第37話 ゆめ

ガンッ! 「しまっ…!?」


 ここからはスローモーション、空が見えたり岩壁が見えたり下には森が見えた。


 即ち俺は宙に投げ出された状態、このまま落下すれば地面に叩きつけられ… 俺は死ぬ。


 死ぬ…。


 死… んで…。


「たまるかぁぁぁあ!」


 体はどのくらい休まった?5分か?10分か?とにかく一瞬でいい!この落下さえ凌げば!


 気合いで野生解放した俺はまず岩壁に槍を突き刺した、なるべくスピードを落とそうと考えたからだ。

 が、もちろんそんな無茶が通じるはずがない… ガリガリと岩肌を削る衝撃が腕にダイレクトに伝わってくる。

 俺だってこのまま地面に叩きつけられるのは覚悟していた、でも動けるくらいのダメージに抑えることができたら… そう思っていたからこんな無茶にでたのだ。


 くそ!限界だッ…!


 槍は岩壁の途中で手を離してしまった、あとは猫科の受け身に頼るしかない。

 

 まだだ、まだ終わるなよ!


「負けるかぁッ!」


 ダメ押しで爪を岩壁に突き立てブレーキをかけようとした、さっきまで槍で行っていたことを素手でやるのはかなりの無茶だった。

 一枚二枚と爪が剥がれ落ち指先が真っ赤に染まる。

 下まで後どれくらいなのか?ここまで大分スピードは落としたつもりだった… でも時間切れだ、爪がもう…。


 限界か…!


 両手の爪は剥がれ、野生解放にも終わりが来た、もう少して足場というとこで俺は力尽きてしまう。


 ドスッ!

 そんな鈍い音を立て地面に叩きつけられた。


 


「グハッ!… あぁ… 生きてる!ハァ…なんとか、助かった… のか?」


 九死に一生を得た、悪あがきもしてみるものだ。


 体はどうだ?まずは手を見た。

 ズタボロだ、爪がない、それに真っ赤だ… あとは地面に着いたときに足をやったようだ、こちらも酷い出血だ… 動けたものではない。


 それから…。


「そうだラッキー、ラッキーは無事か?」


 俺は必死の思いでかばんからラッキーをだした、動いてるようだが… どうやらこっちも無事ではないみたいだ。


「シシシシシシロ シロ シロ大丈夫?」


 フレンズ化が解けたからか壊れてバグが出たからか… どうやら会話はしてくれるようだ、機械音声でも聞けて嬉しいと思った。


「いや、さすがに大丈夫とは言えないなこれは… ラッキーは?」


「イ イクツカノ機能ニショウガ…障害ガガガ」


「そっか、ごめんラッキー… 俺が連れてきたばっかりに… 助けを呼びたいけど、通信は無理そうだね?」


「オキャクサマヲ ヲヲヲヲ守ルノガガガガガ」


 無理か… 実質会話も難しそうだな、参った、八方塞がりだ… 唯一幸運なことにここは雨風をギリギリ凌げそうだ、なんとか生き延びて助けを待つしかない。


 立てない俺は地面を張って横穴の奥に進む、鈍い痛み鋭い痛みの両方が俺を襲う。


「うぅ!?痛っ!クソ!折れたよな足…」


 誰かに着いてきてもらえば、とは思わなかった。

 揃って怪我をしたかもしれないし、もし俺のせいで怪我をさせたら一生立ち直れない気がする。

 それに上にはセルリアンがいたんだ、食われる可能性もあった。


 でも保険を掛けといてよかった、三日待てばヒグマさんが異変に気付くだろう、俺はそれまでなんとか生き延びるだけだ、生き延びるだけ… チョロいもんさ?できるよ、できる… 楽勝だ。


 俺はぐっと御守りを握りしめ痛みを堪えた、御守りほ俺を守ってくれたに違いない。

 実際あの数のセルリアンと戦って生き延びたのも崖から落ちて生きてるのもなにか不思議な力が働いたからな気がする。


「情けないな… 博士達に御守りを作らせるくらい心配させるなんてよほどの問題児さ俺は… 牙引っこ抜くまでしてくれた姉さんの為にも、せめて生き抜いてありがとうくらい言わないと」


