第24話 ラボ、大パニック!?

【1棟 ラボラトリー 講堂前】


「どうだったのです? お爺様たちの研究成果は……」


「ええ、あたしが知らない情報も得ることができたわ」


「それは結構なことなのです」


 ジト眼の少女とパレットは、仲睦まじめに会話していた。


「では、御朱印帳を出して欲しいのです」


「えっ、こんなところで貰えるの?」


バレなければ・・・・・・大丈夫なのです。それに、この大学院は宗教とも密接な関わりがあるのですよ」


 ジト眼の少女が指をパチンと弾くと、講堂の部屋から巫女装束の女性が現れた。


「お話は聞かせていただきました。では、パレット様、御朱印帳を……」


「え、ええ……」


 パレットは両手を使って黒い御朱印帳を見開きにする。巫女装束の女性は手帳にサラサラと筆を加える。そして、ポンと印鑑を押した。


「可愛い! これは鹿ね!」


「佐用でございます」


 これでパレットの御朱印帳に、猫、蝶、蟹、狐、兎、鹿のスタンプが押された。


「これで残すはあと1つね!」


 パレットは満面の笑みを浮かべて、黒い御朱印帳をギュッと抱きしめた。


「最後に、第2棟にあるお爺様の研究所を見ていくといいのです」


「Thank you《ありがとう》!」


「どういたしまして、なのです」


 ジト眼の少女は、長い髪をなびかせて研究所の外へ歩き去っていく。


 パレットはその反対方向の、第2棟の研究所へと向かった。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「それにしてもホッブズ、それに学生帽の人も、まだあの無駄に長い演説を聞いてるのかしら?」


 パレットはひとりごとを呟いた。


 もしかしたら、ひとりごとではないのかもしれない。しかし、パレットにのみ第3者の視点の情報を与えることはできない。


「まあ、どうだっていいわ」


 パレットは意外とすんなりと折れてくれた。

 こういう時はサバサバした性格で助かる。


「あら? このボタンなにかしら?」


 ——ポチッ


 パレットは、壁から突出した謎の赤いボタンを押した。


【1棟 ラボラトリー 講堂内】


『緊急事態発生、緊急事態発生、生徒及び一般の方々はただちに施設の外へ。教職員は速やかに第2棟、研究施設へと集合してください』


「な、なんだ……」


「いったい、何が起こったんだ?」


 赤いハザードランプが『ウーウー』と音を立てて回っている。


 教室の外から、全速力で走ってきたスーツを着た男性が、教壇にいた七三分けの教授へと息を切らしながら告げる。


「教授……研究所内の秘宝獣の秘宝が……全て解放リベレイトされました! 何者かが強制解放ボタンを押した模様です……!」


「な、なんだって~!?」


 七三分けの教授はあからさまに驚愕した。


「だからあれほど、あのスイッチは誰の手にも届かない所に置いた方がいいって言ったじゃないですか!」


 スーツを着た男性は、七三分けの教授に必死に訴えかける。しかし、教授は腕を組んだまま「う~ん」と唸り声を上げている。


「いったい何事かな?」


 そこに、茶色の帽子に茶色い服を着た、パイプを吹かした、白い髭を蓄えたお爺さんが入ってきた。


「白樺校長!!」


「白樺所長!!」


 七三分けの教授とスーツの男性は、同時に言葉を発した。


 ひな壇の高い位置から、赤い髪の少年と学生帽の少年はその様子を眺めていた。


「誰だ……?」


「生徒会長のお爺様だ……」


 学生帽の少年は、小さな声で赤い髪の少年に教えた。


 スーツの男性は、ガタガタと震える足を両手で叩き、パイプを吹くお爺様へ詰め寄った。


「所長、何故です!? 会議でもあなた以外の人は全員、あのスイッチをアソコへ配置するという提案には反対していたはずだ……!」


 スーツの男性は、「それなのに……」と、歯をきしませる。


「次の日にはスイッチはアソコへ配置されていた! 謎の力が働いた、としか言いようがない! 所長、あなたはいったい……」


「ちょっ……落ち着いてください!」


 七三分けの教授は、スーツの男性の脇の下から手を入れ、ガッチリとホールドした。


 パイプを吹かしたお爺様は、パイプを口から外し、顔を逸らしてフーっと大きく息を吐いた。そして、スーツの男性へ向き直った


 そして、真剣な眼差しで一言。


「そのほうが、面白いからじゃ・・・・・・・


 そう、告げた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


【第2棟 ラボラトリー 秘宝獣研究施設】


「ちょっとそこの金髪の嬢ちゃん」


「なにかしら?」


「今、手空いてないかな?」


 パレットは首を傾げた。いったいどうしたの? とでも言わんばかりに。


「研究所にいる秘宝獣が脱走してしまい、研究所の職員全員で手分けして回収している所なんだ……」


「ふーん……それで?」


「もし時間があれば、秘宝獣の回収を手伝って欲しいんだ」


 心の広い人であれば、明らかに困っていそうな彼らを助けるのは当然であろう。


「ええ、いいわよ」


「本当かい? 助かるよ」


「ただし、条件が二つあるわ」


 ……しかし、相手が悪かった


「一つ目。あたしとホッブズの次の島への移動費をタダにすること」


「えっ……!?」


「上を通したくなければ、あなたのポケットマネーなら出してもいいわよ♪」


 パレットは笑顔でそう言い放つ。


「そんな……困ります……」


「それから二つ目、秘宝を譲って貰えない? ヴァルカンがいないからつてがないの。できればBランク(銀色)以上のでお願いするわ」


「ひぇっ……」


 パレットは損な交渉はしない。研究所の職員には、パレットが悪魔か何かに見えたに違いない。


「嫌ならべつに、あたしはこのまま帰るけど? 責任者、来なければいいわね」


「ひぃ……あの所長、何考えてるか分からないし……クビだけは……」


「どう、契約する?」


「お願いします……所長にだけは……」


 パレットはそれまでの態度をひるがえし、研究所の職員に天使のように微笑んだ。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「これで全部かしら……?」


