第7話 癒しのシャワー(日常回)

【—2週間ほど前のこと—


(帰ってきたんだ……あたしたち。この陽光町へ……)


 とある大事件から世界の危機を救ったパレットたちは、赤い龍の背の上で会話をしていた。最初に口を開いたのは、黒髪のポニーテールの少女、菜の花 乃呑だ。


「ところでさ、パレットさんはこれからどうするの?」


「……? これから?」


「よくわかんないけどさ、神様の話が本当なら、パレットさんはこの世界の人間じゃないんでしょ? 色々と生活に困るんじゃない?」


 たしかに、今までパレットに衣食住を提供してくれていた、この事件の黒幕とも言える『瑠璃色のローブの女性』は、姿をくらませてしまった。


「だったら、愛佳ちゃんの家に住ませて貰えばいいじゃないッ?」


「ええっ!?」


 黒髪の少年、黒城 弾 が腰につけている虹色の宝箱から、青い鳥のピーちゃんがひょこっと顔だけを出して言った。そして驚いたのは何故かポニーテールの少女だ。


「愛佳ちゃんか……」


 パレットは、陽光町で帰りを待つ栗毛色の髪の少女の優しい笑顔を思い浮かべる。彼女の家に『遺書』とも言える黒い手帳を残して地上を去ったため、会うのは少しこそばゆいのだろう。


 パレットは、ただ目を閉じて会話を聞いてる瑠璃色のローブを羽織った神父に目を配る。


「ワシは教会へ戻り、粛々と暮らすことにする。そして自身の犯した過ちを見つめ返す……あとはお前の好きなように生きろ」


「父さん……」


 パレットは胸の奥がジーンと熱くなるのを感じた。神父とは一度は敵対したものの、パレットにとっては一人しかいない家族なのだ。


「フン、着いたぞ人間共」


 赤い龍は翼を上下に大きく羽ばたかせながら、陽光町にある大きな公園へと着陸した。みんなからお礼を言われても、赤い龍はそっぽを向き、再び空の彼方へと飛び去ってしまった。


 それから2週間の時が流れ……】


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ——シャワァァァ


「パレットさん、着替えここに置いておきますね」


「ありがとう、愛佳ちゃん」


「いえいえ♪」


 第一の島、ねこ島から帰宅したパレットは、栗毛色の髪の少女、鴇 愛佳の家に居候している。今は浴室でシャワーを浴びている真っ最中だ。


「~♪」


 いつものサイドテールをほどき、美しい金色の長髪が胸のあたりまでかかっている。いつもは攻撃的な性格のパレットだが、黙ってさえいれば、なかなか……


「……何か言った?」


 いえ、何でもありません。


 ……こうした掛け合いも久しぶりである。それだけ、パレットに友達ができ、独りきりになる時間も減ったという証拠なのだが。


 数十分後、ようやくパレットが浴室から出てきた。タオルを髪に巻き、バスタオルで体に付いた水を拭う。新しい下着に着替え、鏡に映る自身の姿をやたらと気にしている。まだしばらく時間がかかりそうだ。


「ねぇね、ご飯まだー?」


「待ってて、もうすぐできるよー」


 リビングのある部屋から、間延びした姉弟きょうだいの会話が聞こえてくる。 リビングの台所では、ピンク色の可愛らしいエプロンを着た、栗毛色の髪の少女が手際よく夕食を作っていた。


