第63話 しつれん

「ごめんなさい…!」


 そう言って走り去る彼女は泣いていた。


 サーバルちゃんはそれを追い、俺はそこにただ立ちすくしていた… そうるすしかなかった。


 所謂、放心状態とかいうのになったようだ。


「博士… 私には意味がわからないのです」 

「えぇ、さすがにこれは我々にも… 両想いなのにシロをフッた?理解不能なのです…」


「自分は隣にいる資格がない… と言ってたね?どういう意味なのかな?」


 言っていた、俺にもわからない… なにか俺のことで罪を感じてることがあるということだろうか? 


 いや…。


 きっといつまでもハッキリしないから天罰が下ったんだろう、二人を傷付けたから俺にも同じ傷が残るように。


「あの~… シロさん大丈夫ですか?」


「あんまり…」 


「ご、ごめんなさい… 名探偵の私でもなぜこうなったかわからないわ」


「うん、いいよ…」

 

 アリツさんもキリンさんも心配してくれたが、あまり聞いていられない、それどころではない。


 俺が何を言ってもきっと無駄だろう、だって俺の気持ちは全部伝えたから。


 伝えた上でのこの結果だから。


 彼女は悪くないし、俺が原因で傷付いているなら全部俺が受け止めればいいと思ってた… でも、それをさせてはくれなかった。


 悪い女の子だって?


 何を言ってるんだ?

 君よりいい子なんてそういないだろうに。


「シロ… もう一度話しに行きますか?」「お前達は愛し合っているのです、押せば折れるのでは?」


「いや、帰ろう… 今俺が行ってもどんどん傷つけてしまうだけかもしれない、それに彼女頑固なとこあるから、多分聞いてくれないよ」 


「良いのですか?それで?」

「お前が言うなら一旦帰りますが…」


 いいもなにもない、俺は恋に破れたんだ。

 未練がましくすると迷惑になる、じゃあ帰るしかないじゃないか。





 そんな俺は翌日からどんどん調子が狂っていった、まず料理中の失敗が増えたことだ。

 

 指を切るとか、炒め物には火が通りきってないとか、味付けを間違えるとか些細なことだ。


 でも繰り返してしまう、手は傷だらけになったし博士達は俺に気を使って料理を食べるようになった。


 ある日一番大きな間違いをしでかした、アライさんにお菓子作りを教えている時だ。


「しょっぱいのだ~!?」


「…えっ?嘘でしょ?」


 頼まれてもいないのに塩クッキーを作り上げてしまったようだ、大失態。


「やってしまったね~シロさん?砂糖と間違えたみたいだよー?」


 フェネックちゃんが塩の入れ物に指を入れてペロリと舐めながら言った。

 なんて間抜けなミスだ、こんなの漫画のなかでしか見たこともない。


「はぁ… ごめんね二人とも?作り直そうか?」


「最近シロさんよく間違えるのだ… 具合でも悪いのだ?」


「なんか痩せたみたいに見えるけどー?ちゃんと食べてるのかい?」


 具合が悪いわけではない、ただ喪失感みたいなものがあって気が晴れない… ずっと誰もいない道を雨降りの中歩いてる気分だ。

 

 食は細い、というか…。


「お腹減らないんだよね、作ってたらお腹いっぱいになるっていうか」


「そんなのダメなのだ!ちゃんと栄養をとるのだ!」


「今日はアライさんと私で作るから~?シロさん休んでなよー?」


 なっさけない… とうとう弟子に十八番を奪われるほど使い物にならなくなってきたか俺は、でも確かにこれじゃダメだ、言われた通り休むことにしよう。


 博士達も「それがいいのです」と少し横になることを進めてきた、最近美味しいものを作れていないからうんざりしているのかもしれない、これに関しては申し訳ない。


 思っていたよりメンタルにくるものがあったのだろうか… だんだん弱っていくのが分かる。

 かと言って横になっても眠れない、みんなには黙っていたが、最近眠りも浅いので小さな物音で目が覚める。

 




