第64話 どうかよろしくね
「さばんなちほーに帰っただと?」
「ここで黙ってても仕方ないから、サーバルさんのナワバリに帰ると仰ってました…」
「フム…宛が外れましたね?」
「その後かばんの様子はどうでした?」
ロッジの三人によると、かなり少量だが食事をとり睡眠もとれるくらいには落ち着いていたそうだった。
ただし表情は暗く、最後に笑ったのを見たのはシロが告白した時だ… とのことである。
「なるほど、シロよりは遥かにましですね」
「急いでさばんなちほーに向かうのです」
「シロ君、どうかしたのかい?」
「かばんにフラれてヘタレてるだけだ」
「そうか… じゃあ早めになんとかしてあげてくれるかな?あんな表情の二人ではいい漫画が描けないよ」
タイリクオオカミの言葉は心配を語るがまるでインスピレーションの方を優先しているような、彼女はそんな不適な笑み溢す。
「新作ですか先生!?」
「二人を見てたらラブストーリーもいいかと思ってね?」
情報を聞くと、長はツチノコを連れてさばんなちほーを目指した。
…
ここは湖畔、ログハウス。
宛もなくバギーを走らせると湖に着いた、木で出来た立派な家にはビーバーちゃんとプレーリーちゃんが変わらず住んでいる。
彼女達とゆっくり話すのは久しぶりだ。
「シロさんおひさしぶりっす!今日はお一人っすか?」
「うん、特に用事はないけど家が見えたから寄ったんだ」
「こんにちはであります!プレーリー式はビーバーさんがヤキモチを妬くのでやめておくであります!」
「ぷ、プレーリーさん!?」
「あっはは…」
仲良しだなぁ二人は… こうして見てるとこれ以上無いほどピッタリな二人だ、ケンカとかしないんだろうか?いやしたとしても、次の日までに仲直りするんだろうな。
「なんだか元気が無いっすね?」
「何かあったでありますか?」
「いや、ちょっとね?平気平気…」
“隣にいる資格が無い”か… 二人にもそういうことがあるんだろうか?それは何?
意見を聞きたくて、少しずつ意地悪な質問をした。
「二人に聞いていいかな?」
「はいっす!」「どーぞであります!」
「二人はさ、どうして一緒にいるの?」
「「え…?」」
「あ、ごめん変な意味じゃなくてね?すごく仲良しだから羨ましいなって…」
二人は仲良しだ、そんな二人にも一緒にいることでなにか悩むこともあるはず。
例えばプレーリードッグが森で穴を掘って暮らすのに対し、ビーバーは湖などの水辺に巣を作って暮らす。
まるで違う生態の二人がこうして一緒に暮らすことで起こる問題… というと失礼だが、そういうのがあるはずだ。
二人の答えはこうだ。
「それなら決まってるっす!」
「一緒にいたいからであります!」
単純明快だ。
そうだよね?一緒にいたいから一緒にいるんだ、その通りだよ。
「一緒に暮らしていて困ることとかないの?」
「特に無いっすね?」
「自分に足りないものはビーバーさんが持ってるから、むしろ助かることばかりでありますよ!」
「オレっちもプレーリーさんがいてくれるから仕事が進むっす!」
はいはいごちそうさま…。
助け合い互いを補う、共同生活こそひとつの形か… 夫婦の鏡だね、ん?婦々か?いや、どっちでもいいか…。
詳しく質問してみよう。
「じゃあお互いに好き同士なのに、片方が“自分は隣にいる資格が無い”って言い始めたらどうする?」
「ん~資格がない?好きなら一緒にいればいいいと思うっす」
「自分もそう思うであります!好きな相手といるのが幸せでありますよ!」
そうだよ、俺だってそう思うさ… でも。
「何て表現したらいいかな… そう、例えば“自分ではあなたに釣り合わない”って言って離れてしまうんだ… 本当は一緒にいたいのに」
「シロさんは難しいことを言うっす…」
「二人で考えるであります!」
「ごめんね、変な質問して…」
二人は共に頭を悩ませて答えを絞り出そうとしている、よく考えたらとても失礼な質問をしている気がする。
だって好きで一緒にいるだけの二人に自分の状況を押し付けてるんだから。
しばらくすると先にビーバーちゃんが答えを聞かせてくれた。
「よくわからないっすけど、それは相手が決めることじゃないっすか?」
「相手が?」
「はいっす!釣り合わないとか資格がないとか… どちらも向こうに聞かないとわからないことっす!」
聞かないと… わからない?