 御守りに触れている間はどこか安心できた、姉さんだって痛みに耐えて俺のために牙を抜いたのだ、これくらい耐えてこそ百獣の王の一族だ。


 誰にも気づかれない三日間、もう泣かないと決めて記憶に新しいが正直泣くことは多かった… 孤独で痛くて辛かったんだ、でもそうなる度に御守りを握って思い付く人の名前をうわ言のように呟いてやり過ごした。

 ラッキーはあれから妙な機械音を鳴らしたまま声を出さない、でもほんのり熱を発しているので抱えていると暖かい。


 ダメだ、なんだか眠い… でもこのまま寝たら起きれない気がする。


 怖い、怖いよ… でももう… 眠くて…。



 母さん…。





「あ…」


 目を開くと綺麗なとこにいた、花が沢山で大きな木があって川もあって…。


 そうか思い出した、師匠に頭突きを喰らった時に見たとこだ。


 あのとき母らしき人にあった、飽くまでイメージなのかもしれない、たまたま母のイメージが強かったから見えたんだ。


 でも強いていうならここはあれだ。


「死後の世界… 俺やっぱり死んだのかな?」


 終わった… こんなに若くして死ぬとは、これからってときだったのに、精一杯生きてるつもりだったのに。


 間抜けすぎるよこんなの、これまで助けてくれた人たちに申し訳ない。


「もーまた来ちゃったの?無茶ばっかりしてだめじゃない?」


 声がした、振り向くと自分とよく似た姿の女性がいた… いやこういう言い方は良くないな。


「母さん…」


 そう、母親に対してそれは失礼だ。

 母がいる、即ち俺は死んだのだろう。


「ごめん母さん… 俺母さんの故郷で頑張ってたつもりだった、でもダメだったよ?みんなを困らせるばっかりだった」


 懐かしい母さんの顔を見るとまた涙が溢れた、いつのまにか小さな子供に戻ったんじゃないかというくらい泣いていた。


 いや戻ってた。


 俺は子供に戻ってる、背が低く手足は短い… なぜこうなったかはこの際どうでもいい、ここがそういうとこってことだと思う。


 そんな姿を見かねたのか、母さんは俺を優しく抱き締めて頭を撫でてくれた、そんな母の姿にいつか姉さんが同じようにしてくれたことも思い出し、また泣いた。


「よしよし、大きくなったね?いっぱい辛いことあったね?でも同じくらいいっぱい頑張ってたのもママ見てたからね?お料理沢山作れるようになったね?ママのせいでずっと辛い思いもさせちゃったけど… みんなと乗り越えたのも見てたよ?ごめんね?よく頑張ったね?」


 母は偉大で、なんだかそれだけで安心することができた。

 不安がすべて消えていき、ひとしきり泣き終えると顔をあげまた母を見た。

 

 母は確かにここにいる。

 

「でも母さんに会えてよかった、沢山話したいことがあって…」


「うん、でもママぜーんぶ見てましたからね~?」


 柔らかい口調のおっとりした母は優しく俺を見下ろしている。


 ホワイトライオンのフレンズ、名前は父が付けたユキ。


 俺は隣で手を握り、顔を見上げて話した。


 このなんだかよくわからないけど綺麗な場所を歩きながら小さくなった俺は夢中でこれまでのことを話した、小さな子供がその日に起きたことを一生懸命伝えるように。

 

