第39話 うどん

 美しい島だ、ジャパリパーク… こんな素敵な場所が他にあるかなぁ?


 先日図書館で瞑想だかヨガだかの本を見つけたんだ、足の骨折もだが爪が伸びるまでは動きたくなるのを抑えなければならない… だからこの瞑想とやらをやってみようと思った。

 

 母の教え通り毎日の野生解放で回復に向かっている、これと瞑想を合わせてみた。


 瞑想とは精神統一、明鏡止水の如し心… とそこまではさすがに無理だが怪我で動けず頼まれごともされない今なら集中を乱されることもない、リラックスくらいにはなる。

 

 そしてこの動かない野生解放でサンドスターが回復に全振りされ、あれから十日ほど経った今は骨折も治り爪も生えてきた、私はこれを野生瞑想… と名付けたのだがね?


「それ動いてないだけだよな?寝てればいいんじゃないか?」


「全然違うよツチノコちゃん!こうして精神を統一することで悟りの境地に至るんだ!しかもそれのおかげで野生解放のときもこんなに落ち着いていられる、私は成長したんだフフフ…」


「よくわからんが本当に成長したな、お前は頑張ったよ」


 とこのこのように、野生瞑想を覚えた俺のこの落ち着きのある佇まいを見てツチノコちゃんからもお褒めの言葉をいただける、凄まじい成長ぶりというわけだ。


「もっと誉めていいよ?」尻尾フリフリ


「尻尾を振るな!せーしんとやらが乱れてるぞ?」


 まぁ要するに怪我が治って万々歳で、今日から料理も頑張りますってことだ。


 ツチノコちゃんのご奉仕もこれで終わりだと思うと正直寂しい、実際助かったし楽しかった… なにかお礼を考えないとなるまい。


 そうして別れの時は訪れる。


「そこまで元気なら、もうオレの助けはいらないな?」


「うん、助かったよ… ありがとう!」


 本当に突然やってくる、別れはいつだって寂しい…。


「もう少しいてやってもいいが…」


「え?」


「何でもない!じゃあオレは帰るからな?スナネコも気になるし… またな!」


「あ、うん… あの…?」


「どうした?」


 だが彼女に何もしてあげられないのか?お昼食べてく?とかそんなでもいいんだ、帰るなら送ってくとか… ってバギーは壊れて山にあるんだった。


 無念なり、黙って見送るしかないか。


「いや、なんでもないよ… 気を付けてね?」


「あぁ、お前もな?」


 こういうとき、俺はどうしたら?猛烈に寂しさが込み上げてくるのは彼女が隣にいた生活が俺にとって充実していたからだろう。


 どんどん遠くなる背中、揺れる尻尾と草を踏む一本下駄が森の中へ消えていく。


 行ってしまう… 行ってしまうがお互いに住みやすい場所と生活がある。


 俺は元の生活に戻り、彼女も住み慣れた場所へ帰るんだ。


 それだけだ…。


「良いのですか?」

「寂しそうな顔をしてようですが?」


 顔に出て、こうして指摘されるくらいには寂しそうな顔をしてるんだろう。


 でも仕方のないことだ。


「いいとかダメとかじゃあないし…」


「ヘタレですね」

「ええ、ヘタレなのです」


「うぐぐ…!」


 なんだよヘタレって…。

 だが結局そのまま俺は何もできずにツチノコちゃんを送り出した、これでいい、これが正解なんだ。


 でも、今度は絶対俺が助けにいくよ?


 そう心に誓った。







「さて二人に確認したいんだけど」


「なんです?」

「答えてやるのです」


 気を取り直してお昼の準備だ、リハビリがてら何か新しい物にチャレンジしたい。


 なので。


「かばんちゃん、俺のレシピを見て“焼きそば”を作ったって?」


「あれですか、あれはいいものです!」

「ええ、また食べたいですね博士!」


 さすが、好評価のようだ。


 が当然、俺のレシピにはヤキソバ何てものはない、かばんちゃんはパスタから応用してヤキソバを作り出したんだ、まさに天才の所業。


 確かに方法としては可能だ、フライパンに麺を入れてソースをかけてかき混ぜる、これでいいのだから。

 だが事はそんなに単純ではない、そもそもソースがないのでこれをどのように作り出すかが鍵になるのだ。


 しかしとっさに思い付くとはやはり天才か… 彼女ならレシピがなくてもどうにかしてたんじゃないだろうか?


