第9話 秘宝使いへの第一歩

「ふぅ……なんとか振り切ったわね……」


スズメバチの大群をなんとか振り切ったパレットたちは、深い森のどこか・・・で足を休めていた。


「紹介が遅れたわね、あたしはパレットよ。よろしくね、みっきー」


「あっ、はい! こちらこそよろしくお願いします!」


パレットは赤いポシェットの青年、赤葉あかば 幹大みきひろに手を差し出した。彼もその手を握り返す。


青い髪の青年は、手首にバンドで巻いた方位磁石を取り外して顎に手をあてて見つめている。


「さっきからどうしたの? ヴァルカン」


パレットは不思議そうな顔で覗き込む。


「パレット、スマートフォンを貸せ」


「スマフォを? 別にいいけど……」


青髪の青年はパレットからスマートフォンを貸りると、先日インストールした御朱印の位置を示すアプリを起動した。しかし……


「……ローディング画面、長いわね……」


アプリを開いても画面は固まったまま、ずっとロードを繰り返している。


「そういえば……」


「どうしたの、みっきー?」


赤いポシェットの青年がボソッと呟いた。


「そういえば、僕の電動自転車も急に暴走したような……」


それを聞いた瞬間、青い髪の青年は何かに気づいたのか、ハッとした表つきで言った。


「考えたくはないのだが、『野生の秘宝獣』の可能性が高そうだな……」


すると赤いポシェットの青年は、ふと真面目な表情に変わった。


「もしかしたら、電磁甲虫エレクトロビートルかもしれません……」


「エレクトロビートルって?」


パレットの質問に、赤いポシェットの青年は頷いて答える。


「はい、カブトムシの『しょうか』現象で確認された種族名です。体から電波を発していて、それがあらゆる電気障害を引き起こしていると思われます」


(だから、『しょうか』って一体なんなの!?)


パレットがモヤモヤとしていると、青い髪の青年が続けた。


「その可能性が高そうだな……一旦元の場所へと戻ろう。置いたきりの自転車に、投げたっきりの秘宝もあることだしな」


(そういえば、秘宝置いたままだったわ……)


香水を付けた秘宝には、雀蜂が群がっていたため、回収せずに逃げてきたのだ。


しばらく時間が経過しているため、今はひいているかもしれない。そう思い、パレットたちは再びあの場所へと向かった。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「あった、僕の自転車!!」


赤いポシェットの青年は、嬉しそうな声を上げて、横に倒れている赤い電動自転車を起こした。


「これがないと、配達間に合わないんです……ってああ!?」


「どうしたの、みっきー?」


「どうしよう、配達遅れてしまいそうで……今日中に届けないといけないのに……」


赤いポシェットの青年は、首からかけたポシェットのボタンを開けた。ポシェットの中には、大量の手紙が入っている。


「届けるにしても、まず森を抜けないとね……方位磁石もスマートフォンの位置情報も使えないし、適当に真っ直ぐ歩いたらどこかに出るんじゃないかしら?」


パレットは先程投げた、地面に落ちていた銅色の宝箱を拾いながら答えた。ずいぶんと大雑把な考えだが。


「何にせよ、野生の秘宝獣を放っておくことはできん。手分けして捕まえるぞ」


「元がカブトムシの秘宝獣なので、樹液の出る樹の多い、この近くにいるかもしれないです」


赤いポシェットの青年は、ズボンのポケットから細い棒状のものを取り出す。そしてその先端に、ネットのようなものを取り付ける。即座に完成したそれは、


「虫取り網ね!」


「当たり!でも、ただの虫取り網じゃないですよ」


赤いポシェットの青年は、虫取り網の網部分に、からの秘宝を貼り付けた。


「秘宝獣捕獲用の虫取り網です! 伸縮も自在ですよ!」


「へー、なかなか面白いじゃない」


流石と言うべきか、現地人の発想は面白い。たしかにこれなら、網さえ被せれば逃げる場所は秘宝の中しかなくなるわけだ。


「むしろパレットのように秘宝を投げる方が稀だ。秘宝は、釣り代わりに仕込んだり、罠を仕掛けたりして入れるものだ」


「そう? 投げやすそうな形状してるじゃない?」


「貴卿はもっと物を大切に……むっ?」


言いかけたところで、青髪の青年はある異変に気づいた。周りからパレットたちを囲うように、いくつもの鋭い視線を感じたからだ。


「グワシャァ!」


何かが飛翔してきた。それは攻撃本能を剥き出しにして、いきなり鋭いカマをパレット目掛けて振り下ろしてきたのだ。


「いったいなに!?」


パレットは咄嗟に腕を前に突き出す。


「危ないっ! 解放リベレイト、ガードバタフライ!」


赤いポシェットの青年も、反射的にポケットから秘宝を取り出し、銅色の宝箱を開けた。


宝箱から飛び出したのは、モンシロチョウのような秘宝獣だ。その羽でカマキリの攻撃を横からはじく。


「ありがとう……」


(あたし、また助けられちゃった……)


「いえいえ」


パレットは短くお礼を言ったが、表情に影を見せていた。


「この昆虫、様子がおかしい……」


カマキリだけではなく、バッタや天道虫など、数種類の昆虫がパレットたちへと襲いかかる。まるで一つの思念体のように、共通した敵として認識されているようだ。


(くっ……あたしだって……!!)