 アライさんたちが作ってくれたのは味噌煮込みうどん、彼女はもうすっかり火にも慣れたようだ。


 しかし、やはり変だ…。


 あんまり食欲が沸かない、やっぱり空腹感が感じられないし食べようという気になれない。

 口に入れても美味しいものを食べてるって気持ちにならない。


「シロさん?お口に合わなかったのか?」


「あ、いやそんなことないよ?上手に作ったね?もう俺が教えることはないかな?」


「そんなことないのだ!まだまだ教わることはたくさんあるのだ!」


 味が無いわけじゃないはずだ、みんなは美味しく食べている… なのになんだこれは?まったく箸が進まない。


 いや、このままではアライさん達に失礼だ… 多少無理にでも詰め込んでみよう、栄養とって元気になればもとに戻るさ。


 その日はアライさんにすべて任せて俺は時間をかけてでもうどんを食べきった、こんなに食べたのは久しい。


 がしかしその時だ…。


「う…!?」


 や、やば!?吐きそう…!


 その時、みんなの視界に入らないところに走り俺は食べたばかりのうどんをすべて戻してしまった。


 なんてことを、せっかく作ってくれたのに。


「はぁ… はぁ… なにこれ?食べれない?なんで?」


 なんでだ?これもフラれたから?失恋ってのは心の傷だ、体にもこんなに影響するのはなぜ?


 そっか… かばんちゃんもこんなに辛い目に合ってたんだ、俺のせいで。


 ってことは、もしかしてツチノコちゃんも今は…。



 更に数日後。


「シロ?朝ですよ?」

「起きるのですシロ」


「うん…」


「酷い顔ですね…」

「大丈夫なのですか?」


「大丈夫、ごめん… すぐに起きるから…」

 

 クソ… 日に日に辛くなっていく。


 飯は食えない、夜は眠れない… 体はもちろんだが精神的にどんどん参ってきた、夜な夜な彼女のことを思い出して涙が出るようになり毎晩枕を濡らしている。


 大の男が情けない…。


 ずっと考えているんだ、かばんちゃんとは気持ちが通じあったのになぜフラれたんだ?


 資格がないっていうのはどういう意味だろうか?俺にはわからない、本を読んでも書いていないだろう。


 俺も好き、彼女も好き… 止めるものはなにもない、それではダメなの?


 最近はフラフラして料理どころではない… こんなんじゃダメだ、なんとかしないと、なんとか。





 その頃、さばんなちほー。


「かばんちゃん、シロちゃんのこと嫌いになっちゃったの?」


「ううん… 好きだよ」


「じゃあどうして会いに行かないの?シロちゃんだってかばんちゃんのこと大好きだって言ってたじゃない?」


「だって…」


 僕はシロさんを独占したくて周りの子に嫌な目を向ける汚い心を持ってる… シロさんは僕に好きだと言ってくれたけど、僕のこんなところを知ったら幻滅して離れて行ってしまうに違いない。

 僕なんかじゃシロさんの隣を歩く資格はない、もっと綺麗な心の人がいいに決まっている… 僕なんかじゃ。


 嫌われたくないよ…。


 あれから僕たちはロッジを離れて二人でさばんなちほーに帰りました。

 あまり一つの場所を動かないならサーバルちゃんの住みやすいサバンナがいいと思ったからです。


 シロさんから告白を受けてから人を憎むような黒い気持ちはなくなりました、シロさんが僕に“好きだよ”と言ってくれたので、僕のワガママな部分が満足したんだと思います。


 独占欲… どうも僕はこれのコントロールが苦手みたいです。


 だからこそシロさんの気持ちに甘えたらダメだと思った。


 あのときあのまま彼の胸に飛び込んでしまえばどれほど幸せな気持ちになれたか、でも同時に嫌われたらどうしようという気持ちに恐怖しました。


 彼を失いたくない、でも一緒にいたらきっと嫌われてしまう… だったら見せたくない部分を見せる前に離れることにしました。

 

