第87話 ばれんたいん
かばんです。
僕の旦那、シロさんが…。
なにか、病気なってしまいました。
痛覚、つまり痛みを感じなくなったらしく
彼の体になにが起きているのかもなにが原因なのかもわからないままです。
彼はだんだんと笑わなくなっていきました、でもそれは切羽詰まってるような表情でイライラした様子というわけではなく、悲しんで落ち込んでるようにも見えません。
ただただ、無表情。
料理を作るときも無表情、僕と話すときも無表情、言葉の節々には優しさが感じられるけど、表情や話す内容になにか作業染みた冷たい物を感じてしまいます。
そんな彼の作る料理は確かに美味しいはずなのに、なぜだか食べていて素直に喜べない。
でもお茶を持って地下室に彼の様子を見に行った時でした。
去り際、彼はいつもの優しい顔で僕を抱き締めてくれました、そして僕に謝りました。
僕は彼がどこかへ行ってしまうとずっと不安に思ってた、ここ数日はずっと不安で不安で怖くて仕方なかった。
だから彼に言いました。
「いなくならないで?僕のこと置いていかないで?お願い?」
彼は言ってくれました。
「約束する、どんなに辛くても君がいれば頑張れるもの」
その晩、久しく彼と互いを求め合い、そのまま抱き合って眠り落ちました。
きっと助かる、絶対に良くなる。
シロさんのこと、僕が絶対に幸せにするって決めたんです。
…
でも、朝起きると彼が床に倒れていました。
「大丈夫、大丈夫だから…」
彼はそういって立ち上がりますがフラフラと足元がおぼつかない様子で転んでしまい、すぐに膝をついてしまいました。
何か別の症状がでたのかもしれない、何かが彼を苦しめ続けている。
「シロさん!」
たまらず後ろから抱き締めて彼を引き止めましたが、そんなことをお構い無しに彼は立ち上がり前に進もうとします。
まるで僕に気付かないみたいに…。
なにがそんなに彼を苦しめるのか、今どこまで悪くなっているのか、それは僕の力ではわからない。
神様がいて、これもすべて試練かなにかというなら、僕は神を恨みます。
…
シロの日記
“ 全身から感覚が消えるなんて本当に冗談じゃない、文字もガタガタになるし。
それでも体が動くのが救いだ、昔漫画で読んだ空っぽの鎧のキャラクターはこんな気分なんだろうか。
だが死んだほうがマシだなんて思わない、俺は何も感じないが彼女は感じることができる、まだ抱き締めてあげるくらいのことはできる。
次はなんだ?目か耳か?読み書きができるうちは日記を書き続ける。
本業はしばらくアライさんと妻を頼りにさせてもらうことになりそうだ。
突き止めてやる、必ず。 ”
…
僕には何もできない、それがとても悔しい、もどかしい。
でもそれならせめて彼には笑ってもらおうと僕は考えました。
そう思って何がないかと図書館で調べたところ、お正月のあとに素敵なイベントがあることを知りました、これならまた笑顔を見せてくれるかもしれない。
「サーバルちゃんも手伝ってくれる?」
「でもわたし、邪魔しちゃうに決まってるよ?」
サーバルちゃんは以前彼に怪我をさせたのがよほどショックみたいで、しかもそのあとから変な症状が表れ始めたので全て自分が悪いと思いこんでいるみたいです、そんなことない… あるはずないのに…。
「サーバルちゃん?サーバルちゃんは悪くない、本当だよ?シロさんが怪我をしたのは事故だよ?もちろん二人とも注意しなかったのも原因だけど、だからサーバルちゃんだけが責められることじゃないんだよ?勿論サーバルちゃんにも注意が必要だったよ?でもシロさんだってボーッとしてたのがいけないし、それによくわからないけど怪我はもう治ったから」
「でもシロちゃん様子が変だよ!どんどん笑わなくなって!今じゃあ歩くのもやっとなのに!」
「それはサーバルちゃんと関係ないことが原因、だからサーバルちゃんも協力して?一緒にシロさんの笑顔を取り戻そうよ?」
「でも…」
「お願い、力を貸して?」
少し悩んだサーバルちゃんだったけど、最終的に僕のお願いを聞いてくれました。
