第28話 空白の時間

 パーティーの翌日、早朝。


 現在図書館には博士達、そしてかばんとサーバル、平原の二人の王ライオンとヘラジカが昨日からそこに残っていた、ツチノコとスナネコもいる、彼が心配だったのだ。


 そう彼…。

 即ちシロは、あれから眠り続けまだ目を覚ましていない。


「まぁとにかく、無事に終わってよかったのです」

「かばん達が帰ってきたのは予想外ではありましたが」


「はい、改めて… ただいま戻りました」


 何やら少しどんよりとした空気だった。


 雨上がりのしんりんちほーはややじめじめとしていて、彼女達のその心境の複雑さもあり重たい空気が充満していた。


「かばん達と積もる話はありますが、今はシロのことです」

「ライオンにヘラジカ、これに関しては助かりました」


「いいっていいって!弟の面倒は姉がみないとね!」


「うむ、私としても戦えて満足だ!」


 何かが起きていた。

 昨日のパーティー、日も傾き始め彼がステージに上がった時のことだ。


「あの… シロさんはいったいなぜ?昨日はどうして急に?あんなに優しかったのに…」


「ねぇ博士!シロちゃんはどうしちゃったの?」


「今話すのです」

「ヒトとフレンズの間に生まれたシロはなにかとデリケートということかもしれませんね?博士…」





「がぁーッ!!ありがとー!!」


 彼が己の真実を皆に打ち明け受け入れて貰えたその時、シロは嬉しさのあまり両手を高く高く上げて雄叫びをあげた。

 が、それからほんの数秒後のことだった、急に糸でも切れたようにダラりと腕を下げ泣き笑い彼の豊かだった顔が無表情に変わる… そして。


「グルル…」


「シロ?どうかしたの?」


 彼の急な変化にプリンセスがキョトンとして顔を覗く、するとそこには先ほどまでの優しく笑う彼の顔はなかった、目はギラギラと野生の輝きを見せ、歯を食い縛り牙を見せている… 明らかに様子がおかしいのは彼女にもすぐにわかった。


「ひぃ!?」


 とあまりの変化に驚きの声をあげたプリンセス、しかし彼女はアイドル、プロ根性でなにか言わなくてはとシロに再度近づいた時だ。


「待て、後は任せろ…」


 そこにライオンが割って入った、目は真っ直ぐシロを向き低めの声を出していた。


「ライオン、シロはどうしたんだ?」


「ヘラジカァ… 手加減はしなくていい」


「わかった…」


 ライオンの言葉に状況を察したヘラジカもステージに上がり、二人はシロを間に挟むように立った、フレンズ達はその光景にざわついている、この状況をとても理解できていないのだ。


「グルァァア!!」


「チッ…!」 


 ライオンと目が合うなり狂ったように飛びかかるシロ、その姿はまさに野獣… ヒトの姿をとった獣。


 両手を受け止め組み合うライオンは小声でシロに訪ねた。


「聞こえるか?お姉ちゃんだぞ…!」


「ガルルルルッ!」


 

 クッ… 聞いちゃいない、それに何て力!



 しかし姉、ライオンの声は弟シロには届かない。

 同時にそれを隙とみなしたヘラジカは自慢の角を模した槍で攻めに入る。


「でぇぇい!」


「ガァウ!」


「何ッ!?」


 組み合ったまま飛び上がりヘラジカの攻撃を避ける、その姿に一瞬動揺したライオンは手を緩めてしまった。


 するとその隙を逃すはずはなく着地すると同時にシロはライオンに後ろから鋭い蹴りを入れた。


「うぁ!?」


 こいつ!腰を狙って!?