 辛いです、いっそすべてを忘れたい。


 でもサーバルちゃんが居てくれるから、時間が経てば元の僕に戻れる気がする。


 真っ黒い気持ちが芽生える前の僕に…。




 



「シロ?少しでいいからジャパリマンでも食べるのです」

「ジャパリマンは大変栄養が豊富で… シロ?」


 心配して彼の寝床に来た長の二人だったが、そこに彼の姿はなかった。

 代わりに枕元に手紙がおいてあり、二人でも読めるように簡単にこう書かれていた。



“ すぐにかえる さがさないで ”



「助手… これはまさか!?」


「バギーもいつのまにか消えているのです!これは…!?」


「「家出!?」」


 二人は急なことにかなり焦った。

 

 料理のことはいい、ただシロはあの衰弱しきった体でいったいどこへ行ったというのか?

 そう遠くへは行けないはず… と思わない方がいい、バギーに乗ればそこそこの速度であらゆるちほーへひとっ走りできる、走破性も高いのでほとんどの地形を走り抜けることができるのだ。


「どこへ向かったのでしょうか?博士…」


「かばんのとこ… かと思ったのですが、前に二人を会わせようとしたときシロは言ったのです」


 “こんな姿は見せられない、優しい彼女のことだからきっと責任を感じてしまう”


 それは彼なりの思いやりだった。


「会うならお互い貸し借りなしのフェアな状態で… と言っていたのです」


「意地を張ってるだけにも聞こえましたが」


「そうですね助手、それで思ったのですが… もう我々でかばんを説得しませんか?」


 博士には二人が何をしたいのかさっぱりわからなかった、お互い好きだと言い合う男女がなぜ距離をとるのか?なぜ突き放すような真似をするのか?

 

 “二人だってすぐにでも一緒になりたいはずなのです…” この考えに基づき、二人は決めたのだ。


「かばんの時はシロに伝えたのです」


「ならばシロの時はかばんに伝える… 道理ですね?」


「そうです助手、お前がフッたせいでろくに包丁も握れないと伝えてやるのです!」


「急いで作ったおでんよりも煮えきらないやつらなのですまったく…」


 二人はかばんを探して飛び立つ… がその時だった。


「長が留守にするのか?客が来たら誰が相手するんだよ、いいご身分だな?」


「お、お前…」

「なぜここに?」




 へいげんちほー ヘラジカのアジト。

 俺は師匠に会いに来た…


「ジー…」


「ハシビロちゃん、どうかした…?」


「あ、その… 顔色が悪いなって…」


「気のせいだよ、期間が空けばそう感じるものさ」


 まったく彼女の言う通りなのだが、そんなことは無いと言い聞かせ俺は師匠に目を向ける。


「よく来たなシロ!」


「師匠、お願いがあるんだけど」


 部下の皆さんが見守る中、腕を組み仁王立ちをする師匠を前に俺は立った、ここに来たのにも当然理由がある。


「稽古をつけてほしいんだけど」


「ほう?なぜだ?」


「師匠こそ、理由を聞くなんてらしくないね」


「今のお前と向かい合っても面白くないからだ、だがそんなに稽古をつけてほしいならかかってこい!」


 面白くないだって?あれだけ熱心に俺に戦いを挑んできた師匠がおかしなことを言うんだな?

 たが今の俺には必要だ、弱った心を鍛え直して体をもとに戻すんだ。


 体の弱さは心の弱さ、気持ちで勝てばすぐに元に戻れるはず。


「行きますッ!」





 俺は師匠に真っ直ぐ突っ込んだ… もらった槍を構えた、もちろん野生解放もした、手を抜いたつもりはない、全力だった。


 でも今俺は空を見上げている、背中が痛い、思い切り打ち付けられた。


「勝者、ヘラジカ様!ですぅ~」


「ま、まだ!」


「やめだ!まったく話にならんな!弱すぎる!」


「… っくぅ…!」


 なんで… なんでなんでなんで!

 弱すぎるだと!くそっ!


