第14話 014

――千葉県 九十九里町 上空

「部長、暴走したロボットの分析結果が届きましたよ」

 事件現場へ向かう途中のヘリの中で鳥居が言った。

「暴走したロボット全ては、システムの書き換えにより指定された時間に老人を襲うようプログラムされていたようです」

「そんな書き換えが……。ハッキングかい」

「いや、分析課によれば、アップデートで仕込まれた可能性が高いと」

「アップデート……。なるほど、そういうことか」

「えぇ、多分有川の仕業っすね。すぐに修正アップデートを四葉に依頼しましょう」

「あぁ頼んだよ。PoSuを再起動させ、すぐにアップデートファイルが流せるよう回線速度を上げてくれ。それと、暴走していない同型のロボットの調査も分析課に頼んでおいて。嫌な予感がするんだ」

「了解っす」

 鳥居がAIに四葉と分析課へ連絡するよう伝えると、現場に到着したヘリが着陸し始めた。




 春香達四人はヘリで運んできたSATに乗り込み、車内に表示されたホログラムの立体マップとテトラの設計図を囲んでいた。全員、三型装備のパワードスーツを装着しているため、車内がいつもより狭く感じる。

 戦場を再現した第一試験場の広場は、サッカーコート三つ分ほどの大きさで、周りを土手で囲まれ地面より一段低くなっている。南側の土手を登ったところに縦に二張のテントが建てられていて、広場側が視察テント、その後ろが本部テントとなっている。

 視察テントの北側には、テトラが三輌、そして東側、西側、南側に一輌ずつテトラが配置され、要人達は四方を戦車に見張られている状態だった。北の三輌は右から、一号機、三号機、五号機で、東が二号機、南が四号機、西が六号機となっている。

 本部テントの更に裏には、屋内試験場が二棟建っている。

 宮野は屋内試験場の辺りを指差しながら、作戦の具体的な説明を始めた。

「まず、俺達はこのままSATに乗って、この屋内試験場の裏手まで回る。そこで独自回線を使ってテトラにハッキングを仕掛ける」

 マップにSATが現れ、そこから点線の矢印が六本、テトラに向けて発射される。

「さっきも言ったが、これはほぼ成功しないだろう。ここで片が付けば話は早いが、おそらくサードフェイズに移ることになる。俺達全員が三型装備で屋内試験場の裏から一気に六輌のテトラのうちの四輌に飛び移る」

 今度はマップに四つの人影が現れ、彼らが視察テントの東、西、南にいるテトラと、北側にいるテトラのうちの真ん中の一輌に飛び移る。

「正確な計算と、適切な跳躍が必要となるが、基本的にはスーツに任せれば問題ない。身体が急に浮かんだような気分になるはずだ。着地後は、テトラ上部のハッチのロックを破壊し、車内に手榴弾を投げ込む。ハッチはこの部分だ」

 宮野はテトラのホロ模型を拡大して、上部のハッチを三人に見せる。

「スーツを着ていれば握力でロックを破壊することが可能なはずだが、万が一破壊できなかった場合はこれを使え」

 彼が手にしていたのは、スーツを着た状態でも撃てるように一般的な銃よりトリガー部分が一回り大きく設計されたハンドガンだった。

「次に、それぞれが飛び乗る車両の説明だが、東側二号機を神崎、南側四号機を御木、西側六号機を麻倉がやれ。北の三号機は俺が乗る」

 それを聞いて、これまでマップを覗き込んでいた三人が一斉に顔を上げて宮野を見た。

「なに、心配するな。四葉から渡された情報にも戦車には同士討ち防止のための機能がついていると書かれてあった。左右の戦車は撃ってこない」

「だが班長、今戦車の制御権は犯人が持っている。無理に発砲してくる可能性は十分にある」

「そう思うんなら、神崎と麻倉はいち早く自分の戦車を片付けて、二台目に移ってくれよ。神崎は右の一号機、麻倉は左の五号機だ。御木は二人の援護をしてくれ」

 宮野は時計を指差す。

「もう犯人の言った一時間まで三十分を切っている。警備の奴らも動けていないようだし、始めるぞ」

 三人は無言のまま同意した。


 四人を乗せたSATは四葉重工の製作所を出て、西相模原試験場へと向かった。スタンドアローンモードに入ってはいるが、テトラのレーダーには引っかかってしまうため、スピードを上げて屋内試験場の裏手に急ぐ。目的地に到着すると、まず車の屋根からアンテナを立て、簡易ネットワークを構築した。

 テトラ六輌の接続が確認されると、麻倉と宮野が代執行のセカンドフェイズ、ハッキングを開始した。

「麻倉、あまり深入りはするなよ。犯人を刺激したくはない」

「分かってます」

 二分ほどテトラのセキュリティと格闘したが、突破の糸口すら見つけられままテトラの方から回線を切断された。

「もう繋いではこないだろうな。サードフェイズに移行する」

 四人は車を降り、お互い二、三メートルずつ離れて着地場所と同じ位置関係で並ぶ。

 春香は利き足を軸足より少し後ろに下げ、ゆっくりしゃがみこむと、左腕につけた端末に跳躍の計算をさせ、同時に光学迷彩を開始する。

 春香達四人の姿が、背景に溶け込んだ。

 これをするのは、電監に入る前の二週間の研修以来だった。あの時はシミュレーターだったが、上手く飛べたのを覚えている。たしかクラスで一番飛べたはず……。

『タイミングを合わせろ。誰か一人でも飛び出せばそいつが狙われるぞ』

 イヤホンに宮野から通信が入る。

 あれ、市原君の方が飛んだんだっけ……? 