 最近母さんをよく思い出すようになったとか、父さんは元気かな?とか友達が沢山できたとかすごく強くなれたとか。


「楽しいでしょジャパリパーク?みんな優しいし」


「うん、変な子もいっぱいいるけど… でもみんな仲良くしてくれる」


「そうだ!いろんな子にちょっかいだしてたでしょ?まったくそんなとこ誰に似たの?」


「ちょっか… 仲良くなりたかっただけだよ!」


 ちょ、ちょっかいじゃねぇ!ちょっかいじゃねぇ!←焦り


「それならいいけど、あまりその気もないのにちょっかい出してると誤解する子が多いんですよ?フレンズには女の子しかいないんだから」


 まさか母親にこんな説教を受けるとは… もしかして父さん!?いや、やめとこう。


「だから本命の子には嫌われないようにするんですよ?」


「ほ、本命なんて…」


「いるでしょ?でもどっちか?どっちの子が本命なの?ママに教えて?こっそり!」


 い、いったい誰と誰のことを話してるのかなー?←目逸らし

 いや、母を前に誤魔化しても無駄だろうか?本当は怖くてわかってないふりしてるだけなんだ俺も… 恋心なんてのはよくわからないけど。


「ほらあのヘビの子は?」


 彼女が正確には蛇かどうかというのは置いといて。


「一番最初に仲良くなってくれて、だから話してると一番楽しいというかなんでも話せるというか… 照れ屋さんで言葉が強いけどすごく優しくて、よく助けになってくれて、背中を預けられるっていうか…」


「ふーん?フフフ…もう一人のほら、帽子の子は?」


 帽子というか、彼女の名前の由来は背中に背負ってるやつだけども。


「あ、あの子とは対面するとなぜか緊張しちゃって… 慣れてくると結構普通に話せるんだけど、たまに目も合わせらんなくて… でも見てると守ってあげないとみたいな気分になるし、と思ったら彼女頭がいいからいろんなこと思い付いて頼りにもなるし…」


「あらあら?フフフ…」ニコニコ


「変なこと聞かないでよ母さん…」


 息子をからかって楽しいですか母よ?

 母はニコニコしてるかと思えば突然キッと真面目な顔をして俺の肩に手を置くと、なにやら意味深なことを訴えかけてくる。


「でもみんな特別ってわけにはいきません!奥さんは一人だけなの!」


「き、気が早いよ…」


 なぜそんな必死の形相を?まさか父さ… いやそんなはずはない。


 ところでライオンって一婦多妻制だったよね?いやそれを望んでますって意味じゃなくホワイトライオンの母から奥さんは一人と断言されたのがなんか違和感、いや奥さんは一人だようん…。


 しかしまさか母親に恋愛のことでイジリが入るとは、親ってやっぱり子供のこういうの気になるのかな?あまり深いとこまで聞くのも良くない気がするけど… 悔しい!癪だから仕返ししたろ!


「母さんは?」


「なぁに?」


「知ってるんだからね?“怒られてしまいました、はわわ… 悲しいですー”って言ってたじゃん?」


「あ、あぁあれね?なんだったかな~…?」


 自分のことは隠し通す気か母よ?せっかく会えたんだから腹を割って話そうじゃないか、親子なんだから。


「あれ父さんのことでしょ?」


「う、うん」


「なんで怒られたの?」


「パパ仕事中だったんだけど… か、構ってほしくてくっついてたら…」


 乙女か!仕事中なら怒るわ!