 

 即ちそれはライオンの弱点を本能的に把握していることを意味していた。

 それを体を捻りうまく受け身をとるライオン、だがこれはただ事ではないのだ、早く何とかしなくてはならない、このままでは…。


 彼の手で皆に危害が及ぶことになる。


「ヘラジカ、シロの動きを封じてくれ」


「任せろ! …シロ!いざ勝負だ!」


 勇敢にも立ち向かうヘラジカはその鋭い爪を槍でいなし、豪快な当たりに真っ向から立ち向かう。

 

 激しい戦いは続いた。


 「手加減はしなくていい」と言われたヘラジカは始めから全力で挑んでいた、そもそも彼女は手加減がそれほど上手くはないのだ。

 やがて森の王としての彼女の戦闘勘が優れていた為か、今のシロが正気でなかったからなのか、徐々にヘラジカが押し始めシロにも疲れが見えだした。


 そしてついに…。


「ライオン!」


「オウ!」


 隙を突きヘラジカが彼を羽交い締めに、そしてその合図と共にライオンは素早くシロの懐に入り込むと一言添えて拳を強く握った。


「シロ?お前がどんなになっても、姉ちゃんはお前の味方だよ…!」ドスンッ!

 

 姉から弟へ送られた言葉と共に、強烈な拳がシロの腹部に打ち込まれる。


「あ!…ぐ!ぁ ッ! …」


 鈍い声を挙げ動きを止めた彼は姉ライオンにもたれ掛かりそのまま気を失った。

 

 そして発現していたフレンズとしての特徴である耳と尻尾もまた、意識と共にふっと姿を消してしまった。



 静寂の中、急な雨がポツりポツりと降り注ぐ、まるで空が何かを悲しんでいるかのように。



 少しすると、ざわざわと集まっていたフレンズ達がどよめき始めた。

 一部始終を見ていた長やツチノコ達にも焦りの色が見える、このままではシロの立場が悪い。


 せっかく受け入れてもらえたばかりだがこれを切っ掛けに急に暴れた彼を皆恐れ迫害するかもしれない。


 が、そこで気を失った彼を抱きかかえたままライオンは言ったのだ。


「あ、ゴメーン!?強すぎた!?」


 いつも話す素の声でどこか抜けたような発言をしたライオンに、なんだなんだとざわつくフレンズ達。

 

 続けてライオンはわざとらしく言った。


「いや三人でね?ビックリさせようとサプライズしてみたんだけどぉ?結構強いからマジになっちゃったぁ!?でも主役が寝ちゃったから退場!みんなごめんねー?」


 シロを担いだままステージからそそくさと降りるライオン、ヘラジカもそれについていく。


「ほ… 演技でござるか…」「死んじゃった?シロ死んじゃった!?」「いや、寝ただけだろさすがに…」

「たいしょー!さすがです!」


 既にシロの事情も本人から聞いており、更に演技派でもあるライオンの機転により最悪の事態は回避された、その後は雨もありパーティーはお開きとなった。


 シロは中へ運ばれ、皆で後片付けなどが進められるとやがて夜に。



 すべてが終わる頃、雨は止んでいた…。





「ツチノコ、前にシロがおまえ達をセルリアンから助けたときに声は通じていたのですか?」


「声を掛けたが返事はなかった、だが自我はあったように思える… 息が上がっていてすぐに気を失っちまったが」


 ツチノコの目から見ても昨晩のシロは様子がおかしかった、野生解放したからといって獣そのものの様になるなんてよほどのことだ。

 現にシロはライオンの前で正体を明かした時もケイドロでヘラジカから逃げるときも平気だった、昨日だって落ち着かない様子ではあったが初めは普通に話していたのだ。


「じゃあじゃあ!いつもはあんな風にならないの?」


「と思うけどねぇ~?私の前であれやった時も“落ち着かない”ってすぐやめちゃったからさぁ」


 サーバルの問に答えたライオンの言うとおり、何かあるとしても本人はそれを望んでいないので事前に解くことができる。

 ぷっつりと意識が途切れ本能のまま動くなど今回が初めてだった、何かトリガーになるものがあるのかもしれない。



「僕の考えなんですが、シロさんはあまり態度には出さなかったけど酷く疲れているみたいでした… もしかすると体の疲れが影響したとか?」


「我々もそう思ったのですが…」

「恐らく一因のひとつに過ぎないのです」


「難しくてわかんないよぉ…」


 各々推理をまとめていく。


 シロは野生解放するとフレンズの姿に、しかし昨日は攻撃的な獣のような行動をとった。


 なぜか?