 春香は何かを紛らわすように考えた。

 いや、違う。射撃は常に彼の方が上手かったけど、パワードスーツでの跳躍は私の方が上手かった。きっとそうだった。

 端末が答えを弾き出した。春香はその数字を見つめながら、深呼吸をする。

『全員準備はいいか。ゼロの合図で飛ぶんだ』

「大丈夫です」

 春香は答える。

 緊張で足が震えていそうなものなのに、スーツが足をがっしり固定しているせいで、微動だにしない。

『5』

 春香は宮野のカウントを聞きながら、頭の中で作戦を反芻する。

 ここから一気にテントの南にいるテトラに飛び乗り、ハッチを開けて、グレネードを投げ込む。

『4』

 ハッチが開かなかったら銃を使う。

 春香は太腿につけた銃を撫でた。

『3』

 そしたらすぐに三人の援護。

『2』

 大丈夫……。きっと大丈夫。

『1』

 春香はゆっくりと息を吐きながら、両腕を背中により後ろに伸ばした。

『0』

 ボンッ!

 誰もいないように見える場所から急に地面を殴るような鈍い音が鳴り響き、風が巻き起こり、建物の窓ガラスが小刻みに震えた。

 その時には既に春香達は空中にいた。地面から大砲のように発射された四人は、放物線を描きながらテトラへと飛んでいく。

 テトラ達も光学迷彩のせいで一瞬遅れながら四つの接近体を探知し、機銃を連射してくる。

 テトラの機銃が四人の飛んできた軌道を撃ち抜いていく。しかし、一瞬の遅れのせいで彼らに追いつけず、その間に四人は放物線の頂点を越え、手前のテトラは機銃の角度がいっぱいになってしまい砲塔を回し始める。

 奥に位置するテトラは四人の落下速度を計算し、機銃の狙いを定めてくる。

 だが、彼らはテトラがその行動を取ってくることは分かっていた。春香達は両腕を前に真っ直ぐ突き出すと、腕から二本のワイヤーを着地地点目掛けて打ち出した。ワイヤーがテトラの装甲を突き破り、先がその場に固定されると、四人はワイヤーを巻き取る。

 テトラの予想落下速度を越えたスピードで四人は車体に迫り、機銃の弾は空を切った。

 ダンッ!

 大きな鉄球を打ち付けたような音を出して、春香達はテトラに着地した。

 対象の動きが止まったのを探知すると、テトラはすぐに砲塔を回してくる。

 春香はハッチの蝶番を殴って破壊すると、蓋を開け手榴弾を放り込む。有川はこの車両には乗っていなかった。手榴弾が爆発する前にすばやくハッチを閉め、辺りを見渡す。

 春香のちょうど目の前、三号機に飛び乗った宮野が両脇のテトラに機銃を向けられていた。

「班長!」

 春香が叫ぶ。援護しようと右手を銃に掛けた時、右手から誰かが飛び去っていった。

 神崎だった。

 神崎は二号機に飛び乗り、宮野に銃口を向ける機銃を殴る。機銃がへし折れる。麻倉もすぐに左の五号機に飛び移る。

 その時、春香には目の前で起きていることがスローモーションのように見え始めた。

 三号機の一台の機銃が向きを変え、ハッチに手をかけていた宮野を撃ち、彼が撃ち飛ばされ地面に転がる。

 宮野が撃たれたことで彼を狙っていた五号機の機銃の対象が変わり、銃口が神崎へと向けられる。その銃口から弾が連射されながら、麻倉は五号機のハッチを開ける。

 発射された弾は、ハッチへと手を伸ばしていた神崎へと飛んでいき、彼の左胸に当たる。神崎もテトラから吹き飛ばされる。その間に麻倉は五号機のハッチを開け、グレネードを投げ込んだ。

「神崎!」

「神崎さん!」

 春香は地面に転がった神崎に狙いを定め始めた三号機に二発、銃を撃つと、神崎の元へ飛んだ。

 十分に態勢をとらなかったせいで、うまく着地が出来ず、春香は前のめりになり両手をついた。

 麻倉は三号機に飛ぼうとしたが、それよりも早く三号機の機銃が火を吹き、麻倉も撃たれる。その銃声を聞いて春香が振り返ったが、その瞬間、彼女は三号機のもう一台の機銃に右肩を撃たれた。

