第13話 013

――千葉県 木更津市

 黒田部長と鳥居は通報を受け、とある住宅の中で代執行を行っていた。黒田が得意の柔道技で押さえ込んだ介護ロボットの首に、鳥居が停止プラグを差し込む。すると、必死に抵抗していたロボットが人形のように大人しくなる。

「これで県内三件目か……」

 黒田がロボットの首根っこを捕まえたまま立ち上がる。

「それも全部同型。でもこの様子じゃただの不良品じゃないですね」

 暴走した介護ロボットは、全て四葉電機製の介護ロボット、QVO(キューボ)シリーズのものだった。

鳥居は家の中を見回す。

「こりはまるで家の中で小型の竜巻が発生したかのようだ」

「君にしてはマシな例えだよ」

 家の壁やピアノの屋根には穴が開き、テーブルは真っ二つ、家中のあらゆるものに傷がついていて、ロボットが椅子を投げたせいで窓ガラスも乱暴に割れていた。

 庭に一機のドローンが降りてきて、割れた窓から中へと入ってきた。黒田はそのドローンに暴走したロボットを取り付け、

「処分する前に分析課へ持っていって欲しい」

 と告げた。ドローンは理解の合図として青色の小さなランプを二回点滅させると、飛び去っていった。

「所有者の家族に終わったと告げてくるよ」

「分かりました。自分はここを少し片付けておきます」

 黒田と鳥居は初め、市原市で発生した暴走の通報を受け電監を出発したのだが、それを解決するが否や東金市でも同様の事件が発生し、それが終わると今度はここ木更津市で暴走が起きたため、帰庁することなく執行を行っていた。もちろん二人とも相模原で起きていることについては知ってはいたが、そこに駆けつけることを阻むように暴走が発生するのだった。

「片付けておきますって言ってもなぁ……」

 鳥居達が駆け付けた時にはすでにこのような有様で、ロボットが介護相手であるおじいさんに殴りかかろうとしているのを、娘とその息子が二人がかりで止めているところだった。

 おじいちゃんの額からは血が流れていて、おそらく最初の一発は喰らったようだった。黒田が急いでロボットを羽交い締めにして、その隙に鳥居がおじいちゃんを家から運び出し、救急ドローンで病院へと運び、家族を外に出した後、代執行を行ったのだった。

 ピーッピーッピーッというアラート音が鳥居の耳に響いた、

『千葉県警より入電中。千葉県九十九里町、片貝西交差点付近で、ロボットの暴走が発生した模様。繰り返します。千葉県九十九里町、片貝西交差点付近でロボットの暴走が発生した模様。それにより老人一名が負傷している模様。付近の職員は至急現場に急行してください』

 その通報を鳥居が聞き終わると同時に、黒田が戻ってきて叫ぶ。

「まただよ。鳥居、電網に付近のPoSuを切るように伝えたら、すぐに装備を揃えて次行くよ」

「分かりました。ですが、これ以上広範囲のPoSuの停止は市民の生活への影響が大きくなります」

「そんなことは分かってる。だが未だ原因が分かっていない以上、トゥレラや新種のウイルスの可能性を考えなきゃならん。構わずやるしかない」

 鳥居はAIに指示を出し、装備を持って家を出た。二人が家を出ると、彼らを呆然と見つめる家族の姿があった。

 黒田と鳥居は彼らを横目に近くの空き地に停めたヘリへと急いだ。




 春香達を乗せた輸送用ヘリは、試験場まであと3キロほどの位置を飛んでいた。宮野班長の判断で、事件の起こった第一試験場の隣にある第二試験場へ着陸するため、オートパイロットによって徐々に高度が下がっていく。

