第92話 おかあさん

「俺が死んだ?」


「そうだよ、小さい頃」


 待て心当たりが… 衝撃的にも関わらず空白になっている部分がある、あれは確か。


「あなたが3才の頃だね」


 パチッ


 彼女、セーバルちゃんが指を鳴らしたその時、真っ暗な世界は白黒の世界に変わった。


 記憶の映像を自由に引き出せるらしい。


 そして、ここはよく覚えてる。


「俺の家?」


「そうだね、広いおうち」


 小さい頃はこの家に三人で住んでいた、走り回っても大丈夫だと言われて走り回ってたら本棚の下敷きになったのをよく覚えている。

 父も母も心配していたが、フレンズの体を持っていた俺は痛いだけで済んだんだ、大泣きしてると母は優しく抱き上げてくれて俺の背中を撫でた。


 楽しかった、幸せだった、この時はまだ。


 このあとヒトに慣れるために俺は幼稚園に入ることになる、それから1年たたずに例の事件が起きた。


「怪我をさせたんだ、今でもあの怯えた目を覚えている」


「トラウマと言うやつね?でもごめんね?これのことじゃないの」


「うん、いいよ」


 彼女が言ってるのはその事件からからほんの数日後の話だった。


 この辺から記憶が曖昧だが、そのままそのシーンが続いていく。


 ある夜、父は帰りが遅く俺は母と二人だった、料理を母に任せると空回りして失敗するので父がカレーを作っていってくれた、そんな夜だった。


「ママご飯美味しいね?」


「パパのカレーは世界一ですから」ドヤ


「ママ失敗しちゃうもんね?」


「ママもできますよー!調子悪かっただけですー!」


「でもママのコロッケ美味しかったよ!」


「ふふん!そうでしょ?」(はわわ~!?あれは冷凍食品だったなんて今更言えませんよ!?)


 そんな二人でも楽しい食事中に玄関で物音がした、それが始まりだったのだ。


「あ、パパだ!」


「早かったですねー?お出迎えしてあげて?」


 俺も母もそれが父だと思った、だから俺は母に言われた通りなんの疑いもなく玄関まで駆けていった。


 だが…。


 玄関に向かうと見慣れない人達が立っていた、こうして客観的に見ると分かる、武装集団だ… 人数にして5人。


 そのうち一人が言った。


「いたぞ、獣と人間の間に生まれた悪魔の子だ、地獄に返してやる」


 幼い俺に突きつけられた黒いもの… それは銃だ。


 俺はそれを見て怖いものだと本能で気付くと、背中を向けて母の元へ走った。


 だが。


 バァーン! 


 容赦なく背中を撃ち抜かれた、そして貫通せずに弾が背中に残った。


「この時はまだ息があるの、頑丈なフレンズの体のおかげでね?間に合わないけど」


「そうか、背中の傷は事故じゃなくて銃創だったのか…」


 銃声を聞いた母はすぐに俺の元へ駆け寄った… 幼い俺は目を閉じて泣き声も無くただ苦しそうなうめき声を挙げている。


「ユウキ!?ユウキしっかりして!?なんで!誰がこんな酷いことを…!」


 集団の何人かが母に言った。


「出たぞ、畜生の女だ」


「気を付けろ、こいつは手強い」


「あなたたちがやったの…?なんでですか?なんでこんな酷いことができるんですか!?こんなに小さな子供にッ!!!」


「獣のクセによくしゃべりやがる、こいつも子供のところに送ってやるんだ!」


 その時母の目が輝きを灯し、獅子の咆哮を挙げる。


「グゥァァァァァアアアアアッッッ!!!!」


 怒り狂った母は野生解放すると銃を持った数人の男を爪で切り刻み、牙で喉元を食い破った…。

 