この場合、かばんちゃんが俺に?
「さすがであります!自分はこれからもビーバーさんと一緒に住んでもいいでありますか?」
「居てくれないとオレっちすぐ困るっすよ…///」
「同じであります!自分もビーバーさんの計画性がないと困るであります!」
二人の答えは、そして何よりも互いに互いがいないと寂しくて仕方ない… だそうだ。
彼女達が言いたいのは「あなたが必要だ」「あなたと一緒にいたい」とこう思ってるなら、片方が「自分はあなたの邪魔になる」と言い始めても「自分は邪魔だと思わない、必要だ」と言い返す。
もし離れるとしたら「あなたとは別れたい」とハッキリそう言われたときだ。
まぁ二人は…。
「でもそんな日はこれから先もこないでありますよ!」
「運命共同体っす!」
だそうだ、俺もそう思う。
でもそっか… そんな単純なことか。
「シロさんにもそう思う相手がいるっすか?」
「是非教えてほしいであります!」
「ん~… ナイショ」
「ずるいであります!」「ずるいっす!」
何を恐れる必要があるんだ… そうだよ、俺が受け止めれば済む話じゃないか、きちんと理由を聞いて「それでも君が好きだ」と言えばいいだけのことだ。
かばんちゃんが何を恐れてるのか知らないけど…。
“悪い女の子です…。”
構うもんか… 俺はそうは思わない!
“隣にいる資格なんて無いんです…”
それは俺が決める… それは君のワガママだ!
俺が君と一緒にいたいんだよ!君はどうなんだ!俺は君のためならなんでもかんでも受け入れてやる!俺にとって好きになるってのはそういうことだ!
君がそんなワガママを言うなら、俺もワガママ言ってやる!
俺はかばんちゃんが欲しいんだよ!俺を好きだと言うなら、絶対今日中に抱き締めてプレーリー式挨拶をしてやる!
「元気でたっすか?」
「力になれたなら、何よりであります!」
「うん、俺くだらないことで悩んでたみたい、行くよ!」
「いってらっしゃいっす!」「いってらっしゃいであります!」
吹っ切れた。
俺はそのままバギーに乗り、二人に背を向け湖畔を後にする。
よし!行くぞ!
…
ところで… 安心したらお腹すいてきたな。
おや?ちょうどいいとこにジャパリマン配布ラッキーが!
ん?待てよラッキーか、かばんちゃんがロッジにいるとは限らないよな?
少し気が引けるけど、試してみるか!
「ねぇ湖畔のラッキ~?ちょっと調べてほしいんだけど?」
「アワワ…」
…
さばんなちほー。
長とツチノコの三人はロッジからさばんなちほーへ、到着するとすぐにジャパリバスを見付けかばんの元へ降り立った。
そして三人は説得に入る。
「博士さん、助手さん… それに、ツチノコさんまで…」
「今一度お前の気持ちを確認しに来たので す」
「聞かせてくれますね?」
「まぁ、その面を見れば聞くまでもないけどな?」
何度聞いても答えは変わらない。
かばんはシロが好きだ、愛しているとまで言いきったのだ。
その気持ちは今も変わらない、恐らくこれからも変わることはないのだろう。
それがわかった上で長達は言った。
「シロがショックで寝込みました」
「先日のお前と同じです」
「え…?」
「どこに行ったか知らんが、そんな立つだけでフラフラするようなやつが今は家出中だとよ?」
「だ、大丈夫なんですか?どこに行ったかわからないんですか?」
無論三人は彼がどこにいるなど知らない、だが手紙を置いていったシロを信じている、彼が“すぐかえる”と言うならすぐ帰ってくるのだと。
「どうしてすぐに探さないんですか!?心配じゃないんですか!」
「お前はどうなんだ?」
「心配に決まってるじゃないですか!」
「なぜだ?」
「それは… だって…」
ツチノコは敢えて意地悪い態度をとった、かばんの本心を言わせるためである、そして気持ちが不安定な彼女はそれにまんまと乗り、感情的になっていく…。
「シロはお前が好きなんだぞ?」
「聞きました…」
「でもフッたな?」
「だって… 僕なんか…」
ツチノコも既に全て聞いている、彼がフラレたという事実もその理由も。
「悪い女… か?なぜそう思う?」
「それは…」
言いにくいに決まっていた、嫉妬を向けていた相手が目の前にいて自分にそう質問しているのだから、そんなことを言えるはずがない。
