第54話 はつじょう

 シロが地下室に籠って一日目。


「どうですか?博士?」


「たまに大きな音が聞こえると思って扉の側まで行ってみましたが…」


 食べ飽きたジャパリマンに簡単にアレンジを加えながら食いつないでいた長の二人。

 

 その晩地下からの大きな音に気付き、博士は階段を降りた。


 …のだが。

  

「初日のためか、気が立っているようなのです、怒鳴られたのですよまったく」


「音をたてずに下に降りたのに気付いたということは…」


「匂いですね、感覚そのものが鋭敏になっているのか、あるいはメスの匂いそのものに敏感になっているのかはわかりませんが、声も掛けていないのに“来るんじゃない!”ときたもんですよ?」


 発情しているからと言って、種族が違うのにそんなに見境がないのか?


 という疑問に長の二人は、自分達はフレンズとしてヒトの姿をとることによりそういった垣根を容易に越えることできるようになっている… と考えている。


 つまりヒトのオスに対しフレンズは女性としてパートナーになることが可能である。

 その証拠に彼、シロは人間とフレンズの子供である。


「なんにせよ、苦しんでいて心配なのですがこれでは手が出せないのです、予定通り三日後の朝食の時間に声をかけるのです」


「はい博士、下手に干渉して我々に手を出されても困るのです、なによりそれはシロ自身が傷つくことになるでしょう」


「そうですね、年頃のオスの扱いには気を使うのです… 我々は保護者なので」





 

 暗い暗い地下室、焼けるように熱くなる体… ザワザワと体の奥底から沸き上がる衝動。



 これはキツいな、夜だってのに眠れやしない。


 こうムラムラするんじゃ落ち着きやしない、物音や匂いにも敏感になっているし。


 さっき誰か来たのは分かっている。


 来たのは博士だな?そうして誰か判別できるくらいに嗅覚が鋭くなっているし足音も羽尾とも無くドアまで来れるなんて博士か助手くらいだろうというのも容易に想像できる。


 博士には怒鳴ってしまって悪いとは思うけど、今顔を見たらあの白いコートを引き裂いて柔肌に食らいつき貪り尽くしてしまいそうだ、それは助手も同様に。


 今“長丼“なんて洒落にもならない想像をしてしまったじゃないか。


 さて… そんなことがあるから耐えきれずに頭を打ち付けるのはもうやめることにする、音が響いて二人が心配したらまた降りてくるかもしれない。


 諦めんな、もう一度腕立て伏せと腹筋とスクワット100回ずつだ… 疲れたら発情しても動けまい、筋肉千切れるまでやるぞ。





 翌朝… 二日目


 結局、ただ体が疲れるだけで眠ることは叶わない。


 だが構わない、その分あとで疲れて眠ることができる、そしたら三日後なんてすぐだ。


 地下室にいては厳密にどれ程時間が経ったのかわからないが、一晩起きてたら少しだけど慣れてきた。

 博士達も降りてこないしこのまま野生瞑想に入ることにする、今ならサンドスターが衰弱した体を癒してさらに消費されるはず、そして俺はヒトの姿に戻るはずだ。


 まずは深呼吸を数回行い床に座り込み蝋燭を立てる、そしてゆっくりと目を閉じるがうっすらと火を眺め全身の力を抜きながら心を無にしていく。





 同時刻、図書館に来客が現れていた。


「アライさんが来たのだ!シロさんはどこにいるのだ?」


「博士、面倒なのが来たのです」コソコソ

「適当に誤魔化して帰らせるのです」コソコソ


 アライグマのアライさん、彼女はいつもの如くシロに料理を習いに来ていた、無論のことフェネックも同伴している。


 ただし今は間が悪かった、シロは今絶讚発情中であり、いかなるメスも近づくと火傷では済まないのだ。


 二人は簡単にでまかせを言って追い返す作戦にでる。


「今は留守ですよ」

「ちょっとお使いを頼んでいるのです、しばらく戻りません」


「そうなのか?残念なのだ…」


「まーまーこういうこともあるよー?」


 信じた、まったくチョロイ奴等だと二人も安心していたその時、予期せぬことが起こる。


「そうです、シロも暇ではないのですよ」「だから今日のところは大人しく帰t」


「いや… おかしいのだ…」クンクン


「「!?」」


 急に神妙な顔付きになるアライさんに驚きの表情を見せた長、気付かれた?なぜ?