「以前の鬼気迫る気迫がない、動きにムラがある、そもそも当たりが弱すぎる、私から槍を奪ったのと同じヤツとは到底思えん!」


「もう一回…!」


「ダメだ!そんな雑念まみれの動きで私の相手が勤まるとでも思っているのか!」


 クソ… 何をやってもうまくいかない。

 心の問題がここまで体に影響を出すなんて、だったら俺はどうしたらいいんだよ!


「なぁシロ?お前には他にやることがあるんじゃないのか?いや知らんがな?」


「…」


「逃げたいだけならライオンのとこに行け!私から今のお前にしてやれることはない!」


「…わかったよ、邪魔したね」


 クソ… うまくいかない、自分にいちばんムカッ腹が立つ!


 俺はフラフラと立ち上がりまるで逃げるみたいに師匠のもとを後にした。

 

「ヘラジカ様、少し言い過ぎですわ?」


「アイツを見ただろう?あんな弱った体であれ以上続けたら怪我では済まなくなる… あれだけ言ってもまだ向かってくるようなら動きを封じてやるまでだが、おとなしく帰ったということは自分でも本当はバカをやってるとわかっていると言うことだ、何があったか知らんが、元気になったらこちらから挑んでやるさ」




 

 その頃図書館… 飛び立つ長たちの前に現れたフレンズとは。


「「ツチノコ!?」」


「オレが来るのがそんなにおかしいか?」


 そうツチノコだ。


 彼女が図書館に顔を出したのも理由がある、風の噂でシロの調子が悪いと聞いて様子を見に来たのだ、無論友人として。

 ついでにかばんと二人でいる姿を確認すれば自分の行動にも杭が無いと踏ん切りがつくと思っていた。


「アイツはどうした?すっかり治ってデートにでも行ったか?」


「ツチノコ、お前が知らないのは当然のことですが…」

「シロはかばんにフラれたのです」


「はぁ?なんだと?そんなわけあるか!」


 けしかけたというわけではないが、彼らが互いに想い合っているのもわかっていた彼女にとっては違和感しかない状態だった。


「本当なのです!お互い好意を持ってるのを確認したはずなのにフッたのです!」

「自分は悪い女で、シロの隣にいる資格はないとか… よくわからないことを言って泣きながら走り去って行ったのです」


「なにやってんだあのバカども!」


 シロはそれに悩み体調を崩したに違いない… ツチノコにはそれがすぐに理解できた、それにこれでは自分の決意もシロを追い詰めただけになるということも。


「それで、アイツは?」


「やはりショックが大きかったのか、家出したようなのです」

「あのように衰弱した体ではあまり動けないはずなのですが…」


「探しにいくとこか?」


「いえ、手紙には“すぐかえる”と書いてあるのでここはシロを信じるのです」

「なので、つまらない意地を張るかばんに会いに行きます、今のシロの状況を教えてやるのです」 


 家出… 即ち彼はここにはいない。


 話を聞いたツチノコは思った。



 意地を張ってるのはかばんとアイツも同じなんだろうな… オレもか。

 ったく!お互い好きなのはわかってんだから一回で諦めてんじゃねぇよ!あのヘタレ!


「わかった、オレも連れてってくれ」


「お前も来るのですか?」

「しかし…」


 長は悩んだ… かばんは確かツチノコに嫉妬したことでも自分を責めていた、直接会わせて大丈夫なのだろうか?と。


「目的はお前らと一緒だ、オレからもかばんに言いたいことがある」


 何を話すというのか?それはわからないが、とりあえず「まぁそれならば…」と二人は了承した。


 そのまはま長の二人はツチノコを連れて図書館を後にした。


 


… 



「他にやることがある…?なんだよそれ」


 そんなことはわかっているさ、でも逃げたくなることもあるじゃないか?人間とはそういうものさ。


 今は誰にも会いたくない。


 姉さんのとこに行けば手厚く介抱してくれそうだが、正直八つ当たりしてしまいそうで気が引ける、今の俺は面倒なクソガキだ。


 かばんちゃんに会いたい、けど… 怖い。


 もしまた拒絶されたら… 俺はもう。

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