第10話 新しい関係
パレットの銅色の宝箱から飛び出したその生き物は、大きさは20cm程と雀蜂の中でも小さい部類だが、『
「でも、『アローホーネット』だと少し長いから、『アネット』ね♪」
パレットは手に入れて早々、自分の秘宝獣にニックネームを付けた。雀蜂は喜んでいるのか怒っているのか、カチカチと顎を使って音を鳴らしている。
「やる気も充分みたいね、アネット、あのボスっぽい蜘蛛に攻撃よ!」
——ブゥゥン
パレットの指示に答えたのか、雀蜂は真っ向から大蜘蛛に迫る。
「解放、A-Z!《エーゼット》! アローホーネットの動きを止めろ!」
青髪の青年は、自身の金色の宝箱を取り出して蓋を開けた。飛び出したアメリカザリガニは、雀蜂を口から出した泡で包んだ。
雀蜂も抵抗し、泡に針を突き刺す。泡は即座にパァンと破裂した。
「何するのよ、ヴァルカン!」
「落ち着けパレット。 .タランチュラは洗脳能力を持っている。闇雲に近づくのは帰って足でまといになるだけだ」
パレットは訝しそうな眼光で青い髪の青年を睨んだが、訳を聞いて冷静さを取り戻したようだ。
(ガンガン攻めるのが
パレットは以前、葛藤したことがあった。ここに来る前の自分と、今の自分、どちらが本当の自分なのかを。その答えはずっと保留になっていた……
だが、今ならその答えが出せるような気がした。
(過去があるから、今があるんだ……! あたしの人生に無駄な過去なんてないんだから!)
パレットはスーッと息を吸い込んで、雀蜂に指示を出した。
「アネット、『オペレーション・ロングレンジ』!」
——シュゥゥッ
パレットは柑橘系の香水を、自身の目の前に吹きかけた。香りにつられたのか、雀蜂はパレットの元へと帰ってきた。
「凄い、会話は通用してないのに、習性を上手く利用してます」
「パレットは元々、A国の特殊工作員だったという経歴があるのだ。つまり、知略を巡らせることにも長けているはずだ」
青い髪の青年が微笑しながら語る。
雀蜂を後方へ下げたパレットが次の指示を与えようとしたその時——
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
——リーン リーン リーン……
鈴虫の羽の音のような音が、不気味に森全体に響き渡った。
「……? 何の音?」
「某にも分からぬ……」
パレットと青い髪の青年が戸惑っている中、赤いポシェットの青年だけは、その羽音にガクガクと身震いを感じていた。
「……? どうしたの、みっきー?」
「この音は…….タランチュラが洗脳した、最強の
「そうなの!?」
——ジジジジジジ……
甲虫の羽音が近づいてくる……!!
「来るぞ……構えろ!」
「ええっ!」
「はいっ!」
パレットたちの前に現れたのは、バチバチと稲妻を纏った、カブトムシのような昆虫だ。
【捕獲難易度Bランク—
——バチバチバチ……ズドォォン!!