「どーしたのー?アライさ~ん?」


「匂いが近いのだ、シロさんは図書館にいるのだ!」


「ってことは~?博士達はウソをついてるってことだねー?」


「「ギクッ!?」」


 嗅覚だ、何故ならアライグマはかつて匂いを便りにかばん一向を追い詰めた行動派フレンズ、彼女の鼻を前に長が適当についた嘘など簡単に見破られてしまったのである。


 否、嗅ぎ破ったのだ。


「シ、シロはここに住んでいるのです」

「匂いがあるのは当然なのです」


「そうじゃないのだ!残った匂いではなく本人がいる匂いなのだ!アライさんは隣で料理をしてるからシロさんの匂いをよく覚えているのだ!」


「博士達さぁ~?出掛けたって言うならー?いつ頃出掛けたの~?あとどこに行ったのかなぁ?教えてよー?」


 賢い長がついた大したことのない嘘は自らを追い詰めていた、二人は切れ者のフェネックとフィジカルモンスターアライを甘く見ていたのである。


「助手、こいつらなかなか鋭いのです」コソコソ

「海の向こうから成長して帰ってきたようですね?侮っていました」コソコソ


 これでは留守を理由にはできない、二人は考えをシフトして話したことが嘘であることを吐いた。


「やりますね?」

「お前たちを試したのです」


「なんで隠してたのー?」


「実は絶対に邪魔するなと言われているのですよ?」

「シロは今せーしんしゅぎょーのために地下室でめーそーの最中なのです、決して近付いてはいけません」


 ここで予定通りの誤魔化し文句に移るのだが…。


「せーしんしゅぎょー?それなにー?」


「訳のわからない言葉を並べて誤魔化しているように聞こえるのだ!」


 シロに言われた通りの言い分けを使ったのだが、皮肉なことに最初についた嘘のせいかあまり信じてもらえない。

 いや実際これも嘘なのでアライグマたちの感覚が正しいのだが、二人を追い返すことはシロ本人の意向であり、同時にシロ自身から二人を守るためでもある。


 なんでもいいのでここを通すわけにはいかない。


「なにか隠しているに違いないのだ!シロさんはそんなよくわからない理由でアライさんを突っぱねたりしないのだ!」ズダダ


「待つのです!」

「今は行ってはダメなのです!」


「アライさ~ん?最後まで聞こうよー?」


 長の制止を振り切りまっすぐ地下室に向けて走り出すアライグマ、しかしその先には性豪と化したシロがいる、運命や如何に?







「…」


 タタタタタ

 

 その時、俺の猫耳に電流走る。

 足音!誰だ!?


「シロさーん!どこにいるのだ~!?」


 ゾクッ


 この声はアライさんか?今まで落ち着いていたが声を聞いただけでなにか底から沸き上がるマグマのようなものを感じる、体が熱くなってくる、これはまずいな… 博士達、止め損ねたか!


「シロさーん!ここにいるのだー?」


 声が近い、このまま隠れていてもいいが彼女は鼻がいい。

 受け答えしないと地下室のドアを開けてしまうかもしれない、そしたら何も知らないあの子の体を慰み物に使うことになる。


 俺を頼ってわざわざ会いに来てくれるアライさんをだぞ!

 

 このままではいけない、まともな思考で答えるようになるべく心を落ち着かせ、ドア越しに返事をした。


「アライさん?よく来たね?でも今日は帰ってくれるかい?ちょっと都合が悪くてさ?」


「どうしたのだ?具合でも悪いのだ?」


 う… くそ… 声と匂いだけでこんな風になるの?これ本当に治るんだろうか?不安になってきた、でも平常心だ!がんばれ!

 

「アライさんが介抱するのだ!今ここを開けるのだ!」ガチャガチャ


「ッ!?」


 まずい!今顔を見たら間違いなく彼女を傷物にしてしまうぞ!どうする?


 こうなったら心苦しいが。


 仕方ない。


「ダメだ!」


「え… どうしてなのだ?アライさんちゃんとできるのだ!」


「聞くんだ、ここを開けたら俺はもう君に料理を教えない!」


 彼女は悪くない、鍵を開けようとしてるのも善意だ。

 彼女が料理を習うのに俺を訪ねてきてくれるのを迷惑に感じたこともない、俺を慕って来てくれる彼女に感謝すらしている。


 だから今はごめん… 帰ってくれ頼む!


