第8話 第二の島 バグ島へ!

「着いた! ここが二の島、『バグ島』ね」


「否、さすがにそれは……」


「い・い・の! せっかくシリアス抜きの世界観になったんだから、あたしがルールよ!」


 堅物な青い髪の青年は、【陽光町から港に集合し「どうした、その余裕気な表情は……」「ふふん♪ それはね……」というやり取りの後白い船に乗ってこの島に着くまでの諸々もろもろの下り】を省略していきなり二の島から始まったことに納得出来ずにいた。


「パレット、物事には順序というものが……おわっ!?」


「いいからっ! さっさとあの樹海の中へ突撃よ!」


 パレットは青髪の青年の腕をグイッと掴んで、ドンドンと目の前の深い森の中へと入っていった。


「それにしても、ねこ島の森とは全然違うわね……」


 バグ島の原生林は、木々の高さが60mほどにも達している。これだけの森が出来るには、途方も知れないの年月が掛かったのは間違いない。


 パレットの隣を歩いていた青い髪の青年は、森の中にあったやや広い空間で足を止めた。どういうわけか、手首にバンドで巻いた方位磁石を眺めていた。


「どうしたの、ヴァルカン?」


「いや……なんでもない。一時的にブレただけだ」


「……? なにが……」


 パレットが聞き返そうとした時、「うわぁぁぁっ」という悲鳴が、どこからか聞こえてきた。その声は徐々にパレットたちに迫ってくる。


「と、とめてくださぁぁぁいっ!!」


 ——キキィィィ!!


 突如森の脇道から、赤い帽子をかぶり、赤いポシェットを首からかけた黒髪の青年が、自転車と共にパレットたちの目の前に飛びだしてきた。


「ええっ? 何なのこの人!?」


「パレット下がれ、解放(リベレイト)スメル・トータス!」


 青い髪の青年は、自身のズボンのポケットから銅色の宝箱を取り出し、指の爪で蓋を上に開いた。


 宝箱の中から、小さな水亀が飛び出し、同時に口から泡を吐き出す。吐き出された泡はクッションのように、自転車から投げ出された赤いポシェットの青年が地面に激突する衝撃をやわらげた。


 ガシャァンと自転車が大木に衝突する。


「あんた、大丈夫?」


 パレットは、なにごとかと思い駆け寄る。


「いたた……いやぁ、助かりました。電動自転車が急に止まらなくなりまして……」


 赤いポシェットの青年は、ヘコヘコとしながら、倒れた赤色の自転車を起こす。そして青髪の青年の顔を見て「ああっ!」と驚いた。


「ヴァルカンさんじゃないですか! ご無沙汰してます!」


 赤いポシェットの青年は、足を揃え、背筋を伸ばして笑顔で敬礼した。


「ふっ……貴卿も相変わらずのようだな」


「なになに? 2人は知り合い?」


 パレットは間に入り、2人の青年の顔を交互に見つめる。そしてあることに気づいた。


「あれっ……? 初めて会ったはずなのにこの人どっかで見たような……」


 パレットは腕を組み、唸りながら考えた。


「紹介する、赤葉あかば 幹大みきひろだ。『森の知らせ屋』という異名で呼ばれている」


「へへ、どうもです」


 赤いポシェットの青年は、ペコペコと頭を下げている。穏やかそうな青年だ。「あっ!」パレットは何かに気づいたのか、短く声をあげた。


「思い出した! この人、秘宝大会のテレビに出てた人だ!」


「気づいたようだな。そう、この者も秘宝大会決勝リーグ進出者、すなわちベスト8の1人にして、第6位の実力者だ」


「いやー、謙遜です」


 赤いポシェットの青年は、5歳ほど年下のパレットの前でも、終始腰の低い態度を取っていた。


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ——カチカチカチカチ


「……何の音?」


 森のどこかから、カチカチと何かを打ち付けるような音が響いてきた。


「……!! 威嚇音だ、この場をすぐに離れるぞ!」


 青い髪の青年は、銅色の宝箱の蓋を開け、水亀をその中へと入れた。


「えっ……!?」


「は、はいっ!」


 青い髪の青年は、パレットと赤いポシェットの青年に指示を出した。パレットは訳も分からないまま、身を翻して走り出した青い髪の青年の隣を走った。


 その意味はすぐに理解出来た。


 ——ブゥゥン……


 全力で走るパレットたちの後ろから、無数の羽音が聞こえてくる。パレットがチラッと後ろを見ると、十数匹のスズメバチが、群れをなして迫ってきていた。


「嫌ぁぁっ!! 何であたしたち追いかけられてるの!?」


「おそらく、自転車が大木に衝突した音が、蜂等の縄張りを攻撃したと思われたのだろう」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」


 赤いポシェットの青年は眼から滝のような涙を流しながら、後ろを振り返ることなく走る。


「もう、どこまで追ってくるのよ!?」


「大丈夫だ、まもなく森を抜ける!」


 青い髪の青年は、手首にバンドで巻いた方位磁石頼りに、森を抜けた先にある神社へと向かっていたはずだった。だが、方位磁石は方角を示さずグルグルと永遠に回転していた。


「どんだけ走るのよ……ヴァルカン、まだ着かないの?」


 パレットに急かされても何も答えず、青い髪の青年は焦りや苛立ちの混ざった表情を浮かべたまま困惑している。


「もう、こうなったら……」


 パレットは走る足を止め、追ってくる蜂の大群へと向き直った。


「何をする気だ?」


「ヴァルカン、からっぽの秘宝くれない?」


「まさか、こ、この状況で捕獲ですか!? さすがに危険ですよ!」


 赤いポシェットの青年はワタワタと慌てふためいているが、パレットの声色は冷静だった。青い髪の青年も、何も言わずに頷き、服のポケットから出したからの秘宝をパレットに手渡した。


「なっ……」


 パレットはポーチから取り出した霧状のものを、シューッと銅色の宝箱に吹きかけ、スズメバチの大群の真ん中に向かって投げつけた。


「いっけぇぇっ!!」


勢いよく飛んだ宝箱に興味が移り、蜂たちは一斉に群がっていく。


 赤いポシェットの青年は、その光景を見て目を丸くした。


「……この甘い匂い、もしかして柑橘かんきつ系の香水……?」


「That's right!《その通り!》」


 蜂との距離をとりながら、パレットは人差し指をピンと立てて笑顔で答えた。


「いったいどういうことだ……?」


 青い髪の青年は一人だけ状況が呑み込めていないようだ。そんな彼が戸惑う様子に、パレットは腰に手を当て強気な姿勢で語る。


「bug(バグ)島っていうからには、虫の島・・・ってことでしょ? だから事前に調べてきたの。虫が好きそうな香水と、嫌いそうな香水をね!」


虫は香りに対する感受性が高い。


蜂はレモンやミカンなどの柑橘類を好む。一般的な虫除けスプレーは効果が薄いとされているので、注意が必要である。


 パレットは結構、露出面積の広い服装をしている。そのため、それなりの対策もしてきたというわけだ。


 ちなみに服を着ればいいじゃんという的確なツッコミはNGである。なぜならそう、夏だからとても暑い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る