第21話 初代王者と魔界の王

【陽光病院】


 一人の少年が、病室から出てきた。


 学生服を着た黒髪の少年だ。


 黒城 弾。いちおう本作の主人公である。


「まったくッ……これで4人目よッ、4人目ッ。鋼帝国の刺客もホントしつこいわねッ」


「まぁそう言うな、ヒナコ……俺たちは人知れず鋼帝国の野望を阻止しよう」


「いやよッ、アタシの活躍が目立たないじゃないッ!」


 黒髪の少年はズボンのチェーンに取付けた虹色の宝箱から、ひょこっと顔を出した青い鳥と小声で会話をしていた。


『非干渉主義』で『典型的な巻き込まれ体質』な彼は、今日も誰にも知られることなく敵と戦い続けていた。


「「あっ……」」


 病院の廊下を歩いていると、ポニーテールの少女と黒髪の少年がバッタリと鉢合わせた。


「菜の花……」


「黒城……?」


 ——暫くの沈黙。


 ポニーテールの少女は、言おうか言わまいか迷っていたが、先に口を開いた。


「あのさ……今月からまた学校だね。前期は色々あったけどさ、それはもうチャラってことにして……」


「ああ、そうだな」


「って、何その塩対応!?」


 黒城の少年は、スタスタとポニーテールの少女を過ぎ去り、エレベーターのボタンを押した。


「やっぱチャラってのは無し! 愛佳のことも譲らない! 黒城のバーカ!」


「…………」


 黒髪の少年は、無言のまま一人でエレベーターに乗っていってしまった。


 エレベーターの中で、黒髪の少年はズボンのポケットから、白銀色の宝箱を取り出した。


颯斗はやとさん……」


 黒髪の少年は、消えそうな声でそう呟いた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


【これは3年前、第3回『秘宝大会決勝』に向かう途中の出来事だ。


 俺には親戚のお兄さんがいた。火野ひの 颯斗はやと。秘宝大会を二連覇している俺の憧れの存在だ。


だんが応援に来てくれるなんて、俺スゲェ嬉しいよ」


「俺だってもう11歳だ。来年からは秘宝大会にも出られるんだからな!」


「そうか、もう11歳か……」


 颯斗さんはそう言って、感慨深そうに腕を組みながら頷いていた。


「じゃあ、だんが秘宝大会に出られるまで、俺が王者を防衛・・・・・しないといけないな!」


 —その時の颯斗さんの真剣な表情を、俺は今も忘れることができない—


「誰かぁぁっ! 助けてあげてぇぇ!」


 甲高い女性の叫び声が、俺たちの耳に届いた。


 ワンピースを着た細身の女性は、車道で血塗ちまみれの猫を抱いている。


「車に轢かれたんです……治療ができる人いませんかぁぁ!」


 女性の悲痛な声が響くが、その場にいた誰もが他人事のように通り過ぎていく。


 そんな時、俺の方にポンと大きな手のひらが乗った。


「弾、この秘宝をあの猫に使え……!! 運がよければ助かるかもしれない……」


 颯斗さんは切羽詰まった声で俺に告げた。


 俺はコクリと頷き、血塗れの猫の元へ向かった。この『秘宝』という偶然の産物は、今でもそのメカニズムが解明されていない。だが、『昇華』という現象によって、その動物に新たな能力が加わることがある。


