさか」


「シロちゃん?もしかしてシロちゃんなの!?」


「信じられないのです、かばんは何をしたのですか?」

「誰が必死に声を掛けても表情ひとつ変えなかったはずなのに」


「説明不要だ、息子を身重の嫁さんに手を挙げるように教育した覚えはない」



 振り下ろされたはずの腕は僕には届かない、届くはずがない。



「ユウキさん…?」


「…ッ」


「あぁユウキさん!やっぱり僕のことわかってくれた!帰ってきてくれた!ユウキさん!ユウキさん…!」ギュウ


 彼はその手を振り下ろせなかった。


 目はどこか遠くを見つめ、表情の変化は見せてくれないけど、もう片方の手でガッチリとその右腕を掴んで止めていたんです。


 消えていない、戻ってきた。


 彼の心…!



「キミニ…」


「え…?」


「キミニ… テヲダス… ヤツハ… ダレデ… アロウ… ト… ユル… サナイ…」


「ユウキさん!頑張って!自分を見失わないで!」


 彼から確かに声がした、消えてなくなりそうだけど彼は確かに言いました。


 地下室で聞いたあの言葉です。


“君に手を出すやつは誰であろうと許さない”


 彼は確かにそう言いました。


「ユルサナイ… タトエ… ジブン…デモ」



「ユウキ!よくやったぞ!」


「しかし!あれではまたすぐ正気を無くしてしまうのです!」

「父親!なにか策はないのですか!?」


「待ってくれ… すぐに来る、早くしてくれミライさん!」







「…ク…ク…ゥ…」


「ユウキさん…」



 あぁ、ここは森だな?火山の麓だ、多分だが。


 戻ってこれたが、どうする?このままいつまで止めていられる?


 戻れたはいいがなんせこの右腕が厄介だ、言うことを聞きやしない!今にも彼女の首に手を伸ばしてしまいそうだ


 かといって体の他の部分が自由に動くかと言えばそうではない


 声は聞こえるが目は見えない、まだピット器官みたいなままだ、辛うじて肌の感覚はあるが痛みまで戻ってるかどうかは正直わからない。


 このままサンドスターロウに負けたら逆戻りだ、さよならを言った手前、またセーバルちゃんに会いに戻る訳にはいかない!



 と俺が必死の抵抗力を見せていたその時、そこに一台の車両が到着した、乗っているのは女性が一人男性が二人。


 そのうち女性のほうが言った。


「ナリユキ君!お待たせしました!」


 ナリユキ?確かにそう言ったの?父さん?父さんが来てるの?それに女性の声、聞き覚えがある。


「ミライさん、例のものは用意できたかい?」


「バッチリです!」


「ミライ?まさかあのミライですか?」

「パークガイドのミライ、話でだけは知っているのです」


「あなたたちは!?アフリカオオコノハズクさんとワシミミズクさんですね!?相変わらず羽が素敵ですねぇ… 小さいのに落ち着きのある感じが実にたまりません、連れて帰りたい…」ヨダレジュルジュル


「ミライさん、話逸れてますやんか?」


「今は緊急事態ぃですかねぇ?」 


「なんですか!そもそも二人がなかなか帰ってこないからこうして緊急に…!」


「ミライさん、今はいいから例のやつを」


 何となくでしか話が聞こえないが…。


 どうやら解決法があるらしい、頼む父さん、それによくわかんないけどミライさんも!


 助けてくれ!


「シンザキ君!ナカヤマ君!けもハーモニー発生装置作動開始!」


「「了解!」」


 けもハーモニー?聞いたことが、でもなんだっけそれ?なにが起きるんだっけ?


 ミライさんの一声に二人の男、シンザキとナカヤマ?とか言う二人が車両の荷台にあるなにやら大がかりな装置を作動させた。


 その時起きたこと、一言で言えば。


 “奇跡”


 周囲が暖かい光に包まれていく。


「なんだこれは?疲れが消えていく!」


「ヒグマさん!動けるんですか?」


「力がみなぎってきましたよ!」


「けもハーモニー、聞いたことがあるのです」

「確か、その昔ヒトとフレンズが協力し絆が深まった時にある特殊な物を持っていることで発生すると」



 よくわかんないけど… 

 全身に力が戻っていく、五感がすべてよみがえる、見えないけどきっと髪の色も戻ってると思う!


 でもとにかく今はッ!


「ッ!?やった!動けるぞ!」


「ユウキさん!お話しもできるんですね!」


「かばんちゃん!少し離れてて、危ないよ?」


 ク、この…!もうこの右腕だけは別の生き物だな… だったらやることはひとつだ!


 気張れよ俺!


「ガァァァァアッ!!!」


 野生解放し直してホワイトライオンに戻った俺は掴んだ右腕を一旦離し、左手の爪に目一杯力を集中させた… そして。


 ズバァッ!


「イッッッ…!つぅ…!」


「いやぁ!?ユウキさん…!?」


「いいんだ!君やみんなを傷つける腕なんて必要ない!それより…!」


 切り離された右腕は黒く変色しグネグネとヒトの形に変わり、そして動き出す。

 アイツは俺の情報を持ってる、多分他のフレンズの輝きもいくつか奪ってる。

  

 放っておくと脅威になる、ここで終わらせないと…!



「そいつを逃がすなァッ!!!」


 俺は力一杯叫び、失った右腕の傷口を押さえて膝を着く。


 死ぬほど痛い、けもハーモニーに包まれていなければ死んでいたかもしれない、きっとヒトの姿のままでもショック死しているほどのレベルだろう。


「「任せろッ!」」


 飛び出したのは姉さんと師匠、平原の二人の王… それに加え。


「シロ!約束通りトドメ刺してやるぞ!」


 ツチノコちゃんが飛び出した。


「見上げた根性だシロ!それでこそ私の弟子だ!」


「よくも弟を傷付けてくれたなぁッ!!!」


 右腕だった者は動きを止めると地面に倒れ込んだ、そしてそのなかに見つけた


「石を見つけたぞ!こいつでトドメだ!」


 キィィィン… 


 ツチノコちゃんの目が強い輝きを放ち、そのままそいつに狙いを定めると…。




 パッカァァアンッ!




 跡形もなくそいつは弾け飛び、この時長い地獄の日々は終わりを迎えた。


「終わった、俺は助かったんだ…」


「ユウキ、待ってろ!今治療する!」


「ハァ…くぅ…!いっ…て… やぁ父さん?元気そうだね?」


「あぁ孫を見るまでは健在でいてやるさ!それよりもう喋るな、傷に触る!」


「ユウキさん!ユウキさんしっかりして…!」


「かばんちゃん、呼び戻してくれてありがとうね…?」



 …

 


 はぁ… よかった…。


 みんなただいま…。


 ありがとう…。


 それと。


 ごめんね?



 帰ってきたよ?

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