第29話 鋼帝国軍 陸海空


(パレット、貴卿の成長には驚かされた……だが……!)


「リーフシードラ、サブレの足に絡みつけ!」


 海藻のように擬態したタツノオトシゴは、仔馬の後ろ足にシュルシュルと巻きついた。


「よし、そのまま遠心力を使い、放り投げろ!」


「サブレ、踏みとどまって!」


「ヒヒィーン……」


 仔馬は姿勢を丸めて踏みとどまろうとする。しかし、ズデンと足を滑らせ、足をリーフシードラに掴まれてしまった。


「嘘っ!? サブレの体重は90kg近くあるのよ……?」


 パレットは驚いたが、すぐに状況を理解した。


「サブレの近くの床が凍りついてる……」


「さよう。バリアを張りながら、A–Zの口から冷気をほとばしらせていたのだ」


 リーフシードラは仔馬の足を掴んだままその場を数回転し、A–Zのもとへぶん投げた。


「サブレ……!!」


「A–Z、『鋏撃はさみうち』!」


 ゴォォンと、ザリガニの硬いハサミがサブレに振り下ろされた。サブレはピヨピヨと目を回し、倒れた。


「これでお互い、あと一匹を倒せば勝敗が決するな」


 青い髪の青年は、屋根の吹き飛んだ天井から、晴天を見上げながら言った。


(思えば天上界から来た某が『空』を眺められるようになったのは、あの頃からだったな……)


【—5年前—


 この世界の上空にある特珠な空間、虹色の雲、真珠母雲の上にて……


「某が下界へだと……?」


「はい、あなたに『4LDK』……つまり、天上界の代表として、人間界へと降りて頂きたいのです」


 澄んだ青い瞳の、緑色の髪の女神様は某にそう告げた。


「人間界での3年前、人間界の神様、『亜偽乃あぎの 翔空とあ』の拠点である陽光町に、『ミカエル』を送りました」


「ああ。ミカエルの活躍は某も耳にしている」


 ミカエルこと天野あまの 美香みかは、『天魔併合事件』が起こる以前から下界へ送られていた。


 もっとも、本人は途中まで、天使だということを忘れたまま下界で暮らしていたらしいが……


「ですが、天上界、魔界、下界の3つの世界の人々が共存するためには、互いのことをよく知らなければなりません」


「事情は理解した。だが、某は何をすればいいのだ?」


「下界では長らくの間、『冷戦』という戦争の一歩手前の状態が続いています。ヴァルカネルには、戦争が起こらないよう『抑止力』になっていただきたいのです」


 常に静寂に包まれた天上界とは違い、下界では些細なことで喧嘩が起こる。国同士の喧嘩は戦争へと発展し、滅んでいく世界を幾つも目にしてきた。


「了解した。某に任せてくれ」


「頼みましたよ、ヴァルカネル……どうか争いのない世界を……」


 その日、某は天上界より下界へと降り立った。やることは既に決めていた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 —鋼帝国軍事施設—


「「「996……997……998……999……1000……!!」」」


「「「教官、終わりました!!」」」


 上半身裸の屈強な兵士達は、汗を滴らせながら1000回の腕立て伏せを終えた。だが、まだだ。まだ足りない……


「ならば次はスクワット1000回だ! 5分の休憩の後、再開する!」


「「「は……はいっ!!」」」


 当時から今に至るまで、最強の軍事力を保有している『鋼帝国』。某は海軍に所属し、瞬く間に昇格を果たした。


「声が掠れているぞ! もう一度だ!」


「「「はいっ……!!!」」」


 ちまたでは某のことを『鬼教官』と呼び恐れる者も大勢いたと聞く。だが、某に立ち止まる余裕などなかった。


『鋼帝国』を世界最強の軍事国家として世界に知らしめる。それこそが最大の抑止力、世界の平和に直結すると思っていたからだ。


「……よし、休憩時間は終わりだ! スクワット1000回!」


「「「はいっ!」」」


 その時、未だに腕立てを続けている水色の髪の少年が某の視界に入った。


「994……995……996……!!」


「おい、いつまで続けている!」


 某が口調を強めても、水色の髪の少年は腕立てを続けていた。


「997……998……」


 その少年は息を切らしながら、力の入らなくなった腕を無理やり叩き起す。


「999……1000……」


 ——グシャッ


「「「16……17……18……」」」


 少年以外の兵士達は、某の指示通りスクワットを続けていた。


「……5分休憩をやろう。その後に続けろ」


 某が冷たく少年に言い放つと、少年は拳をギュッと握りながら立ち上がった。


「1……2……3……」


 そして続けざまに、スクワットを開始したのだ。


「まさか休憩を返上して続ける気か? ……死ぬぞ」


 死ぬ。天使となり天上界で生活するようになってから、遠くなってしまった言葉だ。


「死んでも……構いません……!! 早く……教官のような強い人になりたいんです……!」


「……貴卿、名はなんという?」


「……カイ……五十嵐いがらし……かいです……!!」


 この日から某は、この水色の髪の少年を気にかけるようになった。


 カイは某のことを『師匠』と呼び、毎日のように慕ってくるようになった。


 その日は雲一つない晴天だった。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 —そして4年以上の月日が流れた3週間前—


「久しくぶりだな、カイ……


 鋼帝国の王室前で、再びカイと遭遇した。だが、その人物は某の知っていた人物とは変わってしまった。


「師匠、どうして軍を辞めたんですか……」


 成長した水色の髪の少年は、軽蔑の眼差しで、淡々とした口調でそう言った。


「当時の某は狭い視野でしか物事を見ることができなかった。それだけだ」


「僕の視野が狭いと、そう言いたいのですか? 秘宝とかいう玩具おもちゃ遊びにうつつを抜かすようになってから、師匠は本当に弱くなりましたね」


 何も言い返すな。言わせておけ。


 某は溢れそうな感情を押さえ込んだ。


「師匠、鋼帝国軍に戻ってきたみたいですね。人質の金髪の少女を解放する代わりに。プライドは無いんですか?それとも、そんなにその子の事が大切なんですか?」


 この4年で何があったのかは知らん。だが、カイは歪んでしまった。強かった『憧れ』は『嫉妬』へと変貌してしまったのだ。


「……まあいいです。『鋼帝杯』で白黒付けましょう」


「『鋼帝杯』だと……?」


「地下闘技場で行われる、鋼帝国主催の裏の秘宝大会・・・・・・です。僕だけではなく、リクとクウも参戦します。そこで白黒付けましょう……」


 カイはそう言い残して去ってしまった……】


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 —そして現在—


「さあパレット、次の秘宝を出すがいい!」


「ええっ!」


 青い髪の青年に応えるように、パレットは頷いた。そしてスカートのポケットから、白銀色の宝箱とジャラりと鍵束を取り出した。


(まさかそれは……)


「ホッブズ、借りるわよ……!」


(ホッブズの秘宝獣だと……?)


 パレットは鍵束の白銀色の鍵を、白銀色の宝箱に差し込んで、回した。


開放かいほう……ツヴァイアサン!!」


 鍵付きの白銀色の秘宝からは、天災にも等しい、双頭を持つ巨大な海蛇が現れた。


【Sランク秘宝獣—ツヴァイアサン—】

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