第29話 しゅぎょう


 前回までのあらすじ。


 俺はよりにもよって平原の王二人と既成事実ができていた…。



 ということはなく、話をよく聞いてみるとどうやら俺は暴れてしまったらしい。


 参った、これなら既成事実のほうがマシだったとも言わないが、これはこれで胸に刺さるのは確かだ。



 結局、また同じことをやるのか俺は…。


 ただし前と違うところ、それは相手が俺よりも強く頑丈だったことだ。


「止めてくれたんだね二人とも…」


「気にしなくていいよ?また同じことになってもお姉ちゃん何度だって止めてあげるから!心配するんじゃないよ?」


「うむ、容易いことだ!」


 ぼんやりとだが思い出した、まさに体が覚えてるって感じだろうか?

 姉さんに飛び掛かり攻撃を加え、ヘラジカさんにも爪を振るっていた、腹部が痛むのは姉さんが俺を気絶させたからだ、だから今は俺の心配をしてくれている…。


「姉さん…?ケガ…しなかった?」


「そんなにやわじゃないよ!大丈夫大丈夫!気にしないで!」


「ヘラジカさんも、痛いとこない?」


「強力な攻撃だったがすべていなしてやったぞ、まだまだだな!」


 それを聞いて安心したのも事実だが、同時にこの二人じゃなかったら?と思うとゾっとした… もしツチノコちゃんとスナネコちゃんだったら?博士と助手だったら?あの時そばにいたプリンセスちゃんに牙を剥いていたら?

 ただごとでは済まない、俺の居場所はとっくに無くなっていたんだ。


「うぅ俺… ごめん、ごめんなさい…」


 怖くなり、思わず泣き出してしまった。

 どうして俺はこう人を傷つけてしまうんだろう?せっかく受け入れてもらえたのに、せっかく仲良くなれたのに、なんで俺は…。


「よしよし、大丈夫だよ… お姉ちゃんがついてるからね?」


 そう言って姉さんは俺をギュッと抱き締めて優しく頭を撫でてくれた。



 “よしよし、怖くない怖くない…”



 あ、また母さんの声だ… ねぇ母さん?俺どうしたら… どうしたらいいの?



 俺は、フレンズの自分が嫌いな訳ではない… むしろ母と同じであることに誇りを持っているつもりだ。


 耳も尻尾も爪も牙も、全て母から受け継いだものだ。


 だからそれを嫌だとかいらないと思ったことは一度もない、母のことを否定するようなことを考えたことはないし、考えたくもない。


 でも、傷付けることしかできないなら…。


「シロ、これからどうするかはおまえに任せるのです」

「我々としてはこのままでもいいと思っているのです、我々が気を付けていればいいだけの話です」


「どうするって…」


 出ていくかどうかの話だろうか?そうだな… 誰かを傷付けるくらいならいっそ一人でいた方が。


「迷惑はかけられないよ、だから…」


「我々は迷惑と思ったことなどないのです!」

「もし気を使っているのなら関係ありません、ここに残るのです!」


 大切にされていたんだな… と二人の言葉が暖かく感じた。

 でもダメだ、俺も二人がなんだかんだ大切なんだ、恩人だもの… だからこそ、俺はこれ以上ここに居てはいけない。


「でも今度は博士達にケガをさせるかも、長が倒れちゃ大変だ… 俺は一人でいたほうがいいのかもしれない、ヒトでもフレンズでもない… ケモノじゃなくてノケモノだったんだよ俺は…」


「シロ!それは違うのです!そうじゃないのです!」

「お前は仲間です!家族です!ノケモノになど長の我々がさせません!」


「ありがとう… でもごめん、出てくよ」


「「シロ!」」


 俺は荷物をまとめるために博士たちに背を向けて歩きだした、涙が堪えきれない… 何年も暮らしたとかそんな訳でもないが、ここでは非常に濃い時間を過ごさせてもらった。

 だからここから1人になるのは海の向こうの人間の世界から出ていった時よりも辛いと感じる。


 そうだ、どーせなら今後生まれるかもしれない俺みたいな子のために国の実験動物にでもなったほうが何かの役に立ったかもしれない、父さんは「息子を実験のために監禁する親なんていない!必ず守る、安心しろ」と言って俺をパークに送り出したが… その方が今後の役に立つのならそうするべきだったとすら思ってしまった。


 とんだ親不孝だよ俺は、今さら帰ることもできないし… だからどこかで一人で暮らそう… さよならみんな。

 

「シロさん…」


「かばんちゃん…」


 彼女はパークの英雄… 残念ながら俺は彼女みたいにはなれないようだ、このままここに居座るといつか彼女と対立してしまう気がする… そんなのは嫌なんだ、できれば仲良くしていきたい。

 

「君がいればパークは大丈夫だね」


「え…」


「もう少しお話ししたかったけど、ごめん… 実は君と話す時なんか緊張しちゃってさ?うまく言葉がでてこないんだ、時間かけて馴れようかと思ったけど、もう…」


 もう、その必要も無くなったんだ…。


「僕も… 僕もこういう性格だから他人行儀になっちゃうと言うか… でも僕もシロさんともっとお話したいです!」


 彼女には嫌われている思っていたが…。


 なんか、なんだろうか?