 彼は前々から「暴れるかもしれないから注意してほしい」と一言入れてから例の姿を見せていた、つまりシロ自身ああなるのはわかっていたということだろう。

 しかし乗っ取られるように暴れるなんてことは今回が初めてであり、望んでいないからこそ前から注意を呼び掛けていた。


 「我々の野生解放とは違う…」長達は、何が違うのか考えていた。


 そこに。


「決まっている」


 そう言ったのは腕を組み仁王立ちする森の王ヘラジカ、彼女の意見とは。


「修業が足りないんだ修業が!」


 意見… 否、根性論である。


「頭を使うのです」

「ちゃんと食べているのですか?」


「しゅぎょー?でもわたしも急にできるようになったよ?関係無いんじゃない?」


「当たり前だろ、野生解放なんてその気になりゃ誰でも… 待てよ?」


 ヘラジカの答えは確かに根性論であった、がツチノコはその理論に対するサーバルの答えを聞きあることに気付いた。


「そうか、アイツはヒトだ!」


「周知の事実なのです」

「ツチノコ、おまえもですか…」


 今までフレンズ基準で考えていた、彼女はそれに気付いた。


「最後まで聞くんだよ!いいか?ヘラジカ、おまえはヘラジカだ」


「そうだ!」


「ライオンはライオンだ!」


「そうだねぇ」


「わたしもー!サーバルキャットのサーバルだよ!」


 この時博士たちは「ツチノコはシロのことがショックで頭が悪くなったのです」とか程度に思っていた、確かに皆から見れば知識が豊富なツチノコにしては妙な答えではあったのだ。


「あ、そういうことですか?」


「そうだ!気づいたか!」


「なんなのですかかばんまで?」

「ちゃんと頭を使うのです」


「だから!アイツはヒトだろ!」


 何かに気づいてテンションが突き抜けているツチノコの代わりにかばんが答えた。


「では僕が… フレンズさんは元の動物がいます、サーバルちゃんならサーバルキャットみたいに… でもシロさんはヒトです、ヒトなのにライオンさんでもあるんです」


 長の二人もハッとした。

 ツチノコはヘラジカの「修業」という言葉を聞いたとき、野生解放は本能的に使い方がわかるから修業なんてそもそもいらないと思った、だから始めはサーバルの答えにもやや呆れていたのだ。

 恐らく皆もそうだったから先程まであのような反応だったのだろう。


 しかし、ホワイトライオンのフレンズから特性を受け継いだ特異なヒトであるシロは、フレンズでもあるがヒトとして今まで生きてきた、共に暮らす彼の母親もライオンの生活というのは伝えられなかった。


 つまりざっくり言ってしまうなら、彼はホワイトライオンとしての自分をよく知らない、力が強く爪と牙があり動きが早い… とその程度の理解しかないのだろう。


 同時にそれはただ危険な力という認識があり、だからジャパリパークに来たしフレンズ化もあまりしたがらないのである。


「ということだ!わかったか!」


「そ、そこに気付くとはさすがです」

「勿論わかっていたのです、合わせていたのです」


 長も決して頭が悪い訳ではない、少し考えが固かったのだ。


 そして原因がわかった時、修行の言い出しっぺであるヘラジカが意気揚々と言い放つ。


「そぉだぁ… シロは私が預かろう!私が修業を付けてやる!」


「「「え!?」」」


 わからないなら教えてやればいい。


 と、ヘラジカは本人の意思も関係なくシロ連れ去るつもりだった、どうやら昨日の戦闘でずいぶんと彼に入れ込んでいるようだ。←戦闘力的な意味


「待て」


 それを止めたのが姉ライオンである。


「うちで世話をする、手ぇだしてんじゃねぇぞ…?」


 でも同じような理由だった。


「おいお前らぁ!勝手に決めてんなよ!」


「そ、そういうのはシロさん本人が決めるべきかと…」


 誰が彼の面倒を見るか、争奪戦が始まろうとしていた。






 


「んん… 騒がしいな… うぁッ!?痛ぁッ!?」


 その時、俺の腹部に激痛走る。


 な、何故!?昨日何してたっけ? 


