第2話 ピーちゃんと神様と黒城くん

 ——パレットたちが旅の支度をしている一方、陽光町から遥か南の島、『サルデス』では……


[ここで決着ぅぅぅっ!! やはりチャンピオンは強かった!! 第4回秘宝大会、優勝者は、謎の狐仮面のメイドさん、『九十九つくも なごみ』選手だぁぁっ!観客席からも歓喜喝采の嵐が……


 おおっとー!? 今までずっと正体を隠し続けてきた『九十九』選手が、仮面を外しました!?……なんて美しい顔立ち! 絶世の美女とはまさにこのことだぁぁっ!」


「ついに神秘のベールを脱いだ『九十九』選手が、マイクを手渡されました。なにやらメッセージを贈りたい人がいるとのことです。改めて音声繋ぎます」


翔空とあさまぁぁっ♡ 観てますか? なごみ2連覇しちゃいました♪ 2連覇ですよ、2連覇! あの時の約束、覚えていますか? 次の大会で優勝したら、結婚してくれるんですよね!? なごみ、絶対勝ちますから!! 応援しててくださいね、約束です♪」


「なぁぁんとぉ!? 全国放送でまさかの婚約宣言だぁぁ!! 翔空とあとは一体どんな人物なのか!? けしから……いや、羨ましい! こんな美女から告白されるなんて羨ましすぎます!!」]


 ——プチッ


「あ゛あ゛ぁぁぁぁっっ!!?」


 別荘であるウッドハウスにて、テレビを観ていた赤いキャップを被ったアロハシャツのナイスガイなおじ様・・・は、リモコンでテレビの電源を切り、悶えるように発狂していた。


 何を隠そう、この人物こそこの世界の神・・・・・・、『亜偽乃あぎの 翔空とあ』である。


「あーもう、うるさいわねッ! もっと静かに観れないのッ?」


 神の隣で漫画を読みながらくつろいでいた青い鳥・・・のピーちゃんは、苛立ちをあらわにした。神様はガクッと膝から崩れ落ち、この世の終わりのような表情をしている。


「な、なごみとの結婚が……現実味を帯びて……ぐはっ!」


 神様は吐血をしてその場に倒れた。青い鳥は溜息をついて神様の元へ、パタパタと翔けよる。


「別にいいじゃないッ? なごみちゃん可愛いし、従順だし、モフモフだしッ……いったい何が不満なのよッ?」


みなまで言わせる気か……タチ悪いなお前……そのモフモフ・・・・が問題なんだろうが……」


 神様は青ざめた表情でゆっくりと床を這う。そして枯れた声で叫んだ。


「あいつがで、俺が人間だからだ!!」


「いいんじゃないッ? アタシは種族の垣根を超えた愛とかロマンチックだと思うわッ」


「くそが……他人事だと思いやがって……うぅ……」


 いい歳の神様は既に半泣き状態である。


 話によると、先ほどテレビに映っていた『九十九 和』というメイドさんの正体は、『九尾』という『秘宝獣』らしい。勿論、所有者は神様なのだが、普段は人間に化けて・・・生活しているようだ。


