第16話 Reヴァイアサン
【遡ること数時間前——バグ島では】
赤いポシェットを首にかけた青年は、住宅街にある家のポストに手紙を入れた。
「これでよし、今日の配達完了!」
秘宝大会の中でも屈指のベスト8の一人、赤葉 幹弘である。今日も赤い電動自転車にまかがり、バグ島を一軒一軒周り、手紙を配達していたのだ。
「No.6 森の知らせ屋だな?」
うんと伸びをしている彼の目の前に、緑色の軍服に身を包んだ無表情な男が現れた。
「うわぁぁっっ!?」
——ガシャーン
整備された道路を自転車で走っている最中に、森の影から道端へぬっと現れたものだから、赤いポシェットの青年は自転車ごと横転した。
「痛たたたっ……いきなり現れたらビックリするじゃないですか」
「No.6だな?」
「そうですけど、何か御用ですか?」
無表情で同じ問いを繰り返した軍服の男に、赤いポシェットの青年は自転車を起こしながら答える。
「鋼女帝の名により、ベスト8は全て倒すことになった。先日もベスト8の1人、熊崎を倒したところだ」
軍服の男は表情を一切変えずに話しているが、ベスト8は秘宝使いの中でも最強クラスの8人である。
「女帝の命令だって!? それに、どうしてベスト8を倒して回る必要があるの?」
「それを知りたければ、俺を倒して聞くことだ。
緑色の軍服の男は、銀色の宝箱から、水牛のような見た目をした、体のちょうど半分を鉄で覆われている生き物を飛び出させた。
「……意味もなく戦うのは好きじゃないけど……
赤いポシェットの青年は、自身のエース秘宝である
「「バトル!」」
突如動き始めた国の直下組織、鋼帝国軍。
彼らの目的は果たして……!?
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
そんなこととはつゆ知らず、パレットと青い髪の青年は、長い石段を登りながら、頂上にある陽光神社を目指していた。
「早く早くー、遅いわよヴァルカン!」
「まだ日も落ちぬのにそう慌てるな。神社は逃げんぞ……」
——トタトタトタトタ
上から少年が俯きながら、石段を駆け下りていく。赤い髪をしており、その青い瞳からは涙を散らしているように見えた。
「ん……?」
「ホッブズ……?」
赤い髪の少年は、パレットの横をすれ違った。以前の『黙示録事件』の際、パレットたちと一戦交えることになった、ホッブズという人物だ。
「行っちゃった……なんだったのかしら」
「さあな……」
赤い髪の少年は、俯いたまま走り去ってしまった。パレットたちは若干引っかかったが、まず先に神社へと向かうことにした。
石段を登りきり境内へ入ると、今日はいつもより静まり返っていた。
「今日は縁日じゃないみたいね」
ここは別名、『縁日エリア』とも呼ばれており、ほぼ毎日のようにお祭りが行われているため、静かな神社は逆に珍しい。
「ウリアァァァァッ!!」
「ええっ!? なんかハゲがこっちに迫ってくるんですけど」
パレットと青い髪の青年が並んで歩いていると、パタパタと下駄を履いた屈強なハゲがパレットたちに迫ってきていた。
「おおっ、ヴァルカネルじゃねーか」
「こっちではヴァルカンだ」
「おおっ、そうだった」
屈強なハゲは青い髪の青年とタメで話している。パレットにとっては初めて見る人物だったため警戒していたが、それを見て少しだけ警戒を解いたようだ。
「それはそうと、ホッブズの野郎が逃げてこなかったか?」
「……また何かやらかしたのか?」
ホッブズという赤髪の少年は以前、女神様の許可なくこの世界へと降り立ち、この世界の神様から特別な使命を与えられていた。
それでパレットたちと敵対する経緯となったのだが、彼にも彼なりの信念を貫こうとした結果でもあった。
「ホッブズの野郎、一回負けたくらいで半泣きになって逃げていきやがったんだ」
「ウリエル、言い過ぎ……」
屈強なハゲを追いかけて、巫女装束の女性が境内まで走ってきた。巫女装束の女性は、間に入りピリピリとしていたムードを落ち着かせる。
この人物もパレットにとっては初対面だ。とは言っても、パレットが気絶していた時に病院まで運んでくれたという過去もあるのだが。
「えっと……あなたたちは?」
パレットが屈強なハゲと巫女装束の女性に尋ねる。
「おっと、紹介がまだだったな。俺は金剛 宇利亜。ここでバイトしながら学生業もしてらぁ」