 銃弾は全て交わし瞬く間に連中を死体の山に変えたのだ。


 その時、反り血を浴びた母の白く美しかった髪は赤く染まり、そのまま野生解放を解くとまた俺を抱き上げて泣いた…。


 その時に父が帰ってきた、情報が入り急ぎで帰って来てくれたんだろう。


 でも遅かった、父が帰ってくる頃にはすべてが遅かった。


「ユキ!大丈夫か!?」


「ナリユキさん?ユウキが… ユウキが…」


 真っ赤に血で染まる母は涙を流しながら動かなくなった俺を抱き抱えていた。

 それを見た父はすぐにどこかに連絡を取り俺と母をどこかに運んだ。


「そっか、この時はもう…」


「そうだよ、あなた死んだの」


「どうやって生き返ったんだ…」


「続きを見て?」





 シーンが変わるとそこは病院の様なところだった。


 でも病院じゃない、ここは研究所だ、こうしてみると分かる。


「ごめんなさい、ごめんなさいナリユキさん… 私、ユウキを守ってあげられなかった…」


「なぜ謝るんだ、君はよくやったよ?」


「でもユウキが…」


「…」


 父はなにも言わなかった、いや言えなかったんだろう。


 俺を殺された怒りで人を5人葬ったとはいえ母を責められる訳がない、多分俺も同じことをする。


 銃弾は摘出されたが俺が目を覚ますことはない、もう死んでいるんだ。


 だがそこで母が言った。


「全部… 私のせいですね?」


「何を言うんだ!君が悪いことなんてひとつもない!」


「ちがうんです、私がワガママだから… ナリユキさんが大好きで、だから離れたくなくて隠れて着いてきたのも私がワガママだからで、そんなナリユキさんとの間に子供を欲しがったのもワガママで… 私がワガママじゃなければ誰かに狙われてこの子を死なせるようなことはなかった」


「それは違う、そのワガママがあったからユウキが生まれたんだぞ?それに君のワガママなんて大したことはない、可愛いもんさ!女のワガママの一つや二つ聞いてやるのが男というものだろ!」


 母さんの言うことも分かる、自分がいなければ父さんはパークを出たあと普通の女性と結婚して普通の子供を作り普通の家庭を築いていったんだろう、母さんはそんな“普通”に割り込んだイレギュラーだと、自分を卑下しているんだ。


 でもそんな母を愛して受け入れたのが父だ、船に乗って着いてきた母を送り返すことだってできたはずだ、でも妻として迎え入れたのはそれだけ母を愛していたということだと俺は思う、本当はパークを離れるとき父も母と離れたくなかったに決まっている。


 俺だって今さらかばんちゃんを置いて帰ろうだなんて死んでも思わない。


「じゃあもうひとつワガママを聞いてください…」


「なんでも言ってくれ?」


「この子を生き返らせる、だから今度は絶対に守ってあげてください」


「何を言ってる?生き返らせるだって?」


 母の言葉に父は狼狽えた様子で答えた。


 いよいよ母が犠牲になるようだ。


「私のサンドスターを全てこの子にあげる、この子はそういう体質だからできるはず、そうすれば傷は塞がってきっと目を開けてくれるはずなんです」


「よせ、そんなことしたらユキが!」


「私は本来ここにいちゃいけない生き物… でも私のワガママで生まれたこの子を、あなたとの間に生まれた私の一番の宝物のこの子を見殺しにはできない、だからお願いですナリユキさん…?」


「他に方法はないのか…?」


「最後のワガママです、お願い…」


 やはり、父は何も言えなかった。

 最後のワガママを聞いたのだ。


 母は俺の手を握るとサンドスターの輝きが増した、野生解放の比ではない輝きだった。


 その輝きが全て俺の中に入っていくと、母は息絶えるように倒れ込みやがてフレンズの姿を失うとホワイトライオンの姿に戻っていった。



 俺と父はこの時、母を失ったんだ。





「これはサンドスターの吸収ができるあなただからできたことだよ?普通はサンドスターの譲渡なんてできない… でも、あなたがセルリアンになってしまったのもその体質のせい」


「どこかでサンドスターロウを譲渡されたっってこと?」



 …ん?


 その時、部屋に女性が一人入ってきた。


「あれは確か…」


「ミライさんだよ」


 会ったことがあるのか俺は?こんな教科書に乗るくらい偉い人と?