 そんな悲しそうな顔をされたら…。


 胸が、痛いよ…。





「うみゃー!シロちゃん!いっちゃダメだよー!」


「え?グヘッ!?」


「サーバルちゃん!?うわぁっ!?」


 飛び込んできたサーバルちゃんの頭突きをくらい前に倒れこんだその時、俺はわりとよくない感じになってしまった… でもこれは流石に不可抗力だと言い張りたい。


「あイタタタ… タ…」


「あ、あの… 」


 おっとこれは…。


 地面に手を突き、現在はいわゆる四つん這いみたいな状態である… 俺の手と手の間にはクリッとした目とややウェーブがかった黒髪がチャーミングな女の子が地べたに倒れこんでいる、まぁ所謂床ドンという状態なんだが。


 勢いでかばんちゃんを押し倒してしまったらしい。


 潤んだ瞳とうっすら赤く染まる頬、やや汗のしたる首筋、綺麗な鎖骨、艶のある唇… 思わずごくりと生唾を飲む。


 間近で見ると分かる、きっとこの子は痴漢とかされやすいタイプだ… 何も言えないから相手は付け上がりエスカレートしてこころに傷を負ってしまうような。


 まぁ逆に言えば守ってあげたくなる系。


 おかしいんだよ俺、あんまり人見知りとかする方ではないけど、この子の時は人見知りみたいになってさ?


「かばんちゃん… あの…」


「あぅ…た…たぅぇ…」


 …?田植え?


「食べないでくださぁ~い!?」ドンッ!


 その言葉でハッと我に返る。

 ドンッ!と押し返された時にはゴロリと地面に転がりボーッと空を見てた、青空だ… 昨晩は雨でも降ったのか草が少し濡れている。


 なんだろうこれ?彼女が苦手とかじゃないんだけど言葉につまるこれは…。

 

「あ、あぁわわ!ごめんなさい!大丈夫ですか!?」


「わたしもごめんね!立ち止まったからチャンスかと思って飛び付いちゃった!かばんちゃんも大丈夫?」


「ぼぼぼ僕はいいの、いいんだけどその…」


 動揺してる… まぁいきなり男に押し倒されたらそうもなるだろう、本当にごめんなさい。


 はぁ… 調子狂うな、なにやってるんだろう俺?そうだ、パークから出ていかないと、ほら出て… いかないと…。


「うぅ…」


「あ!シロちゃんごめんね!痛かったの?」


「大丈夫… 大丈夫だよ… うぅ… グスン」


「シロさん…」


 また泣いちゃったよ… ダメだね最近涙腺が緩くていけない、二人とも心配そうに俺の顔を覗きこんでいる

 それから聞き覚えのある足音が聞こえる、これは一本下駄の音、草の上でもよく分かる彼女の足音。


「おーい!どーしたー!」


「あぁツチノコちゃん… ダメだね俺って?自分のこともろくにわかってない、だから姉さん達にもケガさせそうになるんだ」


「おいどーした!らしくないぞ!気の効いたジョークとか言えよ!」


「ごめん、でももう出ていこうと思うんだ… パークから」


「何言ってんだぁ!?」


 涙の溢れる目を隠し、地面に寝転んだまま答える。

 そのままぐっと胸ぐらを掴まれると、彼女ほ真剣な眼差しで俺見つめ、怒鳴りつけてくる。


「バカなことを!早まるんじゃない!」


「いや、悩む必要もないくらい当たり前のことだと思うんだ、これから自分の野生に自我を食われてきっとセルリアンよりずっと危ない存在になるよ俺は」


「使いこなせばいいだろ!野生解放に振り回されるな!修業すればいいんだよ!ヘラジカもライオンもそれで言い合ってるんだ!自分が連れていくって譲りゃしない!」


 鍛えろってこと?野生解放を?それで言い合いに?