「えぇ!?いやなのだ… なんでなのだ?理由は知らないけどアライさん謝るのだ、許してほしいのだ…」


「とにかく今日は帰るんだ、いいね?」


「わかったのだ… ごめんなさいなのだ…」


 タン タン タン… と重く悲しそうな足音が地下に響き渡る、足音だけで深く傷付いたのがわかる。


 ごめん… ごめんね…。


 こんなの胸が痛むどころの騒ぎではない、ドリルでグリグリと抉られてる気分だ。


 許してほしいのはこっちの方だよまったく、俺が治ったらまた来てくれるだろうか?彼女は素直だからドア越しでも今どんな顔をしているかわかるんだ。


「うぅ… クソ!」


 ダン!

 

 自分の情けなさを思い知り壁に拳を叩きつけた。


 正直甘く見ていた、気がしっかりしていれば少しムラムラするくらいだと思っていた。


 なのにこの様だ、もう女の子なら誰でもいいって感じだ、こんな最低な理由でアライさんを傷つけたんだぞ?口も聞いてもらえなくても仕方ないレベルの悪行になる。

 もしかすると、かばんちゃんは勘がいいからそれをなんとく察して俺を避けたのかもしれない。


 悲しいけど、丁度いい…。


 傷つけずに済むし、ツチノコちゃんもこの場にいなくてよかった…。


 



「ふぇ… グスン」


「アライさん?どうしたの?」


「ツラいのだ… 今日は帰るのだ…」


 泣きながら重い足取りで階段上がってきたアライグマをフェネックはすぐに慰めた。


 その様子を細かに分析し、博士達はシロの心境を察する。


「着衣の乱れや外傷もない… どうやらドアを開ける前にシロが自分で追い返したようです」


「あの様子だと思ってもいないことを言ってわざと突き放した… というところでしょうか?」


「不覚なのです、傷付いたのはアライグマだけではないでしょう… シロも自らの言葉に塞ぎ込んでいるはずなのです」




 

 アライグマは図書館を離れながらフェネックに地下での出来事を話していた。

 さっきまでの元気は欠片も無くこの世の終わりのような顔をしている。


 彼女のようなタイプは普段底抜けに前向きな分落ち込むときはとことん落ち込むのだろう。


「それで、よくわからないけど怒られてしまったのだ…」


「ってことはー?シロさんが自分で閉じ籠ってるってことだよねー?」


 アライグマは彼に突き放されたと思いただただ悲しかった… そしてフェネックはそんな彼女を見て理由を考えていた、強烈な違和感を感じていたのだ。



 あのシロさんが訳もわからず怒鳴り付けたりするのかな~?アライさんがなにかしたようにも見えないしー…?

 ここ数日の間になにか変わったことはあったっけー?それともよほど見られたくないものがあったりするのかな~?あるいはそういう状況… とか?

 

 これは私だけで考えてもわからないねぇ、博士たちはなにか隠してるみたいだし… 素直を力を借りたいところ。


「アライさん?かばんさんのとこ行こうかー?今ならここから近いしさー?」


「正直今日はもうなにもしたくないのだ… でもフェネックがそう言うなら行くのだ、でも何しに行くのだ?」





 その頃かばんとサーバルはみずべちほーのライブ会場に来ていた、フェネックの言うように幸か不幸か図書館からそう遠くではないところにたまたま来ていたのだ。


 その理由は…。


「大空ドリーマー!」


 \ワァー!/ \PPPー!/


 ちょうどライブの最中、サーバルの提案による来訪だ。


「かばんちゃん?やっぱりPPPは盛り上がるね!」


「うん…」


 かばんちゃんどうしたんだろう?なんだか最近元気がないよ?


 

 かばんは今非常に暗い顔をしていた、客席が熱狂する中かばんだけは取り残されたように静かだった。

 そしてサーバルはそんなかばんのことを心配そうに見つめている。


 それはちょうど火山の片付けが終わった時のパーティーの後くらいの事だった、かばんは見る見る暗くなっていき今ではうつ向いてばかりいる。


 そんな彼女を心配に思いサーバルは…。


「大丈夫?どこか痛い?なにか悩んでいるなら、わたしが聞くよ!」

  

 などと声を掛けるのだが、かばんの性格上彼女に心配かけまいと「大丈夫だよ」と笑顔を作ることしかしない。


 残念なことに、この悩みはサーバルにもどうにもできないだろう。

 

 かばんもかばんなりにこの状況を打開したいと考えていた。


 

 

 はぁ…。

 せっかくのライブなのに全然盛り上がれない、曲もダンスもちっとも頭に入らない。


 あれから僕にできるのはシロさんと距離をとって友達のままでいることだと思い、話を早く切り上げたり並んで座らないようにしたりとかしていました、だってそれが最善で1番迷惑をかけないと思ったから、でも…。


 もっと辛い… 苦しい… なんで?