「いえ、あと一匹います……」


 幸いなことに、警報が鳴ったと同時に、研究所内のシャッターも下ろされていたため、外に秘宝獣が出ることはなかった。


 しかし、研究所の職員は秘宝獣の脱走劇に、すっかりと疲弊していた。


「あともう一匹……もう一匹は……いた!」


 物置の隙間から、フサフサとした馬の尻尾がパレットの視界に入った。


おびき出すわよ! 解放リベレイト、アネット!」


 パレットは親指の爪で銅色の宝箱の蓋を上に弾いた。秘宝の中から雀蜂が飛び出す。


「ブゥゥン……」


「さあアネット、怪我させない程度に、あの仔馬ちゃんを外へと出させなさい!」


 パレットは香水の入った袋を、顔を突っ込んでいる仔馬の挟まった物置の中へと投げ込んだ。袋は仔馬の顔の斜め上の壁にぶつかる。


 香水の匂いに誘われ、雀蜂が仔馬の顔の近くを通った。


「キュイーン!!」


 それに驚いた仔馬が、物置から外へと出てきた。


「今よ、捕獲して!」


「はい!」


 研究所の職員は、後ろから忍びより、銀色の秘宝を仔馬へと近づける。


「ほぉら、戻っておいで……」


 ——バシン


 しかし、仔馬は後ろ足を使って、銀色の秘宝を職員の手から叩き落した。


「いて!? この馬、いつもより興奮してる!?」


(アネットを使ったのは、さすがに良くなかったかしら……)


 馬はとても警戒心の強い生き物である。


 特に、声もかけずに背後から近づかれることに強い警戒心を持つ。さっきの研究所の職員はそれを知らなかったようだ。


(どうしよう……なんとか落ち着かせないと……)


 パレットが対策法を考えていたその時、


「サブレ! 餌の時間だ」


「ブルルル……」


 茶色い帽子に茶色の服の、パイプを吹かせた白い髭のお爺様が、パレットの前に現れた。


しょ、所長……!?」


(誰なの、この人……所長……?)


「サブレ、お前の好物の人参だ」


 仔馬はヒクヒクと耳を動かし、パイプを吹かせたお爺様の元へと駆け寄る。そしてパクリと、人参を口にした。


 パイプを吹かしたお爺様は、視線を研究所の職員へと向ける。


「……! お願いします!」


 職員は慌てて、銀色の秘宝を所長へと投げ渡した。


 パイプを吹かしたお爺様は、秘宝をパシッと受け取り、人参を食べ終えた仔馬の身体に銀色の秘宝をあてた。


 仔馬は吸い込まれるようにして、宝箱の中へと入っていった。


(凄い……貫禄もそうだけど、あんなに簡単に秘宝獣をなだめるなんて……)


 パレットは思わず言葉を失っていた。


 パイプを吹かしたお爺様は、パレットへと近づいていく。そして、肩に手を乗せた。


「脱走騒ぎの収拾を手伝ってくれたのかい? 」


「ええ……」


 自信なさそうに答えるパレット。


「見たところ、秘宝獣を扱って一ヶ月に満たないといったところじゃの」


「…………」


 パレットは俯いて、何も言えなくなっていた。いや、何かを言おうと唇を噛み締めていた。


「あーあー泣くんじゃない…… そうだ、解放リベレイト、サブレ!」


 パイプを吹かしたお爺様は、再び仔馬をパレットの前に出した。仔馬はパレットの元へと擦り寄っていく。


「サラブレッドの『サブレ』だ。サラブレッドとは『完璧』といった意味じゃな……」


(完璧……)


 パレットはギュッと拳を握り、悔しそうにその言葉と自分を比較する。


「この『サブレ』を、しばらくの間お嬢ちゃんに預けよう」


「えっ……」


 パレットは零れる涙を拭い、眼を見開いた。


「『サブレ』、お前も強くなってこい。その主人と一緒にな」


 仔馬は、答えるようにコクコクと頷いた。


「よし、いい子だ」


「ねぇ……どうして……? 見ず知らずのあたしに、大切な秘宝獣を預けていいの……?」


 お爺様はパイプを口から外し、再び大きく息を吐いてから、言った。


「知っとるよ、お嬢ちゃんのことなら……」


(でも……初対面のはずなのに……)


「一ヶ月半ほど前、この世界は滅びる一歩手前だったようじゃな」


 それを聞いた瞬間、パレットは身構えた。


(この人……どうして『黙示録事件』のことを……!?)


「あなたはいったい……?」


「ずっとお嬢ちゃんに礼を言いたかったんじゃ。そしてようやく会えた」


 お爺様はパイプを外し、帽子を脱ぎながら言った。


「この世界を救ってくれて……ありがとう」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る