「ナリユキ君…」


「ミライさん?フレンズと人間は共存してはいけないのかな?」


「そんなことはありません、その証拠にこの子がいるじゃないですか?」 


 ミライさんの目線の先には息を吹き替えしスヤスヤと眠る俺がいた、生き返ったんだ。


 そして翌朝俺が目を覚ますと父は俺を抱き締めて言った…。


「ごめん… ごめん…」





 その頃からだっただろうか?俺はそれを合図にしたかようにだんだんとフレンズの姿が隠れて人としての姿だけが表に出るようになった。

 もしかすると今後自分のせいで俺が危ないめに逢わないように母が封じ込めてくれたのかもしれない。


「俺は母さんの犠牲の上に生かされていたのか、父さんが大事にしてくれるわけだ…」


「正確にはお母さんはシロの中で生きていた、あなたが崖から落ちたときも意識を外に返してくれたみたいね?」


「やっぱりあれはただの夢ではなかったのか、ありがとう母さん…」


「さっきの記憶もおかしいと思わない?あなたは死んだんだよ?でも記憶が途切れることなく続いたのはお母さんがいたからだよ、あなたが撃たれてからの記憶はお母さんの記憶なの」


 母はそうしてずっと俺を見ててくれたのか、自分のエゴで生まれた俺を守るために。


「こういうの親バカというんでしょ?」


「ちょっと失礼だよそれ」


「ごめんね、でもシロも大概だね?似た者親子」パチッ


 シーンが変わると中学生くらいの俺がいた、学生服を着てまだまだ子供な顔をしてる俺はなにやら柄の悪い先輩に絡まれていた。


 あぁいたねこんなやつら、おとなしく学校生活を送るつもりだったのに、俺の白い髪が目について気に入らなかったのかこんなことを言ったんだ。


「おい、おまえの母ちゃんは畜生なんだってなぁ?」


 俺はプッツンとキレると野生解放して連中を一人残らず薙ぎ倒した。


 そいつの胸ぐらを掴み言った…。


「畜生はお前らだ!次母さんのことそう言ってみろ!八つ裂きにして校庭にばら蒔いてやるからなぁ!」



 


「怖い怖い… でも家族想いなのは伝わったよ?」


「思春期ってのは荒れるもんなんだよ…」


 このあと校長室に呼ばれて父さんに頭を下げさせることになったわけだが、なぜ俺が責められて父が頭を下げなくてはならないのか当時疑問で仕方なかったものだ、しかも事件起こしたから転校だ。


「俺がもっと強ければ母さんが犠牲になることもなかったのに」


「子供だもの、仕方ないよ… それに」


 少し溜めるとセーバルちゃんは俺に言った。

 

「強いだけじゃどうにもならないこともあるよ?」 


 そう… 俺の中にあった母のサンドスターもどんどん増えていくサンドスターロウに成す術もなく消えてしまった、それが前に見た母の夢だ。


 守ってあげられないってそういうことだったのか…。


「じゃあ、俺がどこでサンドスターロウを譲渡されたのか知りたい… できる?」


「それなら察しは付いてる、ここだよ」パチッ





 ん… 雪山か?


「あなたはここで川に落ちる」


 バッシャーン


 結構最近だ、氷を取りに行ったんだ… この時はギンギツネさんに助けてもらってそれから…。


「ここでセルリアンに追われる」


 思い出した、紫色でブルーベリーのあいつだ!


 バギーの俺は平坦なところで降りるとそいつを迎え撃つために野生解放をした、向かってきたセルリアンに爪を使い殴りかかるとその時。


 ズボッ!