 大丈夫、秘宝の使い方は知っている……あとはこの白い猫を秘宝の中に入れて、奇跡を信じるしかない……


 ——キキィィィィィ


 一台の車が突っ込んできた。


 そうだった。


 ここは車道のど真ん中だった。


 ——ドゴォ


 鈍い音が響いた。


 俺も、ワンピースの女性も無事だ。


 眼鏡の破片がアスファルトに散らばり、アスファルトは赤く染まっていく……


 所詮は赤の他人。『関わらなければ』……そう、思ってしまった。


 この時から、俺は誰かと『干渉』するのに恐怖を覚えるようになった……


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


【カリン島 ライブステージ 舞台袖】


「それじゃあアザトスちゃん、また出番来たら呼びますので」


「はーい! ありがとうディレクターさーん!」


 青と黄色のメッシュの髪の少女は、笑顔全開で手を振りながら、ディレクターを見送った。そしてパイプ椅子に腰を下ろす。


「さてと……」


 メッシュの髪の少女は、両腕を組んで、足を組み直した。


「どこから話そうかしら? 異世界人さん・・・・・・?」


(なんなのこの……急に態度が変わった!?)


 パレットは驚きの表情を浮かべている。


(それに、このの瞳……)


 メッシュの髪の少女は、澄んだ紅い瞳・・・でパレットを見つめる。


「聞きたいのは大天使、ロイ・ヴァルカンのことなんでしょ? あと一緒にいた赤い髪の男も天使ね」


「あなた、一体何者なの……?」


 上から目線で話すメッシュの髪の少女を、パレットも眼光で牽制する。


「そうね、秘宝バトルは私の負けだったし、私の素性から先に教えてあげる」


 メッシュの髪の少女は膝に乗せた片方の足を下ろし、すっと立ち上がる。


「私は『魔将七選』の一人、邪神『アザトース』!」


「ましょうしちせん……?」


 パレットは首を傾げる。


私達・・は魔王様によって選ばれし、この世界に来た7人の魔界の将軍。それが『魔将七選』……!!」


「あっ、なんか聞いたことある」


 パレットが挙手しながらあっさりと言うと、メッシュの髪の少女はズデーンとパイプ椅子ごとズッコケた。


「な……!? 『魔将七選』の存在は超極秘事項トップシークレット! いったいどこで……」


「『キュッキュッキュッ……』って笑う、残酷(残念で酷い)小悪魔ちゃんから」


 二人の脳裏にピンク色の髪の少女の顔が浮かぶ。


「うわぁぁっ!? あいつアホすぎでしょぉぉ!?」


「わりと誰にでも名乗ってそうだったわよ? 自己紹介的な」


「やめてぇぇ、聞きたくないぃぃ!」


 ——数分後


「……というわけで『魔将七選』っていう7人の悪魔と『4LDK』っていう6人の天使がこの世界に来てる、ってことは理解出来た?」


「ふーん、要は交換留学生みたいな感じ?」


「もう好きに解釈して……」


 メッシュの髪の少女は、意気消沈しながらもパレットになんとか説明した。


「さぁ、今度はそっちの知ってること全て話して貰うよ!」


 メッシュの髪の少女はパイプ椅子にしがみつきながら身を乗り出した。


「わかった。まずあたしと同行してるホッブズって天使だけど、その『4LDK』? ってやつじゃないけどこの世界に来てるわ」


「いきなり規約違反きたぁぁ!?」


 メッシュの髪の少女は目を丸くして叫んだ。


「ついでに言うとあたしは平行世界から来た存在だから異世界人ってのは違うし」


「もう分からんっ!?」


 メッシュの髪の少女が想像していた以上に、事態は複雑に複雑を重ねたものとなっていた。


「もういい……私疲れた……外に出ましょ」


「あたし、まだ軽くしか話してないわよ?」


 メッシュの髪の少女はもうろうとしながら、ゆらりと立ち上がった。


「お探しのヴァルカンなら鋼帝国ってところにいるわ……じゃっ……」


「待って……!」


 ふらふらと去っていこうと行こうとするメッシュの髪の少女を、パレットは引き止めた。


「あなたたちの言う『魔王』ってのは何……!? 何が目的なの……?」


「目的は言えないけど……魔王様の名前なら……どうせ会うこともないだろうし」


 メッシュの髪の少女は、やつれた眼をして言った。


桜間おうま しん……それが私たち魔族の王の名よ」

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