しかし、彼女は言わなくてはならない。
「知ってるんじゃないですか?」
「嫉妬のことか?それの何が悪い?」
「僕は、別にシロさんの恋人って訳でもないのに嫌な気持ちでツチノコさんのことを見てました… 憎い訳じゃないんです、でもシロさんが僕以外の子を見てるとそんな気持ちになるんです、みんな友達なのに… 嫌いになんかなりたくないのに!」
「それがどうした?好きなんだろ?」
ツチノコはかばんの言うことをいちいちくだらないと鼻で笑い飛ばすような態度をとった、無論わざとだ。
この時、彼女や長の二人、そこにいるサーバルも恐らく同じことを思っているだろう。
好きなら好き、たったそれだけだろうと。
「どうしたって… こんな汚い心を持ってるなんてシロさんが知ったらきっと僕のこと嫌いになります、友達を大事にできない僕なんて…」
「そうか… じゃあお前にはシロがそんなことで嫌いになるような小さいやつに見えるってことなんだな?」
「え…?」
かばんの目にはまた涙が溢れかけていた、だがツチノコはそんなこともお構いなしにズカズカとかばんの心に土足で入っていく、荒っぽいが効果的だろう。
「可哀想になあいつも、好きな女にそんな風に思われるなんて」
「ちがっ…!これはぼくが勝手に!」
「そうだな、お前が勝手に思い込んでるんだ?あいつがそれくらいで嫌いになるとでも思ってんのか?」
「でも、でも…」
ここまで言ってもまだ素直にならず、でもでもだってとかばんは繰り返していた。
そんな彼女を見てツチノコはやがて呆れ始めたような態度になっていく。
「そんなことで諦めんのかよ?あいつの気持ちも知ってて」
「だって… 」
「はぁ~… そうか、わかった」
完全に呆れ返ったのかように大きな息を吐きツチノコはかばんに畳み掛けるような言葉を言い放つ。
その言葉には、その場にいる一同も唖然とせざるを得なかった。
「だったらずっとそうして逃げていろ、アイツはオレがもらう」
「え… ?」
「な!?」
「ツチノコお前!?」
淡々と無表情のまま彼女はそんなことを言った、そしてそれはシロしか知らないはずの彼女の気持ち。
彼女の名誉のことも考えシロはそれを隠した、だが彼女は自らの口で、博士達もいる前で、しかもかばんに言い放ったのだ。
「オレはなかばん、アイツが好きなんだよ?でもアイツはお前が好きなんだ、だから潔く諦めていたのに… でもお前いらないんだろ?だったらオレの物だ、手ぇ出すなよ」
「それは… そんな… 」
「ツチノコ!どういうつもりなのですか!?」
「初めからそのつもりだったのですか!?」
「黙ってろ!これは、オレとかばんの問題だ… いいだろかばん?だってお前はお前のくだらんワガママで諦められる程度の気持ちでしかアイツを好きじゃないんだからな?」
その言葉、彼に対する傲慢なツチノコの言葉を聞いたその時、おとなしいはずのかばんの心にもとうとう怒りが露となった。
「シロさんを物みたい言わないでください!僕は簡単に諦められるような気持ちで彼を見てません!愛しているんです!シロさんだって僕を好きだと言ってくれました!僕の方がずっと彼を愛しています!そんな言い方をする人に、シロさんを盗られたくない!」
…
彼女は… これまでこれほど感情的に誰かに口を訊いたことがない、前から彼のことになると少し感情的になることはあった。
そんな彼女の本音、それをツチノコがわざと呼び覚ました… 彼女の嫉妬心を利用し本心を吐かせたのだ。
そして彼女の感情的な本心を聞き、皆しんと静かに黙る… サバンナの静寂に優しい風が吹き抜ける。
「あ… 僕、なんてことを…」
「それでいい、やっと正直になったな?」
「え…?」
ツチノコはわざとかばんを煽り本心で語らせた… 独占したいというそんな気持ちを彼女の口から隠さず聞きたかった。
好きな人が別の女とくっついていたら誰でもヤキモチくらい妬くものだ… これはヒトだからとかフレンズだからとか関係ない、逆ならシロだって気を悪くするだろう。
「ヤキモチくらいなんだ?誰だってあるだろ… 例えばサーバル」
「え?わたし?」
しばらく話に入れず黙っていたサーバル、そんな彼女に向かい尋ねた。
「オレもかばんが好きだから地下迷宮に連れて帰るといったらどうだ?」