元からハゲだからまさしく天職なのだろう。だが、この筋肉で学生とはこれいかに。
「私は天野 美香。よろしく」
巫女装束の女性は律儀にお辞儀をする。
「よろしく! あたしはパレットよ」
青い髪の青年の友人ということもあってか、パレットもすんなりと笑顔で打ち解けることが出来た。
「して、ホッブズが何かしたのか?」
青い髪の青年は、話題を最初へと戻した。屈強なハゲはポリポリと頭を掻きながら言う。
「それがよ、道場でホッブズと戦ってみたんだが……」
「ホッブズは不利になった途端、決着が着く前に諦めて逃げてしまったの。だから今探してる」
パレットはその話を聞き、先ほどすれ違った赤い髪の少年が涙を散らしていたのを思い出していた。
「あたし、少しあいつと話してくる……!」
「おい、パレット……」
パレットは青い髪の青年の静止を振り切り、踵を翻して先ほど登ってきたばかりの石段を駆け下りていく。
「ウハハハ、凄い行動力だな」
「笑い事ではない、某も手を焼いているのだ」
「でも、友達思いでいい人そう」
その場に残った3人は、パレットの猪突猛進っぷりに感心していた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「くそ……どうして勝てないんだ……!」
——シュッ
——ポチャン
赤い髪の少年は、陽光公園の真ん中にある大きな湖に石を投げ込んでいた。
「どうして……どうして……」
「どうしてかしら……ね!」
赤い髪の少年は、体操座りのような姿勢で服の袖で顔を拭う。その隣に、颯爽と金髪の少女が現れた。その少女も、湖に向かって石を投げる。
——タッタッタッ
——ポチャン
赤い髪の少年は俯いていた顔を上げた。そこには、以前敵として戦った少女の顔があった。
「おまえは確か……バレット?」
「バレットじゃなくて、パレット……よ!」
パレットは笑顔で答え、石を拾い上げて再び湖に投げる。
——タッタッタッタッ
——ポチャン
「よし、4回成功!」
パレットは湖に石を投げて跳ねさせる、石きりをしていたのだ。それを見ていた赤い髪の少年も石を拾って立ち上がり、石を投げた。
——タッタッタッタッタッ
——ポチャン
「……俺の方が上手い」
「ふーん、やるじゃない」
赤い髪の少年は目を腫らしながらも、対抗心剥き出しで石切を始めた。
「えいっ!」
「おりゃ!」
「せいっ!」
「負けるかっ!」
こうしてしばらくの間、パレットと赤い髪の少年は石切勝負を続けていた。
赤い髪の少年には、自ずと笑顔が戻っていた。そして、いつもの皮肉的な口調も言えるようになっていた。
「お前はいいよな……前の世界じゃ優等生だったんだろ? 僕なんかとは大違いだ」
「前の世界では、ね。」
2人は石を投げながら会話を続ける。
「僕は生まれてからずーっと落ちこぼれなんだ。天使になる前も、なった後も、この世界に来てからも……」
「そうね、前の世界で優等生だったあたしには分からないかも」
赤い髪の少年は、白銀色の宝箱をズボンのポケットから取り出して見つめる。二つの頭を持つ大きな蛇の秘宝獣が入っている。
「これ、神様が僕にくれたんだ。『お前にピッタリの秘宝獣だ』って。生物学的に、双頭の生き物は劣っている存在なんだ。だから神様も僕のことを見下して……」
赤い髪の少年は、白銀色の宝箱を振りかぶった。
「こんなもの……」
秘宝を湖に投げようとした赤い髪の少年の手を抑え、パレットは首を横に振った。
「離せよ……こんなもの捨ててやる……」
「あたしもね、
「えっ……」
赤い髪の少年の手が止まった。
「この世界には
「パレット……」
パレットの瞳は潤んでいたが、真っ直ぐに湖を見つめていた。
「けどね、あたしはそれでもいいと思ってる。前の世界の自分も、この世界の自分も、全部ひっくるめて『パレット』っていう今のあたしがいるんだと思う」
だから、と続けるパレット。
「ホッブズも、もう一度向き合ってみなよ。今まで逃げてきた自分と。諦めてきた自分と。真剣に」
「うぅ……うぁぁぁっっ」
赤い髪の少年は泣き崩れながら、黙って何度も頷いていた。
巫女装束の女性は、木の陰からひっそりとその様子を見守っていた。
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