 その時、ヘリに通信が入った。

『こちら総務部、さきほど大臣の秘書官からの連絡があり、四葉重工業の相模原製作所の敷地内に着陸するようにとのことです』

 トランシーバーの前に座っていた麻倉がPTTスイッチを押す。

「こちらCR‐82デルタ、すでに第二試験場を着陸地点に設定し飛行中」

『秘書官の話によれば、現場に近づきすぎると迎撃の危険性が高いとのことで、ただちに着陸地点を再設定してください』

 その通信が聞こえ終わった時、機内が急に右に傾いた。

『地上からの攻撃を確認。回避行動をとっています』

 自動操縦AIはそう言うと、今度は左に大きく機体を傾かせる。

「なんだ、なにが起きてる」

 シートの手すりを強く握りながら、宮野が言う。

『予想攻撃位置を特定。レーダーに表示します』

 春香の目の前のレーダーに六つの赤い点が表示される。それらは全て試験場内だった。

「攻撃は試験場からです。乗っ取られた戦車が撃っているんです!」

 春香もシートベルトはしているものの、振り落とされないよう手すりを掴みながら叫ぶ。その言葉を聞いて麻倉が再度PTTスイッチを押す。

「こちらCR‐82デルタ。奪われた戦車からの攻撃を受けている。高度を上げて対応する」

 麻倉がそう言い終えると、今度はまた機体が右に傾く。

「高度を2000メートルまで上昇。旋回して試験場から離れ、製作所を着陸地点に再設定」

 麻倉がAIに指示を出すと、ヘリがぐんと高度を上げ始めた。

「いくら最新式とはいえ、戦車がヘリをここまで正確に狙えるとは、こりゃ相手はかなりの強敵になりそうだ」

 神崎は腕組みをしたまま不敵に笑った。

 突然、ガクンと機体全体に激しい衝撃が走った。そして機体がガクガクと揺れ始め、操縦席周りの電子機器が赤いランプを灯させ、警報が鳴り始める。

『右翼が損傷。高度をこれ以上上げるのは危険と判断、上昇を中止します』

 AIが冷静に事態を説明する。

「麻倉、指示があった製作所へ緊急着陸だ」

「はい!」

 麻倉は警報を鳴らす装置に対して小さく「うっさい」と悪態をつくと、そのスイッチを切って黙らせ、操縦桿を握った。

「ちょっと揺れるけど、全員我慢してね」

 麻倉はそう言うと、操縦システムを半自動操縦に切り替え、一気に高度を下げた。ジェットコースターが落下する時のような感覚に襲われ、腰が軽く浮く。

 ヘリは左から回り込むように右へと大きく旋回していく。その間も地上からの攻撃を避けるため、AIが機体を大きく左右に揺らす。旋回しながら試験場と徐々に距離を取ると、攻撃が止んだ。

「こちらCR‐82デルタ、戦車からの攻撃を受け右翼が損傷。相模原製作所内に緊急着陸する。それと、四葉の社長に奪われた戦車の詳細なデータを送るよう伝えてくれる? 人が四人死にかけたと言えば、納得するでしょ」

 麻倉はスイッチから手を離すと、システムをオートパイロットに戻した。


 右翼を失った電監のヘリは不安定なまま、四葉重工の相模原製作所に着陸した。開けたグラウンドには、神奈川県警察と書かれたパトカーが十五台、SATの黒塗りのトラックが八台、SITの警備車両が五台停まっていて、警察官や特殊部隊員が大勢集まっていた。

 ヘリの回転翼が止まり周囲の砂埃が止むと、ヘリの右側の扉が開き、中から宮野を先頭に四人が降りてきた。それをSATの文字を背負った男が迎えに行く。

「あなた方は電監の者か?」

 他のSAT隊員が全員ヘルメットを被っているのに対して、彼は黒色のキャップを被っているだけなのを見て、彼はおそらくSATの隊長なのだろう。

「えぇ、中央電監、電子機巧部一課です」宮野が答える。

「私は神奈川県警察特殊部隊、隊長の五島ごとうです」

 男は宮野と並んで歩きながらそう名乗った。

「私は、電子機巧部一課、一班班長の宮野です」

 そのまま電監職員四名は、五島に神奈川県警察と書かれた白色のテントへと案内された。

「ここは今回の事件の対策本部です。粗方の情報は揃っている」

 五島はコの字形に置かれた通信機器やパソコンを指差して言った。

「これは非常に助かります。では早速……」

 宮野の言葉を五島が遮った。

「指揮権は我々神奈川県警が持つ」 

 それを聞いて春香は目をパチクリさせた。ロボットを使った犯罪なのだから事態解決までは当然電監が指揮権を持つものと思っていたからだ。

「すでに現場では死者が出てる。これは立派な殺人事件であり、凶悪犯罪だ。それを解決するのは警察の仕事だ。それは分かってもらえますね」

 五島はそう言ってすごんだ。太くて黒い眉毛と細い目の五島は、どこかで見覚えのある顔だった。

「ですが、ロボット犯罪には通常電監が一義的に指揮権を持つことになっているはずです」

「それはあくまで原則であって、今回の事件はその原則を外れると考えている。それにあなた方は四人しかいないではないですか」

 五島は春香達四人の目を順番に見ながら言った。

「分かりました。では指揮権はあなた方に譲ります。私達は装備を整えますので、用事があったらいつでも呼んでください」

 宮野はそう言うと、春香達についてこいと合図してテントを出た。

「ちょっと、班長。あれでいいんですか?」

 ヘリへと早歩きで向かう宮野に後ろから春香が問いかける。

「今は現場の指揮権がどうとか、そんなくだらない権力争いをしている場合じゃないだろう。俺達は俺達のやり方で事態解決に向けて動く」

「それじゃあSATの指揮には従わないってことですか?」

「そうは言ってないだろ」

 宮野はにやりと笑った。


「私、三型装備の本物初めて見ました」

 輸送ヘリから降ろされた装備を見て春香が感心したように言う。

「私だって実際に使うのは初めて。研修以来触ったこともないわ」

 麻倉が言う。

「元は自衛隊に導入予定だったものが、それより先に無人兵器が実用化されたおかげでお役御免となって、うちに採用されたものだからな。通常業務ではオーバースペックすぎるのさ」

