第5話 ねこ島の由来

「この島のねこ達はのぅ……」


「……?」


しばらくの間無言を貫いていた白い髪の老婆は、独りでに語り出した。


「そのほとんどが、とある捨て猫の血統なのじゃ……」


「捨て猫……?」


パレットは大切そうに腕に抱いた子猫を見つめながら言った。


「うむ。無責任な猫の飼い主が、一匹のメス猫をこの島に『捨てた』ことが全ての始まりじゃった……猫の数は1年で20、2年で80、3年でおよそ2000匹にまで増えたと言われておる」


「2000匹!?」


パレットはその膨大な数に驚愕した。パレットがこの島で最初に見たのは数十匹の猫だったが、老婆の話はあまりにも桁が違いすぎる。


「増えすぎたねこ達は、その大半が『施設』へと引き取られていった。決して良いとは言えぬ施設にな……」


「…………」


パレットの脳裏には、最悪のシナリオが浮かんだ。できれば違う『施設』であってほしいと、切に想った。


「そしてまた、最近は『餌の取り方』を知らぬ猫も増えておる。そういったねこ達もまた、不幸な運命を辿ってしまうのじゃ……」


——ドクン


パレットの胸が騒いだ。老婆は囲炉裏の方を見て語っているのだが、さも自分のことを言われたような感覚に襲われた。


(あの時……)


パレットは、善意のつもりで猫に餌をあげていた。しかし、その行為が積み重なると、結果として猫を不幸にしてしまうことに気付かされた。


「この島には多くの『秘宝使い』を目指す者が訪れる。じゃが、この島の真意を理解して帰る者は極わずかじゃ……」


パレットは、この旅の意味を知った。ただ単に秘宝獣を捕まえ、育て、戦わせることが目的ではないのだ。


(ヴァルカンが言いたかったこと、ようやく理解できた……あたしには秘宝使いになる資格なんて無かった・・・・んだ……)


「でも……」


パレットはギュッと拳を握った。それは決意の現れ。いつの間にか、ザーザーと降っていた雨もすっかりと止んでいた。窓から太陽の光が差し込んでくる。


「話を聞かせてくれてありがとね、お婆さん!」


「あんれ、もう行くんかい?」


「うん! またね!」


パレットは晴れ晴れとした表情で、ホクホクに温まった子猫を抱いて外へと飛び出した。


「いい顔になったな、パレット」


「ヴァルカン!? いつからここに?」


「今さっき来たところだ」


そう言って青髪の青年は、ビニール傘をたたんだ。先程までパレットが居たログハウスの前で待っていたようだ。


「『秘宝使い』にはなれそうか?」


「ううん、まだ解んない♪」


否定するパレットだったが、その声は明るかった。


青髪の青年はフッと笑った。

彼は初めから、パレットが『秘宝使い』になる資格があるかどうかを確かめたかったようだ。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


「パレット、これはお前の『秘宝』だ」


青髪の青年は、手のひらに乗るサイズの銅色の宝箱をパレットへと手渡す。


パレットはそれを受け取ろうと手を伸ばしたが、途中で腕を下へおろした。


「どうした? 受け取らないのか?」


「ふふん♪ 甘いわね、ヴァルカン」


「ミィミィ」


パレットは片腕で抱えていた子猫を、拾った木の近くへと放った。子猫は一目散に森の茂みの中へと姿を消してしまった。


「捕まえないのか?」


「うん。いいのよ、これで」


パレットは肩の荷が降りたように、めいっぱい伸びをする。


「ミィミィ」


——ガサッ


茂みの奥から、さっき放ったばかりの子猫が、やや大きい同じ種類の猫と共に現れた。


「親猫か……」


「そういうこと。勝手に連れてっちゃったから、親猫も心配してると思ってね」


パレットの母親は5年前に病で亡くなっている。故に、親が居ないことでどれだけ寂しい思いするのか、彼女はよく知っているのだ。


「あたしだたって、自分のことだけじゃなくて、ちゃんと周りも見れるようになってきてるんだから!」


「なるほど、たしかにそのようだな……」


青髪の青年は口元を緩めた。


親猫は甘えている子猫を咥えて、会釈をするような素振りを見せ、再び茂みの奥へと消えてしまった。


初めての秘宝獣をゲットするには至らなかったが、パレットはそれとは別の『大切なもの』を手に入れたようである。


♢ ♢ ♢ ♢ ♢


その後、森の中にある湖付近で、青髪の青年は足を止めた。そして自身のポケットから金色の宝箱、銀色の宝箱、銅色の宝箱を取り出し、親指の爪で上に弾くように宝箱を開けた。


「ここなら良さそうだ……解放リベレイト!!」


金色の秘宝からは、赤いザリガニのような生き物が、銀色の秘宝からは、宙に浮くマンタのような生き物が、銅色の秘宝からは、小さな亀のような生き物が飛び出した。


青い髪の青年は、それぞれの生き物に別々の餌を与える。いつもクールな顔つきの彼だが、この時ばかりは穏やかな表情をしていた。


「ヴァルカンの秘宝獣って、その3体だけなの? 全国大会の決勝リーグ進出者なのに、ちょっと意外ね……」


「ああ。秘宝獣はやたらと捕まえるものではないからな。それこそ身の丈に合わぬ数を飼おうとし、手に負えなくなった結果、この島の捨て猫のような事態となってしまうのだ」


「そうなのね……」


この世界には、タダで秘宝獣を預かってくれるような場所は存在しない。売買行為も法律で禁止されているため、秘宝獣を飼うには必ず責任が伴うのである。


「一度手に入れた秘宝獣は、最期まで責任を持って飼わなければならない。パレット、貴卿は何か候補は考えているのか?」


「うーん……まだあんまり。けど、カッコイイのとか、可愛いのとか、違うタイプの秘宝獣を捕まえたいわね」


「まだ漠然としているようだな。だが、焦らず着実に見つけていけばいいのだ。それが旅の醍醐味というやつだからな」


青髪の青年は、外に放っていた秘宝獣を宝箱の中へとそれぞれしまった。秘宝にはこのように、動物を一時的に圧縮させて持ち運びを簡単にできるという機能がある。パレットと青髪の青年は、森の出口へと向かって歩き出した。


「いくぞパレット。一つ目の御朱印を貰いに」


「おー♪」


すっかり仲直りしたパレットと青髪の青年は、森を抜けた先にある、神社を目指すのであった。二人の堂々巡りの旅は、まだまだ始まったばかりである。

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