「修行…?」


「そうだ!何も出ていくことはない!野生なんぞ飼い慣らせ!ヒトだろ!」


「でもでも… 修業が身にならなくて結局使いこなせなかったら… 」


「できるまでやればいいだろ!だれもお前を見捨てたりしない!だがどーしても…! どーしても無理ならそのときは…」


 目をそらしたままツチノコちゃんは勢いを弱くしていく、そしてボソッと呟くように俺に言ったのだ。


「ち、地下迷宮で暮らせばいい… あそこなら滅多にフレンズもこないから」


 その言葉に少しキョトンとした… 今のはなんだ?つまりそれは…。


「一緒に住もうって…?」


「だぁーっ!?違う違う違う!?あそこは広いから一人や二人増えたとこでなんでもないってことだ!あーッ!!」


「あぁ… あっはは!」


 なんだかおかしくなった、そっか… 前にスナネコちゃん俺に言ってたっけ?


「騒ぐほどでもないかぁ…」


「そうそう… ってあれ?スナネコちゃんいつから?」


「さっき起きたですぅ… ふわぁ… シロがかばんに迫っていたので面白そうだと思って来ました」


 迫っ… 迫ってない!無実だ!


「いや!あれはサーバルちゃんが…!?」


「シロちゃん!かばんちゃんは狩りごっこあんまり好きじゃないんだよ!食べちゃダメだよ!」


「食べないよ!」


 ひ、人聞きの悪い!そういうこと合意も無しにしかもお外でしちゃいけないんだよ!あ、愛し合う男女の行いなんだよ!?


「~///!?」


「かばんちゃん?疲れてるの?顔も真っ赤だしなんだか熱いよ?」


「おいシロ、かばんになにした?」


「何も…!?ちょっとなんで怒ってるの!?誤解だよ!」


 …


 って感じで次第に元気になってきたんだけどさ?結局俺が重く考えすぎてただけみたいだったのか。

 なにも出てくことないってみんなに言われるし、姉さんは何回でも止めてくれるって言うしヘラジカさんはまた戦いたそうだし…。


「ところで修業… って具体的にはなにすればいいの?」


「まずはやるですか?やらないですか?」「それをハッキリしてから考えるのです」


 もちろん、俺はやると答えた… いっぱい元気もらったし、可能性があるならしがみついてみようと思う。


「料理のことならとりあえずいいのです」「かばんも帰ってきたことですし、ヒグマもコキ使ってやるのです」


「えー!?ひどいよ!」


 とりあえずは自分のことに集中しろということだろう、ここは博士達のお言葉に甘えて修業に力を入れていこうと思う。


 で問題は…。


「それでー?もちろんウチに来るよねー?」


「何を言っている?私が無敵の戦士に育ててやるぞシロ!」


「う~ん… なぜこんなことに」


 この件だが、穏便に腕相撲で決めようということになり、一見押されているように見えた姉さんだったが火事場のなんとかで見事勝利を納めたのだった。


 でも修行と言うからには厳しくしてもらわないといけない、姉さんはご覧の通り甘いのでヘラジカさんにも是非ご教授願おう。


 不安ではあるが。


「それじゃあ、しばらく姉さんのとこに厄介になりつつヘラジカさんのとこでも修業つけてもらうよ」


「そうだねぇ、それがいいよ!私は戦いとかあんまり柄じゃないからさ~?」


 ど、どの口が言う… と腹をさすりながら俺は思っていたがそれは内緒だ。


 というか、ライオンのことを理解するなら姉さんの側が一番だろう、始めからこうするのが正解だったんだきっと。


「ということは… しばらくはライオンさんのお城に寝泊まりするんですね?」


「そうなるね」


「あ、はい… ですよね…」


 え… なんで?ダメなの?図書館からお城に変わるだけなんだけどな…。


「かばんちゃん?どーしたの?」


「あ、いや~その… そうだ!図書館からそう遠くないし、会おうと思えばいつでも会えますね?」


「あ、うん… もし料理を作ってくれるなら、博士達が無茶苦茶言ってきたら俺も手伝いにいくから?その… 言ってね?」


「は、はい!お願いします!」


 フム… わからん、何となくらしくない感じはしたけど…。


 かばんちゃんとは会ってから一日目だからなんとも言えないな、もしかしたら意外と不思議ちゃんなとこがあるのかもしれない。





「じゃあ姉さんヘラジカさん、これに乗って?」


「なんだーこれ?」

「バスとは違うものか?」


「似たようなもんだよ… よしエンジン始動!」ブブブブ…プスン…


 え?なんで… どうしたの?バギーちゃん…?


「燃料ガ無イヨ」


「わぁあ!?ラッキーさん…?なんか久しぶりですね?」


 くそ!絞まらないなぁ!っていうかあの腕時計ラッキービーストだったのか… ちゃんと時間も教えてくれるのかな?


 バギーは使えないので、結局バスで送ってもらうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る