 目をキラキラさせながらそう語る神崎を見て、こういうところは男の子なんだなと春香は思った。

 三型装備とは、俗に言うパワードスーツだ。機械の鎧を纏うイメージで、サイズは着た後にマシンが自動で調節してくれる。特徴としては、筋肉や関節への負担を極限まで押さえて、身体能力を飛躍的に高めてくれるところにある。足の速さやジャンプの高さが、一般的な人間の5~6倍になり、またヘルメットに取り付けられたコンピュータが脳に電気的刺激を与えることで、脳の働きが通常の約2倍となり、すばやい判断が行えるようになる。

「そのおかげであんなものを撃てるようになる」

 神崎が指差した先には、土管のようなロケットランチャーがあった。

「対戦車用のロケランだ。あんなものもスーツを着ていれば片手で撃てる」

 にわかには信じられない話だったが、宮野が黒い大きな箱を開け、中のパワードスーツを見ると、あながち嘘でもないと思えた。

 パワードスーツは全体が白色で、身体の関節などに合わせて着られるよういくつかのパーツに分かれていた。ヘルメットはフルフェイスで、顔の中央には大きめのV字のシールドがあり、そこから外を見ることはもちろん、様々な情報が表示されるようになっていた。

 左肩には「中央電監」という文字が刻印されている。

「これが、三型装備……」

 春香が呟く。

「別名、白騎士だ」

 脇に立った宮野が言う。

「白騎士……」

 たしかにこれはそう呼ぶのにふさわしいように思えた。最新技術の粋が集められたこのスーツは、そのボディの白もさることながら、なぜか美しかった。

「まあそう呼ぶのは俺だけだがな」

「えっ……?」

 春香は思わず聞き返したが、宮野は無視して作戦の説明を始めた。

「俺達の今回の任務は、犯人に奪われた戦車六輌への執行と犯人への執行。戦車の令書へのサインは既にもらってある」

 宮野は端末を春香達にかざす。

「ちょっと待ってください。犯人への執行って、相手はあの有川葉なんですよね」

 春香が問いかける。

「そうだ。奴はロボットとしても人としても違法な存在となった。生かしておく理由はないだろう」

「そんな……」

「それに俺達がやらなくても、警察がやる。どちらにしろ奴はもう死んだも同然だ」

 宮野ははっきりと言い切った。

「執行は、ファーストフェイズを飛ばして、セカンドフェイズから行う。まず俺と麻倉がハッキングを仕掛ける。どうせ効果はないだろうが、必要な手順だ」

「分かりました」

 麻倉が返事をする。

「次にサードフェイズに入る。これは全員が三型装備で突っ込み、テトラを一輌ずつ殲滅させていく。まだ犯人の居場所がつかめていないが、あの場で一番安全なのは戦車の中だ。犯人は六輌のうちのどれか一つに乗っているはずだ。有川を見つけ次第、執行しろ」

「「「了解!」」」

 三人は声を合わせたが、内心は不安で一杯だった。三型装備には光学迷彩が備わっていて、いわゆる透明人間になることができたが、四葉から送られてきた戦車の詳細データを見る限り、相手は物体の発する超音波を分析して敵の位置を見つけるらしかった。

 光学迷彩では音まで消すことはできない。

 研修の時から言われていた、死ぬかもしれないという言葉が初めて現実になった瞬間だった。



 九条が静かに立ち上がり、岩楯大臣の方へ歩いて行く。そして眠ったように目を瞑って腕組みをしている彼の脇に座る。

「大臣、電監が到着して、執行作戦に移ろうとしています」

 九条が前を向いたまま独り言のように言う。

「彼らはできるのかね」

 岩楯は目を閉じたまま問う。

「警察よりはいくらか。装備が整っていますので」

「だが絶対ではないと?」

「それはこの世に絶対のものなんかないでしょう」

「それはそうだ。だから予防策を立てておく。アレの準備をしておけ」

「ですが、アレはこの場では危険すぎます。それに牧田社長をはじめ、ここにいる人間のほとんどはアレのことを知らない」

「彼もいつか知ることになる。いいから最新のものを用意しておけ。それと先代の社長にも連絡を」

「分かりました」

 九条はそう言うと、またゆっくりと立ち上がった。

「使うタイミングは君に任せるよ」

 岩楯は何かを悟っているかのように告げた。

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