「ふーん」


「はわわ… だってパパみんなに優しいからちょっと不安で…」


 ヤキモチからくる独占欲というやつか… 自分から聞いといて難だが、苦笑いするしかない気持ちになってきた… やっぱり聞くもんじゃないな両親の馴れ初めなんて。


「でも、やっぱりパパの子ですね?」


「そう?」


「みんなに優しかったり、たまにからかったり、文句言ってもやってくれるとこなんかはそっくり」


 そっか… 母似なのは言わずもがなだけど、ちゃんと父さんにも似てるんだね。


「でも俺は親不孝だよ、父さんのおかげでジャパリパークに着いたのに結局…」


「大丈夫、まだ戻れる… 死んでなんかないの」


 母さんはそう言うとしゃがみこみ、俺と目線を合わせまた肩に手を置くと言った。


「ここは心の中みたいなとこで、多分もうママとは会えないけど、大丈夫… その雪みたいに真っ白な耳と尻尾、それに爪と牙がママの生きてた証拠ですからね?」


「母さん?何を…」


「さぁ行って?みんなが呼んでる」


「え… ?呼んでる?」


 耳を澄ますと僅かに聞こえるいろんな人の声、確かに「シロ… シロ…」と呼ぶ声がする。


 確かに呼ばれた、俺は生きてるんだ。


「それを見せて?」


 母さんは俺の左手を指差した、手を開いてみるとその手にはいつの間にか御守りが握られていた、原理はよくわからない。

 母はそれを「ちょっと貸してね?」と俺の手から取ると、少し悩んでから爪を使って何かカリカリとやりはじめた。


「はい、帰ってから見てね?」


 御守りを受け取ったとき、もうお別れなんだと思うと怖くなり、俺は思わず母にしがみついた。


「母さんイヤだよ!まだいてよ!」


「よしよし、でもワガママ言っちゃ… メッ!でしょ?みんなを悲しませたらママ承知しませんからね?」


「みんな…」


「そうですよ?みんなあなたの帰りを待ってるから、早く行ってあげて?」


 母がそう言うと視界が白くボヤけ始めた、どうやら母の言う通りまだ死ぬタイミングでは無いらしい。


 そうだ、俺は生き延びないと。

 生きていかないと!


 視界が完全に白くなったとき、最後に母は言った。


「起きたらまず野生解放してね!傷の治りが早いから!」

 



 



「起きろシロ!」「シロさん起きて!」


「「お願い起きて!」」


 っ!?


 雨の音、土が濡れる臭い… 背中にはゴツゴツとした岩。


「生き返った…」


 痛みもある、俺は生きてる。


「ふぁッ!?シロ!よかった!お前無茶しやがって!バカヤロー!」


「よかった… 本当によかった」


「イタタ… ごめんねツチノコちゃん、ちょっと痛いや?」


「あ、あぁ… すまない…」


 目の前にいるのはツチノコちゃんとかばんちゃん、思わず抱きつかれるのも吝かではないが満身創痍の今は少し勘弁願いたい。


 そうだ野生解放、できるかな?

 母の教え通り俺はひとつ深呼吸してから野生を解放した。


 ボンッ!と姿が変わると二人は驚いて少し仰け反っていた、一言声を掛ければよかった。


「ビックリした…シロさん?なんで急に?」


「こうすると傷の治りが早いんだって?うん、心なしか痛みも和らいだし立ち上がることは出来そう」


「は…?誰に聞いたんだよそれ?」


 俺は二人に肩を借りてやっと立ち上がると、外に出てみんなの前に姿を見せた。


 \シロ~!!/


 歓声を浴びた、本当にみんな待っててくれた… 俺はこのとき改めて助かったんだと認識した。


「わぁ、いっぱい来てくれたね」


「当たり前だ、お前はもっとみんなに心配かけるようなやつってことを自覚しろ!」


「本当に心配したんですよ?もう一人でどこにも行かないでくださいね?」


 二人の潤んだ瞳を見てると母の教えを思い出す「本命の子」という部分だ。


 本命の子って言われても… ///


「シロさん?顔が真っ赤ですよ?あ!怪我のせいで熱が!?」


「確かに少し熱いな、濡れるのは良くない!さっさとバスに乗せるぞ!」


「だ、大丈夫!大丈夫だから…!」~///

 

 本命の子だなんて…。


 “ヘビの子は?帽子の子は?”思い出すと母がニコニコしてる気がしてほんの少し寂しくなった。


 しかし“ヘビ”の子か… ん~やっぱりヘビの仲間なのかな?







 あれから、いつまでも高台にいると姉さんが軽やかな身のこなしで上がってきて泣きながら俺を拐ったが、師匠に阻止されて落ち着いた。

 

 図書館に帰るとそれまであまりしゃべらなかった博士達が謝ってきた、でも謝るのは俺の方だし… またみんなに迷惑をかけた、これはお詫びのパーティーが企画されるのも時間の問題だ。


「シロ、その御守りは…」

「どうやら不幸を呼んでしまいましたね…」


「そんなことないよ、これがあったから助かったんだと思ってるよ」


「しかし不吉なのです!」

「無理に持ち歩くことないのです!」


「とんでもない!これからも肌身離さず守ってもらうよ!」


 実際これがなければもっと早く限界だったかもしれない… “こちら”にも戻れなかったかもしれない、この御守りは確かに俺を守ってくれた。


 それに母の最後の言葉があるのに置いといて無くしたりしたらそれこそ親不孝もいいとこだ、その御守りの姉さんの牙の裏には小さくこう掘り込んであった。



 “ガンバレ”

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