パレットは、足に巻いたレッグホルスターから、一丁の黒い拳銃を取り出した。そして、森の奥に潜む何かに向けて、トリガーを引いた。


「当たれ! Searchi enemy Bullet!《索敵弾》!」


パレットの拳銃から放たれた弾丸は、特殊な軌道を描き、森に潜むモノの前でピカっと発光した。


「そこかっ!!」


そこにすかさず、青い髪の青年の持つ亀の秘宝獣、スメルトータスが泡で攻撃する。


森の奥から「ピギィ」と声を挙げ、6つの点のような赤い眼に、フサフサとした毛をビッシリと脚に生やした、子犬ほどの大きさをした『蜘蛛』が現れた。


「うぇ……キモッ……」


虫でも平気そうなパレットも、そのグロテスクな外見に思わず気分を害していた。体中にポツポツと付いた水玉模様が、そのグロさを助長している。


「あれは『.(ドット)タランチュラ』!? 野生の秘宝獣が何故……」


考える暇もなく、その巨大な蜘蛛は飛び跳ねながら襲いかかってきた。早すぎて瞬間移動でもしているように見える。


(っ早い……!!)


「ガードバタフライ!」


赤いポシェットの青年の指示により、モンシロチョウが羽を盾のようにして巨大蜘蛛の攻撃を防ぐ。しかし、モンシロチョウは蜘蛛の吐く霧状の糸を、直でくらってしまう。


「……!! 戻れ、スメルトータス」


それを見ていた青い髪の青年は、冷静な判断で自身の秘宝獣を回収した。


——バチンッ


「ガードバタフライ!? ぐっ……」


モンシロチョウはその羽で、使い手であるはずの赤いポシェットの青年の頬をはたいた。目の色が赤くなっており、正気を失っているようだ。


「赤葉も早く、秘宝獣を秘宝を戻せ!」


青い髪の青年が叫ぶ。


「くっ……」


赤いポシェットの青年は痛そうな表情でモンシロチョウと向き合っている。


パレットは、ただそれを見ているだけしかできないでいた。


(他の動物を洗脳をする秘宝獣がいるなんて……)


パレットは目の前の現実に戸惑っていた。


(強い殺気を感じる。捨てられた秘宝獣は、きっと人間を憎んでるんだ……)


かつて自分が、人を憎んでいたのと同じように。


(人間の都合で、勝手に捕まえられて、勝手に捨てられる……その先にあるのはきっと……)


復讐だ。意図的ではないにしろ、以前自分の住んでいた世界を失ったパレットには、巨大蜘蛛の行動原理も理解出来た。


だが、復讐(それ)が全てではないことを、パレットは誰よりも知っている。


(なのに、どうして……あたしはいつも戦力外なの!?)


——カタカタカタ


泣き出しそうな顔のパレットのポケットの中で、何かがうごめく感触がした。


(秘宝……?)


銅色の宝箱が、コトコトと左右に動いているのだ。そしてパレットは、ある言葉を思い出していた。


【秘宝の中には不思議な力があって、秘宝の中に入った動物は『しょうか』されるんです】


【カブトムシの『しょうか』現象で確認された種族名です】


(もしかして……)


パレットは、頭の中にある知識の中で、ある漢字を思い浮かべた。


(そっか、そういう意味だったんだ……!!)


泣き出しそうだったパレットの口元が緩んだ。そして、以前教わったやり方で、宝箱の上蓋を勢いよく開けた。


解放リベレイト!」


(これが秘宝の、『昇華アセンション』現象!!)


パレットの開けた宝箱の中から、一匹の雀蜂が飛び出した。黄色と黒色の警戒色を含んだ雀蜂は、弓の弦のような形状の針を携えている。


現実の昆虫、イエローホーネットが昇華された姿だ。


赤いポシェットの青年も、青い髪の青年も、パレットが初めて秘宝を開けた姿を見て驚いていた。


「これがあたしの最初の秘宝獣……名付けて、『アロー・ホーネット』よ!」


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


『.タランチュラ』のアイデアはampoule様より頂きました。ありがとうございます!

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