“本当に辛い時は頼ってもいい”そんなカバさんの言葉を思い出しました、正直なところ今の僕ではなにかを一人で成し遂げる自信がない、サーバルちゃんにそばで見ててほしい、見ててくれるだけでも安心できる。
「わかったよ!かばんちゃんがそこまで言うならわたしにも手伝わせて!」
「サーバルちゃん!ありがとう!」
…
そうと決まれば、まずは準備です。
必要な物を揃えなくてはなりません。
「かばん、一体どうするのです?」
「よく聞かせるのです、その…」
「“バレンタインデー”です」
「そう、その“バレンタインデー”とはなにをするのですか?」
「シロからは聞いたことがないのです」
バレンタインデー。
暦というものの上だと2月14日を指す、恋人たちの愛の誓いの日。
女性から男性に愛を込めてチョコレートやお菓子を贈るとても特別な日… らしいです。
恋人や男性に限らず、お世話になった人や家族や友人にも「ありがとう」の気持ちを込めて贈ったりもします。
「つまり、シロの為に特別なお菓子を作りたいのですね?」
「チョコレート?というのは見たことがありませんが」
「チョコレートにはカカオ豆というのを使うらしいんです、どこにあるかわかりますか?ラッキーさん?」
「ジャパリマンノ材料ノ畑二 アルハズダヨ 担当ノラッキービーストガイレバ 既二発酵、焙煎サレタカカオマスガ アルト思ウヨ」
「それがあればすぐに作れそうですね!」
「やったねかばんちゃん!早速探しに行ってこようよ!」
僕たちはチョコレートの材料を探しに図書館をでました。
博士さんたちにはこの事を内緒にしてもらうことにして、もしもシロさんが僕達のことを尋ねたらお使いに出たと伝えてもらうようにしておきました、嘘をつくのは少し心苦しいけれど。
きっと元気になってくれる。
きっとまた一緒に笑ってくれる。
…
その頃地下室。
「感覚の消失、感情の起伏の低下、まるで機械のような体… 俺は生き物だ、ロボットじゃない」
ぶつぶつと念仏を唱えるように自分が生き物であり、自分は自分であり他の何者でもないということを呟いていた。
「生き物、ロボット、機械のような… 機械… 無機物」
無機物。
セルリアン…?
まさか?
「いや、そんなはずはないッ…」
慣れない体を動かしてセルリアンの項目の資料を漁った。
セルリアン。
サンドスターロウと無機物の反応で生まれる怪物。
輝き、即ちサンドスターを求めてフレンズを補食する、補食されたフレンズはサンドスターを全て奪われた後に元の姿である動物の姿に戻り野生に還る、その目的は種の保存と再生と言われている。
これは知ってる、俺が知りたいのは…。
奪ったサンドスターでその動物の特性を奪うことがある、姿を奪われたフレンズもいる。
多くフレンズを補食したセルリアンは補食した数だけその能力が付加される、セルリアンを見たら放っておかずにすぐに対処することを義務づける。
違うそうじゃない、これじゃなくてもっとこう…。
例外はあるがほとんどのセルリアンは心を持たず、ただフレンズのサンドスターを奪うだけの本能しか持っていない。
仮説だが、大きな目には地形の形と明暗くらいしか見えておらず、そしてフレンズの輝きしか映らないと思われる。
痛みは感じない、つまり痛覚がないのだろう。触角も曖昧で自分が何に触れているのかもわからないように見受けられる、セルリアンに五感はないのかもしれない、否… 必要が無いのだろう。
セルリアンは輝きを奪うだけの…。
「怪物…」
この体… まさか俺はセルリアンになるのか?
資料を読めば読むほど俺はセルリアンに近づいているように感じる。
その時ふと夏に一度だけ見た夢を思い出した。
皆に拒絶される夢…。
もしかしたらあのときから体に異変が始まっていて、夢はそれを教えてくれていたのかもしれない。
そして最後は妻を…。
もしあれが予知夢の類いなら俺は彼女をこの手で…。
それはダメだ!それだけは!
考えろ、母は何て言ってた?もう守ってあげられない?なぜだ?
つまり、母は俺をセルリアンから守ってくれていたのか?母は死んだはずだ、夢に出るくらいのことはするかもしれないが現実に干渉することはないはず。
もしかすると母は死んだんじゃないってことかのか?