「え、えぇ~!?ずるいよ!わたしだってかばんちゃん大好きなのに!」
「ほらな?お前の悩みなんてこれとそう変わらん、可愛いもんだと思わないか?」
「それとこれとでは…」
確かに、友情と恋愛ではまたベクトルが違うのだろう、だが根本的な部分を見れば結局は全て同じなのだ。
誰しも持っている、ただの真っ白な心など存在しない。
皆黒い感情を持っているものだ。
「大丈夫だ、アイツの性格だと単に自分が愛されてると思うだけだ… 自信を持て!そんなに好きならむざむざ諦めるな!」
「でも… でも、ツチノコさんだって」
「あん?冗談に決まってるだろあんなの!一回フラれたくらいで飯も食えなくなるようなやつなんざお前が面倒見ろ!」
「ツチノコさん…」
強がっているのはかばんにもすぐにわかった… 彼女もまた、その時自分と同じように目に涙を溜めていたからだ。
この時にはかばんももう一度シロと会う決心を固めていた。
ちゃんと聞きます… 僕はシロさん独り占めしたくてすぐにヤキモチを妬く卑しい心を持ってるって。
もしシロさんがそれでも僕を好きでいてくれるなら… 今度こそ、今度こそ…。
「あ!あれってシロちゃんじゃない?」
「猛スピードのバギー…間違いないのです」
「なにが“すぐかえる”ですか、さばんなちほーにまでくるなんて」
「やっとお出ましかよ、狙ったようなタイミングだな… ったく!」
ブォォン!
大きなエンジン音と共に彼はさばんなちほーに現れた。
その目的は、ただ一つ。
…
「シロさん… どうして僕がここにいるって?」
「あ~… ごめんね?少しズルしたんだ?ねぇラッキー?」
そうだ、俺は湖畔のラッキーを取っ捕まえた時に頼んだんだ。
かばんちゃんに付いているラッキーの場所を教えろってね。
「他ノラッキービーストカラノ要請デ ボクノ位置情報ノ送信ヲ求メラレタカラ 教エテオイタヨ」
「そんなことが…」
「嫌だよねこんなの?ストーカーみたいでさ?」
「い、いえ!そんな!?」
実際マジでここじゃなかったら捕まってるレベルだが、すぐにでも会いたかった… 言い分けはしない。
それよりも…。
「かばんちゃん、聞いてくれる?」
「は、はい…!」
2度目の告白タイムだ、よーし今度こそ決めるぞ。
「君が、悪い女の子とか… 資格がないとかって言うけど… それは君の意見だね?」
「はい…」
「君はそう思ってても俺はそうは思わない、仮にそうだとしても俺はそれでも君と一緒にいたい… 君が好きだから、ダメかな?」
緊張はしてる… 心臓が胸を突き破って出てきそうだ、でもそれでも言わないとダメなんだ、気がすまない。
彼女も潤んだ瞳で俺をじっと見つめ、いよいよ返事を返してくれる。
その返事は。
「僕は、シロさんが大好きです… シロさんを独り占めしたいんです、僕以外の子と仲良くしてたらその子をすごく嫌な気持ちで見てしまう悪い女の子なんです… それでも、そんな汚ない心をもった僕でもいいんですか?」
なんだ… 嫉妬する自分が許せなくてあんなこと言ってたのか。
そんな可愛い理由だったとはね?
「かばんちゃんそんなに俺のこと好きなんだ?」
「アノはい…///」
「そんなの気にしなくていいのに、汚くなんてないし、じゃあ心配ならずっと俺のこと見張っててよ?それなら安心でしょ?」
「でもでも… ほんとにほんとにいいんですか?」
「かばんちゃんが自分を許せなくても俺が君を許すよ、俺だってライバルがいたら嫉妬に狂ってる… だからかばんちゃん?もしいいお返事が貰えるなら… さぁほら、おいで?」
俺は震える腕を広げ受け入れる体勢をとった、どうか飛び込んで来てほしいと願って。
あとは彼女次第だ。
その時…。
フワッといい匂いがしたんだ。
理由は一つ、気づくと彼女は俺の胸に飛び込んで来ていたからだ。
「僕のシロさん… 誰にも渡さない!」
泣きながらそう言った彼女はきつく強く抱き締めてくれた。
そんな彼女を俺も抱き返し、この時この瞬間の幸せを噛み締めた。
「うん、どうかよろしくね?」
これで本当の本当に決着が着いた。
父さん、母さん?
俺に彼女ができました。
一生大事にします。
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