 パーティーして、ステージに呼ばれて、話して、喜んで… 喜んで… く!わからん!

 しかしなんでこんなに腹が痛いんだ?


 ハッキリ思い出せないがなにかよくないことがあった気がする、そうか俺は気絶したんだ… でないとこんなぷっつりと記憶は切れないだろう… あと痛い、これは打撲だ。

 

 向こうで声がするな?


「シロのことは同じライオンである私が世話をする!」


「関係ない!要は力の使い方を教えてやればいいんだ!」


「おまえ達、何を勝手に決めているのです」「シロがいなくては料理が食べれないのです、ダメですね」


 なんの話だろうか?揉めてるみたいだけど…。


「み、皆さん落ち着いてください!ケンカはダメですよ!」

「熱くなりすぎだよ!」


「起きてから本人に聞けばいいだろ!」


 何あれ… え?俺のこと?昨日のことと関係が?


「私の弟に唾つける気か?ヘラジカァ?」


「やる気かライオン?いいだろう、勝った方がつれていく」


「許可できないのです」

「勝手は許さないですよおまえ達」


 これは止めに… 入らないとな。


 俺は真っ直ぐ皆のもとへ向かい、その過程で穏健派の三人があたふたしているのを見て事情は何となく察することができた。

 

「おはようみんな」


「シロ!」「シロさん!」「シロちゃん!」


「昨日は… なんか迷惑かけたみたいだね?ごめん… それでこれも俺のせいかな?」


「いや、これはアイツらが勝手に盛り上がってるだけだ!おまえが悪いわけじゃあ!」


 ツチノコちゃん… これは気を使わせてる時の話し方っぽいな、俺は少しバツが悪い気分になり笑顔を作って「ごめんね」と一言また謝罪を伝えておいた。


「なんだかふらついてるみたいですけど… 大丈夫ですか?」


「あ、うんちょっとこの辺痛くてさ…」サスサス


「あぁ…」


「さぁ、それよりアレを止めないとね」


 姉さんにヘラジカさん、そして博士助手… 皆して外に出て何をしてるんだ?これなんていうんだっけ?三つ巴?三竦み?まぁいいか、止めないと。


「はいストップ!ストップ!喧嘩しないでー!」


「「「シロ!」」」


 一斉にこちらを向き、俺の元へわらわらと詰め寄ってくる。


「シロ!昨日は凄かったなぁ?私とライオン相手にあそこまでやるとはな!」


「え…」


「シロぉ~!やり過ぎちゃってごめんねぇ~!お姉ちゃん心配したんだぞ~!?ここ痛くないかぁ!?」


「えぇ…?」


「シロ、何とかするのです」

「責任をとるのです」


「責任!?」


 俺は… 俺はまさかとんでもないことをしてしまったんじゃ…?


 まさかこれは噂に聞く一夜の過ちとか言うやつでは?


 しかも二人同時に“凄いこと”を“やり過ぎ”だなんて…!?


 ハッ!?と後ろを向くと神妙な顔をした三人、あの表情はきっと俺の行動にドン引きしてる時の表情だ…。

 ふぅ… 終わったな、俺はこういう男だったのか、しかもみんなの見てるまえでとか本能剥き出しすぎだろ。


「そういうわけだから、私とこいシロ!立派な戦士にしてやるぞ!」


「手ぇ出すなっつってんだろッ!」


「またですか…」

「またですね…」



 ひぇ… まさか修羅場なのか…。

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