いや、今はそれはいい…。
本当にセルリアンかどうか確かめてやる!それを確かめるには…。
地下室を出て、階段をやっとの思いで上がりきると博士たちに尋ねた。
「二人とも、ラッキー見てない?」
「シロ!大丈夫なのですか?」
「かばんもサーバルも心配しているのです」
かばんちゃん…。
「…二人はどこ?」
「お使いです」
「そろそろ戻ると思うのです」
「そう」
いい、好都合だ…。
二人はラッキーをつれてきてくれた、俺は受けとると礼も何も言わぬまま、また地下室に一人降りた。
「じゃあラッキー?俺をスキャンして?できるだろ?」
「ワカッタヨ」
ラッキーの目が緑色に輝き俺の体をスキャンしている。
これで分かるはずだ、もしも俺の体にサンドスターロウがあるなら、それはつまりそういうことなのだろう。
杞憂ならそれでいいんだ。
スキャンが終わると光が消えて結果をラッキーが教えてくれる。
「どう?」
一瞬の静寂、そんなに長くはないはずなのに俺には酷く長い時間に感じた。
そして…。
「注意 注意 サンドスターロウガ検出サレマシタ サンドスターロウガ検出サレマシタ 注意 注意」
現実とは、時に非情である。
…
「かばんちゃん!材料が見付かってよかったね!」
「うん!これでチョコレートを作れそうだね!」
ラッキーさんの案内で無事チョコレートの材料が集まりました、あとは帰って調理するだけ… よかった。
「でもシロさん喜んでくれるかな?」
「大丈夫だよ!シロちゃんのことだからきっと美味しそうに食べたあとに、かばんちゃんを抱き締めて“おかわりは君だ”とか言うに決まってるよ!」
「あはは!そうだね?なんかそれ本当に言いそうだね?」
ちょっぴり自信がでてきました、やっぱりサーバルちゃんはすごい、すぐに僕を元気にしてくれる。
「でも、シロちゃんは何の病気なのかな?」
「サーバルちゃん、その事なんだけど僕考えたんだ?」
ここにいてはなにもわからない、シロさんが資料をあれだけ調べてもまだなにもわかっていないほどだから、きっと図書館でどんな本を読んでも僕たちではなにもわからない、だから…。
「シロさんを連れてゴコクエリアのカコさんに会いに行こうと思うんだけど…」
「カコさんに?あ、そっか!カコさんならシロちゃんを治せるかも!っていうか!絶対治せるよ!」
「うん!カコさんは何でも知ってる、きっと原因も突き止めて治療法も教えてくれると思う!それに…」
僕たち夫婦は前から話していることがありました、結婚してすぐの時からずっと考えてたことです。
「結婚の挨拶に行かないとって前からシロさんと話してて?不謹慎かもだけど、いい機会かなー?なんて…?」
「わぁー!そうだよね!カコさんはかばんちゃんのお母さんみたいなものだもんね!」
「うん!だからそのときはサーバルちゃんも来てくれる?」
「二人のためなら、どこまでだって着いていくよ!」
カコさんなら助けてくれる、そしたらすぐにみんな元通りの幸せに戻れる、僕はギュッとお守りを握り願いを込めました…。
お願いします、どうか彼を助けて?
…
「ただいまー!」
「ただいま戻りました、シロさんはどうですか?」
「一度だけ外に出てラッキービーストを探していたのです」
「我々が連れてくるとすぐに地下室へ持っていったのです」
「そうですか…」
ラッキーさんを?お話でもしたかったのかな?でも話相手なら僕が…。
「かばんちゃん!すぐに作って持っていってあげようよ!」
「あ… うん!そうだね!」
そう、すぐに作って持っていけばいいんです。
それではチョコレート作りを始めます、正確にはチョコクッキーになる予定です。
シロさんにもう一度笑ってもらうために、たっぷりたっぷり愛情を込めて作ります。
「皆さんの分も作りますね?」
「良いのですか?」
「最優先はシロでしょう?」
「そうですけど、バレンタインは日頃の感謝を込めてお礼に贈ったりもするんです、だからせっかくなので!材料もたくさんありますから!」
「そこまで言うのなら… じゅるり」
「もらってやるのです… じゅるり」
そんな感じで調理開始です。
材料をよく混ぜて、形を決めます。
形…?どうしようかな?あ、そうだ!ハートマークにしちゃおうかな…/// でも、あからさま過ぎるかな?
ううん!大丈夫!
愛を伝える日だもん、ハートマークくらいにはしないと!
よーっし!がんばります!
シロさん食べてくれるかな?喜んでくれるといいな?
そんなことを思っていると楽しくて、彼の喜ぶ顔が楽しみで。
「き~みがー♪きーみーでいーて~…フフフ~ン♪ えへへ///」
「かばん… 一人で笑っているのです」
「シロといい、ヒトという生き物はムッツリなのでしょうか?」
「そんな子じゃな…!」
\フゥンフフン♪エヘヘ////
「じゃないと思うよ!」
…
「注意!注…」
「ラッキーわかった、もういいよ?」
注意を知らせる警報を鳴らしているラッキーを止め、俺は考えた。
そうか、俺はセルリアンなのか…。
だが絶望する前にやることがある、原因はサンドスターロウだとわかったんだ、対処できるはずだ。
ふざけるな!俺はセルリアンじゃない、人間でありフレンズだ!