 右腕はズッポリとセルリアンの中へ。


「この時だよ、覚えはない?あなたの症状に…」


 セーバルちゃんの言うように俺の症状は右手からだった。


 まず右手の痛覚が消えた。


 やがて痛覚は全身から消えた。


 そのあと右手から触覚が消えた。


 やがてそれも全身から消えた。


「全部右手からだ…」


「そう、右腕をセルリアンの体内に突っ込んだその時に吸収してしまったのね、普通のフレンズにはそんなことできないし体内にサンドスターロウが入ったとしても排出されて残ることはない、でもあなたは違うのシロ」


 俺は特異体質を持っている、濃度の濃い火山で大気中のサンドスターを取り込んで力にしたりできるんだ。


 だから俺はサンドスターロウの塊であるセルリアンの中に腕を突っ込んだ時にそれを持ってきてしまった、そしてそれは消えることなく俺を蝕んだ。


「どうすれば吐き出せたのかな?」


「わからない、あなたみたいな人他にいないもの?こんなに長くここで誰かとお話しするのも初めて」

 

「君はセルリアンのフレンズだっけ?」


「そう、そしてあなたはセルリアンになったフレンズ… のハーフ」


「似てるね」


「真逆とも言うよ」


 俺は彼女に尋ねた、普段はどこにいるんだ?と、そして彼女は答えた。


「火口… フィルターのとこ」


 セーバルちゃんの話、あんまり詳しくは聞かせてくれなかったけど…。


 ヤっていることのレベルが違いすぎるがやはり似ていると思ったんだ、俺はみんなに殺してもらうことを選び遺言を残して図書館を出た。


 彼女はフィルターを完成させるために、みんなを守るために自らを犠牲にした。


 セルリアンになった今だからこうして話ができるんだろう、火口に沈むセルリウムとかいうやつか、サンドスターロウがそうするのか。

 それともセルリアンにはセルリアンにしかないネットワークがあるのかそれは知らないが、とにかく俺がこうなることで会えるはずのないセーバルちゃんに会い、自分の中にある真実とパーク閉鎖の深淵に迫るような事実を知った。


 そう考えるとこうなって最悪な気分だった俺の心もほんの1ミリくらいは楽になる、君に会えてよかったセーバルちゃん。


 そしてありがとう、父さん母さん。

 今まで守ってくれて…。


 こんな親不孝な終わり方でごめんなさい、でも二人のおかげで少しの間でも幸せになれた、二人に愛されてるとわかれば俺ももう文句は言わないよ?


 でも強いて言うなら…。


 二人に孫を見せてあげたかったな。


 新しい家族を。








「よく集まったのですおまえたち、酷ですがアイツのことを想うならやるしかないのです」

「パークのため、シロの遺言通りやつを苦しみから解放してやるのです」


 長が集めたフレンズのなかでもより強く彼と縁の深い者達。

 ライオンにヘラジカ、そしてタイリクオオカミとジャガーだ。


「助けることは本当にできないのか?」


 ヘラジカは神妙な顔で目を細め呟いた。


「あったとしても… 我々にはどうしようもないのです」


「それは面白くないな、仕方のないことなのかもしれないが正直言ってやりたくないよ?皆彼が好きなんだからね」


 博士の言葉に返すように続いてオオカミが言った。


「我々が楽しんでいるように見えますか?」


「そうだね… すまない…」


「これが終わったとしても、これからかばんとどんな顔して会えばいいのさ?ただのセルリアンならいくらでも倒してやるさ!でも、なんでシロを…」


 いつも明るいジャガーだがこの時ばかりはその顔に笑顔はなかった。


 その横で黙り続けるシロと特に縁の深いフレンズに博士は尋ねた。


「ライオン、何か言うことはありますか?」


「…」


「無いのなら… このまま向かいますよ?ヒグマ一人に押し付ける訳にはいかないのです」


「私が…」


 目を閉じたままライオンは絞り出すように決意を口にした…。


「とどめは私が…」


「できるのですか?」


「私が楽にしてやりたい、私がやらなくてはならない、本当にそれしか方法が無いと言うなら、その罪は姉として私が背負う」


 返事は誰も口にしないが、その決意を胸に受け誰も否定することはなかった。


「では行きますよ」

「被害が出る前に我々で必ず終わらせるのです」


 博士達は思っていた “恨まれるのは長である自分達でいい” と。


 しかし…。


「願わくばかばん…」

「どうかシロを助けてほしいのです…」


 パークの強者を引き連れ、長達はシロ“だった者”の元へ向かった。

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