「ちくしょう! 何が哀しくて『狐の花婿はなむこ』にならなきゃいけねぇんだ!? これじゃ『重婚』ならぬ『獣婚』になっちまう!」


「大丈夫よ翔空ッ、ほら、狐と神様ってなんか相性良さそうだしッ? ……きっと素敵な結婚生活になるわッ」


 青い鳥はそう言いながら、翔空が写った白黒写真の前で手を合わせた。


「勝手に殺すなっ!? はぁ……マジでなんとか回避する方法は……」


「タイムリープすればいいじゃないッ?」


 タイムリープ。それは亜偽乃 翔空が神様と呼ばれる所以ゆえんである。


 彼の持つ秘宝獣『時司龍ヴァイス』は、世界で唯一、過去へとさかのぼり過去をやり直す力を所有者に与えるという、人智を超越した能力を持っている。しかし……


「この場合過去に戻っても、どうにもなんねぇだろ……」


「なんでよッ?」


「戦うのが俺自身じゃなくて、他の参加者・・・・・たちだからだ。何万回やり直しても、なごみが負けるビジョンが想像できねぇ……」


「あーッ、たしかにッ!」


 青い鳥も納得した。なごみというメイドさん(九尾の狐)は、計り知れない力を秘めているようだ。それはもう、神様も手に負えないくらいに……


 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢


 ——トントン


 ウッドハウスの玄関をノックする音が聞こえた。青い鳥は神様に玄関へ出向かせる。


「翔空、お客さんよッ」


「おっ、が来たな……!」


 神様が玄関のドアを開けると、中学生の黒髪の少年が立っていた。青い鳥は驚いて飛び跳ねた。


黒城こくじょうッ!? あんたどうしてここに……?」


「俺が呼んだんだ」


 神様は少年と青い鳥の間に入って言った。


「よう、世界を救った少年! 元気してたか?」


 この世界はつい先日、崩壊の危機を迎えていた。その危機を回避したのは陽光町に住んでいた、この黒髪の少年とその仲間たちだ。


「……やめてください。俺は何も……」


「まぁそう謙遜すんなって! あの場にお前がピーちゃん連れて来てなかったら、本当に世界が崩壊してたんだ」


 陽気な神様はガシッと黒髪の少年と肩を組み、ウッドハウスの中の広間まで歩いていく。


 神様は黒髪の少年をソファに座らせると、ビシッと指をさして言い放った。


「少年よ、さらなる強さが欲しくはないか……?」


「……強さ……ですか?」


 何のために呼ばれたのかも伝えられていなかった黒髪の少年は、キョトンとしていた。


「そう、この俺が直々にお前を『最強の秘宝使い』になれるよう訓練してやる。ただし修行は生半可な覚悟ではついて行けないぞ。さぁどうする?」


 神様の表情は自信に満ちていた。先程まで半死状態だったのが嘘のように生き生きとしている。


(翔空のやつッ、絶対に婚約を阻止するための自己防衛のためだわッ……だめよ黒城ッ! おいしい話には裏があるものよッ……!)


 青い鳥は蔑んだ眼で神様を見つめていた。黒髪の少年は口を開いた。


「……やめておきます」


「なにぃぃぃっ!? えっ……? 神様が直々に訓練してくれるんだよ? なかなか無いと思うなーこんなチャンス。…… 本当に蹴るの?」


 神様は黒髪の少年に必死に食い下がった。もはや威厳も何もあったものではない。


「……俺、やめたんです、秘宝バトル。ピーちゃんも元の持ち主の神様に返します。今までありがとうございました……」


「待ちなさいッ、黒城!!」


 黒髪の少年は無表情で立ち上がり、玄関へと向かった。そんな少年を引き止めたのは、数ヶ月彼のパートナーとして共に戦ってきた、青い鳥の秘宝獣、ピーちゃんだ。


「アンタの過去は知らないから、アタシは大会に出ろとは言わないッ。けど、いつまでそうやって眼を背けるつもりッ? 自分が変わらなきゃ何も変わらないわよッ!!」


「…………」


 黒髪の少年は、玄関のドアに手をかけながら俯いていた。青い鳥に出会うまで『非干渉主義』を貫き、誰とも関わらなかった少年は、青い鳥と出会ったことで『典型的な巻き込まれ主人公』となった。


 黒髪の少年は、青い鳥と出会ってから数ヶ月のドタバタな日常を思い出していた。楽しいことだけではなく、辛いことも、苦しいこともあった。だが、仲間ができ、共に困難を乗り越えてきたのだ。


「もう一度聞くわッ。 黒城、アンタはそれでいいの……?」




 数秒の沈黙……そして——


「……わかった。出場権は手に入れてみる。でも、大会に出るかどうかは別だからな……」


「黒城ッ……!! よく言ったわッ! アタシもアンタのパートナーとして、一緒について行くッ!」


 ——ガチャ


 玄関のドアを開くと、太陽の光が差し込んだ。青い空と青い海がどこまでも続いている。


「黒城ッ、走るわよッ!!」


「……ああ!」


 青い鳥と黒髪の少年は、太陽に向かって走り出した。この一人と一羽の冒険も、まだまだ続いていくようである。


 ——一方、取り残された神様は一人吠えた


「うおぉぉっ、大会出てもらわないと俺の目論みがぁぁぁっ!?」


 流れで青い鳥も連れていかれてしまったので、神様は一人黙々と、新たな算段を考えることとなった。

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