青い髪の青年の秘宝獣、A-Z《エーゼット》に、稲妻が直撃した。
その状況に心なしか、大蜘蛛も嬉声を上げているように見える。
「きゃあっ!?」
「くっ……!?」
「うわぁ!?」
甲虫の身体から放出された稲妻は、一撃にしてザリガニを丸焦げの状態にした。
「A-Z《エーゼット》!!」
青い髪の青年はザリガニを抱きかかえ、金色の秘宝の中へと入れた。
「休んでいろ、すぐに終わらせる……」
青い髪の青年は、か細い声で宝箱の中のザリガニに呟いた。
青い髪の青年の眼は、復讐に燃えていた。
しかし、パレットは青い髪の青年の前に出て、彼の歩みを遮った。
「パレット、どけ。これは某の問題だ」
青い髪の青年は、冷たい口調で言い放ち、横目でパレットを睨んだ。しかし、パレットも負けじと睨み返しながら言い放つ。
「ふーん……あたし達の関係って、その程度のものなの?」
「二度言わせるな、
——パシィィン
パレットは思いっきし、青い髪の青年の頬を引っぱたいた。その瞳には、涙が滲んでいる。
その一瞬、まるで時が止まったように森が静寂に包まれた。
【「パレット、もしかして貴卿……」
「秘宝大会に出たくはないか?」】
「あたし、何も目的がなくなってたから……この冒険に誘ってくれて、嬉しかった……」
パレットは涙を拭いながら続ける。
「初めて秘宝使いになって、ようやくヴァルカンたちと……この世界の人たちと同じ舞台に立てるんだって思うと、すっごい嬉しかった……」
パレットの脳裏に、陽光町で出会った秘宝使いの人々の顔が浮かんだ。それなのに……パレットは青い髪の青年の胸ぐらを掴んだ。
「それなのに、いつも命令口調で……どうして対等に見てくれないの!? あたしが子供で、あんたが大人だから!? ねぇ!!」
赤いポシェットの青年は、どうしていいのか分からず、オドオドとしていた。
「ずるいよ……」
パレットは肩をすくめて、青い髪の青年を解放した。青い髪の青年は、バツが悪そうな表情でそっぽを向きながら、答えた。
「悪かった……」
いつもとは違った回答に、パレットは思わず顔をあげた。
「……そうだな、対等な関係だ」
青い髪の青年は、口元を微かに緩めてそう言った。赤いポシェットの青年もほっと胸を撫で下ろす。
そして青い髪の青年は、銀色の宝箱を取り出し、箱を開けた。
「
秘宝の中から、マンタのような生き物が飛び出したが、
「ヴァルカン!!」
水系統使いの青い髪の青年にとって、電気系の能力を持つ相手は相性が悪そうだ。だが、青い髪の青年の表情は余裕を見せていた。
「案ずるな、『ヒコイトマキエイ』は電気を吸収する能力、『吸電』を持つ」
マンタの体はビリビリと稲妻をまとっているが、たしかに動じていない様子だ。
それを見ていた大蜘蛛は苛立ったのか、森に棲む昆虫たちを再び集め、パレットたちを攻撃させる。
「
赤いポシェットの青年は、金色の宝箱を取り出して開けた。Aランクの秘宝獣だ。
宝箱の中からは、大きさ70cmにもなる巨大なトンボのような生き物が飛翔した。
巨大トンボの羽ばたき一つで、多くの昆虫たちが吹き飛ばされていく。
「そのトンボ、大会で使ってたやつだ!」
「はい、こっちは僕に任せてください! 」
「ありがとう!」
パレットは青い髪の青年に視線を送った。波長があったように、青い髪の青年も同時にパレットに視線を送っていた。
「アネット、弦を引いて!」
弓の弦の様な器官を宿した雀蜂は、弓を絞る原理でぐっとのけぞった。
「ヒコイトマキエイ、アローホーネットの針に向けて、雷を放出しろ!」
マンタは指示通り、雀蜂の針にだけ当てるように雷を放った。グググっと、弦が最大まで絞られたようだ。そして……
「「いけ、雷撃の矢!《シューティング・サンダーアロー》!!」」
——ズドォォン
先ほどの雷の数倍の威力の電撃が、.タランチュラと
森は青白い閃光に包まれた。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「野生の秘宝獣、2体とも捕獲完了です!」
赤い電動自転車に乗った赤いポシェットの青年は、笑顔で敬礼した。青い髪の青年は頷き、パレットも笑顔で敬礼した。
「そうだ、みっきーも同行しない? 御朱印巡りの旅♪」
「気持ちは嬉しいんですが、僕は手紙の配達という仕事があるので……」
「そっかー……」
パレットは一瞬寂しげな表情を見せたが、すぐに振り払った。
「また会えるわよね!」
「達者でな」
「2人とも、ありがとうございました!」
こうして赤いポシェットの青年、赤葉 幹大と別れたパレットたちは、緑色の鳥居の神社での参拝を済ませ、巫女さんに二つ目の御朱印を貰うことになった。
「はい、どうぞ!」
「あら? 案外可愛いじゃない!」
バグ虫で押して貰ったスタンプは、蝶々のスタンプだった。
(あの蜘蛛も、人と仲良くなれるといいな。ううん、みっきーが新しい持ち主だもの。きっと大丈夫よね!)
「パレット、またにやけているな。悪いことでも考えたか?」
「それ、冗談のつもり? 怒るわよ?」
「ふっ……」
こうして対等な関係になった(?)パレットと青い髪の青年の旅は、まだまだ続く!
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