 母親も父親も中の良い円満で、パレットの居候も笑顔で承諾してくれた。


 両親が共働きで帰りが遅いので、小学校低学年の弟の面倒を、中学生2年生の姉が見ているといった構図だ。


「はい、これはたくみの分ね」


「ありがとう!」


 栗毛色の髪の少女は、出来上がった料理のお皿をトレイの上に乗せ、次々と美味しそうな料理を食卓へと運ぶ。


 今日の手料理は、銀鮭のムニエルに、シーザーサラダ。豆腐ハンバーグと赤だしの味噌汁のようだ。中学生にしてこの料理の腕前なら、将来は確実に有望だと言える。


 ——ガチャ


「あー、サッパリしたー♪」


 そこへ、ドアを開けたパレットが清々しい表情でリビングへと入ってきた。下着のみの姿で。


「パレットさん、お風呂の湯加減はどうでしたか?」


「うん、最高だったわ♪ 」


 パレットはそのままルンルン気分で食卓へと向かう。そして、栗毛色の髪の少女の手料理が目に入った。


「WOW《ワオッ》! どれも美味しそうな料理! さっすが愛佳ちゃんね」


 栗毛色の髪の少女は、トレイをしたに下げて「えへへ」と笑っている。そして3人で仲良く料理を囲んだ。


「「いただきます」」


「いただきます」


 初めは戸惑ってばかりいたパレットも、かなりここの文化に慣れてきていた。すっかり丸みを帯びてきている。


「これは何?」


 パレットは料理を一口頬ばりながら質問する。


「鮭のムニエルって言うんだよ!」


「英語で言うとサーモンですね♪」


 おとなしい少年と栗毛色の髪の少女は、なんとか『平行世界の外国人』のパレットに説明しようと試みる。


「OK、サーモンなら分かるわ。それから、すっごい気になってることがあるんだけど……」


「気になること?」


「何でしょうか?」


 ほんわかした姉弟は顔を見合わせ、頭上に?マークを浮かばせる。


「秘宝獣を食べるって、何か響きが悪くない?」


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 3人の料理を食べる手が止まった。


 それは、パレットがこの世界に来た時からずっと抱いてきた疑問だった。


 この世界の人々は、生き物『秘宝』という宝箱に収容している。しかし、『秘宝使い』と言われる彼らの他に、『野生の秘宝獣』を見たことが無かった。


 野生の動物は、姿かたちは違っていても、いわゆる『普通の』猫や犬、魚や昆虫なのである。すると、栗毛色の髪の少女がポカーンとした表示で言った。


「うん、『普通の動物』だもん」


「えっ?」


 パレットは耳を疑った。なぜなら、彼女が今まで見てきた『秘宝獣』と呼ばれる生き物たちは、気配を完全に消し去ったり、バリアを張ることができたり、そんな超常現象ばかりを引き起こしていたからだ。


「ねぇねも最近、秘宝について知ったばかりだもんね」


「たくみ、人前で『ねぇね』は禁止!」


「はーい」


 弟のほうは、短く返答して再び料理に口をつけ始めた。そして、困惑しているパレットに声を掛けた。


「パレットさん、秘宝の中には不思議な力があって、秘宝の中に入った動物は『しょうか』されるんです」


「……しょうか?」


 どのような漢字を充てるのかわからない。


「はい。それによって、本来持つ習性や能力を高めた動物が『秘宝獣』になるんだって、この前のテレビでトリガー博士が言ってました」


 パレットも食事を再開した。


「ふーん……」


(なるほどね。秘宝はただの、持ち運びに便利な道具ってだけじゃないのね)


 パレットは以前、秘宝の単価を聞いたとき、想像していた以上に高いと感じていた。そして『責任』という言葉はここからも来ていたのかとも思えてきた。


(動物の持つ能力が高められた『秘宝獣』。それが大量に野に溢れたら、生態系にも何かしらの影響があるかもしれないわね)


「「ごちそうさま」」


「ごちそうさま」


 3人は余すことなく料理を食べ終えた。各自食器を片付け、テレビを見て時間を潰し、パレットは栗毛色の髪の少女の部屋のやや広めのベッドに2人で入った。少女は隣で心地よさそうにスヤスヤと眠っている。


(明日は二の島かぁ……)


 暗い部屋の中、パレットは天井を見つめていた。次の冒険へ思いを馳せる。パレットのまぶたがゆっくりと閉じていく……もしかしたら、一足先に夢の中で冒険をしているのだろうか。


 ——そして夜が明けた。

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