「よし、ちょっと作ってみるよ」


 対抗意識という訳ではないが、俺もここにきてずっと料理をやってるんだ、負けてらんないな。

 だが一口に焼きそばと言っても色々だ、地域によって馴染みのある焼きそばがあるだろう。

 よく知らないけど塩焼きそばってのがあるって?とは言え、塩かけて「はいおしまい」ではないだろうし研究が必要ですよこいつぁ、燃えるぜ。


 そうして厨房にいってヤキソバの準備をしてたときだ、来客が現れた。


「シロさーん!」


 元気よく俺を呼ぶのは誰かな?勢いよく走ってくる彼女は確か…。


「アライさんなのだー!」


 そうそうアライさんだ、しかしすごい勢いだな、あんなに一生懸命走って転ばないといいけど。


「ぐへぇッ!?」ステーン


 あらあら言わんこっちゃない… 転んだレディを見過ごす訳にもいかないので俺の方からも駆け寄り手を貸してあげた。


「気を付けて?大丈夫?」


「痛いのだ… でもアライさんは強いからへっちゃらなのだ!」


 元気でよろしい、アライさんは強い子だ。


「よかった、それでなにかご用??」


「りょーりを教えてほしいのだ!」


 なるほどストレートでよろしい、しかし火があるからなぁ… 教えるのはいいけどできるだろうか?


「火を使うんだよ?大丈夫?」


「怖いのだ… でも絶対克服するのだ!アライさんには一時の迷いもないのだ!」


 その意気やよし!ところでなにか違和感めいたものを感じると思ったらいつも一緒のあの子がいないのか、そう確かあの子は。


「フェネックちゃん… だったかな?今日はいないの?」


「フェネックには内緒できたのだ!」


「いつも一緒なのに珍しいね?」


「フェネックはいつもアライさんを助けてくれるのだ、だからアライさんは日頃の感謝にりょーりをご馳走したいのだ!」


 じーんとくるなぁこういうの… 美しい友情、日頃の感謝。

 なんかあれ、バレンタインみたいだね?友チョコとかってやつね。


 そういうことなら手を貸さないわけにはいかない、それに彼女達も死にかけた俺を必死に探してくれたのだからなるべく頼みごとは聞いていきたい。


「わかった、今から焼きそばを作るんだ?アライさん一緒に作ろうか?」


「ヤキソバかぁ!?ごこくで食べたのだ!既に作れるなんてシロさんはすごいのだ!」


 いや、作ったのはかばん大先生なんですよ… めんご。


「今日初めて作るんだけど… でもなんとなくイメージつくし、作ってみようかな?って」


「どっちにしてもすごいのだ!是非教えてくださいなのだ!」


 というわけで… 今日の料理は焼きそば、アシスタントにアライグマのアライさんに来ていただきました~よろしくお願いしま~す。


 それでは早速麺作りから始めましょう。


「じゃあ麺を作りまーす」


「ハイなのだ!」


 本当は中力粉だとかなんか色々と面倒なものを使うが… あいにく小麦粉しか用意できない、でも大抵のものはこれで代用できたのでよしとしましょう。


「塩水を用意して小麦粉を混ぜる… するとなんやかんやでこうなる」


「白くて柔らかいものができたのだ!?」


 これをこねたり寝かせたり、大変だ。

 さぁこねましょう、力仕事だ。


「これをこねる!そしてこう… 時にだーん!と叩きつけてやるんだ!」ダーン!


「わかったのだ!」コネコネダーン!


 ひとしきり打ち付けると棒で伸ばして平べったい物を作り出す、これを細く切っていく、これも大変… なるべく均等に切らなければならない。


「伸ばして畳んで、これからこれを切っていくよ?ライさん、包丁使うけど気を付けてね?こんな感じね?」スパー


「わかったのだ!慎重にやるのだ!


 さぁできるかな~?おっちょこちょいさんよ?ってあれ?