 間違ってるの?でもどうしたら…。





 それから一度もかばんの顔が笑顔に戻ることはなく、ライブは終わりを迎えた。


「かばんちゃん、ライブ楽しかった?」


「あ… うん、ありがとうサーバルちゃん」


 やっぱり暗いよ、PPPでもダメかぁ…。



 だんだんと、サーバルもそんな彼女を見て落ち込んできてしまう。

 

 このままでは悪循環だ。


 その時、しんりんちほーから彼女達は現れた。


「かばんさーん?」


「あ、アライさんとフェネック!」


 先程まで図書館にいた二人。

 サーバルは二人を見つけたが、珍しくおとなしいアライグマを見て目を丸くした、驚いたことにこちらもかばん同様酷く落ち込んでいるのだ、あのアライグマがだ。


「アライさんどうしたの?いつもの元気がないよ!」


「いろいろあったのだ…」


「実はその事でかばんさん一緒に考えてほしくてさー… って思ってたんだけど~」


「はい、僕で良ければ…」


 アライグマ同様、見るからにかばんは落ち込んでいる。

 それはゴコクにいた頃にいつも一緒に行動していた3人でも希にしか見なかった姿だった。


「でも~かばんさんもなんだか元気がないみたいだね~…?」


 そう、彼女はまるで萎れた花のように元気がない。

 それでもやはりと言うべきか、彼女は「僕は大丈夫です」と話を続けようとする。

 

 フェネックはそんなかばんのことも気になったが、恐らく自分では彼女の悩みは聞き出せないと思い素直にアライさんの話に戻ることにした。


「実はー…?」


 フェネックは先程のシロの件を話した、その話を聞くにサーバルもどこか様子がおかしいと感じ、同様にかばんは不安そうな表情を見せる。


「なにか理由があると思うんだけどー?かばんさんならなにかわからないかなー?って思ってさー?」


「シロさんは… 地下室のドアを開けようとしたら怒ったんですか?」


「そうなのだ、ドア開けたらもう料理は教えないと怒られたのだ…」


「なんだかシロちゃんらしくないよ!なんでそんなことで怒るのかな?」


 なにかを隠している、そしてそれはシロ自身がそうしていて、長達はそれに協力しているという状態だろう…。


 話を聞く限り、かばんもフェネックと同じ結論に行き着いた。


 彼女はその予想を元に考えを巡らせる。




 もしかして、僕のせい?あんまりあからさまに冷たくしたからなにかそれが理由で…。

 でもそれだとアライさんを突き放す理由にならない。


 心配です、もし彼になにか良くないことが起きていてアライさんのためにわざと突き放したんだとしたら…?


 シロさんのことをツチノコさんはこう言っていました。


「アイツはすぐに無茶をする」「なんでもかんでも抱え込む」


 誰かの手を借りようとせず、自分に起きた問題は自分だけで解決しようとするということです。


 つまり今、博士さん達でも対処できずに地下に籠るしかないような状況だとしたら…?また自分だけでなにか解決しようとしてるのかもしれない。


 シロさんの気持ちはわからない… 僕のこの気持ちはシロさんの邪魔になってしまうかもしれない、けど…。


 一人で苦しんでいるなら、僕はシロさんのためになることをしたい!


 自分を隔離してみんなを遠ざけてるということは…。


「シロさん、病気かなにかなのかも…」


「「「えぇー!?」」」


「本当のことを言うとみんなが怖がったりパニックになるから内緒にしていて、触れると移ってしまうとか… そういう理由でドアを開けさせなかったのかもしれません!」


 何かそう… シロさん特有の、彼にしか起きないのだけど周りにも影響を及ぼしそうなそんな症状が出ている可能性が…。


「でもどうしよう!それだったらわたしたちなにをしてあげればいいの?どうしようかばんちゃん!」


「わかんない… でも僕もシロさんのためになにかしてあげたい!行こうサーバルちゃん!」


 シロさん… どうか無事でいてください?


 シロさんがいないと僕… 僕は…。

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