 右腕に血管全てが破裂したような痛みが走り、春香は倒れる。

『無様だ……』

 突然、テトラのスピーカーから人の声が聞こえ、春香は痛む右肩を押さえながら顔を上げる。

『無様だよ。僕は言ったはずだ、攻撃はするなと。まあそうは言ってもどうせ何かはしてくるだろうと思っていたけど、まさかそれがこれとは……。無様だ』

 有川は冷たく言い放った。

『まずは君たちから死ぬんだ』

 有川の指示により、一号機と三号機の砲塔が回り、主砲が神崎と春香の方を向いた。

 どこまでも長く続くような黒い穴が見えた。同時に二台の機銃も私達を狙っていた。ここで死ぬんだ。私はここで死ぬんだ。

 抵抗する気力も失って、春香は銃を握っていた腕をゆっくりと下ろす。

 だめだ、もうだめだ。もう分からない。どうしようもない。

 ドォンッ!

 大きな砲声が試験場に響き渡った。

 四方のテトラが破壊されたことで一目散に逃げようとしていた視察テントの人々も、その音に振り返る。


…………。

 何も感じない。痛みも何もなかった。

 私は死んだの……? あれ、でも明るい……。

 瞑っていた目を開け、自分を庇うように上げた腕をゆっくりと下ろす。

 そこにはさっきと同じ光景が広がっていた。私と神崎さん、そしてテトラ一号機と三号機。

 しかし一つだけ違うことがあった。テトラ両機の主砲が互いを狙い合っていたことだった。

「なんで……」

 春香はか細く呟いた。

 テトラ両機とも、主砲の先からは薄く煙が上がっていた。そして、お互いに車体側面から黒煙が上がっている。

「同士討ち……」

 もう一度、さっきと同じような空間を貫く砲声が聞こえる。それは一号機から三号機へ撃たれた主砲の音だった。

『ひ……ひ、卑怯だぁ!』

 声が大きすぎて音割れした有川の声がスピーカーから聞こえた。

『卑怯だっ! 卑怯だ。卑怯だぁ!』

 駄々をこねる子どものように同じ言葉を繰り返す。

『う、撃てない……。撃てない。 撃てない!』

 最後に何かを強く叩く音が聞こえ、有川は黙った。

 次の瞬間、テトラの四本の足が内側に折りたたまれると、普通の戦車と同じ形に変形し、春香達の脇を通り過ぎてテントのある方の土手を登っていった。

 戦車が向かってきたのに驚き、まだテントに残っていた人たちが慌てて左右に避ける。一号機は土手を登ると、パイプ椅子を踏み潰し、テントを倒しながらアスファルトの方まで行き、右に旋回して試験場の出口の方へと走っていく。

 春香はあまりに唐突すぎてその様子をただ呆然と見つめていたが、途端に事態を理解した。

 有川は一号機に乗っていた。そして今、彼は逃走を図っている。

 春香はイヤホンを押さえ、神奈川県警と通信を繋いだ。

『なにしてくれてるんだっ!』

 春香が口を開くよりも先に怒声が飛んできた。

『あんたらはド素人か!』

 声からして五島隊長だと思えた。

「テトラ五輌を破壊。しかし電監職員三名が負傷。さらに犯人が残った一輌のテトラを奪ったまま逃走。状況からして武器が使用できなくなっていると推測。追跡してください」

 春香は五島の声が聞こえなかった振りをして報告した。

『いい加減にしろ。指揮権はこっちにあるんだぞっ!』

「そんなこと言ってる場合かっ!」

 春香は五島に負けない大声で怒鳴り返し、通信を切ると、次に電監の内線に切り替える。

「皆さん、大丈夫ですか。返事をしてください」

 一瞬の沈黙の後、

『生きてはいる』

 と宮野の声が聞こえた。

『私も』

 麻倉が言う。

 しかし神崎の返事がない。

 神崎の左胸には何発もの銃弾が食い込み、スーツの金属板はその辺りが大きく凹んでいる。

春香は慌てて脇に倒れている神崎へと駆け寄り、ヘルメットを脱がす。

 そこには苦笑する神崎の顔があった。

「俺は問題ない。通信がやられてるだけだ。スーツは完全に駄目になったがな」

 春香は、彼が生きていたことに一番ほっとしているような気がした。

「他の皆さんは、動けますか?」

『俺は骨が折れてるみたいだ。身体が動かせん』

『私もダメ』

「分かりました。ではすぐに救急ドローンの手配と応急処置を」

 春香はそう言って通信を切ろうとしたが、その寸前で宮野が言う。

『いや、ドローンは俺達で呼ぶ。動けるお前達だけでも奴を追え』

「ですが犯人は警察が追っています。あとは彼らに任せれば……」

『いいから行け! これは命令だ』

 宮野の命令にすぐに返事ができず、春香は黙る。

「御木、ここは班長に従うぞ。仲間が撃たれてるんだ。奴は俺達で捕まえる」

 神崎はそう言って春香の目を覗き込む。

「分かりました。行きましょう」

 立ち上がり、歩き出そうとする春香を神崎が呼び止める。

「その前に、ただの鉄の鎧と化した俺のスーツを外してくれないか」

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