「諦めるもんか!俺は… 俺は人間とホワイトライオンの子供だ!セルリアンになんざなってたまるか!」
そうだ、野生解放だ!サンドスターロウなんて逆に喰らい尽くしてやる!
俺は残った感情を爆発させて運命に抗った。
だが…。
「がぁぁぁぁぁぁッッッ!?!?!?」
咆哮ではない、それはまるで断末魔。
耳が尻尾が爪が牙が、発現に伴って体には激痛を生んだ、それは実に一ヶ月ぶりほどの感覚であった。
体の感覚が一時的に戻ったようだ、痛みが全身に走る。
「感覚が戻った、死ぬほど痛いがこれは抗ってる証拠だ!負けてたまるか!セルリアンに負けるな!抑え込め!」
体からいつもと違う黒い光が出ている、これはサンドスターロウだ。
やがてサンドスター輝きはドス黒い闇に食われ始め、それに伴い力が抜ける。
感覚は再び消え始める。
「くぅ!ダメだ… フレンズの姿を、維持できない…!」
その時首の裏に違和感を覚えた俺は感覚が残っているうちにそれに触れた。
「嘘だろ…」
冷たい石のような感触がある、野生解放は逆に俺の終焉を早めた。
「クソ…!あぁクソッ!!!」
もうダメだ… 俺は、手遅れだ。
いずれ心が食われてみんなの脅威になる、ここで石を砕くか、どこかそう… 身を投げるか。
かばんちゃんごめん、もう側にいられない。
約束を、守れそうにない。
君を守れない、俺自身が君に危害を加えてしまう、だからその前に…。
やがて野生解放がとけるとスーッと体の感覚が消えていった。
続いて嗅覚と味覚が消えたのがわかった、視界も悪くギリギリなにがどこにあるかは判断できる、明るいところはやけにハッキリと、暗いところはぼんやりとしか見えない。
耳は辛うじて何でもないがこの分だといずれ聞こえなくなってもおかしくはない、俺の五感は完全に支配された。
「くそ!野生解放が進行を早めた… のか?」
もう守ってあげられない。
そんな母の言葉がまた浮かぶ。
「シロ 大丈夫?」
「ダメだ、俺はもうダメだラッキー… だけど聞いてくれ?いいか?俺はここから離れなくちゃならないが、最後にお前にメッセージを… いや“遺言”を残したい」
「…」
「頼むよ…」
「ワカッタヨ…」
…
シロの日記
“ にっきはこれでおわり
さいごはらっきーにはなした
もしこれをみて ききたいとおもったら
おれのなまえをらっきーに
さよなら ”
…
さよなら… かばんちゃん… みんな…。
…
「博士、地下室が騒がしくなかったですか?」
「わからないのです、少し様子を見ておくべきでしたね?」
「完成です!」
「わーい!やったねかばんちゃん!」
「とりあえずいただいておきますか?」「そうしましょう、どのみち今のシロはあまり動けないのです」
バレンタイン用のチョコクッキーが完成しました!味見もしました!甘くて美味しいです、上手くいきました!
すぐに… すぐに彼に。
「皆さんの分はこちらに置いておきますね?」
「かばんちゃん、早く行ってあげて!」
「そうです、せいぜいイチャイチャしてくるのです?」
「お前なら、今のあいつもすぐに笑顔にできるのですよ?」
「はい!」
僕はハートがたくさんのチョコレートクッキーをお皿にいっぱいにして地下室を降りました。
シロさん待ってて?今行きますね?
でも…。
「シロさん!失礼しますね?あの!バレンタインデーというのでチョコレートを… あれ?」
そこにシロさんの気配はない、資料が出しっぱなしの机に、図書館のラッキーさんだけがそこに静かにたたずんでいました
「シロさん?いないんですか…?」
おかしいと思い上に戻って聞きました。
「シロさん上がってきてませんか?」
「え?わたし見てないよ?」
「いないのですか?」
「家で休んでるのでは?」
そのあと家もお風呂も図書館の木の上もくまなく探しました、でも彼の姿ありません。
「シロ… さん…?」
その時彼は…。
「いや… いやだよ… どうして?」
僕の前から姿を消した。
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