 少し見せただけだが、しっかりと言われた通りに切っている、それに結構まっすぐ切れてる。

 意外、なんか器用だなぁ?もしかしてツチノコちゃんよりうまいんじゃないか?こう言うとすごく失礼だけど、アライさんはどんくさいイメージだったのに。


 俺も負けてられないな。


「よし… しんどかった~、今度大量ストックしとこうっと… アライさんどう?大丈夫?」


「シロさんみたいに細くできなかったのだ… なんか納得いかないのだ!」


「慣れればできるよ?アライさん初めてにしてはかなり上手い… ん?待てよ?」


「どうしたのだ?まさかアライさんなにか失敗してしまったのか!?」


 いや、待て待て待て… これはあれだろ?なるほど盲点だった、そうだよこうしたらそうなるよね?


「アライさん!」


「わぁ!?ごめんなさいなのだぁ!?でもどこが悪かったのかわからないのだぁ…」


「いや逆だよ!ありがとう!閃いたよ!」


「一体どういうことなのだ?」


 そう、彼女がつくった麺は焼きそばに使うものではなくそれらと比べて太い。


 だがそれでいい、それがいいんだ。


 この太さがいいんだ。


「これは“うどん”だ!」


「うどん?」


「ざっくり言うと太い麺のことだよ!いやぁなぜこんな単純なことに気付かなかったのかな?そうだよただ太く切ればいいだけじゃん!ねぇアライさん!」


「よくわからないがその通りなのだ!」


 そうと決まればこれを茹でる、俺は火を着けて鍋の水を沸騰させた、そしてこのうどんをこの熱湯にぶちこんでいく。


 しかし、俺が全部やっても仕方がない、今日はアライさんが作らなくてはならない。


「や、やっぱり火は怖いのだ… でもフェネックのためなら!」


「火はねアライさん?上の方を熱くするんだ?だから横、その見えてる部分はそんなに熱くないよ?危ないことには変わりないけどね」


「よーっし!負けないのだ!やってみるのだ!」


 おどおどとしているが必死に火の前に立つ彼女を見て思った。


 この子はなんせ根性がすごい、そしてとんでもなく前向きで元気でまっすぐなんだ。


 この子はきっと正しいことは正しいと主張して、間違いは間違いとして主張するだろう、そしてもし自分が間違っていたらそれを受け入れて謝罪する、そういう子なんだ。


 よく言えば純粋、素直、嘘をつかない(つけない)。

 まぁそれを悪く言えば考えなしってことだけど、でもそれを補う為にフェネックちゃんがいるんだ、無敵のコンビなのかもしれない。


 なぜだかアライさんならできるって気がする、決して強くはないのにこの子が言うとなぜかできると信じたくなる、漫画の主人公みたいな子だ。


「シロさんの言った通り下は温かいだけなのだ!でも上から覗くと熱いのだ!」


「そう、だから火傷しないようにね?さぁそろそろ麺を出そうか?」


 鍋をいったんどかしてザルに茹で上がったうどんを出す、水でぬめりをとって… これであとはどう味つけるかだ。


 少し味見してみようじゃないか。


「少しもらうね?ん~いい固さ!とりあえず醤油をかけてみよう… うんいいね!大成功!ほらアライさんも!」


「ハイなのだ!美味しいのだ!太くて食べごたえがあるのだ!」


 うどんを作るならあとは出汁だ、出汁があればスープを作れる。

 でも今日はとりあえず焼こう、元々はヤキソバのつもりだったからソースはなんとなく調合できている、これもそこそこいい味だ。


「アライさん、せっかくだから今日は焼きうどんにしようか?」


「ヤキウドン?ヤキソバみたいなものか?」


「麺がうどんになっただけだよ?よし焼こう!」


 まずは手本として試しに俺が一人前作ってみる、さぁここからが本番だ!次はアライさんいってみよー!

 

「が、頑張るのだ」


「大丈夫、ちゃんと見てるからさ?」


 じゅう~という香ばしい音を出している、その食欲をそそる音とは裏腹に作り手である彼女は本当は怖くてたまらないのだろう。

 それを見るからに気合いで我慢している、顔が強ばっているしあまり力むのもよくないが…。


 ダメだ、本人が助けてと言うまで手を出してはいけない。


「いいよ、アライさん!お皿に移して!」


「は、ハイなのだ!」


 しかし結果は大成功、アライさんは見事焼きうどんを作った。

 負けん気の勝利というわけだ。


「良くできたね?怖かったでしょ?」


「フェネックの為ならドンとこいなのだぁ… 」クタクタ


「お疲れさま、休んでて?」


 よく頑張った!後は任せてくれ、豪華に目玉焼きものせちゃうからね?


「博士達~!出ておいでー!」


 食卓に焼きうどんを用意して博士たちを呼んだ、せっかく来てくれたのだ今日はアライさんが作ってくれた物を一緒に食べましょう。


「なにか騒がしいと思っていたらお前でしたか」

「邪魔をしてはいけませんよ?」


「邪魔しにきたんじゃないのだ!」


 そう、邪魔だなんてとんでもない。

 今日は良い日だ、新しい料理も作れたし。


「アライさんのおかげでこれができたよ?焼きうどん!」


「「ヤキウドン?」」


 焼きそばのようで違うそれを見て興味津々の博士達、好印象だといいんだけど二人はどう思うかな?


「太いですね?」

「ええとても太い麺です」


「アライさんが作ったのだ!」


「本当なのですか?」

「信じがたいのです」


 彼女の努力を疑うその姿勢、隣で見ていた俺納得がいかない、打ち砕いてやるぜ!


「本当だよ?茹でるのも焼くのもやってくれた」


「「えっ!?」」ガタッ


 あ、そうか… 博士たちできなかったんだっけ?これは堪えるんじゃない?普段バカにしてる相手に先を越されるというのは。


「や、やりますねぇ?」

「根性だけは認めてやるのです」


「えっへんなのだ!」


「さぁ食べてみて?」


 二人は一口食べると目の色を変えてガツガツとそれを食べ始めた、味もバッチリである証拠。

 アライさんも自分で作ったのが嬉しかったのか夢中になって食べているようだ、しかし思わぬ収穫だ、うどんが作れるとはね。


「「ごちそうさまでした!」」パンッ!


「はい、お粗末様」「なのだ!」


「よくやったのですアライグマ」

「我々は満腹満足なのですよ」


 たくさん食べて上機嫌の二人は散歩に出掛けた、食ってすぐ寝ると丸くなるからね?いい心がけだね?


 そしてそれと入れ違いになるように耳の大きな子がこちらに歩いてきた、彼女は…。


「アラーイさ~ん?やっと見つけたよ~…」


「フェネック!?なぜわかったのだぁ?」


「前にりょーりの話をしてたから~?ここかな~?って」


 フェネックちゃん、早速ご本人の登場だ。

 しかしそんな曖昧な情報だけでアライさんを見付けるとは恐れ入った。


「フェネックちゃんおはよう、元気してた?」


「お久しぶりだねぇシロさん、怪我はもういいの~?」


「おかげさまでね、その節はどうも…」


「いえいえ~」


 なんだか保護者同士の会話みたいだな…。


「しかし!フェネックちょうどよかったのだ!お腹は空いてるか?」


「お昼はまだだよ~?アライさんと食べようと思ってさ~?」


「アライさんにお任せなのだ!」


 おやもうやるのかい?さっきまで慣れない火の扱いでクタクタだったのに。

 うどんは多目にあるから問題ないけど、任せきりは危ないから見ててあげないとな。


「アライさんが作るの~?大丈夫?」


「バッチリなのだ!よく見てるのだ!」


 着火はしてあげた、それからアライさんは先程同様にフライパンでうどんとソースを絡め始め華麗な手つきで炒め始めた。

 二度目につき少し慣れたようだ、やるじゃないか?


「アライさん大丈夫かなぁ?怖くないの?」


「急にきてさアライさん?そしたら怖いの我慢してちゃんと作ってるんだよ、何でだと思う?」


「いつもの好奇心かな~?」


 半分はそうかもしれない、でも正解は君の為だよ~?ってのは本人が言わないと、ここは内緒にしとこうか。


 でも、なんかこの子の場合すべてわかっている気がしなくもない。


「完成なのだ!ヤキウドンなのだ!」


「わぁ… スゴいよアライさん!本当に作っちゃったぁ!」


「フェネックいつもありがとうなのだ!いつも助けてくれるお礼なのだ!」


「アライさぁん」ウルウル


 さて、あとは若い二人に任せましょうかね?こんなほっこりするとこ見せられたら心もお腹もいっぱいだよ、やっぱり感謝はしっかり表すのが一番だね。


 あぁ… 俺が言うと説得力ないか…。


 ツチノコちゃんに何か作って持っていこうかな?クッキーとか。

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